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Amazon.co.jp ・本 (632ページ) / ISBN・EAN: 9784087746679
作品紹介・あらすじ
将来の国力充足を目的としてナチスが設立した〈レーベンスボルン〉を舞台に、総統公認の青少年団〈ヒトラー・ユーゲント〉の団員だった少年たちの心の軌跡をたどる、壮大な時代と人間のドラマ。
感想・レビュー・書評
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ナチス、SSといったら恐ろしいイメージばかり持っていたし、非道なことをしたのは事実だろう。でもヘルマンやカールが狂っていたとは思えない。虐殺とは無関係だったとしても、残虐な組織だからと聞く耳を持たれないのがとても歯痒かった。
丸ごと否定されて反論できず、思い出も語れないでずっと生きていくことを想像すると、感情全部押し込めて塞がれたみたいで胸が苦しくなった。
悪のラベルを貼って中身を知らないままだと、いつか正義を振りかざして同じことを繰り返すのじゃないかと、それも怖い。読んでよかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
二段組で600頁越え、あまりの分厚さに腕が筋肉痛になりかけましたが(文庫は3分冊だもんなあ)なんとか読了。舞台は第一次大戦後の1930年代から第二次大戦を経て終戦後までのドイツ、ヒトラーユーゲントに憧れる少年たちが大人になりそれぞれの末路を辿る群像劇。
少年カールとエルヴィンのナポラ時代のあれこれは、なんやかんやでドイツだしギムナジウムだしで萩尾望都的な世界でもあるけれど、彼らが憧れるエルヴィンの従兄でSS少尉のヘルマンのほうはすでに一線で活躍せねばならず過酷。しかしやがてカールも戦線に赴き第一線で活躍するようになり・・・。
とにかく時代背景が複雑なので世界史の教科書を読んでるような気分になる部分も多々あったけど、皆川博子の書いた教科書なら比較的すらすら頭に入ってくる不思議。にしても、戦闘描写がかなり多くていろんな意味でしんどかった。
戦争には勝者と敗者がいるけれど、勝敗に関係なくどちらが正義でどちらが悪かを決めることは難しい。ヒトラーのしたことは現代では悪と断罪されますが、カールやヘルマンのような兵士の一人一人はただ与えられた任務に忠実であろうとし、指導者を信じ、祖国や家族を守ろうとしただけだった。どの国でもきっとそうだろう。
カールやヘルマンにまとわりつくマックスというキャラクターが得体がしれなくて大変気持ち悪かったのだけど、結局生き残るのは、戦時下でも己のエゴにのみ忠実で、大義名分に洗脳されない彼のような人間なのかも。ヘルマンやカールは真面目で潔癖ゆえにお人よしな側面があり、いつかマックスに陥れられるんじゃないかとハラハラした。杞憂に終わったけれど、ではマックスは結局何がしたかったんだろう?本当にただ純粋に、カールのこともヘルマンのことも愛情を抱いていただけだったんだろうか。 -
●カストラートや人体実験の結果生まれた双子など、きわめて幻想的な彩りに満ちた『死の泉』にくらべると、『総統の子ら』は戦争の悲惨を描いた小説。
陳腐な書き方で恐縮なのですが、実際、虐殺された捕虜の死体の表現とか、酸鼻きわまりないのです。
途中で現れる捕虜収容所の描写は、『冬の旅人』のそれを連想したかな。
それでも、皆川博子小説らしいと言うべきか、ところどころに華麗なお貴族社会とボーイズラブの気配がほんのりと(笑)
●少年たちに軍人としてのエリート教育を施す機関ナポラ。
乱暴な年上の少年マックスの暴力から逃れるため、ナポラに入る決意をしたカールは、貴族の少年エルヴィン、その従兄のSS少尉ヘルマンらと運命的な出会いをすることになる・・・。
ってカール、愛されてるなあ。やはり、芯が強くて本質的に明るい子は、皆に好かれるんですねえ。
私のご贔屓は賢い美少年(←だと勝手に決定)で死に癖のある(・・・)エルヴィン君です。
美少年時代も良いですが、落ち着いた彼もかなりよござんすよ。
●しかし、読了後いちばんに残る感想はやはり、「人間て、なんてアホウ・・・。」
勝者の都合の良いように歴史を書き換えるのが常とは言え。
そして、人間は、自分にとって有利なものしか見ない生き物であるとは言え。
私、ナチスを擁護する気はさらっさらございませんよ。
これはあくまで小説であって、歴史ではないしね。
それでも、戦争に際しての残虐行為を行ったのはナチス・ドイツだけであり、いわゆる連合国が清廉潔白であった、と言うのも、確かにおかしな話だと思うのです。
人間性ほど当てにならないものはありませんからね。
すべての悪を、ナチスに押し付けるのはいかがなものか。
だからと言って、ナチスに罪がなかったとは思わないし、ヒトラー政権を止めなかったドイツ国民が無実だとも思わないのですが。
アメリカに乗ってイラクに派兵する日本の国民が、今後ありうる事態に対して無垢ではないようにね。 -
『聖餐城』を彷彿とさせるほど緻密な戦争小説でありながら、世界の凄惨と残酷の歴史をあますことなく描かれた圧倒的筆力に、読者はただ平伏す。
ところで皆川先生的には、『薔薇密室』でのヒムラーと本作でのヒムラーは並行世界の同一人物って設定なのかしらん?? -
ヒトラーの美意識は本当にすごいなと思う。
純粋なアーリア人でなければSSには入れず、黒髪か黒目は即失格。
金髪碧眼の青年達に黒い軍服とか、天才の発想……
ナチ、すなわち悪という価値観は、勝者に植え付けられたものだったのだな。見方が変わりました。
戦争の酷いことは、負けた者が何をされても文句は言えない残虐性もあるのだ。
ヘルマンとカール、エルヴィンの愛した2人の男は、それぞれの形で戦争の犠牲となった。
切なくも壮大な物語でした。 -
コーヒーブレイク本。
アドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP:通称、ナチス)がドイツの政権獲得後に設立した教育施設ナポラを舞台に、当時のドイツ人青少年の青春を描いた小説(2003/10/30発行)。
歴史的事実にフィクションの人物を登場させ物語を進めるスタイルの小説かと思っていましたが、事実と異なる部分が多々ある上、戦後ドイツ人の言い訳じみたストーリー展開もあり、少し期待外れの小説でした。
著者はドイツにまで取材に行き、当時の記録や資料の収集などをして本書を書き上げたようですが、ナポラをアドルフ・ヒトラー・シューレと誤認していたり、武装SSのライプシュタンダルテ・SS・アドルフ・ヒトラー(LSSAH)に当初から戦車が配備(?)されクルト・マイヤーが戦車兵の教官(?)としていたり、西側連合軍のドイツ兵捕虜に対する処遇にジェームズ・バクーの「消えた百万人」を資料としている他、幾らフィクションの小説とは云え、歴史修正されたストーリーで戦争の善悪や悲惨について語ているのには疑問を感じました。 もっとも本書はif戦記だと云うのなら話は別ですが、もしそちらのジャンルであるのなら、戦記の中身が薄すぎると思いました。 -
戦争なんて理不尽なもの、ましてや敗戦国なんて......
と頭ではわかっているけれど、悲しすぎる。
でも読んでよかった。
重い話だけれど、文章が巧みですらすら読める良作。 -
戦争について、簡単に何かを言うことはできないし、どんな言葉をもってしてもあらわすことは難しいと思うけれど、ひとつ言うのなら、戦争において「正義」なんてないのだと思った。
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こうして本棚を整理してみるとわたしはどうやら不条理な物語が大好きらしい。暗くて重い話はなるべく避けて通っているはずなのだけど、いざ読んでしまうととても大好きになっていたりする。この本は主人公にとってはとても残酷な形で終わっているのだけど、戦争を生き延びた主人公の親友によって不条理な物語に救いが見えた気がした。わたしはこの本がすごく大好きで、きっとこれから一生大好きでいると思う。
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予想されていたことではあるけれど、重い、暗い、難しい、と見事に三拍子揃った作品。「死の泉」のようなものをイメージして読み始めたけれど、けっこう似て非なるもの。だいたい、「総統の子ら」はミステリとは言いがたいし。こういうのが「歴史ロマン」というやつか?(読み慣れないのであまり知らない) かなりとっつきにくい印象はあるし、さくさく読み進むのもなかなか困難(特に貧困な私の世界史知識がまったく追いつかない状態では)。その分読み終えるとばっちり充実感を味わえる。どれだけ理解できたかは謎なんだけれど……(冷や汗)。
皆川作品には珍しく、主体となる登場人物がほとんど男性で、女性の視点というのがあまりない。さらにこういう時代背景・国事情なんかがよく分からないし、感情移入はしにくい印象だった。特に「ヒトラー=悪者」というイメージが拭いきれないので、ヒトラー・ユーゲントの存在意義だとか主義主張などについては「なんで~?」と思ってしまう。だけど読み進むうち、何が良くて何が悪いなんて一概には言えないんだよなあ、というのを実感せざるを得なかった。もちろんそちらを主体に描かれているせいなんだろうけど、ドイツがまったく「被害者」に思えてきたりするんだもの。というよりも、登場人物ほとんど全員あまりに悲劇的。戦犯とされる人だって、その人が本当に悪いとは限らないんだしなあ。結局害悪は「戦争そのもの」であって、一個人はみんな被害者ってことか。 -
テーマの強さが600Pというボリュームに応えていて、すごく読み応えがあった。それに文章が読みやすいので飽きない。こういう視点の切り替えはそれだけで考えさせる部分が多いけど、さらにその先の、現代世界というレベルで共有される「問題」を感じとる、というところまで思考を展開させられて、なんだかもう思わず、圧巻だなあああ、というかんじ…
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「死の泉」に引き続きこれもまた戦時中のドイツなのですが、これは被害者側というよりは、ヒットラー側の人間に重点を置いた物語です。
これまた長編なのですが、一気に読みました。
読み終わってから、死の泉のときのようなある種の恍惚感よりは、戦争の勝敗にまつわる正義と悪について随分と考えてしまった思い出があります。
とにかく余韻がすごかった。 -
第一次大戦の敗戦、ヴェルサイユ条約、それによって引き起こされたすさまじいインフレ…。
叩き潰され、毟り取られたどん底から、ドイツを再びの栄光の時代へと復活させたアドルフ・ヒトラー。<br>
ヘルマンを崇拝するカール。ヒアツィントから崇拝される歴戦の勇士となったカール。
ヘルマンからカール、カールからヒアツィントへと渡った護身のライター。<br>
栄光の道から外れ、勲章で称えられることはなくともドイツの為に闘い続けたヘルマン。<br>
非力だった少年時代は終わり、数々の勲章を手にしたカール。<br>
「子供はじきに大人になる」
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戦争の中で育ち、青春をドイツに捧げた彼ら。<br>
けれど私は思う。
彼らはきっと「祖国に裏切られた」とは考えなかっただろう、と。 -
ナチスの理念を寄宿学校で身に付け、信奉し、軍の指導者として育った青少年たちが、それを実戦で体現させる。
彼らは誇り高く、軍紀に忠実で、捕虜にも国際的な規則に則った人道的な扱いをした。時に赤軍パルチザンが民衆の中に紛れ、皆殺し以外にその地の安寧を図ることができなくなることはあっても。
SSの中でも最精鋭と目されたヘルマンに憧れたカールも、彼の後を追い一線の指導者となって少年兵の憧れの的へと成長。寄宿舎で何かと「決闘だ!」と子供っぽく主張していたカールとは隔世の感。この間十年も経っていないのに。
終章では、戦争初期に片足を失ったカールの親友エルヴィンが、この小説で書かれた長い長い回想を始めようとする。
いささかドイツに肩入れし過ぎている気もするけれど、同じ敗戦国の日本人だから深く理解できる部分があると気がする。恐らく戦勝国の人はこのようには書けないだろうと。
〈平和に対する罪〉、〈人道に対する罪〉、戦後新たに制定されたこの二つの罪は日独にのみ遡及法の原則を破って適用された。今、歴史を振り返ってみた時、よくまあ植民地で好き勝手やってた連合国側がそんなこと言えたものだと。「正々堂々と、力ある限り戦った。それを、犯罪と呼ぶのか」、このカールの一言が、著者の一番言いたかったことだと思う。 -
古本屋で文庫を手に取ったが買いそびれたままになっていた。図書館にあるのを知り借りる。
620ページ二段組。
1934年ナチスドイツ、ナポラ・ナチ党員養成機関を受験する二人の少年は出会い、武装親衛隊に入隊し、戦後までを描く歴史小説。
自分はこの作家の「死の泉」しか読んだことがないが、創作と史実をどう組み合わせるのかを確認しながら読む。著者は正義とはなにかを読者に突きつけていて、非常に重い読後感がある。国を愛する少年たちの心情や国が負けるということ、奇々怪々な国際情勢のにやるせない気持ちになる。不条理極まりなく、そしてそれが現実という事実。 -
ヒトラーユーゲントで学んだ少年たち。第二次世界大戦について。
移民問題・民族感情は国を左右する。
遺伝による知能・身体能力への影響がある以上、軽々しく移民を受け入れたりするのも考えたほうがいいと思った。
戦勝国・敗戦国の扱いの差!東京裁判に通じる。 -
以前読了の"海賊女王"までののめり込みは無かったものの、世界大戦の歴史と時事の流れの現実をくまなく見せつける。偏狭にとらわれること無く、この作品も超重厚かつ、隙間無く叩きのめしに来る、、またもや追随を許さない一冊を目の当たりにしてしまった♪。
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誰だってその時その時の環境の中で、考え、生きているのだ。
ただ、世界にはどうしようもないことがあるだけだ。
ところで、マックスがいなければ作中のそれっぽさ、そこまで上がらなかったと思うんだけどなんなの。耽美な感じとか想いとかは他でも読み取れるけど、マックスだけ明らかに…
著者プロフィール
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