十二夜 闇と罪の王朝文学史

  • 集英社 (2003年11月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784087746747

作品紹介・あらすじ

近親姦と近親殺という闇と罪をめぐる日本王朝文学史。詩人・高橋睦郎が大胆な解釈をもって、王朝時代文芸とそれを生んだ古代同族社会の魅力と謎に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 近親相姦が禁忌とされたのは人間の歴史の中でいつの時代からなのだろうか。遺伝子のもたらす悪影響など知らぬ太古の昔から、我々の祖先たちが近親相姦のもたらす結果を恐れ、それを忌み嫌いながらも、一方で、禁忌とされることによりなおいっそう惹かれるというアンビヴァレンツな心理に置かれていたことは、近親相姦とそれのもたらす悲劇がオイディプ-スの物語をはじめ、多くの神話に繰り返し現れることを見ても明らかである。

    本朝の文学史においても事は同じである。源氏物語を例にとれば、「源氏の藤壺への恋情の罪の正体は、父の思い者への恋情であることを超えて、成人にとって禁忌である母なる者姉なる者への恋情であることに在る」といえる。『伊勢物語』における「むかしおとこ」が斎宮と交情を結んだことが東下りの原因になるのも、源氏の須磨への配流も、今ひとつ付け加えるなら倭建命の西国遠征と姨倭比売命との関係もみな、天照大御神と須佐之男命の宇気比(高橋はこれを性行為を指すと解釈する)により、須佐之男命が追放されたことの模倣と反復である。

    高橋はこう結論する。「いずれにしても、わが国の古代文芸を通じて流れる大きな主題のひとつ、伊勢の女の正体は、成人男子にとって禁忌の対象である母なるもの・姉なるものだった、とだけはいえよう。(第九夜「伊勢の女」)」『古事記』、『源氏物語』、『伊勢物語』が、こうして母なるもの・姉なるものへの恋慕とそれを罪とする追放・流浪の物語に収斂する様は、いっそ見事と言えよう。

    原始時代、家と家とは対立していた。対抗上、一族で家を固める必要が一族婚を生んだのだろう。天皇家の近親姦的一族支配がそれだが、神話には兄妹婚とそれに対する怖れが執拗なまでに反復強記されている。それを毀した藤原氏もまた、権力を握ると一族支配を始め、それは武家の支配する時代となっても代わらず反復されることになる。一族支配とは支配が成立した後は一族内で権力を争うということである。これにより、近親婚は近親殺を生む。「わが国の古代が近親姦(近親婚)・近親殺の引力と斥力の相克の期間だった」というのが高橋の説である。

    定家の百人一首でもって、その時代(翠帳紅閨)を総括し、「以後の文芸の徒は翠帳紅閨を、ひたすら柴扉桑門を通して遠望することになる。」翠帳紅閨とは近親婚即ち王朝時代を意味し、柴扉桑門とは異族婚の時代、つまり、中世からこちらを意味している。その予言的先行者西行が崇徳院の御陵を訪る「僧形の旅人が此を通して彼を忍ぶ構造はそのまま」複式夢幻能の世界に通じている。

    能の演者の原点は、一般に考えられるシテではなく、むしろワキだったのではないかという考察から、王朝時代の死者を弔う装置としての複式夢幻能の成立という論を立てる「もう一つの夜-王朝を弔う」は、もともと王朝文学史を扱った十二夜のあとがきと考えられていた。しかし、能にあって弔われている対象が、妻問い婚という習慣の陰で待つことを運命づけられた女性や身分の低い下郎、果ては異形の者にまで及んでいることに気づいたとき、別立ての一章となった。

    「思うに上層の恣意によって作られる歴史のマイナス面は、いつも下層の者によって浄められてきた。いや、これからも浄められていくのではないか。時と所とを問わず、芸術と芸能とを問わず、表現者が立つべき位置はここでなければなるまい」という昂揚した結語は、高橋がかつて三島の薫陶を受けた詩人であったことを思うとき、なおさらに感慨が深まるものがある。

  • 古代(王朝)文芸の歴史を、近親姦(婚)と他族姦(婚)の相克の歴史=闇と罪の歴史ととらえて、古事記から定家までの文芸の底に流れる闇の部分に光を当てる。その終焉に引導を渡したのが世阿弥の能だと。

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著者プロフィール

昭和12年12月15日、北九州八幡に生まれる。
少年時代より詩、短歌、俳句、散文を併作。のち、新作能、狂言、浄瑠璃、オペラ臺本などを加へる傍ら、古典文藝、藝能の再見を續ける。
俳句関連に句集『句帖』『童鈔』『稽古』『金澤百句』『賚』『遊行』『十年』『那須いつ
も』『百枕』『季語練習帖』、評論『私自身のための俳句入門』『百人一句』『季語百話』『詩心二千年』等。本
芸術院会員。文化功労者。

「2024年 『花や鳥』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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