空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む

著者 :
  • 集英社
4.06
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本棚登録 : 641
レビュー : 120
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087814705

作品紹介・あらすじ

チベットのツアンポー峡谷に挑んだ探険家たちの旅を追い、筆者も谷を踏破。もう一度訪れたいと再び挑むが、想定外の出来事の連続に旅は脱出行と化す。第8回開高健ノンフィクション賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 初、角幡さんの探検記。
    まさに探検、冒険という名にふさわしい、命をかけた壮絶な記録だった。
    世界最大のツアンポー峡谷に、2002年と2009年、二度にわたり単独での探検を敢行する。

    幻の滝を探し求めて、これまでにも多くの探検家たちが訪れていたツアンポー峡谷、しかしまだ誰も踏破していない「空白の5マイル」が存在した。
    筆者の探検記録の前に挿入されている、ツアンポー峡谷におけるこれまでの探検史が、ツアンポー峡谷への関心を引き、これからの角幡さんの探検への期待と興奮を高めてくれる。

    筆者は最初の探検で、空白の5マイルのほとんどを踏破したが、数年経つうちに物足りなく思え、次第にツアンポーへの冒険心が沸き起こってきた。
    しかし、満を持して挑んだ二度目の探検の際、思わぬ困難が次々と襲いかかる…。
    中国のチベット支配は不当だと考える筆者は、チベットへの入境を厳しく制約する中国への反感から、許可証をとらず無許可入境をすると決めていた(1度目も無許可だったが、賄賂?を支払って、お咎めなく入境)。
    ところが携帯電話が普及したことで、村人が当局に密告をすることが可能となり、許可証なくしては現地の人々の協力を得られなくなっていた。

    許可証の有無を尋ねずに案内をしてもらえそうだった村人にも、2日目には、許可証のない外国人とかかわると厳しく処罰されるとして案内を拒絶される。
    予定していた日程は大幅な変更を余儀なくされ、そればかりか、悪天候、悪路に阻まれ、食糧が減り、体力が奪われ、疲れが蓄積し、空白の5マイルを踏破する目的は、「生きて帰る」ことに変わっていく。

    もう元きた村には戻れない、でも地図上にあるはずの村がなくなっている、この先に橋がなければ、そこに待つのは死…
    あまりに壮絶で、「これを書いてるってことは生還したってことなんだから」と思うのに、筆者の孤独、焦り、恐怖、混乱がひしひしと伝わってきて怖かった。

    「前人未踏」と言われていた時代から、当たり前にそこに居住していたチベットの人々が、秘境性を高めるために中国当局に追い払われ、外国人との接触を断たれ、常に監視され、互いに密告し…。そんなチベットの現状に切なくもなった。

    朝日新聞で記者をしていたという経歴を持つ筆者。
    構成力、文章力ともに素晴らしく、ツアンポー峡谷や探検の醍醐味を存分に伝えてくれる、とても読み応えのある1冊。

  •  

  • チベットの奥地、ツァンポー峡谷に現代まで残された空白の5マイルをめぐる冒険記。すごい道を進んでいくことに加え、文章がうまいので、どんどん惹きつけられてしまう。

  • チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む。
    著者は、現代における探検の意味と問いかけている。単独行と原始的手段にこだわり、自分にとっての意味を噛みしめている。
    しかし、本に書くということは、個人的体験を他人と共有することになる。
    果たして可能なのか。

  • ツアンポー渓谷。チベット高原を横断しインドへ流れ込むツアンポー川(ヤル・ツアンポー、ツアンポーの方が「川」って意味なのだが)がヒマラヤ山脈東端で折れ曲がる屈曲部の渓谷。19世紀までは、そもそもツアンポー川の下流がどこにつながっているかも諸説あり、大滝伝説がある、ほとんど人跡未踏の地であった。「空白の5マイル」とは、1924年にツアンポー渓谷を踏破したフランク・キングドン=ウォードが探検できなった最後の秘境をさす。

    著者は早大探検部OB。空白の5マイルとは言っても、1990年代にはあらかた探検されて、大滝伝説もほぼ決着がついていた。また秘境と言っても、元々けっこう近所にまで人が住んでいる。それでもわずかに残された秘境に挑む。いわば遅れてきた探険家であるが故に、「何でそこまでするの?」という問いが否応なく浮かび上がる。装備が不十分だったり、中国政府の許可がなかったり、結構ムチャな単独行。そのムチャに、臨場感というか読み応えがある。個人的にこういうのには弱い。しかし、生きて帰れて本当に良かったですね。

    1993年の日本人カヌーイスト遭難の挿話など、ツアンポー渓谷探検史も。

  • この人は何で死ななかったんだろう。読み終わっての最初の感想がそれだった。
    ほぼ単独での冒険にも関わらず、虫除けの装備は無い、コンパスは失くす、冬装備も無い。
    しかし、まさに冒険。生き残っている事が分かっていてさえ、この人は最後に死ぬオチなのではと思わせるほどの逃避行だった。
    写真などが載っていたがヌルい旅行記ではなく非常に面白かった。ただ行きたいとは思わないが。

  • 2011/02/03 22:20:26

  • 一万円選書本。
    チベットの秘境、ツアンポー峡谷をめぐる探検家たちの物語。ワクワクする冒険物語とは程遠く、血が通わなくなる足、到着の目処が立たないまま徐々に食料が減っている様子、孤独や絶望感など、あまりのリアルな表現に、正直、そこまでして冒険する必要があるのか、もっと他にも面白いことがあるだろうに、と思ってしまった。
    とはいえ、多くの人がツアンポーに魅せられた事実はあり、彼らを突き動かす何かが確実にある、ということは垣間見ることができた。終盤で、著者が「今の時代、場所に行くこと自体には価値がない」と述べていた。きっと、社会の多くの人が生きる糧としている社会との繋がり、ではなく、自分自身か、もしくはもっと壮大な何かに認められることが、彼らにとっての生きがいになるのだろうと考えた。そう考えると、冒険は場所の移動だけではないし、誰しもが冒険するべきなんだろうと感じた。

  • そんなに冒険モノを読んでいる訳じゃないけど、冒険モノには標準的な書き方というのがあるのだろうか?この本の場合は、チベット奥地における過去の冒険者の物語と、著者自身の冒険が交錯して描かれていて、著者の冒険記録だけでは生まれなかった味わいがある気がする。

    この本にも書いてあるように、あらゆる秘境が探検し尽された現代において、冒険とは何か?という問いは避けることができない。だから過去の冒険を参照するのは当然だろう。その過去の冒険を著者の視点から改めて描き直して、自身の冒険と照らし合わせたとき、歴史という大きな物語の流れの中にいる、著者自身の冒険が物語性を帯びるのかもしれない。以前に読んだこの著者の「雪男は向こうからやって来た」という本も、過去の冒険を描きつつ自身の冒険を綴っていて大変おもしろかった。この書き方が著者の武器なんだろうと思う。

    ちなみに一番印象深かったエピソードは、濁流に流される仲間を救おうとして自らも濁流に飲み込まれ亡くなった若い日本人カヌーイストの話だった。著者の視点から語られる、亡くなったカヌーイストの冒険と死生観が印象に残った。

    最後の章も著者の生死がかかった緊迫感があってよかった。冒険、というほど大げさなことではないけど、人生には「橋がない!」みたいなことがあるし、「ワイヤーロープがあった!」みたいなこともある。まったく緊迫度のレベルが異なる事態とはいえ、共感できたのがおもしろかった。

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著者プロフィール

角幡 唯介(かくはた ゆうすけ)
1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。同社退社後、ネパール雪男捜索隊隊員。『空白の五マイル』(集英社)で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で新田次郎文学賞受賞。『アグルーカの行方』(集英社)で講談社ノンフィクション賞受賞。

「2014年 『地図のない場所で眠りたい』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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