食べる。

  • 集英社 (2011年11月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (216ページ) / ISBN・EAN: 9784087814835

作品紹介・あらすじ

世界を旅し、“食"を通して諸相を斬新に描く短編集
開高賞受賞作『インパラの朝』から2年。気鋭のノンフィクション作家が、15の国でめぐり合った人たちを“食べる"ことを媒介に、いままでにない手法で描いた珠玉のドキュメンタリー短編集。

感想・レビュー・書評

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  • 世界を旅したノンフィクション作家による、「15の国でめぐり会った人たちの諸相を"食べる"ことを媒介に斬新な手法で描いた珠玉のドキュメンタリー。」という紹介文の本。
    うーん、ドキュメンタリーと言えばそんな気もするし、エッセイと言えばそんな気もする。あと、著者はノンフィクション作家だからノンフィクション?

    本著を読んでいて感じたのは、「どういう目的意識で書かれた文章なのかが明示されない」ということ。(ある意味、関西人の「で、オチは?」に通ずる感覚でしょうか(笑)
    「食べ物が出てくる紀行文のエッセイ」として、著者の経験を物珍しく眺めることはもちろん簡単なのですが、読んでいて単にそれだけの文章ではないような印象もあるのです。

    手掛かりとしては…
    ・本著に出てくる全ての食べ物は、旅先での人との出会いを媒介としている(単に食堂で注文した、というものはない。塩ラーメンは少しそれに近いけど)
    ・単に美味しいかどうかを基準に食べ物が選ばれている訳ではなさそう
    ・〇〇という食べ物の謎を解明する、的なテーマは特に無い
    というあたりからすると、極めて個人的な経験である「食べる。」という行為が、旅をして人と触れ合う中で新しい食や経験に触れることになり、著者自身に新たな「世界の手触り」をもたらしていく。
    こう考えれば、「著者自身を題材としたドキュメンタリー」と言えるんだろうか。。

    ドキュメンタリーやノンフィクションと言われると、テーマ設定をつい求めてしまうのですが、著者のスタイルは独特な印象です。
    こう書いてはいますが、現地の空気感まで伝えるような瑞々しい文章やエッジの効いた国や食べ物のチョイス(初っ端のエチオピアは重めのボールですが…)、読んでいて旅に誘われるような気持ちになります。分量も軽めなので、気軽に読んでみてほしい1冊です。

    個人的には、香港のBBQを経験してみたい!(現地に友人が必要そうですね。。)
    あと、ウォッカを飲みまくったくだりは良く文章にできるくらい記憶が残ってたなぁと。お酒強いんですね。

  • 私の食への興味がいかに底が浅いかを思い知らされた一冊。グルジアには行ってみたいと思ったが、「ゲロ」と「ゾーキン」は食べてみたいような、みたくないような。

  • 図書館でタイトルに惹かれて手に取った1冊。
    タイトルの通り、旅中の食事や食べ物を中心にそれらを通した世界各地への旅の様子が描かれている一冊。筆者が旅を通して感じたことや主観的な意見はそんなに多く描かれておらず、出来事の描写が多めな気がする。でもそれらの描写からなぜか出会った人たちの温かみ、人間味、温度を感じられる。筆者のことを知らなかったのでどんな方なんだろうと思い調べたら、この記事が出てきた。

    https://colorful.futabanet.jp/articles/-/5570

    違う本が出た時のインタビューだけれど、この言葉がとても印象に残った。
    ー世の中はいつも、誰かが誰かに意見をぶつけ合う構図で動いていく。主張と主張のぶつかり合いのほうが、ずっとわかりやすく、刺激的だからでしょう。そんな中で、利害に結びつかない言葉や善悪の判断がつかないような出来事は、いつも見過ごされてしまう。けれど、本当はそうした「毒にも薬にもならないところ」にこそ、人々の静かな営みがある

    本当にこの通りだなと思った。多くの人の気に留めてもらうためには、大々的な肩書きや尖った言葉を並べて表現することが好まれるが、そこまでするほどの特徴はない。静かで、ある意味地味で、変わり映えのないいつも通りな感じ。でもそれこそが、そこに住む人たちの生活。誰かに見せるためでもお金にするためでもなく、ただそうやって生きている、それ以上でもそれ以下でもない。そういうのが「毒にも薬にもならないところ」であって、その認識のもと書いているから写実的な表現でありつつでもそれを愛おしむが故のあたたかさが伝わってくるんだろうなと思った。

    そしてまた、「旅を重ねると次第に異文化などには興味がなくなり、結局見ていたのは人で、目の前の個人との関係に重心を置くようになった」というのも自分の考えの移り変わりと重なっていて面白い。だから筆者はそれは日本でもできると考え、旅に出なくなった。自分は、まだ知らない世界がたくさんあるから、旅したいという欲はまだまだ消えないと思う。

    世界中に転がっている、毒にも薬にもならないところを自分はたくさん疑似体験してみたくて、こういう本をいっぱい読みたいと思う。また、自分が生まれ育った場所に関してもこういう捉え方もあるなと思えた。目ぼしい観光名所もなく人口流出が課題な場所で、観光客を呼ぶためにアピールしているけれど大成功しているとは思えないしそこに住む市民の「ここはこういう土地」という感覚とも離れている気がする。けれど、無理に尖らせる必要はなくて、ただそこにある、ということを伝えることができたらいいのかな、と考えた。

  • 旅を食べ物、食べることという切り口で綴ったもの。ここまで極端なところへの旅行じゃなくても、普通の観光地でも食べ物にチャレンジするのには勇気がいる。体調を崩す要因にもなるから。
    なので、いろんな経験をするには強い胃腸が必要だ、と痛感…

  • 章ごとに著者が別人のように変わる。それが妙にリアルというか旅ってそういうもの

  • この著者の本を読むのは3冊目。何となく読む前の予想と違った内容・読後感をいつも与えられているような気がする。この本も書題そのままに世界のいろいろな所でいろいろなものを食べた記録かと思いきや、食べものは脇役。いろんな国で何かを食べたときの相手や状況に関することが中心。いろんな人と出会い、いろんな状況で、いろんな気持ちで食べている。そう考えると、「食べる」ということにまつわるいろんなエピソードが入っているという点で書題は内容をストレートに表していたといえるかも。

  • コンセプトは辺見庸の「もの食う人々」を思わせるけど、空気感はカジュアル

  • 世界各国を旅する作者が、おりおりに食べたものをテーマにして書いたエッセイ。

    なのだが、「食のエッセイ」とちょっと違う、「旅のエッセイ」でもない。「人との出会い」も大きなテーマではあるんだがメインかというと、それもなんだか違うような…。このエッセイはなんなんだろ?

    結果、このエッセイは「旅・食・人」を通じて「私」を語っているのかな?と考えた。総じていえば、エッセイなんてそういうものなのだが、この本の場合、特に「私語り」の色合いが強いように思う。

    第1話の臭いインジェラを食べるところから、日本の「ラーメンと豚丼」、最終章の東ヨーロッパ各国の家庭料理に至るまで、ずっと「食べた私はこう思った」「隣の彼女の笑顔は私に語りかけた」「濡れた靴下を乾かしながら私は…」。私は…私は…私は…。なのである。

    これって素晴らしいと思う。周りの人や情景や読み手のことを考えて俯瞰的に描いたエッセイが多い中、自分自身をどっしりと中心に据えるという安定感が心地よい。読者にとって、作者目線で書かれた文章を読むというのが、さくしゃの思いを一番誠実に共有できるはずなのである。

    「これを書いた時の作者の気持ちを述べよ」というチンケな問題を出されたとしても、比較的正解に近い回答を出しやすい文章ではないか?それくらい剛速球で想いをぶつけてくれる文章は、読んで気持ち良いのである。

  • ノンフィクション

  • 食べることを通して、違う環境に生きる人々に触れ合うことの楽しさが伝わってきます。
    結構危なそうな所も行ってますけど、著者の人柄なのか、旅先の人がやさしいです。
    ああ、俺も旅行に行きたい!っていう衝動をかき立てられる一冊でした。

  • インジェラ―エチオピア
    サンボル―スリランカ
    水―スーダン
    野菜スープと羊肉―モンゴル
    ジャンクフード―ボツワナ
    BBQ―香港
    キャッサバのココナツミルク煮込み―モザンビーク
    臭臭鍋と臭豆腐―台湾
    ヤギの内臓―ネパール
    グリーンティー―パキスタン
    タコス―メキシコ
    ラーメンと獣肉―日本
    自家蒸留ウォッカ―アルメニア
    自家醸造ワイン―グルジア

  • 旅さえすれば良いみたいな風潮は疑問だけど
    いろんな人たちと出会うあの感じは
    やっぱり一生のうち一度は旅をした方が
    良いと思わざるを得ない。
    写真をとったって描写が必要以上にあるんだから
    せめて料理の写真が見たい。
    このパターンの本は多いけど
    食い意地はってる私としてはまずは料理の写真!
    異国人とのエピソードは、正直どこに行って
    何をしたってそれなりなんだから。
    ただし、やはり胃袋が強くてなんでも食べるのは
    経験的にも女性の方が多い気がする…
    下の話を書かないだけかな⁇

  • 290.9

  • 中村安希さんの本は「インパラの朝」に続いて2冊目。この「食べる。」もすごい本で、読み終えるのがいやだったほどだ。「食べる」ということと、「旅」というものを見直して、よりいっそう味わい深い人生にしたい。

  • 290.9-ナカ  300206802

  • 自分も世界のあちこちを旅したような気になれた。
    やさしいだけではない、世界の人々の様々な顔を伝えてくれる。

  • 生々しかった。海外の姿のありのままを見せてもらえてうれしかった。アルメニアのドルマを食べてみたいな。バックパックをしてた彼の姿を思い浮かべながら読んだ。風を感じる本だった。おすすめ

  • けっこう前に読んだのにメモするの忘れてた。旅してる話。わりとすきだった気がする。

  • 初めて読んだのに懐かしい感じがするエッセイ集。
    エチオピア、メキシコ、ルーマニア、日本・・・その土地の恵みを食べつることで感じられる様々な心情を赤裸々に綴っていた。
    優しい文章で書かれているエッセイで、気軽に楽しめる内容でした。

  • 前作もそうだったけれど、こういう文章を書く人は他に知らない。なのに、どこかで読んだような気がする。なんだろうこの既視感は・・・と考えていて、ふと思い当たった。レイモンド・チャンドラー。ハードボイルドの文法なんだ。
    自分がどう感じたかを、分かった風の紋切り型の言葉で説明しようとせず、たんたんと事実を積み重ねる。食べ物がいろいろ出てくるのに、味についてほとんど書かない。自分の目で見ることを何より大切にする著者は、自分が書くものについても、自分というフィルターを極力排除して、読者に伝えようとしているのかもしれない。だからこそ逆に、リアルを見ようとする著者の目の強さが浮かび上がってくる。リアルな世界のリアルな不思議。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1979年、京都府に生まれ、三重県で育つ。高校を卒業後、渡米。カリフォルニア大学アーバイン校舞台芸術学部を卒業する。アメリカと日本で三年間の社会人生活を送ったのち、取材旅行へ。訪れた国は六十五に及ぶ。2009年、『インパラの朝』(集英社)で第七回開高健ノンフィクション賞を受賞

「2011年 『Beフラット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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