アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極

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  • 集英社
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レビュー : 48
  • Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087815061

作品紹介・あらすじ

極地探検史上最大の謎、十九世紀に一二九人全員が行方を絶った英国のフランクリン探検隊。幻の北西航路発見を果たせず全滅したとされるが、アグルーカと呼ばれる生き残りがいた?人間の生と死をめぐる力強い物語。十九世紀、地図なき世界と戦い、還らなかった人々を追う、壮絶な一六〇〇キロ徒歩行。

感想・レビュー・書評

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  • 1845年、北西航路の開拓のため、129人を率いて出発したイギリスのフランクリン探検隊は、幻の航路発見には至らないまま全員が消息を絶った。
    フランクリン探検隊に何が起こったのか。
    1600キロ、103日間。延々と続く北極の凍てつく海、不毛の荒野。筆者と北極探検家の荻田氏は、その跡をたどる旅に出た。

    飢えから、死んだ仲間を食べるというカニバリズムも行われたというフランクリン隊。
    この本は、筆者の探検記に加え、数多くの参考文献に基づくフランクリン探検隊に係る緻密な考察が随時挿入されるという重層的な構造になっている。
    それだけに読み応えは抜群。
    草すら生えない、息の水分で顔が凍る北極圏の過酷な環境。
    マイナス30度の極寒の地では、呼吸することさえエネルギーを費やし、1日5000キロカロリーをとっていても、すさまじい飢餓感が筆者らを襲う。
    そして蓄積し続ける疲労感、膿みただれていく唇のヘルペス。(血のつららの写真を見て、絶対行くことはないだろうけれど、万一北極に行くことがあれば、ヘルペスの薬だけは持っていくの忘れないようにしようと思った。)
    最新の装備や技術があっても、橇を自力で引いて、いつ終わるとも知れない絶望的な乱氷帯を乗り越え、一歩一歩を進めていく、生死をかけた北極圏の探検。
    もう途中からはページをめくる手がとまらなくなる。

    壮絶だったのは、飢えていた筆者らが麝香牛の群れと遭遇したエピソード。
    ゆっくり近づいていくも、麝香牛は顔を上げるだけで逃げない(あとでわかったことだが、出産直後の仔牛が2頭いて、群れは逃げようにも逃げられなかったのだ)。
    筆者は一番近くの一頭を撃つ。さらに筆者は、群れに合流しようとふらつきながら歩くその牛の近くに、仔牛がいるのに気づくのと同時に、2発目の銃弾を発射する。
    生まれたばかりの仔牛はよろめく母牛の側で鳴き声をあげ、必死に母牛の乳をを吸おうとする。
    筆者らは、群れから取り残され、死んだ母牛の横で眠る仔牛を押しのけ、母牛の解体を始める。ずっと鳴いていた仔牛が、解体後、テントに戻ろうとした筆者たちに向かって、ものすごい絶叫を上げて突進してくる。

    “ビエーッ、ビエーッ!
     仔牛の叫びが乾いた青い空にこだました。激しくこだました。それは、この小さな命のどこにそんなエネルギーがあるのか理解できないほどの強い絶叫だった。そして、その強く震える甲高い叫びは私たちの内面を強くゆさぶった。”

    “仔牛の絶叫は、私たちが内心感じていたが、あえてお互い口には出さなかった罪の意識を強く揺さぶった。私たちが牛を殺して食うことは、はたして許されることであったのだろうか。この小さな命は明らかに自分がこのままで死ぬことを本能的に察知していた。そしてその絶望的な状態をもたらした私たちに怒りの声を上げていた。なぜ母親を殺したのだ、と私たちを糾弾していた。なぜ自分を置いていくのだ、なぜ連れて行ってくれないのか、このままでは死んでしまうではないか、無責任ではないか。そう私たちを罵っていた。”

    旅後、筆者は自分を「残酷だった」と振り返る。
    仲間を食べたフランクリン隊とさほど変わらない地平に立ち、「ある種の生きることに対する罪悪感」を感じたという。
    牛も豚も鶏も、何でも平気で食べる私が、筆者を残酷だと思う資格はない。
    でも思ってしまう。残酷だなと。いや、違う。スーパーで食べ物を買う生活をしているとわからなくなるけれど、生き物を食べること、そして生きることは、本来こんな残酷なことなんだ。衝撃だった。

  • なんとも壮絶な北極行の記録。「空白の五マイル」とはまた違った、極地という極寒の地での苦闘に圧倒される。

    今回は単独行ではなく「北極冒険家」の友人と二人で、北西航路開拓に挑んだが129人の隊員が全滅するという悲惨な結果に終わったフランクリン隊の足跡をたどる冒険である。この探検隊については、どういう経緯で全員死亡という終末を迎えたのか、よくわかっていないそうだ。著者はフランクリン隊がとったであろうルートをたどり、食料やテントなど装備一式を橇に積み自力でそれを引きながら、六十日かけて極地を徒歩で行く。

    いやもうその旅のとんでもないことには恐れ入る。言うまでもない寒さ、北極熊の脅威、行く手を阻む乱氷帯、凍傷の恐怖、ヘルペスの悪化(これがえげつない!)などなど、読んでいるだけで苦しくなってくる。何でそこまでして、と思いつつ、命をかけた冒険にはやはりとてつもない魅力がある。一気に読み終えた。

    著者も書いているが、こういう冒険では生と死がぎりぎりのところでせめぎ合っていて、そこで得る「生の実感」には半端ではないリアルなものがあるのだろう。また、自分の肉体のみで自然そのものと対峙し、自然の中に入り込んでいるという感覚は他の体験では得られないものなのだろう。そういうものの引力にとらえられた人たちが、冒険を追求していくことになるのだろう。

    それにしても、何でそこまでして…。何によらず「強度」を求めていく生き方は、自分にはよくわからない。遠巻きに見るぶんには、おそろしく魅力的ではある。著者のちょっとマッチョな感じが気にならないでもないが、これまでの本と同じくぐいぐい読ませる面白さがあった。

  • ほわー!ホントにこんなとこしてる人いるんだなーっとただただ驚嘆!
    思えばこーゆー探検ドキュメントみたいなの読んだのって初めてかも。
    北極かあ。
    つーか10度以下になった時点で冷える~っと悲鳴をあげている私には絶対無理。
    が、そーゆーありえない状況が、日常になると、それがあたりまえでなんとも思わなくなる、とゆーのが印象的だった。
    なるほど、どーゆー状況でも人間は慣れるものなんだな、と。
    こう町の影がみえてきて、そこへ向かっていくうちに、
    人のいる世界が日常へと変わっていく、とゆー感覚が、すごいなーっと。
    にしても、ほんと、どんだけ過酷なんだっ。
    血がつららになる、とか。もうありえない。痛すぎるぞ。

    実際の様子とフランクリン隊についての諸々の記述が交互に書かれてあるので、こうテンポよく読めるとゆーか。文章も読みやすく、
    この人のは他のも読んでみたいなあっと思わせた。

    やっぱイチバン鮮烈だったのは麝香牛を喰うとこでしょうか。
    いやーでも自分でさばけるとかスゴイ。
    食べることが生きることに直結する。そのなんとゆうか圧倒的ななにか。
    自然に囚われる、かあ。
    きっとこの人も同じなんだろうなあ。
    私だったら二度と行きたくない、と思うだろうケド。
    いや、その前に生き残れないと思うが。
    しっかしなんなんだろう。
    こんなとこで生きれるわけないだろっとゆーようなところへ
    何度も何度も行こうとした、する、人たち。
    それほどのものが、きっとあるんだろうなあ。
    そして、そーゆーひとたちになんとなく憧れを抱いちゃうんだな、なぜか。




    検索3度目の正直にして。
    そろそろエラー、どうにかして欲しいなあ。
    ちょっとイラッとする。
    他の検索使うとか、できないのかしら??

  • 新聞の書評で本書を見つけ、開高健ノンフィクション賞を受賞した時から気になっていた著者でもあり、読んでみた。

    19世紀半ばに、ジョン・フランクリン率いる北西航路探検隊129名全員が亡くなった航路を辿ることで、彼らの見たものを自分の目で確かめようと、著者と極地探検家の荻田泰永の二人で挑んだ北極冒険譚。

    彼らの旅の行程をなぞりつつ、途中途中にフランクリン探検隊の謎にまつわるエピソードが差し挟まれていくという構成で、語りもうまく、そのあたりなかなかニクイ。
    かなり厳しい旅であったことは想像に難くないのだが、思いのほか淡々とした印象を持ったのは私だけだろうか?
    ただその中でも、麝香牛を殺して食べるシーンは心に刺さった。著者も最終章で「生きることに対する罪悪感」と振り返っているが、自分の命を守るためにほかの命を奪うという生命の本質のようなものを突き付けられた気がして、ちょっと動揺してしまった。
    「残酷」と言ってしまえばそれまでかもしれないが、きっとそれが命の持つ本来の姿なのだろう。私たちは普段見て見ぬふりをしているだけなのだ。

    もともとノンフィクション好きだし、このような冒険譚も大好きなのだが、常々思うのは、なんだってこの人たちはわざわざこんなところまで行って、肉体と精神の極限の只中に飛び込むのか、何を好きこのんでマイナス40度だの、断崖絶壁だの(本作にはないけど)、明日の命の保証のないことをするのか、全然理解できない!私なんか大金積まれて頼まれたって絶対嫌だ!!誰も頼まないだろうけど。
    まあ、でも、著者やそのほかの著名な冒険家が言うように、題目は何であれ、冒険そのものが目的で、それ自体に価値があると思える、探検することそのものに囚われる、それに尽きるのだろうな…。
    冒険家の冒険家たる所以でしょう。

    それにしても…恐るべし、早稲田の探検部。

  • 極北の地で103日間、約1600キロを歩き続けた記録である。氷点下40度の環境では、毎日5000キロカロリーを摂取しても体内の脂肪が失せていく。作者は疲労から口唇ヘルペスを発症し、腫れあがった唇から膿や血が流れそれはそのままつららになった。強烈な飢餓感から麝香牛を撃ち殺し、その肉を解体し貪り食うシーンは迫力に満ちている。巻中にあるカラー写真も美しい。もっと激しい描写があっても良かったのではないかと想う。それ程の凄い冒険だもの。

  • GWに読了。
    19世紀の北西航路を探す旅で乗組員が全滅したミステリー。その航路を追いながらその謎を追ったけど、結局は「生きる」旅になってた。そして奇しくもそれは、19世紀のフランクリン隊と同じ景色を見つめる旅になったんだろうと思う。スゲー面白かった。生きていく罪悪感と、明確な理由もなき冒険を求める生存感の両立。

  • 極北で、かつて姿を消した大英帝国海軍探検隊の軌跡を追ったルポルタージュ。
    生きていることの意味が生々しく表れる、筆者がジャコウウシを仕留めるシーンは、この本のハイライト。私は思わず一旦キンドルからめをそむけてしまった。

  • 文章がうまいくてぐいぐい引き込まれてしまう。面白かった。

  • 2016/10/27購入
    2017/8/26読了

  • タイトルで中身の想像が大体ついてしまう本ですが、とは言え面白いのは、著者が同じようなルートを実際に旅すること。説得力は物凄くあるし、ルポは引き込まれるような面白さがあります。

    しかし、著者の探検はフランクリン隊のそれとは違って、大義は無いのではないか。国の威信をかけて新たな貿易路である北西航路を開拓する探索と、そのトレース。大変な冒険なのは文章からも、途中に挟まれた写真(いや、やっぱ写真があると違う!)からも感じられるのだけど、そこに危険を承知で行くのか、と思うと何だか切ない気持ちになります。
    フランクリン隊の真相的な何かに迫るかというと、彼らの不可解な行動(船を放棄して、また戻る?)も別に解決されてはいなくて、途中のお墓を網羅していく訳でもない。
    フランクリン隊のエピソードも、著者の訪れる場所に合わせて効果的なタイミングで挟んでくるなぁと思うものの、ちょいと狙いすぎな感覚。ストーリーが途中から読めてしまうような勿体なさを感じました。

    でも星は4つ。面白いからです!
    小さなアラの探しどころなんて、どんな本にもいくらでもあって、そんなものは「実際に行った、やった」ことの迫力の前にはすっ飛ぶのです。
    肩の力を抜いた探検ものがあってもいいのかなと思ったり。

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著者プロフィール

角幡 唯介(かくはた ゆうすけ)
1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。同社退社後、ネパール雪男捜索隊隊員。『空白の五マイル』(集英社)で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で新田次郎文学賞受賞。『アグルーカの行方』(集英社)で講談社ノンフィクション賞受賞。

「2014年 『地図のない場所で眠りたい』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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