- 集英社 (2014年1月24日発売)
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感想 : 17件
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784087815320
作品紹介・あらすじ
自然葬を推進する「葬送の自由をすすめる会」の会長を務める著者が、あっさり死ぬための「0(ゼロ)葬」を提唱。「葬式も墓も要らない」という人のための“最新"死に方入門。“死後の不安"はこれで一挙解決!
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
「0葬」という新しい死のあり方を提案する本は、葬式や墓が時代にそぐわないという視点から、シンプルな死に方を考えるきっかけを与えてくれます。著者は、従来の葬儀や仏教の慣習に疑問を持つ人々に向けて、自然葬...
感想・レビュー・書評
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葬式不要論を唱えられている島田裕巳氏の、葬式や墓がいかに時代にそぐわなくなってきているかについて書かれた本。
『葬式は、いらない』で主張されていた内容が、さらに深く掘り下げられており、とても興味深く読んだ。仏教徒でもないのに葬式もお墓も不要だと常々思っているので、深く共感した。
剃髪もせず外車を乗り回している住職家族の寺に、僕の大好きな祖父のお墓がある。仏教ってそんなものなのか。修行してほしい。車はミラパルコ程度にしてもらいたい。税金も払ってほしい。
映画『トランセンデンス』に、遺灰を湖に撒くシーンがある。 映画の内容はあんまりなのだが、あのシーンはとても美しかった。
僕は自然葬か0葬(火葬場で遺骨を引き取らず、火葬場側に処分してもらう)ですっきり人生の幕を閉じたいと思います。
なるべく多くの方に読んでもらいたい本です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
私はミニマリストに憧れがある
この本の0葬という考え方に救われた
今まで葬儀や墓について考えると嫌な気持ちになっていたが、死後は直葬してもらい骨も火葬場で処理してもらえばいいのだと教えてもらった
費用は火葬代と棺桶代くらいだと思う
葬式、戒名、お墓、仏壇、寺との付き合いは自分には必要ないかな、ミニマリスト必読の一冊
死んだらゼロになりたい -
そろそろ終活に向けて墓をどうするか、とか自分の葬式について考えたくて借りた。昨日叔父の葬式に参列してきたばかりでもあり、色々と参考になる。
ただ、2014年の本なので、最新情報は自分で調べてみたいと思う。 -
人生
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時代を追って葬式の在り方について、または、死者の葬い方について考察する内容。告別式の発祥中江兆民や、葬式の発祥曹洞宗、日本各地の葬儀の在り方がそれぞれ違うこともリポート。
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高額な葬式に疑問をもっていたのがすっきりとした。
章ごとに葬式の煩わしさ。お金のかかるものになった理由。死者でなく生者の世間体。仏教式葬儀の始まりと現代におけるその必要性。
葬儀の簡略化、費用軽減へのすすめ。
できれば個人的に自然葬にしたいものだ。 -
かつて、日本人は死者とともに生きていた。家には仏壇があり、家族が集まる茶の間には祖先の写真が飾られていた。けれども、人が都会に住むようになると、そうしたことは置き去られ、死者が忘れられた生活が定着した。死者を丁重に葬ることは日本の文化だと言われてきたが、こうして死者が遠景となった時代には、「極端な言い方をすれば、もう人を葬り、弔う必要はなくなっている」。
葬送の自由をすすめる会会長である著者は、このような考えに立ち、タイトルにもなっている「0葬」を推進しようと提案する。人が亡くなると遺体は葬儀を経て火葬場へ運ばれるのが一般的だが、遺体を直接火葬場へ運び入れ、葬儀をしないのが「直葬」である。「0葬」はさらに進んで、火葬場に遺骨を引き取ってもらうことで、葬送のすべて(墓とか供養とか戒名とか)を終了させてしまおうというものだ。
今の時代、遺体は「処理」すればよく、それは、死んでいく人も残される人も「自由だということでもある」。著者のこの言葉は、これから死者が増え続けていくこの社会に向けた、はなむけであるだろう。 -
だれもが避けて通れない事なのに誰も真剣には考えないお葬式について根本から見直すきっかけとなる一冊。興味深かったです。
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散骨や樹木葬に興味があったので読んでみました。
著者は宗教学者なので、仏教と葬儀や墓との関わりも詳しく書かれています。
いろいろな考え方があるとは思いますが、選択肢の一つとして知ることができてよかったなと思いました。 -
私もしたいと、背中を押してくれる内容。
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『葬式は、要らない』のつぎの段階に進んでいる現在を、島田先生の視線でまとめたのち、その先を見ようとしている本。
葬儀や墓が「めんどうなもの」になったのは、結局は資本の論理によるものであるということ、そこにつけこまれるのは「世間体」とかいうあやふやなものにとらわれているからであるということ、仏教式の葬儀はもともと修行途中に死んだ若い雲水のために行われたものに発したのちに俗人に応用されるようになったこと、墓参りはモータリゼーション発達によるあたらしい習慣であることなどが平明に語られてゆく。そのうえで葬儀の簡略化は時代の必然であり、自然葬はますます広まるだろう、そして究極的には「火葬場で遺骨を引き取らない~0葬」へと向かうだろうと預言する。そもそも、葬儀というものは、無念を残して亡くなった人を成仏させるための儀式であって、大往生の時代にはそぐわない。寺も破産する世の中、墓に入ったとして無縁仏になる可能性もある。ならば、生まれたときと同様、なにも残さずにこの世を去るというやり方もあっさりしてよいではないかと考える人も多いだろうと。
自分としては、たいへん共感できた。夫婦のどっちかが死んだとき、残されたほうの始末をどうしようと思っていたが、そのころには「0葬」が一般化してるのかもしれない。 -
日本では火葬が99.9%と広まり、遺骨を墓に納骨することが普通になっている。しかし、寺の檀家としてつきあいきれないことや墓を管理する者がいなくなっている現状がある。筆者は家族葬や直葬など葬儀の簡素化をめざしている。究極は0葬、マイ自然葬を推進している。
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「葬式は、要らない」で知られる島田裕巳氏が、直葬からさらに進んだ時代の状況にあわせて、火葬場で遺骨も処理してもらう「0=ゼロ葬」を提唱した内容。
極端なようですが、成年後見制度の実情などからも考えなければならない方法だと思います。 -
0葬と呼ぶ葬儀方法や自然葬については、数ページくらいの内容しかない。
・高度成長期に都市に人が集中したことで墓のありようが変わった(先祖とのつながりがなくなった)
・法律が古く一見墓を使わないといけないように見えるが役所も自然葬OKという見解であること -
葬儀以上に煩わしいお墓の問題、遺骨処理の問題に一石を投じる書。「葬式は、要らない」で葬儀業界・仏教界を敵に回した島田氏。今度は墓石・霊園業者を敵に回すことになった。葬儀をしない直葬に加え、遺骨を引き取らないゼロ葬。現在は過激な提案に思う人が多いかもしれないが、10年、20年のスパンで見ればかなりの人が受け入れるようになるだろう。
著者プロフィール
島田裕巳の作品
