五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087815979

感想・レビュー・書評

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  • 満州を途切れ途切れに追っている。
    個人的な思い入れから始まった、『川端康成全集〈第20巻〉小説 (1981年)』中の「美しい旅」の派生読書である。少女小説「美しい旅」の続編「続美しい旅」(昭和16年~17年)には、時勢に配慮してか、満州の「五族」(日本人・漢人・朝鮮人・満洲人・蒙古人)の学校が登場する。日本が5つの国の取りまとめ役となり、5つの民族が協調して暮らしていこうという、「五族協和」「王道楽土」の思想のもとにできた学校である。「続美しい旅」の学校は、小さい子のものだが、大学があったのだと本書の新聞書評を見て知った。

    その名は、「満州建国大学」。五族の優秀な学生たちを集め、有用な人材を育てようと設立された大学だった。集まった秀才たちは切磋琢磨し、議論が熱すると取っ組み合いの喧嘩をすることもあった。だが一夜過ぎればまた元通り、互いを高めていこうと励む「同志」だった。
    日本の敗戦で満州国は消滅する。同時に、建国大学の卒業生たちも、さまざまな苦難を強いられる。建国大学出身者であるというだけで、裏切り者と冷遇され、さらには迫害される者。満州から故国に戻り、どん底からやり直す者。シベリアに抑留され、なかなか故郷に戻れなかった者。
    幾多の苦難を受けつつも、その元凶であったともいえる建国大学は、多くのものにとっては懐かしい青春の場所であり続けた。そのとき抱いた夢に、嘘はなかったから。

    本書は、5つの民族の卒業生たちの、「戦後」と「現在」を追うノンフィクションである。
    著者は建国大学出身者の1人を知ったことをきっかけに、日本各地の卒業生たち、そしてアジア各地の卒業生たちの足取りを追うことになる。
    思うように進まないことが多い取材を経て、まとめられたのが本書である。

    ことの性質上、この主題にはもどかしさがつきまとう。
    1つは、当事者たちが高齢となり、記憶にあやふやな点や齟齬が生じていること。
    1つは、国によっては、政治的理由から、「真実」を語れない、糊塗せねばならない人たちがいること。さらには、このことに関して語ると身に危険が及ぶ怖れのある人までいた。
    関係者の努力で事実のすり合わせがなされ、真実に近いと思われる事柄を書いた部分もある。一方で、著者がやむなくぼかして書いた部分もある。
    建国大学での彼らの学生生活はどこか靄の中にあるようで、そしてまた卒業生自身が語る戦後も「語れる部分・語りたい部分」がデフォルメされているようにも思う。
    全般にごつごつしてすっきりしない感触があるのは、インタビュイーにそれぞれの立場や主張があり、客観的な事実の文脈に乗せにくかったのも一因だろう。
    だがなお、いや、だからこそ、この物語には、理屈を超えて胸を打つものがある。

    満州国が掲げた五族協和は、今にしてみれば砂上の楼閣だったと言うほかはない。
    しかしその旗の下に、建国大学に集ったものたちには、それぞれの民族の現状を踏まえた「理想」があった。そして何より、「若かった」。
    空にかかる虹のように、夢と描いた理想は、終戦とともに虹のように消えた。
    けれど、彼らの目にはまだ、その日見た虹が見えるのではないのか。

    夢の美しさと現実の残酷さ。
    そのギャップを見つめなおすこともまた、戦争を考えることの1つなのかもしれない。



    *満州に関しては、ちょっと全体像がつかめていないので、概説の入門書(本書にも紹介されている山室信一「キメラー満州国の肖像」(中公新書)あたり?)をそのうち読もうかなぁとも思っています。

  • 「満州建国大学」という名を本書で初めて知った。
    「五族協和」の名の傀儡国家満州国にあって、真の「五族協和」を追求したという。
    卒業生たちの波乱の人生、相互の濃厚ともいえる信頼感に圧倒された。
    新聞記者の本業の傍ら、このような書を著した著者に感謝。

  • それぞれ国や思想、人種など異なった若者が祖国の未来のために切磋琢磨し時代の流れに翻弄されていく姿が緻密な取材とともによく書かれていた。
    五族協和とても良い言葉。

  • 信念を持って、正しいことをすることは、誰でもできることじゃないし、いつの時代においても困難なことだが、それを一番難しい時代に成し遂げた男たちの素晴らしい話。

  • 満洲に五族協和を目指して関東軍 石原莞爾により設立された建国大学。わずか6年しか存在しなかったが、そこでは中国・韓国・モンゴル・ロシア・日本の若者たちが「言論の自由」を保証されて毎晩議論を繰り広げた。
    鬼籍に入る前の卒業生を各国に訪ねて聞き取りをした貴重な記録。
    そんな大学があったんだね。まさに歴史に埋もれていた存在。新聞記者らしい丁寧な取材と読みやすい文章。決してセンセーショナルではないけど大事な記録だと思う。

  • ☆とても重要なテーマだ。残念ながら、インタビュー者が物故して内容を確認できないでいる。
    こういうことだと、インタビューの内容をそのまま残したり、オーラルヒストリーとして記録を残すのも、後世への責務かもしれぬ。
    (著作)×水が消えた大河で、南三陸日記 県立 青森
    (参考)満州建国大学物語 青森 大学、白塔 満州建国大学物語 青森

  • 大学内では日本人学生、中国人学生、台湾人学生、ロシア人学生、モンゴル人学生、朝鮮人学生が自由に議論し、体制批判もできたと言うのが驚き。卒業生がみんな高齢になり、ギリギリ成し遂げた取材だったが、もう少し若いときにもっと多くの人にインタビューしてほしかった。それにしても自分の日記みたいに、取材の時系列に書くのはいかがなものか。最後に自分の家族に宛てたメッセージとか、本を私物化しすぎ。これだから集英社は。中央公論で出したらもっと良い本になっただろうな。

  • 満州国を建国した日本が、そこで建立した満州大学。
    大学内では当時では考えられない、言論の自由が保障されており、白系ロシア人、韓国人、中国人、モンゴル人、日本人達が集結し「五族協和」を掲げられていた。
    争い合う者同士であった別の民族が集まり自由に話し合い本音をぶつけ合う。もちろん馬が合わずそれっきりになったメンバーも多かったが、喧嘩するほど腹を割って話し合った大学のメンバーのうち一部は戦後60年経った今でも結束が強いことにも衝撃を受けた。
    歴史に関しては無知だったが、この本を読んでさらにいろんなことを知りたいと思った。

  •  満洲国指導層養成のための建国大学卒業生たちのその後の人生と現在を追った本。壮絶というか壮大というか、うまい言葉が見つからない。出身地、民族、国籍、教育を受けた国(地)、その後の人生を送った国(地)。実は、これらの境界は実は曖昧になり得るのだと感じる。自分を含む大半の読者にとっては、これらはほぼ現在の日本領域内の「日本」なのだろうが。
     登場する卒業生の民族が、「五族」とロシア系にばらけており(台湾出身者は「日」と言うべきか「漢」と言うべきか)、その後の人生もそれに多かれ少なかれ影響されているようだ。韓国では建国大学卒業生は重用されたとのことであり、ソウル在住の卒業生・姜英勲は後に韓国首相を務めたほどの人物。他方で不遇な人生を送っている者もいる。おそらくは当局の規制により十分なインタビューができなかった大連・長春在住の二名の人生も含め、本書で語られた部分のみならず、語られなかった部分にも大いに想像を掻き立てられた。
     「五族協和」のスローガンがあったとは言え、日本人とその他の民族の学生の間にわだかまりがなかったとは言えないだろう。しかし、当時としてはかなり自由な議論が許されていたとのことである。また、随所に出てくる卒業生の間の交流を見るにつけ、民族を超えた何がしかの友情はあったのだろうとも感じさせてくれる。

  • 第二次世界大戦中の満州にほんの8年間、五族協和を目指した国際大学があった。
    満州建国大学の卒業生の戦後への取材を丁寧に綴ったノンフィクション。作者の三浦さんは現在はアフリカ特派員として活躍していて、南スーダンや象牙、児童結婚などの記事からは、誠実な眼差しを感じる。三浦さんだからこそできた本だと思う。
    卒業生は90歳近くの高齢で、今回の取材が建国大学卒業生への最後の取材になるかもしれない。
    知らないことがたくさんある。

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