1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代

  • 集英社 (2016年5月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784087816105

作品紹介・あらすじ

1970年代、若者に絶大な人気を誇った深夜ラジオ『パックインミュージック』。伝説のパーソナリティ・林美雄を軸に、有名無名の人間模様を描きながら70年代カルチャーの実相に迫る青春ノンフィクション。

感想・レビュー・書評

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  • 林美雄、前に訃報を聞いた気がしたけどはやり58歳で胃がんで亡くなっていたとは。
    70年代に深夜放送のパックインミュージックの2部でまだ光が当たってない映画や歌を積極的に紹介し一部の若者から番組をやめないで運動がおこるほど支持されていたんだね。
    私がおぼろげに覚えているのは、あのつぶらな瞳と美声。
    ユーミンも石川セリも彼がいち早く見つけ、ユーミンの”旅立つ秋”は彼が番組を終えるはなむけとして作られたのは知らなかった。
    久米宏とは同期で彼も生きていれば70代になっていたのかぁ。
    でもテレビよりラジオにずっと携わっていたんだろな…。

  • 柳澤健の新刊をプロレス本コーナーではなく、音楽書コーナーで見かけて即購入。林美雄パックのリスナーは団塊世代よりほんの少し下の世代で、大学紛争とかが終わって間もなくに青春時代を過ごした人たちです。なかなか興味深く、また現代カルチャーの出発点にいた人たちでもあります。
    【後日談】その後、西荻ブックマークで柳澤健氏と沼部信一氏の対談が催されました!

  • あの時代の自分を思い起こしたりして、しばし当時の空気感、懐かしさに浸る事が出来、何やら愛おしい一冊となった。

    同期である久米宏が病気降板した後を受けて、林美雄の金曜第2部パックインミュージックが1970年から始まる。74年8月16日の放送で突然8月30日での終了が本人から告げられると、ショックを受けたコアなファン達が動き出す。林美雄のファンクラブ的なイベント、サマークリスマスを8/25に開催(当時まだほぼ無名だった荒井由美に石川セリ、中川梨絵ゲスト)、8/27パ聴連(パック 林美雄をやめさせるな!聴取者連合)メンバーが降板反対の1200筆の署名をTBSへ提出、8/30最終回放送とその後パ聴連メンバーと赤坂から四谷迄の土手散歩、オールナイトを観る会スタート(きっかけは野沢直子のハガキ)、75年1/19「歌う銀幕スター夢の狂宴」開催、4/25荒井由美の私設ファンクラブ設立、6/11水曜1部林パックスタート、8/25第2回サマークリスマス、10月荻窪大学メンバーの映画「黄土を血に染めろ」クランクイン、76年1月同クランクアップ、8/25第3回サマークリスマス、そして80年9/10林パック終了。ここ迄の、林美雄とそのファンであるパ聴連、荻大メンバーという「同じ感覚を共有する同志的結合の極めて強固な若者」達の青春というか連帯とその終息に至るドラマ、それに林が発掘してメジャー化して育っていった荒井由美や、衰退の極みにありながらも彼等が愛情を注ぎ続けた当時の日本映画の事等などが、詳細な取材、ヒアリングでまとめられており非常に興味深く読むことが出来て良かった。

    「〜夢の狂宴」の打ち上げ(75年)の飲み屋で、菅原文太が長谷川和彦に「一緒に映画を撮ろうよ」と盛んに話していたのが、「太陽を盗んだ男」(79年)に繋がったんだ思って感激した、という野沢直子のコメントが印象的であった。

  • リアルタイムで林パックを聴いた世代だが、サブカルの世界にはまるまでのめりこめなかった。ハコやシェイクスピアシアターなどに行った程度。
    60年代の学園紛争世代は、大人は悪とし、高倉健などに自らを投影できた。70年代、そう簡単に割り切れない世代で、投影の対象が見えなかった。
    日本映画界も、東映任侠映画も日活青春映画も行き詰まり、日本映画が低迷した時代。そこに資金をかけられない低価格の日活ロマンポルノとか2~3流の監督の採用がある。「8月の濡れた砂」「青春の蹉跌」「赤い鳥逃げた?」など、NYシネマ(明日に向かって撃てなど)と違う、社会の流れに乗り切れない主人公に自己を投影する若者。その案内人としての林よしお。日本映画の再興に貢献したので、歌う映画スター狂演に多くの映画人が参加した。文芸座等に行けばよかったと思い、今更ながら、70年邦画を発掘し、みている。
    「自分の評価するものを紹介する」ということで当時まだ無名の荒井由実を発掘、山崎ハコなどを紹介した。
    その時代のサブカルの青年群像である。
    死蔵している「下落合本舗~」を読み直そうと思う。

  • 僕が聴いていたのは1980年のパックインミュージックでの林美雄であって、それは彼の全盛期ではなかったということがよ〜くわかった。
    1970年に始まり1974年に終わったパックインミュージック金曜第二部と、その後の1975年に林を中心に開催された「唄う銀幕スター夢の狂宴」までの林美雄の活躍?とその魅力を様々な証言から丁寧に描いている。
    TBSの社員アナウンサーである彼が光を当てたりフックアップした映画やミュージシャンがどれだけあったか。


    もしかすると忘れられてしまったかもしれない林美雄の活動の軌跡を、膨大な作業でまとめた著者には感謝。二次資料だけじゃなくて直接いろんな人に会って話を聞いたんだなってことがよくわかる。

    僕と同じ時期に聴いていた水道橋博士がノートに付けていた「ユアヒットしないパレード」のチャートは、まさに当時のサブカル的なミュージシャンの名前が並んでいる。僕も少しは影響受けているってこと。4.0

  • 2021年1月13日読了

  • 柳澤健「19××年の〜」シリーズだけど今回の舞台はリングじゃなくて深夜放送のラジオのブース。TBSパックインミュージックの金曜日のパーソナリティ林美雄を触媒とした70年代の若者たちの物語です。あさま山荘以降なんとなくクリスタル以前の「オレはここにいるよ」の連帯がここにはあります。中学生には深夜過ぎたのと林美雄の声が美声過ぎて敬遠したので直接のリスナーではなかったのですがたぶん自分が影響をモロに受けていた「青春」の母型はここにあります。ティーンエイジャーにとっての政治の季節と消費の季節の端境期に林美雄は彼らにとって一緒に歩いてくれるお兄さんだったのですね。嫌味じゃなくてこんな緩いサラリーマンが許されていたんだからマスコミの就職人気高くなるはず。そんなメディアの余裕もいま何処…

  • かつて亀渕昭信さんが放ったひと言
    ラジオとは?に対する答え「愛とカルトだ」。

    テレビ時代のラジオはまさしく愛とカルトが渦巻くコアでディープでニッチな世界だった。70年代に青春時代を過ごした「シラケ世代」の鬱々としたルサンチマンが匂い立つようなリスナー達のエピソードの数々と、そこに現れた埋もれて誰も知らないいいものを掘り起こす愛とカルトのカリスマ、林美雄。
    ラジオの魅力は大多数の誰かに届くものではなく、俺だけ私だけに届く細くて深い光。だからこそその光を受け取る仲間を見つけた時には同じ言語を共有できる感動があるのだ。同じテレビ番組を観てるのとは違う同志の意識。
    ではネット時代のラジオは?の答えにも同じく答えてくれるだろう、やはり「愛とカルトだ」と。2000年代もラジオの魅力は変わらないでいる。

    100万人に好かれるより、100人に深く愛される方が幸せなのかもしれない。

  • 当時の若者カルチャーの熱量を手に取るように熱く感じた。林美雄さんは知らなかったけど、彼の生き様に勇気を貰った気がする。ありがとう

  • 懐かしく読ませていただいた。若い頃の映画、音楽全てここから吸収していたのを思い出した。

  • [深夜に青春の楽園を]1970年代前半に,深夜3時からという時間にもかかわらず若者から好評を博した深夜ラジオの『パックインミュージック』。そのパーソナリティーを務めた林美雄を軸としながら,当時の世相を丹念に切り取ったノンフィクションです。著者は,デビュー作となった『1976年のアントニオ猪木』も高い評価を得た柳澤健。


    1970年代のサブカル文化などロクに知らない世代ではあるのですが,それでも十二分に読み応えがあった一冊。政治の季節が過ぎ去った後の,俗に言う「シラケ世代」の文化や感性がばっちりと写し取られていて興味深く読み進めました。それにしても,深夜ラジオのノンフィクションというのも珍しいですよね。

    〜世の中には,広く知られてはいないけれど素晴らしいものがある。本当にいいものは隠れているから,自分で探さないといけない。自分がいいと思ったものを信じて,どこまでも追いかけるんだ〜

    自分にとっての思い出の深夜ラジオは『知ってる?24時』です☆5つ

  • なつかしい、あの時代。青春そのものー。

  • 林さん、懐かしい。こんな裏話があったとは、とても興味深く読めた。
    70-80年代は熱い時代だったんだと改めて思った。

  •  探究することができる時代。今の窮屈さは何だ。
     

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著者プロフィール

1960年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。文藝春秋に入社し、「週刊文春」「Sports Graphic Number」編集部等に在籍。2003年に退社後、フリーとして活動を開始。デビュー作『1976年のアントニオ猪木』が話題を呼ぶ。他著に『1993年の女子プロレス』『1985年のクラッシュ・ギャルズ』『日本レスリングの物語』『1964年のジャイアント馬場』『1974年のサマークリスマス』『1984年のUWF』がある。

「2017年 『アリ対猪木』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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