黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087816518

感想・レビュー・書評

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  • 様々な選挙に出馬する「泡沫候補」たち。当選する見込みも、供託金が戻ってくる見込みもないのに、なぜ彼らは立候補するのか。そこに踏み込んだルポだと思って読み始めたが……。いやあ、笑った。こんなに面白い本だとは思わなかった。1章はマック赤坂という候補者を追い、2章で日本のシステムの問題を考察し、3章で都知事選に焦点を当て各候補者に迫る。大変な取材だったと思うが、あまりそんなことを感じさせないユーモアがあった。今後はもっと候補者の主張に耳を傾けようと思う。ちなみに、マック赤坂は今年の港区議選で初当選したそうだ。

  • これは歴史に残るノンフィクション本です。
    ちょっと古い話になりますが、2016年に小池百合子氏が勝って都知事になった
    東京都知事選には、何人の立候補が出馬したかを覚えていますでしょうか。

    なんと21人です。

    おそらく多くの人は、小池氏、増田寛也氏、
    そして鳥越俊太郎氏の三つ巴の戦いとしか
    記憶していないことでしょう。

    それもそのはずです。
    その主要3名しかTVでは扱われなかったと
    言っていいからです。

    その他は「泡沫候補」という言葉で括られることが多い。
    しかし、彼ら彼女らは決して目立とう精神で、負けて元々で出馬したのではないのです。

    ややもすると変テコリンな格好で「頭がおかしい、
    選挙オタク」という色物扱いにされがちですが、
    それはそうしないと「全く存在していないと同様に
    マスコミに扱われてしまう」からです。

    皆、しっかりと政策を持って立候補しています。
    なのに、ほとんどの有権者は彼らを”黙殺”してしまっています。

    この本を読めば、次の選挙の成り行きの見方が変わります、政治への見方が変わります。
    素晴らしいノンフィクションです。

  • 「泡沫候補」と呼ばれる候補者がいる。
    有力な支持者もいなければ、政党の後ろ盾もない。知名度もなければ、資金も十分にはない。ないない尽くしで、しかし、彼らはドン・キホーテよろしく、選挙に立候補するのである。そしてたいていの場合は、当然のごとく、あえなく散る。
    たった1つの枠に21人もの候補者が立った2016年の東京都知事選は例外的な多さではあったが、多くの選挙には少なくとも1人や2人、誰の目から見ても闘う前から負けが見えているかのような候補者はいる。彼ら・彼女らを駆り立てるものは何なのか?
    これはそんな候補者たちを綿密な取材で追った1冊である。

    著者は長年にわたり、こうした無名の候補者たちに注目してきた。著者は彼らを「泡沫候補」とは呼ばない。敬意をこめて「無頼系独立候補」と呼ぶ。
    なぜか。
    彼らには、公共のために何かをなそうという気概があるからだ。ときに荒唐無稽で、ときに癖が強すぎたとしても、彼らには、有権者に訴えたい「政策」があり、未来に向けた「ビジョン」がある。
    少なくとも、政局を醒めた目で眺め、ときには投票にさえ行かず、選挙で何か変わるとは信じていない、そうした有権者よりも、よほど政治に真面目に向き合おうとしている。
    そんな彼らを「泡沫」と貶めるのか、という憤りがそこにはある。

    こうした候補者は、「主要」候補者に比べ、マスコミから取り上げられることが圧倒的に少ない。政見放送や選挙公報ではすべての候補者に平等に機会が与えられる。しかしテレビのニュースや新聞紙上では、「主要」候補者数名の主張・政策のみが比較され、「泡沫」候補は名前のみということもある。1面・2面を使う「主要」候補に対し、「泡沫」候補は全員まとめても4コマ漫画より小さいスペースしかないことも珍しくはない。

    日本で立候補をするのは想像以上に大変だ。
    政治に興味を示すなんて変わり者。今までの仕事や地位はどうするのだ。家族はどうなるんだ。そんな周囲の冷ややかな視線に負けて、立候補を断念するものも少なくない。
    もう1つ、日本の特殊な状況として、供託金の問題がある。選挙の種類にもよって額は異なるが、立候補に当たっては数百万円もの供託金が必要とされる。この金は一定の得票率を越えれば帰ってくるが、そうでなければ没収される。それどころかポスター代などの必要経費も自前だ。この金を用意できない者は、そもそもの出発点にすら立てないのだ。

    候補者らは、熱き心でこの壁に挑む。
    派手な外見であったり、パフォーマンスが異様であったり、「キワモノ」感が強い候補者もいるが、その多くは、落ち着いて話を聞くと、日本の未来を見据え、どうすれば皆が幸せになれるのかをごく真面目に考えている。
    多くの候補者は自分の中に芽生えた疑問から逃げない。落選しても二度・三度と挑む者も多い。

    著者もまた熱き心を秘めている。
    選挙に立候補する勇気は「2万パーセント」持てないと言う著者だが、20年に渡り、多くの選挙を取材し、そのほとんどすべての立候補者を追うというのは並大抵のことではない。
    その陰には、大手マスコミが既成事実のように特定の候補者たちを「主要」候補と呼び、彼らの主張のみが報道され、たいていの場合は特段の番狂わせもなく、そうした候補者の中の1人が選ばれていくことに対する疑問と苛立ちがある。

    著者は、「無頼派」の闘いに密着し、愛のあるツッコミをいれながら、一流の読み物に仕立てている。
    端的に、ものすごくおもしろい。彼らの闘いは不思議な感動を呼ぶ。
    それと同時に、「政治」に対する自分の姿勢を鋭く問われる1冊でもある。
    なぜ立候補に対するハードルがこんなにも高いのか。なぜ政治にかかわることにこんなにも覚悟が必要とされるのか。「主要」候補でない彼らの主張はなぜ当然のように「黙殺」されることになっているのか。
    こうした疑問は、じっくり考えてみる価値のあるものだ。

    そうやってマスコミや私たち自身が「黙殺」しようとしているものは、「泡沫候補」と呼ばれる候補者たちだけではなく、「政治は私たち自身のためのものである」というあたりまえ過ぎる事実そのものなのかもしれないのだから。

  • 著者が訴えていることはすごくよくわかる。実にまっとうな考え方だと思う。選挙とは、今現在の民主主義という仕組みの要であり、誰もが立候補して自らの政治的主張を述べる権利を持つはずだ。それなのに実際には、立候補のハードルは高く、そこを越えても、大きな組織の後押しや圧倒的な知名度がない人は、「泡沫候補」と呼ばれ、マスコミには黙殺され、時には嘲笑されたりする。それでもなお、選挙に出続ける人はいる。マスコミは、彼ら彼女らの主張をきちんと報道すべきであり、私たちもその声に耳を傾ける必要がある。

    その通りだなあと思う。でも…、でもね、ここで取り上げられている「泡沫候補」(著者は「無頼系独立候補」と呼ぶ)の方たちの意見に、真剣に耳を傾けることができるかと言われると、うーん、これはちょっと難しい。もちろん、ふんふんなるほど、という政策や理念もあるのだけど、どちらかというと、およそ実現性のない空想的なものとか、意味のよくわからないスローガンとか、それはちょっとどうなのかというものが目立つように思う。候補者のなかには、明らかに常軌を逸した感じの人もいて、まあそこまではいかないにしても、あまり共感を呼ばないだろうという人が多いのではないだろうか。

    何度落選しても、結構な金額の供託金を没収されても、選挙に出続ける人たち。「泡沫候補」と呼ばれ、無視されたり嘲笑されたりしながら、それでもなお立候補するのはなぜなのか。当然その理由は人によって違うのだろうが、そこが今ひとつわからず、もどかしい。

    おや、マック赤坂のことが書いてある!というのが、手に取った理由。派手なパフォーマンスで知られているけれど、京大から伊藤忠商事に入社、その後レアアースの会社を経営している人でもあることを最近知った。選挙に出続ける意味を、言葉で語っているのかと期待したが、どっこい、そんなわかりやすい人ではないようだ。反骨精神に貫かれた真面目な姿と、突飛でふざけた言動の間で、人物像は揺れ動き、とらえどころがない。

    最も多くのページが割かれているのがこのマック赤坂氏だが、他の方たちはおおむねもっと理解を超えている。読みながら困惑してしまったのが正直なところ。とは言え、繰り返しになるが、著者の主張自体は、実にもっともだと思った。たとえば、次のようなくだり。

    著者は、こうした「泡沫候補」を無視したり冷笑したりすることはたやすい、選挙に関心を持たず、無関係のスタンスをとるのはもっと楽だ、それはクールでかっこよく見えるし、忙しい毎日を送る上での賢さかも知れない、と述べた後、こう書く。
    「私はそれを愚かな賢さだと思う。めぐりめぐって、結果的にそのことが自分の人生に不利益をもたらすこともあるのだから」
    「私が無頼系独立候補たちを尊敬する理由は、『逃げない』という一点だけでも十分だ。彼・彼女らは、有権者による投票結果を受け入れる覚悟をもって自分の思いを提案してくる。それは選挙に行かずに政治に不平不満を言うものよりも、遙かに尊い心の持ちようだと私は思う」

  • 著者のいう「無頼系独立候補」、あるいは「泡沫候補」、大川総裁のいう「インディーズ候補」、山口敏夫の自称「啓発候補」といった選挙の立候補者に関するレポ。
    同じように供託金を払って立候補した、法的には同等であるはずの立候補者をマスメディアが事実上選別していること、諸外国と比べて独特な供託金制度、といった問題点を指摘しつつ、彼らがピエロ的に振る舞うこと(振る舞わざるを得ないこと)をレポートする。
    「選挙」について考えることに一石を投じる一冊。

  • 「しかし、一方で「どんな情報にも意味がある」という考え方があってもいいのではないか。それは「どんな人生にも意味がある」ということと似ていると私は思う」(p.112)

    笑いとドラマ溢れる傑作。そして政治とは何か、多様性とは何かを考えさせられる。想田和弘『選挙』では、選挙は社会性がなにより求められる息苦しい場のように見えたが、想像よりも身近な場所だったのだとも。みんながみんな街頭演説をするわけではないのだ⋯。そしてどんな候補であろうとも誰からも票が入らず終わることはないという。ニッチな場所で生きる人間にエールを送る一冊でもある。

    「たしかに聴衆もそれなりにうなずく説得力だ。しかし、聴衆が「この人はひょっとするとすごい人なのかもしれない」と思いかけたところで1曲踊ってしまう。なぜなのか。もったいないとは思わないのか」(p.103)

    「『なんでバカみたいなことをするの』と言われましたが『お父さんはこの世に生を受けて二度と生を受けることができない。ご飯の次に政治的なことが好きだから』と言いました」(p.181)

  • 忖度だらけの政治の世界で、これだけ武骨にやるのはすごい。次の選挙が楽しみになる

  • 素晴らしいっ!もうこの一言に尽きる。

    選挙に立候補するいわゆる「泡沫候補」を「誰にも頼らない、無頼系
    独立候補」と呼び、そんな彼ら。彼女らを追い続けた記録だ。

    私は注目を集める選挙にマック赤坂氏とドクター中松氏の名前を見つける
    と、「あ、また出ている」と嬉しくなって来るんだよね。そして、本書
    の冒頭はそのマック赤佐氏なので、ワクワクした。

    スーパーマンやガンジーのコスプレをしたり、頭に天使の輪をつけて
    いるけれど、彼の「スマイルっ!」ってとっても大事なことだと思う
    のよ。みんなが笑顔でいられる政治っていいじゃないか。

    選挙になると大手メディアは「主要候補」と「その他」で括って、
    マック赤坂氏をはじめとした組織の力に頼らない候補者たちは
    「こんな人も立候補してます」ってひとまめにされてしまう。

    今ではインターネットで調べれば、どんな候補のことでもひと通り知る
    ことは出来る。それでも、自分から「この人はどんな人なんだろう」と
    興味を持つきっかけがなければ、報道に乗らない候補者のことなんて
    知らずに選挙が終わってしまう。

    選択肢がおのずと決められてしまうんだよね。組織力を持たない候補者
    だって、訴えたいこと・実現したいことがあって名乗りを挙げている。

    確かに一見、イワモノに見える候補者もいる。それでも、見た目のイン
    パクトだけで敬遠してしまっては、候補者の考えを知ることも出来ない
    のだよね。

    また、本書では高額な供託金のほか、どれだけ日本の選挙にはお金が
    かかるかが詳述されている。これ、本当に問題だと思う。特に、同じ
    ように供託金がある国と比較しても格段に高い。

    その途轍もない供託金を用意して立候補した人たちなのだから、有権者
    である私たちも彼ら・彼女らの言葉を真剣に受け止め、考える必要が
    あるんじゃないかな。

    本書の素晴らしさは有権者がはなから無視を決め込んでいる候補者たち
    にスポットを当てていることばかりではなく、著者がそれぞれの候補者
    に真摯に向き合い、ちゃかすでなく、冷笑的に見るでなく、主要候補と
    呼ばれる人たちに対するのと同様に真摯に向き合い、その選挙活動を
    綿密に追っているところだ。

    第15回開高健ノンフィクション賞受賞も頷ける。

    真剣で、ひたむきな無頼系独立候補同様に、著者の筆も真剣で、ひたむき
    である。いい作品に出会えたことに感謝である。

  • 国政選挙や自治体選挙に立候補する候補のうち、当選の見込みがなくマスコミからも無視されている、いわゆる「泡沫候補」を追った渾身のドキュメンタリー。

    中にはトンデモ候補もいるが、少なくとも自らの政治に関わろうという「泡沫候補」達の志自体は立派だし、内容的にも真っ当な主張が多い。むしろ主要候補より政策提言が具体的で、見るべき(聴くべき)ものは多いのだという。著者は、これらの候補を、敬意を込めて「無頼系独立候補」と呼び、選挙のたび執拗に追いかけている。著者のこの執念にも脱帽する。

    著者は、日本の選挙制度の問題点として、選挙運動期間がとても短いこと(このため、各候補の政策をじっくり吟味することができず、知名度の高さが勝敗を分ける結果になっている)、立候補に必要な供託金が高すぎること(志ある有為な人材が組織に頼らずに立候補することが極めて難しくなっている)を指摘する。確かに、その通りだと思った。まあ、これらの仕組みは既得権者たる現役の政治家に有利に働くから、(著者も言うように)改正は難しいだろうなあ。

    また著者は、マスコミ各社の「泡沫候補」達への差別的な扱いに憤っている(というか勿体ないとしきりに嘆いている)。マスコミも基本商業主義だからなあ…。この辺りの情報格差問題は、著者も試みて一定の成果をあげているように、インターネットが解決していってくれるのかもしれない。

    これまで「泡沫候補」については、目立ちたがり屋の自己満足、くらいにしか認識してこなかった。白眼視してきたことをちょっと反省。本書、都知事選の前に読んでおけばよかった。

  •  組織の後ろ盾もなく選挙に出る泡沫候補達を追ったドキュメンタリ。
     
     取り上げられたのはマック赤坂や2016年の都知事選の20名を越える候補者達など。一見ふざけているように見える人もいるが、彼らはみな真剣だ。そして主要候補ばかりが取り上げられ平等に選挙を戦えないことを怒っている。ある者は正攻法では見向きもされないことを悟り奇策に出る。ある者はなけなしの金で供託金を用意して選挙に出るので精一杯のように見える。しかし、誰もが真剣なことは間違いない。
     一見おかしなことをしてる彼らだが、この本を読んでいるとおかしいのは泡沫候補達ではなく巨大な組織が圧倒的に有利な選挙制度ではないかと思えてくる。
     
     泡沫候補は選挙の賑やかし、おまけではない。彼らこそが民主主義だ。

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