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Amazon.co.jp ・本 (264ページ) / ISBN・EAN: 9784087817478
作品紹介・あらすじ
2023年 第21回 開高健ノンフィクション賞受賞作。
MOCT(モスト)とは、
ロシア語で「橋」「架け橋」のこと。
カバーの写真は、モスクワ市ピャートニツカヤ通り25番地にあったモスクワ放送。
その6階に「日本課」はあった。
東西冷戦下、そこから発信される日本語放送。
その現場では、少なくない数の日本人が業務を担っていた。
彼らはどんな人物だったのか。
そして、志したのは報道だったのか、
プロパガンダ(政治的宣伝)だったのか。
それとも、両国に「MOCT(架け橋)」を築くことだったのか……。
(登場人物の一部)
・東側ではご法度のビートルズを流した元民放アルバイトの男。
・戦時中、雪の樺太国境を恋人と越境した名女優。
・シベリア抑留を経て、迷いに迷って残留した元日本軍兵士。
・ソ連亡命後に帰国。ロシア語学校を開設し、後進の育成に尽力した、謎のロシア語使い。
・ラジオを愛して、早逝した女性ロック歌手。
・「とにかく酷い目にばかり遭った。それでもロシアを信じたい」と語るアナウンサー。
……など。
【選考委員、大絶賛】
書き手の静かな理性の膂力(りょりょく)に触れた読み手の心は、快い驚きに満たされずにはいられない。
――加藤陽子(東京大学教授・歴史学者)
ソ連(ロシア)の国策メディアであるモスクワ放送にかかわった日本人たちの有為転変を丹念に浮き彫りにしていて、最も好感が持てた。
――姜尚中(政治学者)
反ロシア一辺倒の時代だからこそ、争いから独立した市民レベルの「MOCT(架け橋)」を考える本作。未来へと続く橋となった。
――藤沢 周(作家)
どんな厳しい制約がある時代にも架け橋になろうともがく人たちがいる。青島記者もそのひとりかもしれない。
――堀川惠子(ノンフィクション作家)
(選評より・五十音順)
【著者プロフィール】
青島 顕(あおしま けん)
1966年静岡市生まれ。小学生時代に東京都へ。91年に早稲田大学法学部を卒業し、毎日新聞社に入社。西部本社整理部、佐賀、福岡、八王子、東京社会部、水戸、内部監査室委員、社会部編集委員、立川などでの勤務を経て、現在東京社会部記者。共著書に『徹底検証 安倍政治』『記者のための裁判記録閲覧ハンドブック』。本書が初の単著となる。
みんなの感想まとめ
多様な人生を歩んだ日本人たちが、冷戦下のモスクワ放送でどのように「架け橋」としての役割を果たしたのかを描いた作品です。彼らは、ソ連の国策メディアに関わりながらも、個々の信念や使命感を持って日本に情報を...
感想・レビュー・書評
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モスクワオリンピックのマスコット、ミーシャの絵柄のベリカードが手元にあるので、聴いていたのは1980年前後だろう。日本ではBCLブームが下火になりかけた頃から海外放送を聴き始め、例に漏れずベリカード集めもしていた。
モスクワ放送の受信報告書の提出先は「日ソ友の会」で、ベリカードもそこから送られてきた。送り主の表記を見てロシア大嫌いな祖母が「お前はロシアのスパイか」と激怒したのを覚えている。そんなだったので、モスクワ放送のベリカードは後にも先にもそれ1枚。朝鮮中央放送(北朝鮮)や北京放送からの郵便には何も言われなかったのが不思議だ。
当時聴いていたモスクワ放送は、朝鮮中央放送の強烈さとは裏腹に、プロパガンダ色はあまり感じず「ミッドナイト・イン・モスコー」のような西洋的でポップな番組の印象が強かった。本書を読んで、そうした日本人にも親しみやすい番組作りに奔走された方の、苦労や努力があったことがよくわかった。
本書で紹介される何人もの、モスクワ放送の日本語放送に関わられた方は、それぞれの事情や意図があってソ連・ロシアに渡られ、彼の国の現状を日本に伝える使命感や責任感に駆られ、志をあるいは果たせずに帰国したり、三者三様の人生を送られていて、それらを丹念に追いかけた力作で非常に読み応えがあった。
皆が皆、共産主義に傾倒したわけでもなく、文化的な共鳴を覚えた人もいて、政治思想的に反感を覚えても、国ごと否定しなくても良いのだということを、放送を通して伝えようとしてくれていたのだ。
冷戦が終わり共産主義体制が崩壊してからもなお、ロシアはソ連の影を引きずり、西側諸国から敵視、あるいは敬遠されている。多くの国が日本向け放送を廃止して、いま続けているのは必ずしも日本に友好的でない国が中心だ。北朝鮮、中国、韓国。イラン、ベトナム、台湾、タイ、インドネシア、モンゴルは例外か。ロシアも停波して、インターネットで「ラジオ・スプートニク」として継続していたが、それも休止したのは本書にある通り。プロパガンダ、そして投資を引き出す対象として、この国の魅力がなくなってきたことの証左か。 -
開高健ノンフィクション賞
数十年前、ラジオを聴いていると、よく、モスクワ放送や、中国、北朝鮮のプロパガンダ放送が聴こえてきたものだ。ガーッという、妨害放送もよくあった。そのモスクワ放送に携わっていた人たちの話。
「悪の帝国」とか「おそロシア」とか言われるロシアやソ連だが、そこに住んでいた人にとっては、いい面も悪い面もあったという。ゴルバチョフ登場後、社会が大混乱に落ち入り、物価も信じられないくらい上がり、庶民の生活は本当に苦しくなったそうだ。物事を一面からだけ見るのは危険だということがわかった。
また、アナウンサーをしていた女優の岡田嘉子について調べてみると、普通にはありえない波瀾万丈の人生を歩んでいたことに驚いた。
また、黒田龍之介『ロシア語だけの青春』のミールが出てくるのが嬉しかった。 -
戦後、モスクワ放送から日本に向けてラジオでソ連のことを伝えた日本人らのルポルタージュ。自ら越境した人、捕虜から伝える側に入った人など様々。戦後から冷戦時代のことについては概ね口が重いなあという印象だった。話せないというより話したくないことが多いのではと感じた。最後にロシアに関わった人の思いは、“ロシアを急がせないでほしい もう少し待ってほしい ロシアの人にもいずれ声を上げる人が出てくるから““互いにもっと好かれる国になりますように“など。葛藤も痛いほどにわかるが、今も命が失われていることを考えると受け入れるのは難しいと思った。
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ソ連の時代、外国に向けたラジオ放送が国家主導でなされていたという。日本語の放送もあり、それには日本人が関わっていたという。シベリア抑留者もいれば、自ら赴いた者もあり。
MSXがソ連にも持ち込まれていたらしいことをXで知ったが、今の中国かそれ以上に不穏であった観のあるソ連とも、民間レベルでも意外に交流があったということになる。
本書で語られている以上の背景事情は知らないので、そういうことがあったんですなと受け入れるのみ。ただ著者は新聞記者であるようで、その独特な価値観が鼻につくことが幾度かあった。メディアのカルマとして最後の最後にそれを総括しているが、読中にしばしば感じた配慮ないし忖度の印象は拭い得ず、他者に向ける目を自身にも向けるべきなのではないかという、リベラル()に対する一般的な感想を抱かされることもまた禁じ得なかった。 -
タイトルの意味がよく分かりました。
なんでロシアのプロパガンダに加担するのかと
批判しかできていなかった自分は、無知で愚かだった。ロシアにちょっとでも興味がある方には、ぜひ、
国営放送や政府系メディアの情報に触れてみていただきたい。 -
ソ連の対外放送モスクワ放送は、1929年10月ドイツ語から始まり、日本語放送は1942年4月から2017年5月に終了。日本からモスクワを目指し放送に関わった人々の話。国営メディアの制約はあるもののラジオ放送は現地の政治、文化、市井の人々の暮らしをDJ目線から伝えることが比較的できたツールなのかなと思えました。今こそ、市井のロシアの人々が世界から孤立しないよう現地からのさまざまな声が必要に思われ放送の終了が惜しまれます。
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戦後から冷戦期、ロシア崩壊後にも旧ソ連、ロシアによる日本語放送があったという。
本書はその放送に携わった方々のルポ。
一面だけでは国のプロパガンタの片棒を担いだとも言えるが、それぞれの事情、思いは様々。
MOCTというのはロシア語で架け橋という意味らしいが、2国の架け橋になった方々というより、本文にもあったが、国家のはざまで懸命に生きた人々が印象に残る。
著者は現役の新聞記者。著者自身がモスクワ放送を聞いていたり、本書にも登場する方のロシア語教室に通っていたりと繋がりがあったようだ。インタビューを重ねて文書を掘り起こすという地道な調査活動はジャーナリストならでは。おかげで歴史に埋もれてしまいそうな記録が残された。 -
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ほとんどの国から嫌われているであろうロシア、実際はどこの国とも同じように99%の人々は、平和を望んでいると少し理解できました。
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4.1
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ソ連からの外国語放送。モスクワ放送で働いた日本人達の過去と現在を追った力作。分かり合えない二国の架け橋となろうと人たちの人生に感動。
ニッポン放送1242Hzより一つ高い1251Hzだったので、モスクワ放送は電波の通る夜に聴いたことがある。独特の抑揚の日本語、日本のマスコミとは異なる視点のソ連の報道。今のロシアよりもっともっとソ連は謎で不気味な国のイメージだったように思う。
そんなモスクワ放送で働いた日本人たち、シベリア抑留の果てであったり共産圏への憧れ、ロシア文学への憧憬など。入り口こそ違えどソ連初の日本語放送に携わった人々の壮大なドラマ。
距離的にも時間的にもスケールの大きなノンフィクション作品。 -
第1章 「つまらない放送」への挑戦/第2章 30年の夢探しの旅/第3章 偽名と亡命と/第4章 「日本人」のままで/第5章 迷いの中を/第6章 望郷と、ねがいと/第7章 伝説の学校「M」/第8章 その後の2人/番外 ラジオが孤独から救ってくれた
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これはロシアに限らずだが、国家間の対立が激化する中で、どんな時でも架け橋になろうとする人たちや人生は存在するのだなと感じられた。当然そういう役割を担うことは、現代よりはるかに難しいわけで、尊敬すべき人生。
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面白かった。BCLをやっていた頃はモスクワ放送をよく聞いていたが、子供だったし東西冷戦とかよく認識しないままだった。遠くソ連のモスクワから放送されているのを聞くということに意義を見出していたから。この本を読んで当時のその内部の話を知ることができ、とても興味深い読めた。
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「MOCT(モスト)」とは、ロシア語で架け橋のこと
だそうです。
現在もウクライナ侵攻によってそうなっているが、
戦後から常に西側諸国から嫌われ者であった
ソ連=ロシア。
1970年頃にそのソ連や北朝鮮からの日本語ラジオ
放送を聴くことが、ちょっとしたブームになりまし
た。
現地からの放送でしたが、話しているのは間違い
なく日本人だったのです。
彼らは何者だったのか。
社会主義国家を理想の国家として移住し、
それを広めようと先頭に立っているプロバガンダ
なのか。
それとも両国同士が互いを理解できるように、
メッセンジャーとしての矜持を抱いていたのか。
近くて遠い隣国に、かつてこういう日本人が
いたのか、と驚嘆させられる一冊です。 -
モスクワ放送のことなど知りもしなかったが、とても面白く読んだ。
本業の合間の取材でいろいろご苦労があったと思われる。著者の粘り強さ、「調べて伝える」情熱がないと完成しなかったものだろう。
ソ連、ロシアは謎が多い。関わった人たちも口に出せることと出せないことがあるに違いないと思わせる。とはいえ、カラカラと明るい感じでロシアとの架け橋になった方たちの個性が際立つ。 -
モスクワ放送で働いていた方々の話しを通して、自分にとっては教科書の中の世界でしかない戦争やシベリア抑留、ペレストロイカ、ソ連崩壊などを追体験するような感覚で読み終えた。
国家として、あまり良い印象のない国だったけど少しイメージが変わった。
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