ジャスミンの残り香 「アラブの春」が変えたもの

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  • 集英社 (2014年11月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784087890051

作品紹介・あらすじ

宗教勢力の反動を呼び、中東を未曾有の混乱に陥れた「アラブの春」は徒労だったのか? 革命の意味を模索しつつ、3.11後の日本を考えるうえでも示唆的な内容を含む、2014年度開高賞受賞作品。

感想・レビュー・書評

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  • 田原牧(1962年~)氏は、北海道生まれ、麻布高校在籍時に都内の定時制高校の統廃合反対運動に参加し、明大政経学部に進学したものの、新左翼セクトとの揉め事で大学を追われた。その後、小規模広告代理店勤務、フリーのジャーナリストを経て、中日新聞社に入社し、湾岸戦争、ルワンダ内戦等を取材。1995~96年にカイロ・アメリカン大学アラビア語専科留学、1997~2000年に中日新聞カイロ特派員、また、同志社大学一神教学際研究センター客員研究員、季刊誌「アラブ」編集委員等を務め、東京新聞(中日新聞東京支社)特別報道記者。紙面では戸籍名の田原拓治名義でも執筆している。2014年に出版された本書で、開高健ノンフィクション賞を受賞。
    本書は、2010年末から2012年にかけてアラブ世界で発生した「アラブの春」を取材するために、2011年末~2014年初に、エジプト、シリア等の国々を繰り返し訪れ、著者が見、聞き、感じ、考えたことを綴ったノンフィクションである。同時に、日本において、東日本大震災による福島第一原発事故をきっかけに、2012年に発生した反原発デモ「紫陽花革命」にも触れ、社会運動・革命とは何なのかについて考察している。
    「アラブの春」は、チュニジアの「ジャスミン革命」を発端に、北アフリカから中東のアラブ諸国にほぼ例外なく広がったが、その規模は、チュニジア、エジプト、リビアのような政権の打倒に至った国から、サウジアラビアのように小規模な抗議運動に留まった国まで、様々である。そして、「アラブの春」後の情勢は、エジプトのように強権的な軍政権に戻った国があれば、シリア、イラクのようにイスラーム過激派組織(ISのような)が台頭し混乱が広がった国もあり、その結果は「アラブの冬」と呼ばれることさえある。
    各国の状況は異なる中で、取材の中心となったエジプトでは、(事実をシンプルに整理すると)2011年初に大規模な反政府抗議運動が発生し、わずか17日後に30年以上続いたムバラク政権が崩壊、2012年初までに段階的に実施された総選挙で「同胞団」が圧勝し、同年6月に同胞団幹部のムルスィーが大統領に当選した。しかし、ムルスィー政権は、公約になかったイスラーム化政策を進める一方、リベラルな公約を反故にし、市民の不満は募った。その傍ら、軍は独裁政権時代の力を維持しており、2013年初夏に同胞団政権の退陣を求める市民運動が始まると、軍は事実上のクーデターでムルスィーを解任したが、その後、独裁政権時代の実力者たちが息を吹き返し、2014年初夏には軍総司令官だったスィースィーが大統領に就任、現在に至っている。
    この事実だけ見れば、エジプトは3年前に戻っただけのようであり、著者は、まず「すべては徒労だったのか?」という問いを立てるのだが、長年の中東駐在経験に基づく人脈と知識、更には堪能なアラビア語を駆使して取材を進める中で、そうではないという結論に至るのである。それは、「革命の意味はその結果ではなく、過程にこそ宿る。・・・それは革命の主人公である民衆一人一人の変化だ。人間が強くなることと言い換えてもよい。革命の理念が成就すること、あるいは自由を保障するシステムが確立されることに越したことはない。それに挑むことも尊い。しかし、完璧なシステムはいまだなく、おそらくこれからもないだろう。・・・革命が理想郷を保証できないのであれば、人びとにとって最も大切なものは権力の獲得やシステムづくりよりも、ある体制がいつどのように堕落しようと、その事態に警鐘を鳴らし、いつでもそれを覆せるという自負を持続することではないのか。個々人がそうした精神を備えていることこそ、社会の生命線になるのではないか。」ということだ。
    そして、この点において、「アラブの春」と日本の「紫陽花革命」の残したものは、基本的に異なるとするのだ。
    「アラブの春」で起こった事実を理解するのは、アラブ世界における、宗教(イスラーム教)はじめ、部族や国やその歴史についての深い知識がないと難しい。が、本書において著者が伝えたかったことは、おそらく、その詳細な事実ではなく、アラブ世界においては、我々日本人が表面だけを見て理解するのは難しい、様々な背景があるということと、何より、こうした社会運動は、たとえ表面は変わらなく見えても、人と社会を変えるのだということであろう。
    読み終えて、小熊英二のベストセラー『社会を変えるには』をふと思い出した。
    (2024年6月了)

  • うーん...ちょっと期待はずれだったかな。
    革命やデモやイデオロギーにかぶれた学生がそのまま大人になったような人なんだろうと思うし、その情熱は伝わってくるし、中東情勢にも詳しいのはよくわかる。ので、この田原牧さんの話が聞きたい人には良い本かもしれない。でも残念ながら純粋にアラブの春か続く中東での出来事について体系的に知るとかその背景や裏話を知るとかそういうことができる本ではない。

  • ノンフィクション

  • ジャスミン革命から3年。2014年までのアラブの現地の様子を垣間見れる貴重な書。実際に現地に足を運び、現地の人の声を丹念に拾っている。これこそジャーナリズムだと思う。

  • エジプト、シリア、いわゆる「アラブの春」の影響を確かめに渡航した著者。革命前より状況が悪くなったとしても、革命を後悔していないと言い切るエジプト人たち。単純な白黒の線引きでは語れない状況。そして、最後は、優れた少数の集団が革命を起こして人民を指導するというモデルの機能不全が語られ、絶えざる権力への不服従のみが革命精神を成就するのだ、と述べられる。「大半の信徒たちは敬虔でありながらも、同時にイスラームの教えに抵触する偶像をまつったピラミッドを誇り、イスラーム主義者が忌み嫌うベリーダンスを許容し、マイノリティのコプト教徒(原始キリスト教)との共存に気を配っている」「悩ましいのは、反政府系メディアにも情報操作の影がうかがえたことだった。結局、どのメディアも信用できない。そのことが逆に市民たちに深い閉塞感をもたらした」「GIAはこのタクフィール(背教宣告)の対象を「不信仰な為政者を黙認している者」にまで広げ、さらに「GIAに服従しないすべての者」にまで拡大解釈した」「「美しき初期のウンマ」の再現という作業は預言者やサラフ(教友、父祖)のいない現在、私たちのような平凡な人間の手に委ねられるしかない」「でも、自分の可能性を広げるということはどだい、疲れるものだ。それが自由という者なのかもしれない」

  • 「アラブの春」がもたらしたものはなんだったのか、という問いに対しては、民衆一人一人の変化であり、革命とは必ずしも体制の変化ではなく、自分たちの力でいつでも現状を変えることができる、という自信を持つことができるようになること、ともいえるのではないか…というのは大変興味深かった。
    文章がちょっと読みづらかったな…抽象的で長々とした表現が多かった。自分の知識が追い付いていないからというのも大きな理由だけれど、それにしても文章が頭に入って来づらかった。

  • 「アラブの春」による革命の高揚とその後の迷走。それの個人史的検証を返す刀で日本の紫陽花革命の拙さに重ねながら「革命精神」とはなにかを探っていく。秀作。

    「アラブの春」から5年がすぎようとしているいま、エジプトにしてもリビアにしても、あのとき民衆の熱狂が求めたものとは違う様相となっている。ましてやシリアは完全に戦場となってしまった。暗澹とする行く末。この本は熱狂が過ぎ去った革命後の現場を歩き、光と陰とを見分けようと試みるノンフィクションである。

    暴力の荒れ狂う中東からのリポートと古い友人の再会の風景が交錯し、テレビが映し出すアンリアルな「中東」のイメージの内実を映し出していく。

  • ルポとしてはエジプト、シリアへ行った部分はいきいきとして面白い。ただ、モルシ→ムルシー、バーレーン→バハレーン、等、「俺、アラビア語わかるからこれが正確な発音だし」みたいな部分が鼻について、読みづらかった。もと記者なら、日本で一般的な表現にしたほうが、読者としては読みやすい。さらに、原発の話は余分で、この本のタイトルをみて本を手にとった読者にとっては白ける。

  • 2002年にイランに行って以来、つとめてイスラムとは何かについて理解しようとしているけれど、未だに確たるものは無い。2014年の開高健賞受賞作品であるこのノンフィクションは、その意味でも出色である。アラブの春とは何だったのか。エジプト、そしてシリアの今の姿を、市井の人を通じて分析するこの一冊はここ数年ではピカイチのイスラムノンフィクション。そして、傍目にはとても成功したとは思えないエジプトの抗議運動から、日本の反原発(そして今なら反安保)デモを浮かび上がらせ、日本人に足りないものを間接的に指摘しているようにも思え、その視点に共感する。
    筆者は1960年代産まれだか活動家としての前歴を持ち(つまり革命家としては挫折し)、またトランスジェンダーであることもカミングアウトしている。マイノリティの王道(変な言い方だけど)を歩んできたことでこそ得た目線が、こう言う見方をさせるのかな、ともちょっと思った。

  • 登場人物が多くて、なかなか情景を理解するのが難解です。

  • アラブの民衆の中に入り込み、「アラブの春」以降の中東について語る。
    著者は新聞記者だが、中東に関するルポルタージュというより、エッセイのよう。
    独裁政権は悪。それを倒すのはよい革命でその後は民主的な政権ができる。イスラム主義対世俗主義。日本を含む欧米の報道が、いかに表面的で一方的であったかが理解できた。

  • 大崎Lib

  • 世界史の中では、革命が本当に成功した例はない。社会はよくならない。理想のシステムは無い。永遠の不服従だけが、人を成長させる。
    アラブの春はアラビア全体に行き渡ったが、全てが失敗に終わっている。特にエジプトのジャスミン革命は、以前より悪くなっているくらいである。シリアは泥沼である。では何が変わったのか。
    革命後、権力を握った者達は必ず腐敗する。エジプトでは革命後にムスリム同胞団が選挙で勝利したが、イスラム主義を押し付けすぎて権力の座から追われることになった。それは前衛党や革命戦略、あるいは新たな権力を担保するシステムといったものがなかったせいなのか。広場に集まった青年たちは独裁政権を倒したものの、権力を奪おうとはしなかった。「次の大統領は誰でもいい。気に食わなければ、またデモをするだけだ」と言った。レーニンは、「革命とはプロレタリアートが権力を奪取すること」と言った。左翼のとりわけレーニン主義的な運動の経験者には、人々に展望を示さなくてはならないと言う習い性がある。前衛党は長く続くと官僚体質が露呈する。ハンナアーレントはそれを指摘して、「革命とは自由の創設のことであり、自由が姿を表すことのできる空間を保障する政治体の創設のことである」と説いている。だが、人類史ではそのようなシステムは作られたことがない。タハリール広場ではそうしたシステムが求められていたわけでもなかった。「あの日々は奇跡だったのかもしれない。人々の良心が他の人々の良心を呼び覚まし、それがどこまでも連鎖していくということを初めて知った。今はあの時とは正反対だ。不信が不信を、犠牲が犠牲を生んでいる」だが革命を後悔したことはない。その日からエジプト人たちは変わった。独裁政権下での人々は、怠惰で不親切だったが、革命後は他人を思いやるようになっていた。2人の大統領を自分たちの力で変えることができたという自信と、流されず不服従を続ける力を手に入れた。意識が高くなることによって、自分の頭で考えるようになった。誰もが自分を無力だと思わなくなった。みんなこのような状況で疲れているが、自分の可能性を広げると言う事は疲れるものだ。それが自由ということかもしれない。
    人に親切にする、他人に優しくなれるのはその人に力があるか、力が沸いていると感じるからだろう。そして社会が動くことによって、いやがおうでも社会と自分の位置を意識せざるを得ない。それは自分を社会の一員と認識する契機になる。逆に人が国家や集団に身を委ねてしまいたくなるのは、自分の無力さを骨の髄まで味わっているからだろう。それは今の日本に当てはまる。
    革命が理想郷を保証できないのであれば、人々にとって最も大切なものは権力の獲得やシステム作りよりも、ある体制がいつどのように堕落しようと、その事態に警鐘を鳴らし、いつでもそれを覆せると言う自負を持続することではないのか。個々人がそうした精神を備えていることこそ、社会の生命線になるのではないか。不条理をまかり通らせない社会の底力を保つには、不服従を貫ける自立した人間があらゆるところにひそんでいなければならない。権力の移行としての革命よりも、民衆の間で醸成される永久の不服従と言う精神の蓄積こそが最も価値のあるものだ。
    そして必要なのは、多数派とは一線を画した居場所作りだ。そこにいるだけで自分は服従しないとアピールするような場所。

    デモや集会での豆知識。
    タハリール広場では集会を撹乱する秘密警察等が入り込まないように、ボディーチェック等をしていた。
    催涙ガスにはコーラで目を洗うといい。

  • [春よ、いずこへ]世界中の耳目と賞賛を集めながらも、のちの政治的混乱などから今ではその季節は終わりを告げたと捉えられることが多い「アラブの春」。革命は徒労だったのか、という問いに対し、中東各地を取材し、生の声を聞いた記者が綴ったルポルタージュです。著者は、カイロ支局での勤務をはじめとして、長年にわたり中東地域に関わり続けてきた田原牧。第12回開高健ノンフィクション賞受賞作です。


    自身も活動家であったことが影響してか、カイロを 始めとする都市を訪ね歩いた末に著者が導きだす「革命とは?」との問いへの回答には興味深い示唆がありました。また、特にアラブの春以降の中東情勢が簡潔にまとめられていますので、複雑と見なされることの多いこの地域について知る一歩としても役立つ作品だと思います。


    因果関係をはっきりとさせないままに行われる日本とアラブの比較、その比較の土台となるアラブの春に関する思索に関して、その枠組みからチュニジアがほとんど抜け落ちていることなど、欠点もないわけではありませんが、そういった諸点を含めて、日本人のある知識層が持つアラブ感の一端を如実に示す一冊でもあるように思います。少し穿った見方かもしれませんが、まがりなりにも中東やアラブに関わる人間として、思わず考えさせられるところが少なくありませんでした。

    〜革命が理想郷を保証できないのであれば、人びとによって最も大切なものは権力の獲得やシステムづくりよりも、ある体制がいつどのように堕落しようと、その事態に警鐘を鳴らし、いつでもそれを覆せるという自負を持続することではないのか。個々人がそうした精神を備えていることこそ、社会の生命線になるのではないか。〜

    なぜこの本に「ジャスミン」と銘打ったのだろうか☆5つ

  • あまりにもアラブの国々、イスラム教についてわからないので、なんとかもう少し理解を深めたいと思っている。
    少し前に内田先生と今話題の?中田考さんの対談本「一神教と国家」を読んだ。
    これからも、関心を持っていきたい。

    わかりやすく書かれていると思うが、わりと読みづらかった。著者の経歴も気になった。東京新聞も最近気になっていたところだし。

    スンナ派とシーア派の区別だけでも、高校時代からどっちがどっちか混乱しているのに、スンナ派の中も分かれていて・・・ちょっと覚え書きとして書いておきたい。

    スンナ派は四大法学派に代表される伝統主義とサラフィーヤに分かれている。
    伝統主義というのは著名なイスラーム法学者による教義の解釈を権威あるものとして認め、それを伝承していく潮流。
    サラフィーヤはそうした伝統主義が初期のイスラーム精神を歪曲させたとみなし、教団そのものともいえるイスラーム共同体(ウンマ)が成立した当時の預言者ムハンマドと教友たちの純粋な精神の回復を目指している。
    キリスト教にたとえると、前者はカソリック、後者はプロテスタントに近い。
    サラフィーヤにも、大まかに三通りの傾向がある。一つは現実政治から距離を置いて宗教的戒律を厳格に守ることに固執するワッハーブ主義(サウディアラビアの国教)に代表される流れ、二つ目は政治には積極的に関わるが、あくまで今ある国民国家の枠組みを前提とする同胞団系の潮流だ。三つ目が最もラディカルで、民族や国境とは無縁だったウンマを早期に解決するためにイスラーム圏での近代国境を廃止し、共同体の歴史的な運営方法であるカリフ制を最高させようという勢力。
    166ページ

    アラブの春とは直接関係ないが、個人的に引用しておきたい部分。原発は反対と思うが、きちっとと言葉にできなかった。この部分を読んだとき、「そうだそうだ、私も自分の言葉でこういうふうにまとめたかった」と思ったところを引用しておく。

    ”原発が許されない根幹の理由は、そのシステムが被爆労働者という人柱を生み出し、過疎地へ危険を押し付けるという何重もの差別を不可欠とし、さらに放射性廃棄物という始末に負えない毒物を将来の世代に丸投げするという非倫理性にこそある。” ー 93ページ

  • 勉強になりました。

  • なんとなく物騒なところという認識でしたが、少し頭の中が整理されました。イスラム国の背景も少しわかったようです。しかしそこに生きる人々の現実は厳しいです。

  • この本を読んで分かったことは、自分はイスラム教について、また中東についてあまりにも素養がないことでした。難しい固有名詞がたくさん出てきて、読み通すのは苦しかった。

  • ジャーナリズム臭と元新左翼活動家臭がプンプン。かつてそういうのが格好いいと思ってた自分が思い出されて、げっそりしてしまった。書かれていることは、興味深くはある。

  • 独裁政権を倒した「革命」後、反革命が蘇って報道に走る。ただ、それだけならよくある平板な悲劇だ。だが、エジプトでのポスト「アラブの春」の展開の特殊性は、反革命の復活劇に民衆が進んで手を貸した点にある。民衆の主観的な意図がどうであれ、それが客観的な流れだ。p60

    気がつけば、「春」ははるか後景に退き、人びとの口からは代わりに宗教、そして宗派抗争を案じる言葉がつぶやかれていた。イスラーム主義というこの地域の大命題がエジプトに限らず、「アラブの春」がめぐった先々の国で立ちはだかっていた。p152

    そもそも「アラブの春」という一見、美しい命名自体が不吉だったのかもしれない。そこには1956年のハンガリー動乱や、68年のプラハの春のイメージが重ねられていたのではないか。ともに「革命政権」に対しては民衆は血で抗い、そして鎮圧された。p214

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