- 集英社 (2022年1月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (340ページ) / ISBN・EAN: 9784087890150
作品紹介・あらすじ
文芸評論家・斎藤美奈子氏激賞!
第19回開高健ノンフィクション賞受賞作
1945年夏――。日本の敗戦は満州開拓団にとって、地獄の日々の始まりだった。
崩壊した「満州国」に取り残された黒川開拓団(岐阜県送出)は、日本への引揚船が出るまで入植地の陶頼昭に留まることを決断し、集団難民生活に入った。
しかし、暴徒化した現地民による襲撃は日ごとに激しさを増していく。
団幹部らは駅に進駐していたソ連軍司令部に助けを求めたが、今度は下っ端のソ連兵が入れ替わるようにやってきては、“女漁り"や略奪を繰り返すようになる。
頭を悩ました団長たちが取った手段とは・・・・・・。
《選考委員、全会一致の大絶賛!》
作品は、共同体の「自己防衛」のために女性たちを「人柱」に捧げる「隠された暴力」の柔らかなシステムを浮かび上がらせている点で、極めて現代的な意義を有していると言える。
――姜尚中氏(東京大学名誉教授)
本書は、変わることのできなかった日本人の問題として悲しいことに全く色褪せていないのである。
――田中優子氏(法政大学名誉教授)
犠牲者の女性たちが著者の想いと心の聴力に気づいて、真実の言葉を発してくれたのだ。
われわれはその言葉に真摯に耳を澄まし、社会を変えていかねばならない。
――藤沢周氏(芥川賞作家)
この凄惨な史実をほぼすべて実名で記した平井の覚悟と勇気は本物だ。
隠された史実の掘り起こしだけではない。ジェンダー後進国であるこの国への果敢な挑発であり問題提起でもある。
――森達也氏(映画監督・作家)
【著者略歴】
平井美帆(ひらい・みほ)
1971年大阪府吹田市生まれ。ノンフィクション作家。
1989年に高校卒業と同時に渡米し、南カリフォルニア大学に入学。同大学で舞台芸術と国際関係学を学び、1993年卒業。
その後、一時東京で演劇活動に携わるも、1997年に再び渡米し、執筆活動を始める。2002年に東京に拠点を移す。
著書に『中国残留孤児 70年の孤独』(集英社インターナショナル、2015)、
『獄に消えた狂気 滋賀・長浜「2園児」刺殺事件』(新潮社、2011)、『イレーナ・センドラー ホロコーストの子ども達の母』(汐文社、2008)、
『あなたの子宮を貸してください』(講談社、2006)など。
みんなの感想まとめ
戦争の影響を受けた女性たちの悲劇的な体験を描いた本書は、敗戦直後の満州で起こった衝撃的な出来事を通じて、個々の人格が如何にして犠牲にされるのかを浮き彫りにしています。黒川開拓団の男性たちは、共同体を守...
感想・レビュー・書評
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もうひとつの「戦争は女の顔をしていない」だと思った。
第二次大戦敗戦直後の満洲。
タイトルからは、ソ連の蛮行(戦争犯罪)が連想される。もちろんそれも酷いが、メインではない。
本書で最も断罪されるべき存在は、自分達のコミュニティを守るため、ソ連兵に若い未婚の女性を差し出し「接待」させた日本の男たちだ。
衝撃的な内容に、男として考えさせられることが多い。
男性こそ読むべき本だ。
「戦争で男は無力になっちゃう。女は男の人の食い物にされる」ー接待に差し出されたある女性の言葉だ。
結局、戦争の大義は、個人の人格を犠牲にして成り立つ。どんなに綺麗事を言っても、それが真実だ。
やはり、戦争は人間の顔をしていないし、どんな理由があっても許してはならない。
ウクライナの平和を祈らずにはいられない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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ヒボさん、こんにちは^_^
あまりにも壮絶な事実で、読み進めるのが辛かったですよね
こういう事があった、というのは知識として知ってるつも...ヒボさん、こんにちは^_^
あまりにも壮絶な事実で、読み進めるのが辛かったですよね
こういう事があった、というのは知識として知ってるつもりでしたが、ちゃんと知ろうとしていなかった事に気付きました。
終戦から78年経った今もまだ苦しみ続けている人がいる…
私に出来ることはまず、「目を背けず知る」ことかな。
ヒボさんのレビューで改めて思いました。
ありがとうございます( ꈍᴗꈍ)2023/08/11 -
aoi-soraさん、こんにちは♪
辛かったです。
でも、これが事実で、歴史なんです。
伝えていくこと、学ぶことの大切さを改めて思い知ら...aoi-soraさん、こんにちは♪
辛かったです。
でも、これが事実で、歴史なんです。
伝えていくこと、学ぶことの大切さを改めて思い知らされた作品でした。2023/08/11
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第二次世界大戦後の満州…暴徒化した満人やソ連兵から開拓団を守る使命を課せられた若き女性たち…その身を捧げる「接待」と言えば聞こえはいいが、性の捌け口、もっとわかりやすく言えば彼女たちを生け贄のように差し出し、強姦・レイプさせていた過去があった…。引き揚げ帰国した彼女たちは、同じ日本人からも「棄民」として蔑まれ、その身にも心にも受けた傷を癒すことができないでいた…そんな彼女たちを取材したノンフィクション。
この作品いつか読もうと思っていた作品です。終戦から79年です。この作品が刊行されたのが2年前、証言してくれた女性はもう90歳を越えていますよね…。もう、すでに亡くなられている方も多い中、書籍として残っているのはとてもいいことだと思います。辛い戦時体験をされた方は、彼女たちだけではないし、みな高齢になっています。悲劇を繰り返さないためにも、話せるうちに記録しておくことは大事ですよね…。
で…彼女たちのことです。本当に辛かったし怖かったことだと思います…。一緒に満州に渡った家族や開拓団を守るために、逃げ出したくても逃げられない…。そして、帰国後も悲しい思いを…。今なら、どうでしょう?イヤなものはイヤだと、どうしてそんなことをしなくてはならないのか?と反抗して逃げることもできる…し、だいたいにして、そんなことをさせようとは、思わないですよね…。時代背景と一言でいうのは簡単だけれど、それですませていいものではありません。戦争からは生まれるのは、やりきれない理不尽な思いしかありません。それもずっと続くのです…。平和への思い、願いを強く感じることのできる作品でした。-
これを読んで、今年「女たちのシベリア抑留」を手にしたのでめちゃくちゃ自分の中で繋がりました。
辛い歴史だけど、知らなきゃいけない史実ですよね...これを読んで、今年「女たちのシベリア抑留」を手にしたのでめちゃくちゃ自分の中で繋がりました。
辛い歴史だけど、知らなきゃいけない史実ですよね。2024/08/19 -
aoi-soraさん、おはようございます。
本当にね…過去にこんなことがあったなんて
考えるだけで恐ろしいですよね…。
でも、私たちも...aoi-soraさん、おはようございます。
本当にね…過去にこんなことがあったなんて
考えるだけで恐ろしいですよね…。
でも、私たちも読むことで過去を知ることができる、
繰り返さないためにも、
まずは知ることからはじめたいですね…!!2024/08/20 -
ヒボさん、おはようございます。
ヒボさんが最近読まれた「女たちのシベリア抑留」
図書館検索したんですが、所蔵になく残念です。
読んでい...ヒボさん、おはようございます。
ヒボさんが最近読まれた「女たちのシベリア抑留」
図書館検索したんですが、所蔵になく残念です。
読んでいてつらいし、キツイんだけれど
実際にその頃を生きた人たちはもっとつらかったし
逃げることもできなかったんですよね…。
目を背けずに知ることが、私たちにできることだと思います。2024/08/20
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また私の知らなかった戦争が、ここに記されている。
戦争関連の本を読むたび、知らないことばかりだなぁ、とため息が出る。
内容はあまりにも衝撃的で、著者はよくここまで聞き出せたと思う。
やはり女性だからこそ出来たのでしょう。
敗戦直後の満州。
黒川開拓団は団を守るため、未婚の娘たちを「接待」の名目でソ連兵へ差し出す決定をする。
こうした接待や性的暴行などは戦時中の話として聞くことはあるが、衝撃なのは身内の男たちの態度だ。
「皆を守るため」と娘たちを選別して差し出し、誰も助けてくれない。
更にやっとの思いで帰国したら「汚い」と言われ、誰にも歓迎されない。
笑みを浮かべながら「減るものじゃない」と発言する男。
無意識、無自覚の性差別には落胆しかない。-
最低の男たち…
戦争で得るものなんて何もない…
失うものばっかり…
戦争なんて無くなればいいのに…最低の男たち…
戦争で得るものなんて何もない…
失うものばっかり…
戦争なんて無くなればいいのに…2023/07/16 -
本当にね、
失うものばかり…
ノンフィクションって、事実を真正面から突きつけられるから、ズシンとくるのよね本当にね、
失うものばかり…
ノンフィクションって、事実を真正面から突きつけられるから、ズシンとくるのよね2023/07/16 -
戦争映画や小説は好きですが、ノンフィクションとなると考えさせられますね…
心にズシッとくるものは大きいですね…戦争映画や小説は好きですが、ノンフィクションとなると考えさせられますね…
心にズシッとくるものは大きいですね…2023/07/16
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【まとめ】
0 まえがき
満州開拓団である黒川開拓団が難民生活を送った期間は、ソ連の対日参戦・満州侵攻から、集団引揚げが本格的にはじまった時期までの約一年のあいだである。この間、はるか遠く満州の地において、ソ連兵の「接待」の犠牲になった女達がいる。
ソ連の満州侵攻とそれに続く日本の敗戦直後から、自分の土地や家を日本人移民によって強制的に追い出された現地民が暴徒化し、恨みを晴らさんばかりに開拓団を襲うようになった。ソ連軍の満州各地の占領に伴い、次第に暴徒の動きは落ち着いていった。ところが、避難生活が長期化するにつれ、今度は暴徒と入れ替わるかのように、ソ連占領兵らが女を要求するようになり、団長の命で何人かの女性が「接待」に差し出された。
戦勝国側のソ連兵が、一方的に日本人女性を襲ったという性暴力の話は有名である。しかし、現実にはより複雑な、集団内の支配関係による強いられた犠牲があったのだ。
1 敗戦と接待
敗戦後、あちこちの部落では暴徒化した現地民による略奪が起こっていった。団幹部がソ連兵に助けを求め、暴民による襲撃は収束していったものの、今度はソ連兵が物取りにやってくるようになる。13、14歳位から上の少女を手当たりしだいに捕まえ、犯すようになった。
そうした混乱を収めるため、ロシア将校と交渉した結果、娘たちが「おもてなし」をして守ってもらうこととなった。
黒川開拓団を率いる安江新市は、涙をこぼしながら言った。「頼む。わかってくれ。五家站(熊本県来民開拓団)のようにこのまま自決するようなことはできぬ。家族を残し出征されている方達になんと言って申し訳するのか。団の命を救うと思って、ウンと言ってほしい」。
数え年で18歳以上であること、未婚であること――犠牲に出る者の条件に当てはまるのは、15、6名にまで絞られた。
接待室に行かされた娘に対し、いかに惨い蹂躙が行われていたか。善子はあとから「乙女の碑」を記した紙に、直接赤ペンでこのように書き込んでいる。
ベニヤ板でかこまれた元本部の 一部屋は悲しい部屋であった 泣いてもさけんでも誰も助けてくれない お母さんお母さんの声が聞こえる
善子は妹の久子の分まで接待を取ることで、妹のことを守っていた。その変わり、久子は「洗浄係」に命じられた。絶対から帰ってきた人の膣からホースを差し込んで、薬液で子宮の中を洗う作業だった。
犠牲になるように頼まれたとき、当事者たちはどう思ったのだろうか。
「そりゃあ、嫌でしたし、もうこれで私の人生も終わりと思いましたけれど、日本へ帰りたい。どんな辛抱しても病気になっても苦しい思いをしても、日本へ帰りたい。その一筋でした」
「接待」に行かせた団の人には恨みはないと春江は言った。
「よう、仲間にして、連れて帰ってきてくれた。みんなのためになれたんやからよかった。そういうことあっても日本へ帰りたい」
以下は、最年少の接待役である玲子の証言をもとにした接待中の様子だ。
一人目のソ連兵の顔は見た。男は自動小銃をつけたまま、金属製のベルトだけを外した。
ガチャッ。重い鈍い金属音がする。
お母さん――、子どものころに亡くなった母を呼んだ。お母さん、殺される。怖いよ。自分の心臓の音だけが耳をつんざく。
二人目からは覚えていない。顔など見られない。左隣に横たわる年上のお姉さんが、兵隊に見えないように下のほうで手を握ってきた。まるでお母さんのように固く手を握りしめたまま、一所懸命、泣いている自分を励ましている。
「だめだよ、だめだよ。しっかりしなきゃだめだよ。がんばろうね」
声を殺して泣く声が聞こえる。まわりからも母親を呼ぶ声がする。
ソ連兵らに解放されると、みんな倒れたまま肩を震わせて泣いていた。身体の痛みより、悲しくて泣いていた。ショックのあまり、玲子は何も考えられなかった。激痛とともに深い絶望感が襲ってきた。
玲子「石垣がガタガタガタって、崩れる感じがした。ああ、女ってこんなにあわれなもんだ、こんなことさせられる。あー、大和撫子として育てられたのに。恥ずかしい、恥ずかしい」
以下は、彼女が60代になってから書いた句だ。
乙女ささげて 数百の命守る 女塾で学んだ大和魂 音をたててくずれ落る
ある日、ソ連兵ではなく満人が玲子を買いに来た。
おそらく軍平が仲介役なのだろう。軍平から「接待」に呼ばれたときに逃げたこともあったし、反発的だったのは自分だけだったから、満人に売られたのだ。玲子はそう思ったが、真相は確かめようもない。松江の対岸にある松花江駅には、鉄道警備隊の満人らがいたが、そこから黒川開拓団まで女を買いに来ているという噂もあった。
いつしか、大義名分すら見えなくなっていた。ソ連兵への犠牲には少なくとも、団の決めごという気持ちがあった。それに接待所に行かされるのは自分ひとりではない。しかし、満人が自分を指名して来たり、拒否すれば殴られ続けたりするのは話が違うではないか。17歳の玲子に容赦なく、暴力が襲いかかる。朝方、目が覚めると、まだ生きていると薄暗い穴倉の中で息を吸う。いますぐにでもここから逃げたい。でも、どこに?頭の片隅では日本が戦争に負けたなんて、どうしても信じられなかった。
2 撤退
1946年3月から4月にかけて、ソ連軍はようやく中国東北地域から撤退を開始した。日本への引揚船も葫蘆島から出始めるようになった。
葫蘆島に行くためには旧国都である新京に行かなくてはならない。道中、川を渡る船の「通行料」としてふたたび娘たちが交換条件に出された。またしても団が女性にお願いした。
生きて日本へ帰るために、善子は元兵隊と一時の婚姻を結んだという。通称「博多別れ」だ。
日本の港に着くまでのあいだ、赤ん坊を抱いた母親が元兵士などを頼る光景はあちこちで見られた。ただし、守ってもらうには性的な関係を伴った。このような一過性の関係のカップルは、ほかに何組もいたと久子は語る。
1953年、中国本土からの引揚者は、2万6032人。以降、5年4ヶ月の間に21回の引揚げが行われ、計3万2506人が祖国へ帰ることができた。
だが、終戦からすでに8年……。極寒の大地で生きのびるために、多くの女たちは中国人の家に入らざるを得なかった。しかも、北京協定では「本人」だけしか帰国を許されなかったため、すでに子どもが生まれていた女性は、自分の家族と別れるか、帰国するかの選択を迫られるはめになった。そうしたなか、泣く泣く引揚船に乗ることを諦めた者もいれば、奥地にいて引揚げの情報が届かなかった者もいた。のちに「中国残留婦人」と呼ばれた女たちである。
3 負の烙印
善子は2013年に満蒙開拓平和記念館でこう語っている。
「一年ほどして、『私は人間じゃなくなった』と情けない思いをして日本に帰ってきたんですけど、帰ってみれば、『引揚者』『満州でけがれた女』と誰も問題にしてくれないし、村そのものでもね、『満州から帰ってきた女はあれだから、汚い』。それこそ、私たちは皆、お嫁にいくところもない。それで一生お嫁にいけなくて死んでしまった人もいるんですね」
黒川開拓団の娘たちは、満州をまったく知らない青年との結婚には困難を伴った。同じころ、春江も元義勇兵の男性と結婚した。嫁ぎ先は満州引揚者が多く移住した蛭ヶ野開拓地である。ふたりきょうだいの春江だが、仲の良かった弟の敬介からは「お姉なんかはふつうの既存農家なんて嫁にいけない。開拓の村だったから嫁にいけたんだ」とよく言われたという。春江は結婚する際、梅毒の症状が出ていないことを医者に一筆書いてもらい、夫側の家族に見せたそうだ。
善子は当時、村人の冷たい視線のみならず、団にいた男性からもたびたび心ない言葉をぶつけられていた。
セツによると、慰霊祭が終わって少人数になったとき、団幹部だった三郎は善子に、「減るものじゃないし」と言葉を投げかけたという。また、善子が妹の分も出るといったことについても、「おいしゃ好きやな」と言い放った。こともあろうに三郎は、自分も含めて集団を守ってもらうためにごく少数の娘に犠牲を強いておきながら、妹を守ろうとした善子に対して、おまえは好きものだなといった言葉を投げかけたというのだ。
久子は相手の名前こそ出さなかったが、戦後落ち着いてから、善子は団にいた男と二人になったとき、こう言われたと話していたそうだ―――、「ロスケにやらせたくらいなら、俺にもやらせてくれよ」。まだセクハラ、二次被害、セカンドレイプといった言葉すらない時代、年下の子たちを守ろうと多くの犠牲を引き受けた善子に対して、一部の同胞の男たちは気楽に侮辱の言葉をぶつけていた。
団幹部ではない男たちのうち、松浦辰雄は乙女の犠牲について『ああ陶頼昭』に寄稿している。
――ただひとつ、私達がこうして今日まで生き長らえて人生の黄昏時を迎えられるのは誰のおかげだろうか……。もちろん、各個人の努力もさることながら、忘れてならないのは、現地で一年近くにわたり500人近い難民に食糧を与え、治安を維持してくれたソ連及び八路の占領軍ではなかっただろうか。しからばこの人達に対し、交渉にあたってくれた団幹部の方たちだけであの安全が得られたであろうか。十余人のうら若き女性の一片の私利私欲もない、ただ同胞の安全をねがう赤城の挺身があったからではなかろうか。それはタブーであるかもしれない。しかし私はあえて言いたい。松花江渡河についても、その陰の力を忘れてはならない……。開拓団の穴の中で高熱にうなされながら23名の同僚と家族に見守られ、あたら17、8才の花の命を寂しく散らした彼女たち。悪夢を忘れたい心情はわかる。だが何かしら心の片隅に去来する何かは、私一人だけだろうか……。
かたや、団幹部の人たちは、こうした乙女の犠牲には何も触れていない。
藤井軍平は、『ああ陶頼昭』の本文に寄稿しているが、自分が呼び出し係をしていた「接待」についても、ソ連兵の強姦についても、記載がなかった。一つひとつの記述ではなく、文章全体から発せられる空気は淡々としており、この無機質な空気感において、「接待」が行われたことが透けて見えてきたのだ。被害女性に寄り添う姿勢は皆無であるばかりか、父親の最期の言葉によって引き起こされた家庭内殺人でも、殺された子どもたちへの想いが見えない。
一方で、乙女たちの犠牲を「乙女の碑」として称える人もいる。また、犯されることなく「貞操を守って死んだ女性」を、「日本人らしい立派な最期」として称賛した人もいる。そして犠牲者たち自身も、「私たちの苦しみを知ってほしい」という人と「話すべきではなかった」と後悔する人がいる。
「接待」とは集団を守ってもらうための交換条件だった、が的確な答えだろう。それでも、「集団自決か否か」の二択の枠で捉えることは可能かもしれないが、本当にやむを得ない不可避の選択だったのか。前提から揺さぶらないと、決定した団幹部と同じ視点で思考停止してしまう。物のように扱われる人間の気持ちや意思などまったく無関係に、事態が進んでいったのだ。
「平和の中で個人個人が行動するのはいいんです。それは運命ですからね。でも、その集団の中、なんていうか台風のような、逃げられないっていうような、どうにもならないっていうような(状況には)、私は絶対なってはいけないって思うんです」
そして、「人間としてあってはならないこと」に巻き込まれてしまう人生もある。満州で起きたことを善子はこのように表現した。大義名分の下、国家は国民のもっとも弱い層を盾に使う。その中でまた盾にされる人間が生まれる。その盾となる犠牲が女性であったとき、またさらに貶められてしまう。このような負の渦巻に、私たちはどれだけ自覚的だっただろう。
4 女の声
みね子の証言によれば、当時から団員たちは「接待」と呼んでいたという。強姦、レイプと呼べば犯罪行為そのものだが、「接待」と呼べば、客人をもてなす行為を想像させる。子どもの性被害が「いたずら」などと表現されてきたのと同様に、実態をぼかして、矮小化させる効果を持つ。
その半面、被害に遭った女性にしても、人間としての尊厳を傷つけた性暴力のことは語りづらい。社会という外面、自己という内面の双方から抑圧を受け、女性引揚者の語りは封印されていく。
「接待」の事実を、もっともよく知っていた男性引揚者はどう見ていたか。団幹部は完全なる沈黙を貫き、秘密を抱えたまま逝った。まわりにいた男性団員は、女性の自発的意思や献身的犠牲への置き換え、石碑に口紅を塗る、「開拓の華」と呼ぶといった言動に見られるとおり、一方的な美化と歪曲の域を出ない。
自分たちの見たい女の姿しか見ていないのだ。
「接待」という呼称が象徴するように、ふわりと優しい言葉で包みこむ。抽象的に語られる現実によって、満州史から生身の女の声が消えていく。
常に彼女が本当に言いたいこと、女の声は消され続けてきたのだ。-
これは、きついですね…
ひどい世界ですね…
ほんと、今も、昔も繰り返されて、
男がダメなんでしょうね。これは、きついですね…
ひどい世界ですね…
ほんと、今も、昔も繰り返されて、
男がダメなんでしょうね。2023/04/09 -
Manideさん
コメントありがとうございます。
本書の中では、団の男は女がレイプの犠牲となることを厭わないどころか、むしろそれが英雄的...Manideさん
コメントありがとうございます。
本書の中では、団の男は女がレイプの犠牲となることを厭わないどころか、むしろそれが英雄的行為であると讃えていたと記されています。
戦争の当事者たちによる一方的な美化と歪曲は、昔も今も常態化していたのだと、改めて感じました。2023/04/09 -
すいびょうさん、こんばんは。
いつも素晴らしい要約で、
ほんと、参考になるというか、時短させてもらっています(^^)
いや〜、ほんと、恐...すいびょうさん、こんばんは。
いつも素晴らしい要約で、
ほんと、参考になるというか、時短させてもらっています(^^)
いや〜、ほんと、恐ろしいですね。
時代には逆らえない側面もあるんでしょうが、
それでも恐ろしい。
2023/04/12
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日本の敗戦は満州開拓団にとって、地獄の日々の始まりだったとあるが、そのなかでも団の皆を守るために犠牲になった女性たちは、悲劇というより他にない。
だが、彼女たちの心の叫びを文面で見ないことには、知らずに闇に埋もれていく。
悲惨なこともあったであろうで済まされ流されていくのは、避けてほしいと思う。
真実が見えなくなっていくことは、決してあってはならないはずだから。
彼女たちの書き記したメモがすべてを教えてくれる
《私は見た 父のにぎりこぶしに なみだ一滴》
《ソ連兵に引きだされ、友は馬にのせられ、どこへ行ったのか》
《乙女ささげて 数百の命守る 女塾で学んだ大和魂 音をたててくずれ落ちる》
《傷つき帰る 小鳥たち 羽根を休める 場所もなく
冷たき眼 身に受けて 夜空に祈る 幸せを》
一般に国家や国策との関係では、満州開拓団は
「棄民」、戦争犠牲者として語られる。
現実はそう単純な構造でもなく、そこに女性問題が加われば、複合的かつ重層的な性質を帯びる。
国内で差別問題に敏感であるはずの男たちですら、女性差別には無自覚でいられる…。
文中にもそうあったが、確かに男たちは口を濁す。
まるで関係ないことのように。
それが娘であってもそうなのか…。
死ぬまで逃れられない記憶としてあるのなら安易に過去として片付けられないと…。
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埋もれた戦時性暴力 開拓団の闇 [評]米田綱路(ジャーナリスト)
<書評>ソ連兵へ差し出された娘たち:北海道新聞 どうしん電子版
https...埋もれた戦時性暴力 開拓団の闇 [評]米田綱路(ジャーナリスト)
<書評>ソ連兵へ差し出された娘たち:北海道新聞 どうしん電子版
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/650695?rct=s_books2022/03/06 -
敗戦後の満州でソ連兵への“接待”と称する性暴力被害に遭った女性が明かした“むごい記憶”…「嫌だ。行きたくないよ、あんなところ」 | 文春オン...敗戦後の満州でソ連兵への“接待”と称する性暴力被害に遭った女性が明かした“むごい記憶”…「嫌だ。行きたくないよ、あんなところ」 | 文春オンライン
https://bunshun.jp/articles/-/536702022/06/15
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図書館で予約して借りたのだけど、ウクライナ情勢が現在の状況になると思いもしなかったあの時の自分、何でこの本を読もうと思ったのか。毎日ニュースを見て気が滅入るのに、絶対に重い内容・・・、と一週間放置。『戦争は女の顔をしていない』が頭の中を過ぎり、ソ連兵が日本人をって内容なのかなと読み始めたら、日本人が日本人を犠牲にして生き延びた話だった。
意気揚々として乗り込んだ満州開拓団が終戦後、敗戦国として辿る道筋はテレビドラマや小説では大抵は涙無しには語れないような辛い話として描かれる。戦勝国であるソ連兵や、虐げてきた現地民に襲われる。帰国は思うように進まず、食べる物も無く薬も無く、弱い者から死んでいく。
その中で黒川開拓団は、引揚船を待つ間、大勢の団員を守る為に未婚の女性達15人をソ連兵に差し出した。「接待」する代わりに暴徒から守って貰い、塩などの必需品を分けて貰ったのだ。
女性の線引きは団の代表である男達がした、未婚女性、当時は結婚が早いし結婚しないなんて有り得ない時代だから、未婚女性の年齢は若い。少女達だ。
あれは何の話だろう、ドラマだったと思うんだけど、海外の話か日本の話かも思い出せないのだが、同じような状況で敵国兵に身体を求められた時には既婚女性が進んで、若い少女の代わりに犠牲になるシーンがあった。
でも、黒川開拓団では未婚女性が選ばれた。既婚女性は男性に属しているが、未婚女性は誰のものでもないからだ。未婚女性が誰のものでもないって変じゃない?ともやもやしたが、その辺は筆者が書き切っていたので当時の考え方が良く分かった。
私が気になったのは既婚女性達のことだ。犠牲になった女性達のことや、団の代表だった男性達、選ばれなかった未婚女性、戦後のそれぞれの当時のことについての向き合い方などについては書かれていた。
でも既婚女性のことは無かった。男達の陰に隠れて守られた女性達。接待に出させられた女性の最年少が90歳だからもう生きている方は居ないだろうけれど。本書のテーマである男尊女卑とは違うテーマになってしまうのかもしれないけれど、気になって仕方がない。 -
戦争が狂気であることは皆が知る事だ。
中でも、他国で終戦を体験した人の生は、死ぬことよりも苦の連続だったことを知る。
接待という身体の提供により、団体の護衛を約束されるもの。
集団で願われ接待に出されたのなら、最後までその礼に尽くされるべきではないかと思うが、その扱いに接待は続いていたかのような非道さを感じるものだ。
たくさんの犠牲の上にあった命を考えさせられる一冊だっあ。 -
黒川開拓団のこの事実を知ったのは、割と最近のNHKだった。ほとんどテレビを見ないのに、なぜにたまたま見たのだろう。はっきり覚えていないのだが、こちらから「差し出された」ことと引き揚げ後も感謝されるどころか差別、侮辱されたということが衝撃的だった。
この何年か前のNHKの取材に対して、著者の平井さんは面白くない思いを持っておられるようで、確かにその通りだろう。ただNHKが「後追い」をして事実がより広く知れ渡り、私みたいに平井さんのご著書を手にする人もいたのではないかと思うのだが、それはまた別の話か。
あまりの酷いことの連続で、何からどう書いていいのかわからない…
「減るものじゃないし」という言葉が最後の方に出てきた時、ハッと気づいた。どこで誰から発せられたか全く具体的には思い浮かばないが、何度も何度も聞いた言葉のような気がする。今の若い人はどうなのだろう。そんな発言する若い男性がいるのはあまり想像できないが(若い男性をあまり知らない)、おじさん(初老?)の人なら今でも平気で言いそうな人がいるのは思い浮かぶ。これではもし同じようなことが今現在の日本に起こった時、同じことが起こる。
戦争は絶対反対。女性が性被害にあうということだけでも絶対反対。日頃隠されている人間の闇の部分が顔を出してしまう戦争。
性被害というのはやはり日頃から女性を下に見ているから出てくるもの。下に見られるような私たちではない。
議員や官僚の女性の比率をもっと高める。
日常的に女性差別、蔑視にあったら抗議する。身近な人にも指摘する(今書きながら「減るもんでなし」とか言われたら一緒になって笑っている自分が見えた。あり得ない!)。
もう少しきちんと書いておきたいが、どうも無理。しばらく考えたい。 -
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敗戦後、満州に取り残された黒川開拓団。暴徒化した満人やロシア兵から団を守るため、ロシア兵側と交渉し、日本の娘らを「接待」として提供することに。
被害者の女性側の視点から語られているので、それが生々しく、痛々しい。重かった。終戦から70年経っても性的虐待、暴力を受けるのはほとんどが女性。打ちのめさせられました。 -
まだ今年始まってばっかりだけど、2022最高の一冊かもしれない。
この接待の話、数年前からパラパラ、夏の終戦記念日あたりになると出てくるようになり、それまではほとんど表に出てないような話だったと思う。
記事を何個か読んだので、気になって購入。
善子さんが守り抜いた弟さんさえ、被害者を無意識に差別していたことを、亡き姉の思いを著者が訴えかけるところがすごかった。
男と女はこんなにも深い溝がある。
玲子さんの90歳を過ぎても癒えない傷。
彼女の生涯かけた苦しみを、受け止めてくれ、世に問うてくれる著者に出会えてよかったのではないだろうか。
その言葉に間に合ってよかったと思う。
そして電書化もおねがいします! -
本著の最後の方で用いられた表現、人柱や人身御供が当にそれだと思った。読書を通じて薄らとは知っていた、強姦とは異なる取引。ソ連兵の要求に対して身を捧げた女性たち、それを開拓団が集団の防衛のためと組織立って行い「接待」と称した。無力な敗戦者は彼女たちに救われた訳だ。しかし、彼女たちに感謝も謝罪もないばかりか、心無い、汚れに触れるような扱いや言葉。その取引で交渉人が私益を得るような疑いまであったという、日本軍として武装解除後の無力感、意地汚さ、苛立ちと悲しさの混ざる思いだ。
戦争にも国際法があるとは言え、警察機能が麻痺した状態、かつ敵地において何を頼れば良いか。原始的な暴力と略奪を含む社会に戻り、生き延びるため、望まぬ選択肢は避けられない。しかし、許し難いのは、戦勝国だったならば、あるいは戦争が有利に進む状況下では、自分たち日本兵もそうした「接待」に近い待遇を得られたはずだったのだと、だから、立場が逆転すれば、日本女性も凌辱されて仕方ないと言い切る男たちの神経だ。クソ情け無い。
強引さが慰安婦問題の争点の一つだし、擁護派には、時代背景を言い訳にした主張もある。しかし、合意の下、対価を引き換えにしたとして、女性を兵隊の報酬として扱っていた事実は変わらない。自国女性が軍事行為の報酬ならば、敵国女性は更に戦利品として認知し易いのだろう。精神も肉体も自己管理し切れる程、人間は機械的ではないし、コンディションにもよる。だから、禁止令を敷いても違反が出てくる。しかし、組織が道徳感情を失っていては駄目だ。汚らわしい事という価値観は時代と共に変化するが、せめて救世主には感謝を。 -
本屋で見つけて、是非、読みたいと思ったのが2022年。年末、図書館の書棚をうろうろしていて背表紙を見てハッとした。そうだ、この本読みたかったんだ。忘れていた。読み始めたら一気よみだった。読み始めたら、次々と読んでいく必要が絶対にあると感じた。
私はだいぶ前に、この本に書かれているような組織的な性暴力の当事者になってしまった女性たちのおひとりが語るのをテレビで見て、初めて知った。それを期に阿智村の資料館の存在も知った。
いままで、戦争のこと、満州のことを知ろうと思って本を読んだり、とりあげられている番組を見たりしていた。国策として満州に行った人たちが長野県や岐阜県に多いというのも知識としては知っていた。でも、自分が知っている岐阜県の地名がでてくると、なんともぞわぞわしてしまう。
しかし、この本に書かれているようなことを知って、なんとも気持ちが悪いというか…とくに、戦後引き上げた後の残酷さに言葉を失う。している人が自分がしていることの残酷さに無自覚だから余計たまらない。
「非常時だから」「女だから」…「○○だから」という言葉は世の中で無自覚に使われているな、と思った。使っている人は無自覚なんだよね。それを最近ならハラスメントだと自覚していたとしても、それまでに自分の考えとして植えつけられてしまっている考え方の習慣はなかなか変わらず、態度に自然に出てしまう。
読みながら、頭の中にあれやこれや浮かんでしまう。あれやこれやは字にできない。字にしたくない。
きれいごとになってしまう言い方だが、こんな凄惨なことはもう…と思いたい。しかし、現在も地球上ではどこかで「戦争」が続いていて、たぶん、女性が性のはけ口になるということは変わらずあるのだろう、と思うとやりきれない。 -
非常に読み応えのある本だった。取材と検証を重ねて見えてきた事実。なかったことにされている声を掬い取る著者の見る力、聞く力、書く力。何より訴える力。決して知らないままでいてはいけないし、知った自分はバトンを受け取り考え続けなければいけないと強く思った。
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従軍慰安婦については、強制連行と表現するのは適切でないというのが、日本政府の公式見解(閣議決定)になっています。
満州でも、婦女子は強制的に性の饗応者として差し出されたのではないと思います。
でも、当時の空気としてほぼ強制的な形で、ソ連兵の前にさし出された女性はいたものと思われます。
同じ空気を共有した、日本国民としての朝鮮国においても、同じように空気に強制された方はいたのだろうと推測されます。
そして、さらに、プーチンが戦場に駆り出した犯罪者集団によって、現在もウクライナで同じような、いや、犯罪としてのレイプ行為が行われているだろうというのは想像に難くありません。
自分の妻や子を守る気持ちがあるなら、ウクライナ支援についても積極的に行動しなければならない。
改めてそう感じました。 -
昔、満州からの引き揚げ体験談に、そういった仕事をしていたとされる女性たちが、自ら申し出てソ連兵の求めに応じてくれたから、自分たちは日本に帰ることができたと書いてあった。あれは、本当に、自らだったのだろうか。そう申し出ざるをえない状況にあったのではないか。この本を読むと、そんなことを考えてしまう。どれだけの女性がつらい思いをしたのか。しかも、満州にいた時だけではなく、日本に帰ってからも、揶揄され、差別され、つらい思いは続いたのだ。
戦時性暴力のことを読むたび、「戦争は怖い」「戦争は人を変えてしまう」と思ってしまうけれど、その根底にあるものは平常時から醸成されている、とこの本は言おうとしている。女性の「性」が物のごとく消費され続けることに無意識・無自覚でいることが、悲劇の元凶なのだ、と。
犠牲は美しいものではない。
当事者にとってそれはいつまでも過去にはならない。
「ならば私たちも安易に過去にしてはいけないのではないか」
重い、重い話だけれど、何が行われたかをきちんと知っておきたい。 -
敗戦後、当時の日本の傀儡国であった満州から、開拓移民団が引き揚げる際のノンフィクションと、その後の引き揚げ者からの聞き取りルポが中心。
1929年から約2年続いた世界恐慌の影響と人口飽和、耕地不足と言う問題解決のため、満州開拓移民の必要性が一部農学者から強く説かれ、それが関東軍の思惑と一致して、組織的な移民計画へと移る。
本書の日本側の舞台となるのが、岐阜県の黒川開拓団。貧しい村、貧しい家にとっては国の甘言に乗るのは容易いことだったのだろう。他の村などにも声をかけ集団で満州に移動した。
しかし現地で待ち受けていたのは、厳しい環境で、住居も現地の人を追い出して使用すると言うものだった。だが苦労して開墾を進める。
敗戦が近づくと、米英とヤルタ秘密協定を結んでいたソ連が、一方的に日ソ中立条約を破棄し宣戦布告を行う。ソ連兵は逃げ惑う農民、女子どもを手当たり次第に殺していく。自分たちの行く末に絶望した人々は、自分では死にきれないため、在郷軍人らに日本刀で切り殺してもらうため、長蛇の列をなしたという。
ソ連兵だけではない。それまで虐げられてきた中国人たちも暴徒化し襲ってきた。
黒川開拓団は迫り来る中国人から自分たちを守るために使った手段は、進駐していたソ連兵に若い独身女性を「接待」と称して慰安させることだった。
本来日本人を守るべき関東軍や行政幹部は、戦況が悪くなると、いち早く立ち去っていた。そして開拓団の取った人身御供提供の決断は、ごく一部の男性幹部。
命からがら帰国出来た団員は、接待のことを表沙汰にはしないどころか、ことを矮小化しようとする。
戦争はどれも男が始め、勝っても負けても一般人、特に女や子どもなどの弱者が犠牲になる。
あらゆる決め事を一方の性だけで行ってきたこの国は、自省を込めて戦後を歩んできたと言えるのか と言う筆者の言葉が心に深く刺さる。
きな臭い世界情勢の中、女性の視点も入れて、国々との対話が必要なのだろう。 -
戦争は女の顔をしていない──
先人の言葉が頭の中でわんわんと鳴り響く思いで読み終えた。
黒川開拓団で行われたこととそれを取り巻く諸問題は、戦争の惨さのみならず、日本社会で今日もなお続く差別意識に根差しているように思う。
それゆえ、現代の我々は誰一人無関係ではありえない。無視をしてはいけない。 -
この10年ほどで、もっとも辛く気持ちが沈む、でもだからこそ知らなければならない、と思える本の一つでした。
ペルシャでもミシシッピでもポーランドでもベトナムでも、古来からずっとずっとずっと繰り返されているであろう、戦争とその中の人間たちの恐ろしさ非道さ。
法治や人権、尊厳は、紙のように簡単に引き裂かれ燃えていくのだということを知っている必要がある。
そんなことを考えながら、しっかりと目と心と頭に焼き付けました。
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