空の色ににている (ぶーけコミックス)

著者 :
  • 集英社
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本棚登録 : 135
レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784088600116

感想・レビュー・書評

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  • 恐らくそのような僥倖はないと思われるのですが、もしも、もしも万一、古本屋さんでコレを見かけるようなことがあったら、そしてそれが買える値段であったら、その一瞬に買わないと二度と再びコレに巡り会うことはないかもしれません。

    内田善美さんが描かなくなって、その決して多くない作品のどれも再版されなくなって、随分と長い年月がたちます。
    彼女の絵は、新刊書店では今やハヤカワ文庫「ゲイルズバーグの春を愛す」の表紙でしか、見ることが出来ません。(これがあるだけでも、まだ幸いかもしれません)
    「ゲイルズバーグ」の表紙だけでも、漫画を描いたことのある人・絵心のある人にはきっと伝わると思うのですが、そうでない人にはひょっとしたら伝わらないかもしれません。

    しかし、ネット上で彼女のコミックスに付いた値段が物語っています。
    その繊細、その精密、そのきめ細かさ、細部までへのこだわり、そして、それが描く心象の儚さと大切さ。

    高校生のお話です。陸上部の男の子と、上級生の女の子。
    それにしては華やかさがなく、浮世離れしているかもしれません。
    恋愛や憧れというには、あまりにも静かな時間と感情。
    ありえなーい!と言われてしまいそうな、でも何か大事なものを、彼女は残して去ったのでした。

    「風立ちぬ」や「草の花」に匹敵する、と言ったら大げさに過ぎるでしょうか。

  • 本棚のすき間にさりげなくですが大事に眠らせている一冊。
    つい手にしてしまったらどうしてもその世界に浸ってしまいたくなる。
    「ぼくを探しに」もこの本から知り得た素敵な本でした。

    今回はチィという猫のことと、続編が出たばかりという本が気になりました。
    毎回、着目点をかえて読めば新鮮ですね。

    琴線に触れる言葉、今回は「花の色をつけてもらえる色って・・・」でした。

  • この本を読むとリアルなくらい下校時間の、開放感を思い出す。友達との会話とか、自転車のタイヤの軽やかな回転とか…。やるせないくらい好きな作品。

  • 久々の再読。絵が美しい。特に樹木、花々、そして日本家屋の描写が。今までぼんやり読んできたけれど今回この設定、私の苦手な不可思議な三角関係であることに気がついた。でもいやな感じがしないのは、なぜだろう?ちょっと哲学的なセリフも美しくて、それも昔はツボだったな~と思い出す。素敵な七星兄は着物なんか来ちゃって渋いけど、高校卒業したてだったことにびっくり!ほかの作品も入手困難とは言え、読んでみたい。

  • 友人にオススメされたときは、この著者の覚えが全くなかったのだけど、本を手にして絵を眺めて読み始めると、「あ…、読んでるわ、この人…」と、感触を思い出した。
    「ひぐらしの森」の短篇集より、こちらの長編の方が好きかな。
    台詞回しやファッションには、さすがに70年代という懐かしさというか古さが漂うが、絵はうまいねぇ。デッサンがしっかりしてる…。
    それにしても、少女漫画黄金期(?)のマンガだよね。すべてが懐かしい。

  • 表紙絵が目に留まり

    あっ!これ持ってる。

    懐かしい・・・

    思わず、気持ちが当時へとタイムスリップしてしまいました。

  • 多分、わたしが気に入るだろうということで、貸してもらったマンガです。

    内田善美のマンガは、以前に何冊か読んでいて、特に市松人形の「ねこ」のでで来る「草迷宮・草空間」というお話は、お気に入りで何回も読んでいました。

    その後、りぼんマスコットコミックスから出ている「星くず色の船」と「秋の終わりのピアニシモ」なんかを読みました。
    これは、すごく密度の濃い絵を描く人なので、新書版コミックには向かないなぁというぐらいの感想しか、もっていなかっのです。

    そして、「星の時計のLiddell」というマンガを読んだわけです。
    多分、この「星の時計のLiddell」は、大学を卒業して大人になってから読んだはずのマンガです。

    わたしは、幼少の頃から、マンガ読みをしておりますので、少年マンガだろうが、少女マンガだろうが、自分に理解できないマンガはないだろうと自負しておりました。
    もちろん、「はみだしっ子」なんかは、今読んでみると、どう考えても当時の理解は間違えだったということが判明しているマンガもあるのですが、それでも、その年齢なりの理解はできるだろうと信じていました。

    でも、「星の時計のLiddell」は、そんなわたしにとっては、めずらしく理解できないマンガだったのです。しかも、大人なのに(笑)
    「理解できない」というと、いろいろな意味にとれてしまうのですが…。
    他のマンガでも、「何でこんなことするんやー」という理解できない登場人物というのはいたりするのですが、そういうこととは違うのですよ。

    わたし、この全3巻もあるマンガのストーリーを全然、追いかけられなかったのです。
    で、その当時のわたしの理解が、ストーリーは、どうでもいいことを追いかけていて、実は、登場人物同士の会話のなかに、なんか本当のことが隠れているのかなぁ……。というもの。
    これが、あっているのかどうかも、わかりません。
    ↑ なんせ、ストーリーが全然わかっていないから。

    まあ、オーバーなお話ですが、このストーリーが追いかけられないというのは、けっこうトラウマになっていて、そのあと内田善美のマンガというのは、全然、読んでなかったのです。
    似たような現象は、こなみ詔子の「タイルの水」を読んだときにもなりました。

    ということで、「空の色ににている」も、辛そうだったらちょっとずつ読もうとかいうけっこう消極的な態度で読み出したわけです。
    ちょっとずつ読もうと思っていたから、時間も、けっこう夜遅く。

    気に入るというか……これは、どっぷりはまってしまいました。
    というか、はまりこみすぎて、混乱して、なんというか感想というか、感情というか、そういうものが、グルグルとまわった状態になって、その夜は、眠れなくなってしまいました。
    これは、一気読みしてしまうマンガではないですね。

    最近読み始めた「彼氏彼女の事情」とかも、すごくおもしろいて先にを読みたくなるマンガなのですが、「空の色ににている」は、そういうのとも、ちょっと別格なマンガです。

    感想を書こうとしているのですが、ひとつは、まだ興奮と混乱がおさまらないということもあり、もうひとつは、なんだかこの話のことを語るのは、あまりにも自分のプライベートなことを話すような気がするのです。
    なんというか、この話は、わたしに向けてかかれた話だ、という印象がとても強く感じられるのです。

    もちろん、わたしがこの主人公たちのような柔軟で、繊細な心を持っているという意味でも、この主人公たちに似ていると思っているわけでもないのですが……。

    それでも、これは、自分にむけられたメッセージだと感じてしまうのは、なんでなんだろう?

    実は、冬城の失踪の真相(?)は、天然系の2人が思っているような理由ではない気が、わたしにはします。
    でも、なぜか、いつものように、「あれは実はこうだったんだとわたしは思うよ」というように、自分の考えを出していく気がしないのです。

    なんか、2人がそう思っているのなら、それでもいいのかなぁ。
    そうやって、「世界」は出来ていくのかなぁ。
    と、そんなふうに感じます。
    この2人みたいに、世界を感じ取れるようになりたいと思っていて、そうなれない自分のことも理解しています。

    ただ、「そうなれない自分」を否定的に見るのではなくて、そんな自分すらこのお話に肯定されているような気がします。

    なかなか、書きながらもどかしいです。言葉で伝えにくいので、これは、この文章は、思っていることの輪郭だけというか、周辺だけをグルグルまわっている感じがします。

    ただ、1つ言えることは、このお話に出会えてとってもよかったということです。
    そして、多分、この年齢の時に、このタイミングで出会うことがなかったら、これほど、心を揺さぶられることもなかったのだと思います。

    むかしは、「作品」というもう評価の決まったものがあって、自分がそれにアクセスしたときに、それがわかるのかと思っていたのですが(少なくとも、自分のなかの評価というのはそれほど年とともにかわるものではないと思っていたのですが)、実は、そうではないようです。
    どんな精神状態だったか?それまでにどんなお話と出会ってきたのか?どんなきっかけで、そのお話を読むようになったのか?買ったか?借りたのか?だれに借りたのか?
    その時々の自分の状態によって、多分、少しずつ、ときには大きく、そのお話に対する自分の想いというのは、かわってくるです。

    そして、そのお話をうけいれる1番ベストな状態なときに、ぴったりとはまる物語を読むのは、とても幸福なことです。

    さて、1度、以前は挫折した「星の時計のLiddell」を読み返してみよう。

  • ある日ふと姿を消す猫、行って帰らない人、簡単に人形に戻ってしまういのち、時空のはざまの旅人。内田善美はくりかえし「消えてしまうもの」を描くのだけれど、緻密な絵で描かれるそことここに変わりはなく、残されるもの、消えゆくものも、同じように美しい。死は世界に溶けていて、わたしたちはただ見失う。あえかな気配、あえかな感情は、濃密な自然に拮抗する。
    だからページをひらくだけで、いつの間にか咲いた花を見上げ、うつくしいと、いいにおいだと、みとれるように出会い、去年散った花のように想うことができる。高校のときに読めて良かったです。

  • 2009/10/21再読

  • 無人島に一冊だけ漫画本を持って行けるのなら、この本を持って行く。
    友人のお兄さんたちと遭遇したとき、「あ、空の色ににている、みたいだ〜」と思った。

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