鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックス)

著者 :
  • 集英社
4.50
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本棚登録 : 4085
感想 : 212
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784088824956

作品紹介・あらすじ

鬼の始祖・鬼舞辻無惨と炭治郎たちの戦いは最終局面へ…!! 珠世が身を挺して投与した四種類の薬が、無惨を衰えさせ、追い詰めていく。炭治郎と禰豆子、そして鬼殺隊の運命は!? 永きにわたる鬼との闘争、ついに決着の刻!!

感想・レビュー・書評

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  • いやあ見事に「少年ジャンプ」の王道、「友情・努力・勝利」を体現した「少年マンガ」だった。

    かつて「漫画の奥義 作り手からの漫画論」(知恵の森文庫)において「新しいSFマンガはどういう内容のものなりますか」と聞き手の石子順に答えて手塚治虫はこのように答えている。
    「未来の友情ですね。ものすごく冷たい未来社会の管理機構の中にただひとつ残ったものは、親子関係でもなく、師弟関係も駄目になって、友情だと思う。」
    ハリウッド映画では、いつも最後に残るのは親子関係である。けれども、おそらくそれはキリスト教世界の究極の価値観だろうと思う。日本ではいっとき、国家やムラ社会がそれを体現している時代があった。現在はもっともっと細分化していく。その時残るのは果たして家族だろうか?いや、日本のマンガは決して家族を最後には残さなかった。いつも「友情」を残したのである。そんものはもう古い?果たしてそうか?その説得力のある反論がこのあまりにも多く売れてしまったこのマンガだろう。

    平成に移って、「努力はもう古いよ」とも言われてきた。どんなに努力しても、運が悪ければ精神をやられて一生を棒に振るのが今の社会じゃないか?死んで異世界転生して英雄になれば良いじゃん。政治を見ろよ。特権階級はコロナになっても無症状でも即入院できるんだぜ。と言われるのが現代である。でも竈門炭治郎は、諦めず、真っ直ぐ、弛まず、努力し続けた。そのあまりにもの純粋さ、誠実さに遂には世の中の大多数の大人さえも納得してしまったのが、このマンガである。

    結末は最終巻の表紙を見れば明らかだろう。それにしても、あまりにも多くの犠牲者を出し過ぎたのではないか?鬼殺隊はほとんど無謀な戦争映画のようにバタバタと死んでいった。主要な柱も、あの場面ならば生き残っても許されたはずなのに死んでゆく。ホントに「鬼殺し」は「人間」の生命よりも価値があったのか?もちろんマンガにおいては「登場人物の死」は方便である。慎重に扱わなければならないが、何かの価値観を目立たせるために行うことである。では、その価値観とは何か。私は、永遠の生命よりも大切な、それは繋げてゆく想いであり、友情であったと思う(決して共同体、ましてやお国を守ることではない)。わざわざ付け足した最終9ページに渡る作者のメッセージは、そのことを描いたものである。ホントは「勝利」など少し工夫すればいくらでも覆らせることができた。ホントはイヤミス大好きな作家ならば、不安材料を最後に残すことができた。けれども吾峠呼世晴さんはそれをしなかった。わざわざ現代編を作って、決して転生などではなく、想いを繋げたことを証明してみせた。鬼舞辻無惨の復活は、流石に100年経てばもう有り得ない。大正年間の大量不審死も、ちょうど1918年前後のスペイン風邪として歴史の闇に沈んだ事になったのではないか?でも、現代においても、語り部は残っていることも描かれている。完全無欠の勝利である。

    「鬼」とはなんだったのか?
    このマンガにおける「鬼」に関して鬼舞辻無惨だけは、どこからみても滅しなければいけない存在として描かれた。
    しかし、ホントはそんなにわかりやすい「鬼」は、なかなか居ない。暫くすると、漫画界は様々なバリエーションの「鬼マンガ」を描くことだろう。けれども、それはこの漫画の責任ではない。

  • とうとう最終巻
    最後に意外な展開があり、楽しめた!
    長かったような短かったような…


    全巻まとめたレビュー

    社会現象にもなる漫画ってどんなん?という好奇心とたまたま心優しい友人が全巻購入するから読む?と貸してくれたご縁で

    最初は、
    げっ結構ホラーじゃん
    こ、怖い
    ビジュアルが生理的に受け付けない鬼たちの絵も多い上、精神的に受け付けないとんでもないゲス野郎キャラの鬼たち…(「童磨」とかクズ過ぎる!)も満載
    日本独特の湿度を感じる怖さ(鬼だもんね)
    など、受け付けない部分が多く、
    やだな、どうしよう…
    となかなか進まなくて困った

    やはり映画化された「無限列車」辺りから面白くなる

    戦闘シーンと回想シーンで物語が進むため、登場人物が多い割にはわかりやすい
    (しかし登場する人物について毎度このパターンが延々続くので少々飽きる、ダレる
    そして戦闘シーンはとっても長い!少々絵的にわかりにくい…特に激しい戦闘部分…ん?何が起きた???となる)
    そしてお約束で皆さん辛く悲しい過去を持っている
    なぜ鬼になったか、なぜ柱になったか…
    まぁそうはいいつつも、息抜きになるユーモアもあるし、癒しもあったりする
    とにかく個性あふれるアクの強いキャラクターが多くて個人的にはそれが「鬼滅」の魅力だと感じた
    愛すべきキャラが多い
    (個人的にはカラっとした野性味あふれる、無駄に美少年の伊之助が大好きだが)
    とにかく誰も彼もが長所も短所もきちんと描かれているため、共感しやすい上、必ず好きなキャラクターが出来そうだ
    そして彼らの仲間たちとのやり取りで良い相乗効果を発揮している
    また主人公の炭治郎が、本当に良い子で…ねぇ(また親戚のおばちゃん化してしまう私)
    健気で一生懸命で前向きでガッツがあって、思いやりがあって(鬼たちにさえ同情するのだ)…
    そのためプライドをもったアクの強い柱たちも
    炭治郎からよい影響を受けるのである

    なぜここまで社会現象になったのか
    以下個人的(女子目線)分析

    ■大正時代、鬼
    …といった設定がかえって新鮮で、古風さに新鮮さの加わったファッション性も面白い
    ■呼吸法などただ戦うだけではない修行して身につける技があり、ロープレ的
    ■兄弟、家族愛がベースで女子に受け入れられやすい
    ■人間味あふれる個性強いキャラクターが多い
    ■各キャラクターの弱さをわかりやすく描いているため共感されやすい
    ■ビジュアル的に女子受けする「美」がある
    ■悪者(鬼)達にも人生の苦労や悲しみがある
    ■各キャラクターがお互いに関わることにより成長する
    ■仲間達の熱き友情 
    ■女子キャラに特に魅力的な人物が多い
     (カラッとした男気あふれるカッコ良い好みなキャラが多かったなぁ ここ個人的にポイント高い)


    と、冷静にしか読めなかったが(家人はしょっちゅう泣いていた)、(血も涙もなくても)それなりに楽しめた 

    大人女子でも楽しめます!

    • kuma0504さん
      なるほど!
      女子目線でこれだけ惹きつける要素があることに初めて気が付きました。

      確かに「面白い」のですが、様々な冠をこの作品に与えることに...
      なるほど!
      女子目線でこれだけ惹きつける要素があることに初めて気が付きました。

      確かに「面白い」のですが、様々な冠をこの作品に与えることには、忸怩たる想いがあります。来年には最後まで読んで私なりの感想を書きたいと思います。
      2020/12/27
    • ハイジさん
      kuma0504さん
      本年もどうぞ宜しくお願い致します。
      こちらのコメントに今頃気づきまして…大変失礼致しました!
      コメントありがとうござい...
      kuma0504さん
      本年もどうぞ宜しくお願い致します。
      こちらのコメントに今頃気づきまして…大変失礼致しました!
      コメントありがとうございます。
      生憎ヒネくれた醒めた人間なので、なかなか入り込めない上、大人女子のファン層が結構いるようでしたので、つい冷静に分析してみました。
      大人男性のkuma0504さんのレビューをとても楽しみにしております!
      2021/01/02
  • 完結です。
    このコロナ禍では必要な漫画だったのかもしれません。
    その後のカップル確認も興味深かった。
    現代版でまた、描いてくれたらいいですね。

  • 読んだことがなく
    職場でのブームにのっかれず、、、
    知人に借りて、ここ一週間くらいで一気読み✨

    職場の誰よりも早く読み終え、1番詳しくなりました。

    おもしろいし、泣けたぁ。

  • 「珠代様 終わりましたよ……」

    「本当によく頑張ったな 偉いよお前は」


    良い最終巻でした。
    死力を尽くして幾度もの絶望を乗り越え、これまでの闘いで得たものが最後の救いをもたらし、禍根なく完全勝利し、たくさんの物を失って、でも物語の先は続いていく、平和で明るい未来が訪れるよと示す。少年漫画のお手本のような丁寧な手仕舞いでした。


    巻末書き下ろしの優しさが長い物語を慰めるようです。幽遊白書のラストページを思い出しました。この巻末もあのように子どもたちに印象を残しますように。

    頑張る主人公である炭治郎が、頑張ったことを褒められたのが嬉しかったです。





    〉帰ろう
     家に帰ろう

    • sudaakariさん
      良いですよね。
      じーんとしました
      良いですよね。
      じーんとしました
      2020/12/08
    • palebluedotさん
      sudaakariさん、こんにちは。
      じーんとしますね。そういう漫画を読めたことは嬉しいことです。
      sudaakariさん、こんにちは。
      じーんとしますね。そういう漫画を読めたことは嬉しいことです。
      2020/12/08
    • sudaakariさん
      そうですね。
      そうですね。
      2020/12/11
  • 現実はズル賢く自分の利益の為に他者を踏み台にする人が得をしているのだろうけれどこの作品が社会現象になっているという事はやっぱり皆んなこの作品のキャラクターの様に誰かの為に頑張れるようになりたいという願望があるのだと思う。

  • なんて…優しく尊い物語だったのだろうか。

    伊黒さんと蜜璃ちゃんの最期のプロポーズが切なくてあまりに美しくて涙が出た。
    鬼化した炭治郎が人を殺める前に手にかけようとした義勇さんが、これ以上ないくらい炭治郎のことを大切に思うのが伝わってきて涙が出た。
    炭治郎を止めたいけど傷つけられなくて涙を流す伊之助にも涙が出た。

    そして…最後のメッセージにまた泣いた。
    過去の膨大な人たちの切なる願いと命のバトンを受けて生きている私たち。
    生きていることはそれだけで奇跡で、尊い。

    ままならない世の中における素晴らしい人間讃歌だった。この作品を2020年に読めて良かったと思う。
    吾峠先生に感謝を。
    ありがとうございました。

  • 【最終巻】
    仕事のストレスの捌け口として、アニメ版だけ視聴した状態で続きから漫画で一気読み。

    せっかくなので、ちょっとだけ感想を残そうと思いました。

    キャラではカナヲちゃんが一番好きです。
    アニメでも好きだったけれど、漫画を読んでもやっぱり一番好きだなと思いました。

    生まれ育った境遇から自分の意思で行動することができないカナヲ。
    炭治郎に「カナヲは心の声がとても小さいんだね」と言われることで、少しずつ変わっていきます。

    炭治郎に言われたことはもちろんきっかけになったと思うけれど、変わることができたのはカナヲちゃんが、ずっと心の声を殺さずに自分の感情と向かい続けてたっていうこと。

    鬼殺隊に入ったのは、周りの反対を押し切った自分の意思だったと、作者の扉書きに書いてあって、泣きそうになりましたよ!

    カナヲちゃんの倍以上生きていても、自分の好きなものや、やりたい事をパッと言うことができない私からすると、カナヲちゃんすげぇよと思いました。

    フィクションは救いがあっていいなとも改めて思いました。
    もし、人を食べた鬼が二度と人の心を取り戻せなかったとしたら…
    もし、抑圧された環境で育ったカナヲちゃんがなんの感情も起きなくなっていたとしたら…
    このお話の感動する部分はなかったのだなと思いました。その先にあるのは絶望のみ…どんな状況になっても人はやり直せる。そう希望を持たせてもらえました。よいお話ですね。

  • 娘のために全23巻を揃えたが、世間でここまで話題になっているので読んでみた。ちなみに映画は見ていない。
    ----
    なるほど。しかし、これは家族の絆や、命の大切さや、仲間や人類への自己犠牲精神や利他の心の美しさと尊さをうたったものなのだろうか。そういったヒューマニズムへの礼賛が、これだけの熱を生み出し、興味と言説とお金の流れを生み出したのだろうか。そうなのかもしれない。なぜなら、たくさんの人がそう言っているからだ。しかし、その解釈には若干の引っ掛かり ― 違和感が伴う。そこにはある種の「反テクノロジー主義」との親和性を見て取れるからだ。ここからは、その違和感について考察を進めてみたいと思う。

    まず人間の命を何よりの価値と置いているのとは逆説的に、あまりにも命を軽く扱いすぎている。鬼殺隊という雑魚キャラたちは、あまりにも無為にその命を落としていく。そして、なおそれをよしとされる。また何より、炭治郎たちは永遠の命を拒否して、死すべき運命を選択する。ときに若死にの証しをまとうことになることも厭わない。つまり、命よりも大事なものがここにはあると言っているのだ。そして、同時に世間では命は大切だとうたうのだ。無限列車で一般人は誰も死ななかったといって喜ぶ。煉獄さんは死んでいるのに。

    ここで、まず「鬼」という存在をどう考えるべきなのだろうかを問いたい。著者がどう考えているのかとは関係なく、社会への受容と反応において、「鬼」は将来の来るべきある事象の象徴としてみることが可能だ。それは、人間の能力を「エンハンス」し、人間の限界と思われている寿命を克服した存在である。その姿は、ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』でも描かれたように、多くのテクノロジーがターゲットとし始めている「死」と「老化」が克服されたものの姿である。レイ・カーツワイルが『シンギュラリティは近い』で論じたように、テクノロジーが複数の領域で指数関数的に発展したとき、今現在では不可能な多くのことが可能となるのである。

    例えば、鬼舞辻無惨の身体には複数の心臓があるが、将来人工心臓が当たり前になったとき、そのクリティカルポイントである心臓機能の耐障害性観点から冗長構成を考えた場合には合理的な生体デザインなのかもしれない(明らかに七つは多すぎるが)。
    また、無惨が分け与えている「血」は、将来の人間をエンハンスするためのテクノロジーに擬することができるかもしれない。

    このように「鬼」を将来のエンハンスされた人間の象徴と捉えた場合、彼らがわれわれとは異なる存在、対立する存在として描かれ、一方で「自然」な人間が鍛錬して技を極める(それ自体は人間離れしているのだが)ことの素晴らしさ、崇高さが強調されていること、そして熱狂的にその描写が受け入れられていることは何かを示唆していると考えるべきではないだろうか。明らかにそこには共存の論理ではなく、排除の論理が最初から働いている。無惨や鬼が人間を拒絶する以前に、人間の方から鬼を積極的に拒絶しているのである。

    そうした「鬼」に対して、人間が持つ倫理感を絶対の価値として強要するのは、人間の側の傲慢ではないのか。最後に炭治郎が鬼にならずに、人間に戻ったことで、皆がああよかったとなるが、果たしてそうなのか。永遠の命と健康を手に入れ、さらに朝日の制約(例えば充電や給油の象徴かもしれない)からも解放される可能性があったとき、それを追究しなくてもよかったのかという疑問がある。

    もちろん、鬼が人間を殺して食べるがゆえに、鬼は人間社会から排除されなくてはならない、という論理が物語の前提となっているのは理解できる。しかし、その場合に向かうべき方向は、鬼を排除することではなく、鬼が人間を食べなくても済むようにすることではないのか。人工人肉を開発することは可能であろうし、また禰豆子が人を食べなくても大丈夫な体になったことは、その課題に対する医学的可能性を開くものであったはずだ(朝日に耐えられるようになったことよりもよほど悦ばしい)。無惨は、旧人類との間における軋轢が、鬼が人を食べるからであるという仮定に基づき、人を食べなくても生きることができるようにすることをまず追究すべきではなかったのか。

    そうなったときに、次に問題となるのが、「鬼」になることができるのが、選ばれた人間だけであるかもしれないという事実だ。安全な「鬼」化促進薬を手に入れることができるのは、おそらくは当初は格差社会における上流階級のみであり、またその格差は鬼化により固定化してさらに開いていく可能性があるのである。現在、教育格差によって経済格差が世代を通じて固定化されているように。「鬼」が人を食べるという作品内の行為は、経済格差により弱い立場のものが食い物にされるということを象徴的に示すものになるのかもしれない。また、「鬼」の排除が作品内でもまたそれを受容する社会でも当然のごとく疑いなく受け入れたことは、人間のエンハンスメントが社会に受容されるかどうかを先行的に指し示しているのではないだろうか。

    スウェーデンの哲学者でトランスヒューマニストのアンダース・サンドバーグは次のように述べている。

    「個人に権利があるからといって、他者に対する義務や、互いに必要とし合う関係を免除されるわけではない。しかし、そうした義務や必要性によって基本的見地が蹂躙されることは、倫理的にはあってはならない。社会の状況がどうであれ、誰かの生存権や形態的自由が退けられることは決して受け入れられない。形態的自由――あるいは他のいかなる自由――が社会の中で権利として機能するためには、私たちに大いなる寛容さが必要だ」

    また、次のようにも述べている。
    「固有の人間性という性質があるとする概念を認めるとしても、この性質には重要な側面として、自己規定と、変わろうとする意思の両方が含まれるように思える。これらの性質のない人間性というものがあれば、過去に登場したいかなる人間の文化とも合わないだろう。自己に、あるいは他者に、この性質があることを否定することこそ、人間性に反するように思われる」

    『鬼滅の刃』においては、大事にされる「人間の本質」というものを暗黙のうちに仮定し、それをもとに「反・鬼」を正当化している。しかし、それは明示的には示されない。それは誰もが共有している価値であり、それに疑問を呈することは許されないからだ。

    将来、それもそれほど遠くない将来、遺伝子技術や人工臓器などの医療技術の発展により、いわゆるエンハンスメントが技術的に可能になる時代が来るだろう。永遠の命を手に入れて、限界を超える能力を手に入れた人類は、「鬼」となるのだろうか。そのとき「鬼」は退治されなくてはならないのだろうか。「完璧な究極の生物」になれるとの無惨の言葉が頭に残ることはないのだろうか。命の大切さをうたっているように見えながら、その実、大いに命を軽んじている、作品の登場人物、作者、作品の受容者は、せっかくそこに提示されかけていた大事なことを考える機会を軽率にも手放してやいないだろうか。

    炭治郎は、人間に戻りああよかったとなる。果たして、それはそれほど単純なハッピーエンドなのだろうか。何となれば、最終話では、炭治郎はすでに死に、この世からいなくなっていることが示されているのである。

    なんちゃって。

  • 鬼滅の最終巻!
    よくまとまっていて面白かったです、素敵な作品をありがとうございました。
    人によっては物足りなさを感じるのかなってところで-1


    以下感想。



    よくある主人公がラスボスになっちゃうパターン。(厳密には違うけど…)
    メインのキャラクターが半分以上いなくなって辛いけど、その後の世界で祖先が生まれたり生まれ変わった姿が描かれていて最終的にはハッピーエンドで後味よくてよかった。(伊黒さんと蜜璃ちゃんのところは泣いてしまった…ああいうの弱い)

    鬼舞辻無惨は結局何がしたかったのかが少しぶれている気がしなくもないが、無惨本人も言っているように一種の災害と捉えて、その災害に対して人間側が立ち向かい未来につなぐ物語と捉えればいいのかな。

    個人的に、最終巻では伊之助の内側の成長っぷりというか変わりぶりが印象的で良かった。
    どこかのシーンで「死んだやつは戻ってこない」みたいなことを言ってたと思うけど(煉獄さんのところ?)、最終的には涙を流しながら「全部返せ!」と言いながら無惨に立ち向かい、無惨に乗っ取られかけた炭治郎を切ろうとして「できない」という部分がもうすごくぐっと来た。

    煉獄さんと義勇さんのスピンオフも気になるけど、
    生き残った登場人物のその後も気になる…どこかで見れたりするんだろうか。

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著者プロフィール

1989年5月5日生まれ。福岡県出身。漫画家。

吾峠呼世晴の作品

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