- Amazon.co.jp ・マンガ (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784091818461
感想・レビュー・書評
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坂口安吾氏原作は未読。
猟奇的ながら芸術的感覚に優れた姫。予想外な結末。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
近藤ようこによる坂口安吾作品の漫画化である。
分限者・夜長長者が老いてから生まれた夜長姫は、たいそう大切に、たいそう贅沢に育てられた、この上なく美しい姫だった。
飛騨随一の匠の元で修行する耳男は、匠の名代として、姫の持仏を作るように命じられる。2人の他の仏師とともに弥勒菩薩を彫り、姫が最も気に入った仏を作ったものに、姫が最も気に入った仏を作ったものに、(姫ではない)美しい女を嫁に与える、と長者は言う。
長者の傍らに座る姫は、幼いながらも美しく、あふれる魅力に輝いていた。
しかし、無邪気な笑みの中に、姫は底知れぬ残酷さを秘めていた。
耳男はその笑顔に、抗いながら、絡め取られていく。
耳男は激しやすく血の気の多い男だ。
対する姫は冷たく冴え冴えと美しい月のようだ。
そして月はもちろん、狂気を秘めているのだ。いや、この姫が宿しているのは、「狂気」よりもさらに確固とした「魔性」だ。この世ならぬ美しさには、尋常でない力が宿るのだ。
原作にほぼ忠実な筋書きである。
作画としての見せ所は姫の美しさと耳男が作るバケモノの醜さだろう。
どちらもなかなかのものだが、しかし、文字だけで想像する方がより美しく、より恐ろしいものかもしれない。そこは仕方のないところだろう。
久しぶりに読み通してみて、実はこれは純愛なのかな?とも思う。そんな気にもさせる近藤バージョンである。
プリミティブな「魔」を秘めた本作は、もしかしたら整合性の取れた解釈が無意味な作品なのかもしれない。
女の「魔」を男が見つめる、という意味では、安吾の『戦争と一人の女』、『続戦争と一人の女』にも通じるところがあるようにも思う。
安吾はどこか、男の神には決して宿ることのない、女神の魔性に惹かれていたのかもしれない。
姫の年齢を越え、耳男の年齢も通り越し、そして安吾が本作を書いた年齢も追い越してしまった自分は、ふと考えてみる。
最後に姫と耳男が対峙したところで作品は終わる。
この後、耳男はどうしただろうか。
姫の願いを果たすことが出来ただろうか?
いやいや、彼にはそれは重すぎたのではないか。
フヌケのように余生を過ごす耳男しか、何だか私には浮かんでこないのだ。
最後の場面で耳男が成した仕事より「立派な仕事」など、彼には見つけられなかったのではないか。
そんなことをぼんやり考えながら、作品世界を漂ってみる。 -
『桜の森の満開の下』を読んだら、その前にマンガにした『夜長姫と耳男』があるというので、図書館で借りてきた。
これもなんだかおそろしい話であった。
飛騨随一の名人とうたわれた匠の親方に「いいか!珍しい人や物に出会った時は目をはなすな」とおしえられた耳男(みみお)。大昔の師匠から順繰りにそう言われてきたという教えのとおり、夜長姫に初めて会ったとき、一心不乱に見つめた。死期の近い親方から、オレの代理にと選ばれた耳男は、使者に連れられて夜長の村へ向かい、長者にひきあわされる。
長者に耳の大きさを言われ、顔は馬のようだと言われ、姫にもほんとうに馬にそっくりだと笑われて、頭はさかまきながら耳男は一心不乱に姫の顔を見つめた。
長者は耳男をふくむ三人の匠を集め、姫の今生後生を守る仏・ミロクボサツの姿を造り、さらにはそれをおさめる厨子を、姫が十六になる正月までに仕上げるようにと依頼した。姫の気に入った仏を造った者には、夜長姫の着物を織る美しいエナコを褒美に進ぜようというのだ。
耳男は、姫の気に入るような仏像を造る気はない、いや仏像ではなく怖ろしい馬の顔のバケモノを造ろうと覚悟を固めていた。女を褒美にくれると言われて、女欲しさに仕事をするとでも思っているのか!と反発もした。
耳男ら三人は、長者の邸内にそれぞれ小屋を建てて、そこに籠もって仕事をした。耳男は心がひるむと、松ヤニをいぶし、水を浴び、足の裏を焼いた。心を奮い起こして仕事に励むため、蛇を裂いて生き血を飲んだ。「蛇の怨霊がオレにのりうつれ!」と。
耳男は、心がひるむたび、蛇をとり、生き血を呷って、残りを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。小屋を建てた草むらの蛇をとり尽くし、山に入って日に一袋の蛇をとった。小屋の天井は吊した蛇でいっぱいになった。そうしなければ、仕事を続けられなかった。
得体のしれない物ができようとしていた。耳男にとっては、姫の笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすればよかった。耳男は、像を造り終え、像の凄みをひきたてるための可憐な厨子を大晦日の夜までかかって仕上げた。
その像を、姫は「他の二つにくらべて百層倍も千層倍も気に入りました」と言ったが、耳男は思うのだった。「あのバケモノになんの凄味があるものか。オレは三年間、怖ろしい物を造ろうとしていつも姫の笑顔に押されていた。姫の笑顔こそは真に怖ろしい唯一の物だ。」
村に疱瘡が流行り、日増しに死ぬ者が多くなり、姫は耳男の造ったバケモノの像を門前にすえさせた。耳男が生き血を浴びながら咒い(のろい)をこめて刻んだ物だから、疫病よけのマジナイぐらいにはなるだろうと。姫は高楼から村を見おろし、今日も人が死んだと邸内に聞かせてまわるのが楽しみのようだった。
耳男は姫になぶられているのかと思う。あのバケモノを咒いをかけて刻んだことまで知っている姫が、まだオレを生かしておくのが怖ろしい。姫の本当の腹の底がわからない。おそらく父の長者にもわからないだろう。
姫は、耳男がミロクを刻むところへ来て、「今日も人が死んだわ」と笑顔で告げる。この笑顔がいつオレを殺すかもしれない顔だと考えると、怖ろしかった。「姫に本心があるとすれば、あの笑顔が全てなのだ。」
その笑顔の怖ろしさ。ふたたび村に疫病が流行り、キリキリ舞いをして死ぬ村人を見ては、姫は村の人々がみんな死んで欲しいわと笑顔で言うのだ。そして、耳男に蛇を袋いっぱいとってこさせては、その生き血をニッコリと飲みほし、小屋にまき散らして「みんな死んで欲しいわ」と祈った。
耳男は足がすくみ、心がすくんだ。この姫が生きているのは怖ろしいと考えた。蛇をとってこさせて生き血を飲む姫は、かつて仕事部屋で耳男がやっていたことのマネゴトのようだが、そうではないだろう。姫がしていることは、人間が思いつくことではないのだ。この先、姫が何を思いつき、何をおこなうかは、人間どもの思量を超えている。オレの手には負えない、と耳男は思う。
キリキリ舞いをして死んでゆく村人を嬉々として眺める姫を見ていて、このままでは姫が村の人間を皆殺しにしてしまうと怖くてならならなかった。「この姫を殺さねばチャチな人間世界はもたないのだ」、そう心が決まると、耳男はためらわずに姫を鑿で刺した。
好きなものは、咒うか、殺すか、争うかしなければならないのよ。
おまえのミロクがだめなのもそのせいだし、おまえのバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。
いつも天井に蛇を吊して、今私を殺したように立派な仕事をして…
そう笑って言って、姫は目を閉じた。
あとがきで、近藤ようこは、安吾を初めて読んだ十九、二十歳の頃に、自分が安吾に求めていたのは爽快感で、だから女を咒う系の話は鬱陶しくてイヤだったが、年をとったからか、素直な心で「夜長姫と耳男」を読めるようになると、鬱陶しいどころか、何かの上澄みのように清らかな話だった、と書いている。漫画化することになって、「描いている間じゅう、不安や怖ろしさはあったけれど、それも麻痺するような陶酔感に充たされていた」(p.275)という。
私には清らかさはわからないが、姫の笑顔の怖ろしさは感じる。
(5/10了) -
なんか、すごい。
表紙をみたときは、近藤ようこさんのふわっとしたタッチにもだまされ、(ちょっと山岸涼子よりもけれんみがないというか丸みがあるでしょ)美しい姫と下男の恋物語とか悲恋系かなーなんて寝る前に読み始め、えええっって目をこすって背筋をのばして読了した一冊。
すごい発想だな近藤ようこ、この人こんな作品も書くんだ!なんて思ったけれど、よく読むとこれは原作・坂口安吾なのですね。いやいやでもまてよ、こんな風に仕上げたとしたら・・と坂口作品をネットで見つけて読むと、ほぼ一言一句、ここに写し取られているのに二度ビックリ。
す、すごいのはこっちか、坂口作品。
おはずかしながら非常に偏った読書派なので(自分を読書家と言うつもりはありません笑)、坂口安吾と言ったら堕落論とかすべてすっとばして、もちろん読んだのは不連続殺人事件のみ、ですよ。
でもこの夜長姫~読んで、坂口作品を読み直そうと思いました。
それにしても坂口安吾はいわばヤク中で身を持ち崩して早死にしているのは自明の理だし、太宰や芥川龍之介も神経を病み、薬からバランスを崩しているのがとても淋しい。
たぶん、命を切り刻むほどピュアに何事かを突き詰めたり愛したりできる純粋な魂の持ち主だったんだろうけれど。でも。
やっぱりあたしは、嘆いてしまう。そうしてほんとうに単純に、思ってしまう。
どうぞ美しい魂の人、まっすぐに打ち込める素晴らしい魂の人よ、どうか同じ思いで自分を大切にしてくださいと。
あたしが安吾の姉だったら、ご近所だったら、ほんのわずかなかかわりでもある人だったら、いやがられても何をされても薬なんて投げ捨てちゃうのに。
だからねあたしの大事な人、あたしの愛する才能を持った人、どうぞ健康に、すこやかに。
気持ちも体もね、と、あたしは祈るのですよ。 -
原作未読だが、美しい表紙に惹かれて購入。夜長姫の無邪気な残酷さにぞっとする。最後の夜長姫の台詞は圧巻。
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安吾の原作は未読なのだが、この作品は、近藤ようこ氏の作風にうまくマッチしているようだ。
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無邪気で底なしの悪意こそ、からりと明るい景色がよく似合う。
陽の光の中でのラストはほんとうに秀逸。 -
坂口安吾の作品を漫画に。
この世のものでないと思うほど、美しく凄惨な姫と、
姫を咒うごとに姫に魅せられていく匠の話。
物語の凄みが姫の表情によく出ていて、ぞっとしました。 -
呪うことは愛すること