夜の三部作 (P+D BOOKS)

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  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (473ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093522762

作品紹介・あらすじ

人間の“暗黒意識”を主題にした三部作

人間の奥深い内部で不気味に蠢き、内側からその人を突き動かそうとする“暗黒意識”を主題に書かれた『冥府』『深淵』『夜の時間』の三部作。

作家・福永武彦の死生観が滲み出た作品群だが、各ストーリーにつながりはない。

「僕は既に死んだ人間だ。これは比喩的にいうのでも、寓意的にいうのでもない。僕は既に死んだ」という書き出しで始まる『冥府』は、死後の世界を舞台にした幻想的な作品。

『深淵』は敬虔なクリスチャンの女性と、野獣のごとき本能むきだしの男との奇妙な愛を描いた物語。二人それぞれが一人称の告白体で、サスペンス的な要素も色濃い作品。

『夜の時間』は、男女の三角関係を、過去と現在の二重時間軸構造で描くロマンあふれる作品。

解説は芥川賞作家で、福永武彦の長男でもある、池澤夏樹氏。

感想・レビュー・書評

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  • 『人間を内面から動かしている目に見えない悪意のようなもの』著者が”暗黒意識”と言うものをテーマにした三つの中編小説。
    やっぱり福永さんはいいなあ。


    『冥府』
    死んだ青年の意識は気がついたら冥府にいた。
    そこは死んだ人々の意識が存在している。
    彼らは生前のことを思い出す。
    死者に対して、裁判官と、7人の陪審員人が揃ったら法廷が開かれる。
      あなたの生にはどんな意義があったのか?
      あなたは何者なのか?
      その生には死に匹敵する重みがあるのか?
    それに答えられたら、本当に全ての忘却が訪れ、そして新生の権利を与えられる。
    だが新生に至るためには、自分の人生を忘れるために、ただ思い出し、考えを巡らさねばならないのだ。


    『深淵』
    肺病を病み、療養所から出てきたときには35歳になっていた女性。経験なクリスチャンで悪い考えも悪い行いもしたことはなかった。
    いつも飢えて逃げ続けている男。
    二人は私立療養所の職員として出会った。男は女性を欲して看護師宿泊室に火を付けた。女性は、今まで犯したことのない罪に喜びを感じるのだった。


    『夜の時間』
    かつて出会い、惹かれ合い、だが離れた不破雅之と及川文枝が再会した。
    二人の間には、不破の学生時代の友人奥村次郎の自殺の影があった。
     奥村はある時自殺を決意した。100日間その決意を持ち続けて生き続けて、そして死ぬ。毎日近づく死に自分の精神力はどのように高められるのか。自分は運命を受け入れる者ではなく、自らが運命になるのだ。自分自身に対してだけではない。他人の中にも自分が生きた証を刻みつけて、自分が彼らに成す側になる。それは自分自身を神に近づけることになるだろう。
    不破と文枝はふたりとも奥村の死は自分に責任があると思っている。その気持は二人を離れさせた。
    そして数年たった今、不破は文枝の年下の友人、冴子の主治医兼婚約者として現れた。
    不破と文枝の間に何かが会ったと察した冴子は、子供らしい無邪気さで二人を復縁させようとする。
    知人の死の責任を不破と文枝は乗り越えられるのか。絶望の夜の時間は過ぎて、愛により始まるのか…。
    ==
    夏目漱石「こころ」を読んだばかりだったのでちょっと連想しました。ある意味傲慢に身勝手に死んだ人、その人の死の責任を感じる人。
    「こころ」では友達の死因を知っているのは先生だけだったけど、この「夜の時間」では不破も文枝も奥村の自殺は自分に責任があると思っている。Kは自己完結で自殺したけれど、奥村は二人に自分の死の責任があると思わせることで、自分の人生と死とを完璧なものにしようとした。

    ラストは生命の静かな力強さを感じてよかった。
    不破は奥村の自殺の真相を自分なりに解釈し、文枝に告げようとする。すると文枝は「不破さんが何かを信じたならそれでいいです。内容は関係ありません。あなたが信じたなら、私もあなたを信じます」という。
    冴子は、自分が焚き付けたにもかかわらず、不破を失いたくないという思いが生じる。だが二人が心を通じさせたと知ったときは強気に「私はそれが一番いいと思っていたもの」と身を引き、その目はしっかりと前を向いていた、というもの。
    三部作の最後に、しっかり向き合いしっかり前に進むことにした生命の強さを感じられるこの話が来ていてよかった。

  • 「冥府」「深淵」「夜の時間」の三作収録。解説(息子の池澤夏樹)によると、作者自身がこれらを「夜の三部作」と呼んでいたらしい。夜=死の印象の強い3作でしたが、どれもテイストが違って良かった。

    「冥府」は一種の死後の世界の話。失った生前の記憶を少しずつ取り戻しながら、「新生」=生まれ変わるための裁判を待つ人々が暮らす不思議な町。死者同志が7人集まると裁判が始まる不思議なシステム。悪夢の中のような浮遊感のある短編。

    「深淵」はうってかわって現実的なドロドロ感がある。結核療養所で15年暮らし聖女と呼ばれた30代半ばの女性が、どうしようもない「飢え」を抱え放火や殺人を繰り返して生きてきた50代の男と運命的に惹かれあう。解説で「舞姫タイス」を引き合いに出されていたけれど、なるほど、男女は逆ながら近いものが。男女どちらの心理も救いがなく、読後感は重い。

    「夜の時間」は三作の中でいちばん長編で、そして個人的には一番好きだった。若き医者・不破と、彼の婚約者で結核患者の冴子、そして冴子の友人で不破の元恋人の文枝。かつて不破の親友・奥村次郎の自殺をきっかけに破局した二人が再会したことから物語が動き出す。一見三角関係の恋愛メロドラマのようでありながら、実は文学における普遍的なテーマともいえる「人はなぜ生きるか」を真正面に据えており、意外にも3人ともが前向きになるラストが感動的。恥ずかしながらちょっと泣いた。

    「神になるため」に自殺した奥村次郎というキャラクターの印象も鮮烈。奥村の自殺の理由を理解できず、残された二人が戸惑い苦しむ様子に、なぜか萩尾望都の「トーマの心臓」が重なった。奥村はさしずめ、一人でサイフリートとトーマの役柄を担っている。文枝がユリスモールで、不破がオスカー、冴子はエーリクかな、などとつい置き換えながら読んだ。まあそれは別としても傑作。もっと読まれるべき作品だと思う。

    • 淳水堂さん
      yamaitsuさんたびたびこんにちは。
      ちょうどこちらの本登録したらyamaitsuさんがいたーー(^o^)/

      「夜の時間」良かっ...
      yamaitsuさんたびたびこんにちは。
      ちょうどこちらの本登録したらyamaitsuさんがいたーー(^o^)/

      「夜の時間」良かったですよね。
      なるほど「トーマの心臓」でもありますね。

      福永武彦はもっと読まれるべき。本当に。
      私にとって日本文学最高傑作は福永武彦「忘却の河」です。
      2021/10/03
    • yamaitsuさん
      淳水堂さんさん、こんにちは(^^)/

      淳水堂さんの感想拝見しました~!やっぱいいですよね、福永武彦!この『夜の三部作』はとくに大好きで...
      淳水堂さんさん、こんにちは(^^)/

      淳水堂さんの感想拝見しました~!やっぱいいですよね、福永武彦!この『夜の三部作』はとくに大好きです。もちろん「忘却の河」も!!

      同時代の作家に比べてイマイチ地味というか評価されていない気がするんですけど、なぜなんでしょうね。この10年くらいで、息子の池澤夏樹の尽力もあるのか、結構復刻したとは思いますが…。

      みんなもっと福永武彦読もうよ!と声を大にして言いたいです!
      2021/10/04
  • 『冥府』『深淵』『夜の時間』3作収録。しかしこの3作品は連作という訳ではなく、それぞれ独立した物語だ。『冥府』は死後の世界を舞台にした幻想的な作品。『深淵』は信仰の篤い女性の独白と犯罪的にしか生きられなかった男の独白を交互に綴った作品でキリスト教的信仰、罪、愛を軸に展開していく。この3作の中で一番救いようがない話だと思う。『夜の時間』は一番長い作品で四人の男女の恋愛模様の中に自殺した青年の特異な思想を描きながら、彼の死によって膠着していた不破と文枝の関係が冴子という新たな人物によって変化していく。奥村が語った哲学は正直理解できませんでした。ただ思ったのは不破は奥村が自殺の計画、哲学の遂行を聞いた時に難しいことを考えずに「やめろ」と一言、言えたら良かったのになと単純な私は思うのでした。

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著者プロフィール

1918-79。福岡県生まれ。54年、長編『草の花』により作家としての地位を確立。『ゴーギャンの世界』で毎日出版文化賞、『死の鳥』で日本文学大賞を受賞。著書に『風土』『冥府』『廃市』『海市』他多数。

「2015年 『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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