天上の花・蕁麻の家 (P+D BOOKS)

著者 :
  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093523967

作品紹介・あらすじ

萩原朔太郎の長女が描く、壮絶な物語2篇

「天上の花」は、詩人・三好達治を、幼いころから三好にかわいがられていた著者ならではの目線で描く。三好は前妻(佐藤春夫の姪)と別れ、朔太郎の妹・慶子と付き合うようになるが、きらびやかな生活を好む慶子と、貧しくても平和な暮らしを望む三好の愛の生活は、やがて破滅的な最後を迎える――。第55回芥川賞候補作。
「蕁麻の家」は、母親が他の男のもとに走ったことが原因で、幼少期から祖母、叔母など家族みんなに疎まれ、頼みの父親からも避けられてしまう主人公の、まさに棘に囲まれているような生活を描いた秀作。第15回女流文学賞を受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 自らのための備忘録

     先日、世田谷文学館の萩原朔太郎展に出かけた時に見つけて購入。同じ小学館のP +D BOOKS シリーズの『父・萩原朔太郎』を読んでみて、藁半紙のような紙質は軽くて持ち運びが楽なこと、それに活字が大きくて、私のような老眼にはありがたかったので、手元に置いておきたいと思った『天上の花』と『蕁麻の家』の合体本を購入しました。これでわずか660円とはいい買い物でした。

    ***『天上の花』***
     映画を観る前に読んだ感想は、講談社文芸文庫版に書きました。こちらは、一読し、映画も観、その後、萩原葉子の主要小説や萩原朔美のエッセイを読み、萩原朔太郎の詩集を読んでからの感想です。
     一読目は、「慶子の手記」ばかりが印象に残り、三好達治抄なのに他の箇所にあまり目がいかなかったけれど、再読すると、三好達治の全体像が見えてきました。
     そうはいってもやはり三好達治のDV亭主ぶりには改めて考えさせられました。萩原朔太郎を心から敬愛し、萩原葉子に対しても慈悲深く接し、二人の子どもらにも良い父親でなかったことを悔やみ、それでも深い愛情を持って接しているというのに、最初の妻、佐藤智恵子にも手を上げ、彼女をボロ布のように捨て去り、また突進するように手に入れた朔太郎の妹アイ(慶子)に対しても、次のような振る舞いをするのでした。

     《私の言葉が終わらないうちに、ひどいビンタが飛んで来て畳に倒された。目を打たれて俄かに目前が真っ暗な闇になった。痛烈な苦痛が一瞬走り、あとは何が何だか夢中だった。唯この人から一刻も早く逃げ出そうと祈っているだけだった》(p.60)

     《言い終わらないうちに、私は三好に髪を引っぱられて、二階から引きずり下ろされていた。そして荷物のように足蹴にされたり、踏まれたりした。後頭部の疵口と目から血が噴き出でも、まだ打ち続けられた。気違いになったのだろうか。私は三好にこれで殺されると、半ば意識を失いかけながら思った》(p.73)

     《その瞬間、私は雪の中に放り出されていた。モンペの脇や袖口から雪が飛び込んで来て、冷たい‼︎ と感じた時、二度めのひどいビンタが私の目に当った。思わず両手で目を蔽い、雪に顔を伏せたが、続けて狂気のような早さと力で下駄で顔を打撲されたのだ》(p.80)

     そして、アイ(慶子)が去ったあとの部屋で異様な空間を作り、ひとりアイを懐かしんでいたのです。

     《薄暗い部屋に伊万里焼の皿や銚子、杯のありたけをいっぱいに並べてあって、伊万里の派手な色合が妖しく呼吸(いき)づいているのだった。/三好さんは、その前に寝衣のままじっと坐っていた。小野さんは思わず息を呑んでしまったが、更に驚くことは、陶器の裾の方に派手な長襦袢や着物が、人の形に並べてあったからである。三好さんの万年床の、右側の位置に展げられていた。/焼物と長襦袢とで綴った慶子の寝姿に他ならなかったのだ》(p.88)

     これは典型的なストーカーと言ってもよいでしょう。多くのストーカーやDV加害者が一般社会では、組織人として信頼され活躍しているということと矛盾することのない事例です。三好達治も芸術院賞を1953年に受賞後、1963年からは芸術院会員となりました。

     このような性質は、遺伝情報としてDNAに組み込まれていくものなのでしょうか? 大好きな女性や、愛する妻にだけ、徹底的な暴力を振るうのです。

     萩原葉子は、なぜ恩人とも言える三好達治の負の部分をここまであからさまに書いたのでしょうか? 萩原葉子が三好達治の最後の姿を見ることになった日、次のような会話があったと書かれています。

     《車に坐ると、三好さんは私の文章のことを言った。真剣な時の横顔てある。/「葉子ちゃんの文章は、文学の本質を持っているよ…一所懸命やりなさい。勉強すればきっとものになる」/「はい」/「他人の批評を気にしてはいけない。他人は嫉妬もあるし無責任なことを言うからね。一人の信頼のおける人の言うことだけを聞くのが良いよ」/私は、その一人は、三好さんですと、心の中で言った》(p.158)

     芥川賞の審査員も、このような作品に賞を出すべきかどうかさぞ迷ったことでしょう。「慶子の手記」はともかく、それ以外は小説と呼ぶに相応しいかどうか大きに疑問のあるところです。

     最後にタイトルとなった「天上の花」は、三好達治の詩集『花筐』より取られています。この詩は、初孫の顔を見た時にも揮毫しています。

     《正月二日、機嫌良い三好さんを石原さんは誘い、生後十四日の初孫の顔を見せることに成功したのである。/三好さんは上機嫌で、石原さんや達夫さん達と飲みながら、赤ちゃんを抱いたりあやしたりした。赤ちゃんも機嫌よく三好さんに抱かれていたという。三好さんはしまいには、壁にかけてあった菅笠を頭にかぶって、まだよく見えない赤ん坊をあやした。そして菅笠を持って、「山なみ遠に春はきてこぶしの花は天上に」と、筆で揮毫したのだった。/達夫さんの母親の智恵さんが、美味しい玉露を二人に出した。茶碗は紀州で手に入れた上等品で、三好さんも満足して飲み、機嫌良く帰ったのである》(p.182)

     一度目に読んだ時には、「天上の花」というのは手に入れたくとも結局手の間からすり抜けてしまったアイ(慶子)のことばかりだと思って読んだけれど、読み返したらどうなのかわからなくなりました。先の引用で、美味しい玉露を出してくれた達夫の母親の智恵さんとは、長男達夫の母親、つまり、三好達治がアイを手に入れんがために、ボロ布のように捨て去った先妻の佐藤智恵子に他ならないのです。

      山なみ遠(とほ)に春はきて
      こぶしの花は天上に
      雲はかなたにかへれども
      かへるべしらに越ゆる路

      三好達治『花筐(はながたみ)』より


    ***『蕁麻の家』***
    こちらも2度目の感想です。

     《私は暗く染みだらけの部屋に寝ながら、新たな後悔の涙が溢れた。何故、職業も棲家も分らないような為体の知れない男に接近して行ったのか? 競馬場で強打され、こめかみに痣が残るほどの深い傷を受け、拭えない心の疵を負いながらも、自分からわざと近づいて行った。岡に近づく時の私は焼けつくような飢えで話相手が欲しかったのである。そしてもう一方の私は捨てばちで自棄になっていた。どうせ自分は値打のない居候娘なのだからという思いが湧くのを止められなかった。泰男に去られ、蘭子に裏切られたことが、直接の自棄に陥るきっかけとなったが、その前から私の気持の中には不要な居候でしかない自分を屑箱に捨ててしまいたいという自棄の思いが、ひそんでいたことは否めないのだ。淫乱・醜女・ヤッカイ者・ア奴等々の声に重ねての食膳の差別待遇は、私の心を蝕んでしまっていた。穴の開いた心の隙間には、わざと破滅の淵へ向け、にじり寄ろうとする黒い砂がつまっていたのだ》(p.353)

     すべての政治家、法律家、教師、警察関係者などに、これを読んで貰いたいと思うのです。なぜ少年少女子が、若い青年や女性が、自ら危険な罠に堕ちていくのか、その理由がここに要約されているからです。

     8歳で母親に捨てられ、父親にも「事実上」捨てられた子どもは、このように生きていくしかなかったのでしょう。読み返してみて改めてわかったのは、あの祖母に対して主人公は次のように接してきたのです。

     《「この家のものは、縁の下のチリ一つでも皆このアタシのものだよ」と、勝は一番先に私に言った。/私は縁側の下にもぐり、カンナ屑や木の片々を大事に拾い、本気で祖母に持ってゆくほど、また無邪気な子供だった》(p.191)

    《私は手錠をかけられたのかと思ったほど、右の手首を強く引っ張られていた。ハンドバッグも、タバコもテーブルの上に置いたままである。/「おばあさま!」/思わず私は勝を読んでいた。こんな時にも口走るのは、やはり父ではなく祖母なのだった》

     先に挙げた中にある「食膳の差別待遇」は、日々の暮らしの中で、主人公の「心を蝕んでしまっていた」というのは、大変よくわかります。

     《食事は出来ていたところで、勝が済んだあとでなければ食べられないし、麗子がいる時は麗子の残した味噌汁を鍋にあけてから、私を呼ぶ。私は鍋の中に沈んでいるゴハン粒が悪くて食欲もなくなるのだ。小遣いの少ない私は、クラス・メートのようにレストランに入ることもできないし、こんな日は一日中空腹のままだった》(p.246)

     《息をつめてハンドルを見つめていると、麗子と勝が茶の間の長火鉢の前で羊羹や最中を食べている姿が浮かんできた。私の帰る足音に、あわててかくす紙包みのパリパリする音が茶の間にひろがる。私はあの音を聞くと心が傷だらけになるのだった。いま帰れば傷を受けに帰るようなものである》(p.295-6)

     岡に二度目に会った時、岡は主人公に弁当を出してくれました。

     《間もなく女中が来て勝が歌舞伎座へ行く時に持って行くような赤い重箱二つを男と私の前に置いて帰った。私は驚いた。麗子が重箱につめている時に私が茶の間に入ってしまうと、いままで動いていた箸がぱったりと止る。止った箸は天井の方を指し、蓋がぶつかりあって鳴る。あわてて閉めるので蓋がずれて合わないのである。そんな時、甘露煮の栗がころりと膳の下へ転げおちる時がある。麗子は、天井に向けた箸を今度は急いで下に向けて、拾おうとする。が、その前に私の視線を確める。私は見て見ぬふりをしているのに、おかしいほどにひとりであわてているのだ。私が見ていないことに安心すると、転んだ甘露煮の栗を箸で拾って、口のなかへ入れてしまうのだった。そのあわてぶりは、美しい人の仕種とは思えない不様なものであった。/黄金色の、一粒でも食べてみたいと思っていた栗の甘露煮が弁当の真ん中に輝き、クワイやカボチャの甘煮もある。それに牛肉の煮つけもある。私は、夢のような気がした(中略)/私は生唾を呑みおろしながら、弁当の中身を見つめることに気持が集中していた。こんな立派な弁当を私が食べてもよいのだろうか? 罰が当たらないか? 勝や麗子がいまここへ来て、「居候のくせに身のほど知らず!」と攫って行かないか。/私は割箸を握ったまま怯えていた。身についた食事に対するひがみ根性から、素直に箸をおろすことが出来ないのだ》(p.299-301)

     このようにして悲劇は起きていきました。しかも蕁麻の家での差別待遇は食膳だけではありませんでした。衣食住の「衣」でも主人公の日々はつらいものでした。

     《「内藤! お前は洗濯をしないのか!」/私は今度は衿首を吊るされていた。ブラウスの衿が持ちあがり、ネクタイが私の首に巻きつき苦しかった。恥ずかしさに身悶えした。ブラウスの衿が汚れているのを知っていながら、私は洗濯しなかったのだ。一枚切りのブラウスを洗えば、翌日着てゆく代りがない。土曜日まで着続けるより仕方がないのだった》(p.206)

     《信子は私を不思議そうに見て、/「あら、卒業式だったんでしょ?」と、言った。あとで分かったのだが、紫紺の袴を穿いた改まった服装で、明るく華やいで卒業式から帰ると想像していたのに、色褪せ、型崩れした普段の制服のままだったので驚いたそうだ》(p.238)

     《衣装のことには病的なほど執着する勝が、私にはブラウス一枚買ってくれない。女学校の五年間、遂に一枚のブラウスで通したのである。B学院へ入ってもまだ女学校の制服を着ている生徒は私一人であった。スリ切れて光った紺サージの制服を着ているために、友達から後ろ指を指されていることを勝に言い出すのを今日か明日かと思い悩んでいたのだ》(p.245)

     「基本的人権」という言葉がありますが、主人公には家族と食卓を囲み、清潔な洋服を身につけるという基本的人権すらなかったのだと思いました。「蕁麻の家」においては、血を分けた祖母や叔母からの蔑すまれ、虐げられ、差別を受け続けるということの寂しさ、つらさがよく伝わってきました。

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