虚国

著者 :
  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (381ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093862745

作品紹介・あらすじ

それは「ちっぽけな田舎町の、ちっぽけな事件」のはずだった…。この国の様々な場所で、長い間ずっと繰り返されてきたことが、この町でも起ころうとしている。廃墟の撮影に訪れた元探偵のカメラマン、最愛の女性を殺された地元紙記者。人間の業の渦に巻き込まれ、失意の内にも男たちは光を求めようとする。行きつく先は絶望か、希望か。

感想・レビュー・書評

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  • 被写体である廃墟とは? 廃墟の持つ影の深さ、交わされたいくつもの追憶の気配、止まったままの時間、背景に水平線。海と太陽と夜明け前のブルー。ページを開いたところから、一行一行を思わず噛み締めるようにして読んでいる自分に気づく。時には何度も読み返したり……。これじゃいつになっても終わらないな、と心の中で苦笑する。

     「未だに写真の話になると、球を真っ直ぐに打ち返すような、そんな生真面目な反応しかできない」ほど、自分の天職としての写真にこだわる廃墟専門カメラマン。そう言えば香納諒一という人も、小説づくりとなると「球を真っ直ぐに打ち返すような」作家だから、本作の主人公ともシンプルに通じ合っているのだろう。こういう設定には、一人称文体がよく似合う。「私」で始まる独特の香納節が。こうであって欲しいというハードボイルドへの渇望を、正当に満たしてくれる作品だ。

     日本中の廃墟を被写体にして旅する主人公。そんな辰巳が訪れたのは、中部と関西の中間にあって起伏が多く、かつ湾の美しい田舎町。シリーズ前作では、つくばエリアをモデルとした新興住宅地を舞台に、新旧住民の間の亀裂などが注目されたが、今回は、おそらく伊勢志摩から南紀に渡る熊野古道周辺の伊勢湾・紀伊半島辺りをモデルとしているらしき地域を舞台に、新空港建設の是非をめぐって対立する地域住民の緊張を背景に、廃墟で起こった殺人事件の発見者として辰巳が巻き込まれるところから物語は始まる。

     中心部の駅付近には、シャッターに閉ざされた店が目立つ古いアーケード街。丘の上には廃墟となった観光ホテル。関わってゆくどの人物もお互いに古い知り合い同士で、余所者は辰巳翔一だけ、という設定は、まるでハメットの『赤い収穫』、黒沢映画『椿三十郎』『用心棒』シリーズそのままだ。日本的な田舎風景をバックに登場したハードボイルド的主人公。さすがに、さすらいのカウボーイというわけにはいかず、実直で、人間的で、カメラのシャッターを切る瞬間に神経を集中するかと思えば、打たれ弱く、遠慮深い面も持ちながら、意地と矜持という熾火は心の奥にしっかりと抱えている。

     彼に関わって来る多くのキャラクターは最初は覚えにくいのだが、本書には、新旧版どちらも登場人物表があるので何度か参照して心に刻みやすく、いずれそれぞれの個性は文章にとっても徐々に奥行きや正体が露わになってゆく。人間たちの群像ドラマのように、それぞれの利害、愛憎、友情、家族愛など、読みどころが多く、もつれ合った無数の糸を、辰巳とその協力者たちが丹念に解いてゆく様は、エンターテインメント性抜群の読みごたえを醸し出してゆく。

     間違えて二冊買ってしまった本だが、ぼくにはどちらも捨て難い。ハードカバーは、香納諒一作品のほとんどがそうなのだが、装丁が素敵なのだ。永久保存したくなるようなデザイン。一気に並べると壮観だし、愛蔵版であり、作者のみならず読者の歴史に重なる。

     文庫本にはさらに捨て難い理由がある。関口苑生の巻末解説だ。喧嘩別れして以来何十年も会っていないが、ぼくが若い頃、さんざん酒食・ねぐら・海水浴・スキー、もちろん日々の読書に無数のアドバイスを頂き、お世話になった人物である。気難しい一触即発の頑固者である。彼のプロ解説者としての実力と凄みは今更言うことでもないのだが、実はこの巻末解説で強烈に再認識させられた。

     <この作品のラスト一行と辰巳翔一シリーズの前作『無限遠』のそれとをぜひとも読み比べてほしい>

     朝から書棚を掻き回して、ぼくは『春になれば君は』を探し当てる。最後の一行に眼を凝らす。思わずぶるっと震えた。関口苑生への尊敬の念が瞬時に復活し、彼と過ごした時間の追想に切なさすら覚えつつ。そして香納諒一が、とても粋な作家であることを再認識しつつ。じわりじわりと、ぼくは新しい朝陽の中で、古い絶版本も含めてこの三冊の本を抱きしめたのだった。

  • キャンパー探偵シリーズの方が好きです。
    ひねりすぎかな。
    虚国という題名もン?という感じ。

  • 何年も前に読みかけたが、取っ付きが悪くそのままにしてあった。本の整理のついでに読み進めてみたところ、どんどん引き込まれて一気に読んでしまった。サスペンスとハードボイルドが一緒になったような内容。最後の最後まで息つかせぬ展開で楽しめた。

  • 廃墟となったホテルを撮影していたカメラマンが、女性遺体を発見!!
    殺害された女性は、空港建設をめぐり環境保護から反対派の団体に所属。

    探偵役を頼まれたカメラマンは田舎町の利権争いに巻き込まれていく・・・。

    途中まで面白かったのに、男女関係やら利権関係やら暴力団やら、ぐだぐだになってきて読むのに疲れました~(涙)

  • バブルのあと廃墟になった建物が多い田舎町を舞台にしたサスペンス。カメラマンである主人公は取材に出かけそこで事件に巻き込まれる。撮影に仕事のライターが被害者女性と接触があった事からその田舎町に彼女がくる事となる。主人公はそのライターの女性に心を寄せながらも彼女がある男性を忘れられずにいる事に気付いていて自分の気持ちを前面に出せないでいる。そんな主人公が巻き込まれていく地上げに絡む複雑な事件はかつ田舎町であるが故の複雑な人間関係が引き起こすしがらみ故の犯罪がいろいろと絡み付き複雑になっているのだが、このカメラマンがすぐれた洞察力を持って謎を解いていく。人のこころの機微に敏感な故に謎を解く鍵を見つける主人公をどう感じるかによりこの作品を面白いと思うかどうかが変わるかもしれない。僕は楽しめたが、哀しいお話でした。

  •  推理ものだから仕方ないと言えば仕方ないが、すべてが説明的で、終始同じ抑揚だった。人物や行動の描写に、もう少し情緒的な表現があれば…と思うのは欲張りだろうか。
     おそらく、主人公の推理を見事的中させるため、破たんのないよう、まとめあげた結果だと思う。だから、すべてが綺麗である。特に主人公辰巳。彼は優等生だ。生い立ちや仕事の面で常人にはない苦労を重ねているが、それが人物像に箔をつけている。カメラを持った彼の姿は、きっとすごくかっこいいのだろう。頭の回転も速いし、身体のキレもいい。ああ、いい男ではないか。
     推理、人物の動きは予定調和的で、あまり新鮮味がなかったが、辰巳の流浪が続く予感がして、著者の他作品にも興味をもった。

  • ちっぽけな田舎町の、ちっぽけな事件。ホテルの廃墟で環境保護を訴える女性ジャーナリストが殺された。空港建設問題が絡んだものと推測されたが、実は別の背景もあって、、、、。
    一見地味な事件だが、実は複雑。後半、怒涛の展開になるが、真相が予想つかなかっただけにドキドキしながら読んだ。田舎の小さな町だからこその密な人間関係。結末にはやりきれないものが残る。そして、最後。主人公のことを思うと切ない、、、。

  • 2011-61 初めて読んだのに読んだことがあるような話し。ハードボイルドの教科書のような舞台と、登場人物と粗筋と最後のどんでん返し。標準以上の小説と思うが感動はなかった。

  • まあ、派手さも無く、地味な話でしたけど、結構面白かったです。
    ただ、最後の主人公の推理は、神がかり的で、何でもお見通しという感じ。
    あまりにも、すごすぎる上に、いきなり解決へ向かうので、読んでて、オイオイオイ、という感じでした。
    が、まあ、いいか。

  • 久々に読んだ香納氏の新作。社会派ミステリ的な
    テーマとプロットとハードボイルドを融合させたような
    作品。確かに田舎町にて起きた小さな事件が呼び起こす
    悲しくも浅ましく、そして人間臭いとも言える業の渦。
    舞台が都会ではなくこういった田舎町でこそ、この
    人間関係はリアルなのかもしれない。

    じっくりとジワジワと事件の真相に近づいていく為、
    やや読んでいて、中だるみ感と闘いながらも、後半では
    出来過ぎってくらいに待ち受ける意外な展開と、男の
    身勝手さによる切なさが浮き彫りになり、やはり
    香納氏の書くハードボイルドなんだなぁ...と。

  • 元探偵。現廃墟カメラマン。
    が主人公のお話。。。

    自然の中に佇む廃墟。
    かつては活気があっただろう街の面影が伺える廃屋群。
    モータリゼーションに抗えず運行を終えた廃線。

    廃れてしまったものには、なぜかノスタルジーをおぼえる。
    どうしてだろう。
    自分に直接関わりがなくてもそう感じるのは。。。

    廃墟写真集ってホントにあるのかな!?
    ぜひ見てみたいです!

  • 【ネタバレ注意!!!】日本全国の廃墟を撮り続けるカメラマンの辰巳。廃墟となったホテルの撮影に訪れたとある地方都市で事件に遭遇しその解決に向けた協力を頼まれ物語は進む。単なる知り合い以上の関係である女友達不二子の事件への巻き込まれもあり深く背後に潜む動機や思惑を解き明かす辰巳。鉄則である「えっ」という犯人像の明かされ方もひねりが加わり意外度も楽しめた。人間模様のやるせなさ感をたっぷり受け止められかったのは小刻みな読みのせいで人間関係把握が曖昧になったからかもしれない。

  • 久しぶりに香納さんの作品で読み応えがあったけど、最後はちょっと悲しかったなぁ。軽く、怒りが湧いた(笑)

  • 2010/04/26

    不思議な作家である。「これは!」という会心作に出会ったことは一度もない。
    にも関わらず、新作が出ると必ず買ってしまう。なんでだろ?。

  • 2010.04.18 日本経済新聞に紹介されました。

  • 廃墟になったホテルに撮影に来ていたカメラマンが死体を見つける。過去に探偵の経験を持つカメラマンは事件解明に巻き込まれていく。
    その町は、地方空港の建設が計画されていて、賛成派と反対派が争っている。幼馴染が立場を違えながらも、自分の生活を守ろうとしているが、そこに過去の埋蔵金の話、昔の男と女の関係が出てくる。
    この作家の語り口調は好きだけど、今回のストーリーはちょっと強引な感じ。

  • 廃墟の撮影のシーンから始まるのですが神聖な場所に足を踏み入れたような
    感じがして、映像で見たいなぁ〜と思いました。

    空港建設計画で反対派と推進派が敵対している小さな町に
    廃墟のホテルを撮影しに来ていた辰巳は女性の死体の第一発見者と
    なってしまう。
    探偵経験を買われ殺害された女性の元夫の地方新聞記者と犯人を追うことに
    なりますが、真相へのピースはいくつもあり、すごい惑わされます。
    全てのピースがやっと一本の線に繋がって見えたかと思ったのも
    つかの間で、ピースはまた1枚、2枚と・・。
    最後まで気が抜けませんでした。

    誰のための公共事業なのか・・・・感じる事は多かった一冊です。




  • 廃墟で女性環境保護活動家の死体が発見されて、空港建設反対運動がらみと思われたが、実は・・・という話。
    地方都市の狭い世界という舞台設定だからか、似たような人がごちゃごちゃ出てきて集中できずに終わった。
    各々のエピソードは悪くないだけにもったいない。

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著者プロフィール

1963年、横浜市出身。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。91年「ハミングで二番まで」で第13回小説推理新人賞を受賞。翌年『時よ夜の海に瞑れ』(祥伝社)で長篇デビュー。99年『幻の女』(角川書店)で第52回日本推理作家協会賞を受賞。主にハードボイルド、ミステリー、警察小説のジャンルで旺盛な執筆活動をおこない、その実力を高く評価される。

「2023年 『孤独なき地 K・S・P 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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