- 小学館 (2019年9月18日発売)
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感想 : 132件
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784093865517
作品紹介・あらすじ
人とわかりあうことは、こんなにも難しい。
税金を滞納する「お客様」に支払いを促すことを仕事とする県税事務所の納税担当に、同期が休職したことで急遽異動させられてきた若手職員の中沢環。彼女は空気の読めないアルバイト・須藤深雪を始めとする周囲の人間関係に気を遣いながら、かつての出世コースに戻るべく細心の注意を払って働いている――(第1章「キキララは二十歳まで」)
週に一度の娘との電話を心の支えに、毎日の業務や人間関係を適当に乗り切るベテランパートの田邊陽子。要領の悪い新米アルバイトや娘と同世代の若い正規職員たちのことも、一歩引いて冷めた目で見ていたはずだったが――(第3章「きみはだれかのどうでもいい人」)
同じ職場で働く、年齢も立場も異なる女性たちの目に映る景色を、4人の視点で描く。デビュー作『名前も呼べない』が大きな話題を読んだ太宰治賞作家が描く勝負作。
職場で傷ついたことのある人、人を傷つけてしまったことのある人、節操のない社会で働くすべての人へ。迫真の新感覚同僚小説!
【編集担当からのおすすめ情報】
言葉にならずにわだかまっていた感情が、豊かな言葉で、繊細に描き尽くされた傑作!島本理生さんと穂村弘さんも大絶賛!!明日から、職場の見え方が変わるかもしれません……。
感想・レビュー・書評
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まずタイトルにやられた
ドキッとした
なかなかの度胸のあるタイトルである
(「きみはだれかの大切な人…」が一般ウケなはず!)
ある職場のストーリーを4人の女性視点から描いている
人間のもつ無意識な残酷で辛辣な部分
誰しもが隠したり誤魔化したり気づかないふりをする奥底に潜む本心
情けなくて弱くて痛ましい存在
誰もが隠し持っている本心
この4人は私たちの代表選手だ
多かれ少なかれ何か感ずるものが誰しもあるはずだ
人を思いやりましょう…なんて話しではすまない人の奥底の凶暴さを感じた
良かれと思ってした行為が誰かを傷つけ、
正しいという思い込みがその人を歪め、
価値観の押しつけが不調和を生み、
そして…
「だってきみはだれかのどうでもいい人だから」
自分の常識にとらわれ過ぎていないか
人をいつも評価していないか
自分と違う価値観を受け入れているか
一番の恐怖は傷つくことよりも
何の意識もないような錯覚で無意識に誰かを傷つけていることに気付かないことではなかろうか
いやもしかしたら正しいと思って行った行動かもしれない
そんなことが人の足元をすくうような恐怖を与えることがあるのだ
人はとても残酷で弱くちっぽけな存在である
生きていくだけで結構いっぱいいっぱい
不器用で混乱して破茶滅茶で…
だからこそ共存し合っているのだろう
そして勝手に許し合って無意識に手を取り合っている
多くを考えさせられ、心に響いた
この本と出会ってよかった
作品はテンポ良く、読みやすくまるでミステリー
良くも悪くも矢継ぎ早にたたみかけるように進行する文章
英語のように感じる各センテンスの構成である
個人的にはもう少し「間」とか「空間」的なものがあると読みやすいのだが…
1文ずつの濃度(中身ではなく言葉的な部分)が高く少々疲れる
きっと頭の回転の速い方なのだろう
もう少し押しと引きのバランスが良いと心地いいのだがと感じたがこれも個性だ
どこかでこの人の文章を見たら気づける気がする
鋭い感性と巧みな文章
今後どのように成長されるかとても楽しみな作家さんである
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きみはだれかのどうでもいい人、というフレーズはたぶん本文の中では一度も出てこなかった気がする。その代わりに、目の前にいる人は誰かの大切な人かもしれない、みたいなフレーズは何回か出てきた。
誰かの大切な人、と思って人と接すれば良いのだろうけれど、だけどそればかり考えてしまうと自分が辛くなる。あなたはだれかのどうでもいい人、そんなこと知るか、って時にはそう割り切ることも必要なんだろう。
四人それぞれの立場や視点で、心情がリアルに描かれていた。若者と経験者、母と娘、器用な人と不器用な人。それぞれの気持ちもわかるし、痛い所を突かれたような気持ちになった。個人的には第4章が好き。 -
“君は誰かの大切な人”という言葉は、よく聞きますが、この本のタイトルはそれと真逆の「きみはだれかのどうでもいい人」です。
だからこそ、タイトルのインパクトがとても強いのですが、内容もまさに「タイトル通り」でした。
この小説の主人公は、県税事務所に勤める4人の女性たちです。
4章からなるこの物語は、1章ずつ主人公を交代し、それぞれの立場からみた毎日が書かれています。
4人の人間関係は決して良いものではなく、語る立場が変わっても、その関係性は続いていきます。
そのため1冊を通して漂い続ける「閉塞感」がとても強く、読んでいる間中、気持ちがひどくよどんでしまい、心の中に黒い闇が広がっていくようでした。
ホラーやサスペンスとは違う、人間関係のただならぬ闇の部分を、ここまで見せられると、読み手にもどろどろとした感情がたまっていくのだな、と感じました。
☆1つとしたのは、物語に問題があるわけではなく、心にたまった負の感情を放出できる穴が、わたしの場合は極端に小さいことが原因です。
読み終えたあとも、心にたまったどす黒い感情がなかなか抜けきらず、次の本に進めませんでした。
はっきりした言葉としては出てこないものの、「どうでもいい」という言葉は、とても力のある負の言葉です。
タイトルを眺めているだけで、自分まで「どうでもいい人」に思えてしまい、しんどかったです。
読む前から心が沈んでいる方は、要注意という意味でも☆1つとさせていただきました。 -
県税事務所で滞納者への対応に当たる4人の女性の話。年齢も立場も違う4人。そこへ、「空気の読めない、仕事の要領が悪い」須藤美雪が配属され 関わりあううちに、4人の回りに少しづつ変化が訪れる。
―あの人は仕事が出来なくてかわいそう。
あんな女にはなりたくない。自分は違う。挫折なんかするもんか。
―これはみんながやっていること、みんなが我慢していること、みんなが折り合いをつけていることだから。ひとりだけこれ見よがしに立ち止まることなんて、許されないんだから。
―だったら、わたしも負けたかった。
―人には、だれでもその人らしく生きる権利がある。
弱い人間、集団になじめない人間、みんな等しくその人らしく。
でも、それが、「こちらに迷惑をかけなければ」
「目の届かない場所にいてくれるぶんには」という保証付きであるという事実からはだれもが目を逸らしている。
✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
私がおもっている私。
あの人たちが思う私。
私が思っているあの人。
あの人の心の中。
ここには絶対に隔たりはあるはず。
たった一言で、些細な態度で、気づかないうちに傷つけられたり、誰かを傷つけていたり、
逆に誰かの支えになっていたり。
生きていくうえで 人との関わりは避けられないけれど、穏やかに生きていきたいー。
✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
『悪意があるのもないのも、被害者も加害者も第三者も、だれが敵でだれが味方かも、すべてがごちゃごちゃだった。』
『わたし、生きていて、いいんでしょうか。』
『そんなの、しらねぇよ。』
-
Forget.but never forgive
なんか呪われた気がする。
空気が読めない、心が弱い人。
こっちに余裕があれば優しく出来るんだけど、
余裕ないと八つ当たりの対象にしてしまいがち。
相手が子供だ、とか分かりやすく知的障害者、
とかだと、自分が悪者になるって思うせいか、
抑制かかりそうだけど、
見た目普通の大人の人だとイラッとくるし、
まともに攻撃してしまいそう。
「声を上げたければ上げられると誰もが思える。
声の出し方を伝えていくことが必要。
声を出さずに犠牲になる、
最後のひとりがいなくなるまで。」
最後のひとりなんているわけない
と思ってしまう私の方が間違ってるの? -
嫌いだと言われるのと、どうでもいいと思われるのは、どちらの方が傷つくのだろうかと考える。
例えばこの小説によく出てくる、たまたま同じ職場で働いているだけの名前すら与えられなかった女たちの無責任な世間話の中で。
途中で何度も、いやな話だなぁと思ってるくせに何故読み続けているのか分からなくなった。図書館で数ヶ月も予約待ちして、ようやく借りることができたからなのだろうか。
どんな人にでも、わたしに見せている以外の別の顔を持ち、違う世界で生きているのだ。思わず自分の職場をぐるりと見渡してしまう。
あの人はやることが遅いから、仕事量が少なくていいな。
やることも大してないくせに、テレワークとかってどうせ遊んでるんじゃないの?
言いたいことをズケズケ言えるのって羨ましい。他人からどう思われるかなんて全然気にならないんだろう。
そうやって自分が損をしていると思ったり、誰かに比べたらまだマシだと思い直したり、明日からは二度と苛々しないようにと誓ったり、
こんな最低最悪のわたしと同じようなことを、ここにいる他の人も考えたりするのだろうか。
いやだいやだ。
読むんじゃなかった。
ひとつの出来事も、人の見方や捉え方によって、全く違う意味を持つ。
多面体の物質が、当たる光の角度によってその見え方で形を変えるように。
この世の中のほとんどの人間の存在は、本人以外にとってはどうでもいい存在であると同時に、誰かにとっては大切な人かもしれない。
混み合う駅の改札付近、女性や弱者のみを狙ってわざと体当たりしてくるおじさんも、家に帰れば誰かの夫であり父親なのに違いない。
でも。。。
だからなんなのだ。
みたいな気持ちになった。
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タイトルが気になって購入した一冊。
県税事務所で働く女性達のそれぞれの視点で描かれた一冊。
読み進める度にモヤモヤして心が重たくなっていったんだけど、それでも読むのを止められなかった。
モヤモヤさせられながらも最後には不思議とスッキリさせられた。
社会で生きることの生きづらさをまざまざと見せつけられるけど、どこかで勇気づけられている自分がいた。 -
◯職場の人間関係について、それぞれの登場人物が語る形式で話が進んでいく。異なる登場人物の視点に移るごとに、一面で捉えていた人物像が異なって見えてきて、「嫌な奴だなこいつ」と思っていた人物も、それぞれ事情を抱えて生きていたことが見えてくる。
◯それはまさにタイトルにあるとおりの世界が展開されているのであるが、読むほどに、この悲しいタイトルが自分たちの日常に肉薄してくるほど共感できる
◯丁寧な心理描写の先に、それぞれの出来事で見れば大したことのないことでも、積み上げていくこと、生きづらいこの社会において、いつでも崩れそうな危うい自己を発見する。
◯この共感性は大衆小説の重要な部分であると思うし、そこには悲しい現代の普遍性が内在すればこそではないだろうか。
◯この小説の展開自体には、あまり救いがないように思える。しかし、この個人ごとに視点を移すという構成で生じる共感性にこそ、著者による救いが示されていると思う。
◯それはこの生きづらい我々の社会における、1つの示唆になるのではないだろうか。
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面白い
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重たかった。
職場の人間関係って複雑だし、それぞれに職場以外のコミュニティがあって、そこでさらに人間関係があって、それは職場でしか接してない私には想像できない。
私の職場はどうなんだろう、と思いながら読み進めた。
仕事の内容も内容で、みんな必死に働いてるんだ、私もがんばらなきゃ、と内省した。 -
小説とは、日常の抜き取りであり、それは例えフィクションであっても、登場人物の心理はリアルと変わらぬ反応を示し、シーンの設定も極力忠実に再現されるものだ。ただ、抑揚の無いただの日常を抜き取るだけならば、読み手を飽きさせるから、そこに事件が起こる。この小説の設定は、公務員の現場。閉鎖的で無限にループするかのような日々、しかし、日常のやり取りにおける微妙なズレ、それぞれの特性から、互いへの印象が固定、増幅し、歪んだ関係性のコントラストが強くなり始めていく。
お局、という言葉が共通語として誰しもそのイメージを持てるのは、恐らく、お局的存在を経験しているからだろう。人間関係は不思議なくらい、どの組織、空間にも似たようなロールモデルが存在する。言語ゲームさながら、人間のアイデンティティや役割分担は、関係性により規定され、小説の如く、環境設定が為されていく。
登場人物それぞれの目線で描かれる小説。よくある手法といえばそうだが、不思議な感覚だった。 -
重い。重苦しくて途中でやめたくなるが最後まで読んだ。
登場人物がほぼ女性。舞台は公務員の仕事場。
女性同士の、私の苦手な関係性の上にある話で、読んでいて本当に辛かった。こんな職場にはいたくないと思った。
こんなに同僚のことを事細かに気にするほど、仕事場に余裕はないのでは?と思いつつ、登場する「仕事のできない人」の描写が、自分のことを言われているようで心が痛かった。
誰かモデルがいるのか、あるいは作者本人の実体験なのか。とてもリアルだった。とにかく読むと気が塞いでいく感じだった。再度読み返そうとは思わない。 -
きみはだれかのどうでもいい人。
伊藤朱里さん。
うわぁー。
こんな人いるー。
うわぁー。
苦手ー。
わかるわかる。
共感しながら、どんどん話が進む。
それぞれの章で、
主役がかわる。
おもしろかった。
最後の章は、難しかった。
読みきれなかった。 -
同じ職場に勤める女性たちの同僚小説。
人は同じことでもこんなにもモノの見方が違う、そしてわかりあえないもの、なのか。
ものすごく面白かったけど、この読後の後味の悪さ、というかなんというか。
リリイシュシュとダンサーインザダークを2本連続で観たような気持ちである…… -
人には人の地獄があり、他人の気持ちなんて分かりようがないことをひしひしと感じる作品。
著者プロフィール
伊藤朱里の作品

こんばんは。
いいね!有難う御座います。
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こちらこそいつもありがとうございますm(_ _)m
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