少年の名はジルベール

著者 :
  • 小学館
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本棚登録 : 504
レビュー : 69
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093884358

作品紹介・あらすじ

少女マンガで革命を起こした漫画家の半生記

少女マンガの黎明期を第一線の漫画家として駆け抜けた竹宮惠子の半生記。

石ノ森章太郎先生に憧れた郷里・徳島での少女時代。
高校時代にマンガ家デビューし、上京した時に待っていた、
出版社からの「缶詰」という極限状況。
後に大泉サロンと呼ばれる東京都練馬区大泉のアパートで
「少女マンガで革命を起こす!」と仲間と語り合った日々。
当時、まだタブー視されていた少年同士の恋愛を見事に描ききり、
現在のBL(ボーイズ・ラブ)の礎を築く大ヒット作品『風と木の詩』執筆秘話。
そして現在、京都精華大学学長として、
学生たちに教えている、クリエイターが大切にすべきこととは。
1970年代に『ファラオの墓』『地球(テラ)へ…』など
ベストセラーを連発した著者が、「創作するということ」を
余すことなく語った必読自伝。

感想・レビュー・書評

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  • 24年組ファンとしては神様ばかりが登場する眩しさで目が潰れんほどの才能咲き乱れる現場のお話で、ありがた過ぎて泣きながら一気に読んでしまった。

    増山法恵になりた過ぎる。(正直な告白)
    私はこういう人間になりたかったのよ。
    中途半端なただの漫画好きにしかなれなかったけど。


    増山さんの存在感が半端ない。竹宮さんが彼女に出会い飛躍的に世界を広げていく様子や、打てば響くやまないおしゃべり、ジルベールを見つけた夜に電話で次々に話を創り上げていく場面、高揚感と興奮がよく伝わってきた。

    当時はまだまだ男社会で少女漫画も産まれたてで表現の規制もあって、という中で女性作家達は自分達の自由な権利を獲得すべく奮闘していくわけだけど、その反面こんなはねっかえりの娘におじさん達は随分と優しいんだなぁと思ったりした(笑)女がどうとかは置いておいて、才能に対しては敬意と矜持を持って仕事をされてたんだろうな、とYさんの話なんかを読んで思ったりした。

    『風と木の歌』の連載を勝ち取るためにアンケート1位を取る、という話は他のインタビューで読んでいたけれど、それまでの制作過程にこれほど増山さんが深く関わっていたとは知らなかった。

    リアルタイムの読者ではないので『風と木の歌』の完成度の高さが作者の印象になっているけど、そこに至るまでの手探りの葛藤ぶりにまた別の感動を覚えた。

    受け手と創り手で作品を鑑賞するポイントが全く違う、という話も大変具体的で興味深い。
    ヨーロッパ旅行の増山さんには特にシンパシーを感じた。

    そしてやはり萩尾望都は別格なのだなぁと。
    萩尾先生に対する感情がとても率直に述べられていて涙腺に来たけど、大きな才能の近くにいることの幸せと焦燥はほんとに凡人が想像するよりキツいものなんだろう。

    アンケート1位を取るぞ!の下りはまさにバクマン。圧倒的才能(萩尾望都)を前に挑む竹宮さんと増山さん。
    増山さんも凄いよな。美の信奉者で、確かな審美眼を持っていて目の前には煌めく才能が溢れてるわけで、自分も、という業はあったと思う。少女漫画に革命を起こすという強い志を持っていたとしても、端から見ても自分としてもよく分かんないポジションで自分を定義してくれるものがない状況で自らの全てを竹宮さんの作品に捧げるって、言うのは簡単だけど、誰にでも出来ることじゃない。
    そして増山さんには実際捧げるだけの潤沢な中身があった。
    その結果としての作品を享受することの出来た私は本当にありがとうございますとしか言いようがない。

  •  すでに各所で評判になっている、少女マンガの大御所による自伝である。

     手に取った瞬間、「意外に薄いな」と思った。いまどきの単行本としては平均的な分量(240ページ)だが、竹宮惠子のキャリアからしたら、いくらでも重厚な自伝にできるはずだからだ。

     だがそれは、20歳での上京(マンガ家デビューは17歳)からの約7年間に的を絞ったがゆえの薄さである。それ以前の人生も、30代以降の人生も、サラリと触れられるのみ。上京から代表作『風と木の詩』の連載開始までの、人生でいちばんドラマティックな期間に照準が定められ、残りはバッサリと切り捨てられている。

     また、その間の出来事の中でも、伝説の「大泉サロン」でのエピソードにウエートが置かれている。
     ともに新人マンガ家であった竹宮惠子と萩尾望都が同居し、山岸凉子、佐藤史生、坂田靖子らが集い、「24年組」の拠点となったアパート。「女性版トキワ荘」ともいわれるマンガ史のレジェンド。その舞台裏を、最大の当事者である竹宮惠子が綴るのだから、面白くないはずがない。

     これは少女マンガ史の貴重な資料であり、普遍的な「表現者の青春物語」でもある。とくに胸を打つのは、ライバルであり親友でもあった萩尾望都の才能への嫉妬に苦しんだことを、竹宮が赤裸々に明かしている点だ。

     萩尾望都は表現者としてつねに竹宮の一歩先を歩み、竹宮は劣等感と焦燥感を感じつづける。そして、ついには大泉サロンから出て行くことを決意する。
     伝説の大泉サロンを終焉させたのは、竹宮惠子の萩尾望都に対する嫉妬であったのだ。そのことに、萩尾は気付いていたのか、いなかったのか……。

    《私が実はもう下井草(東京都杉並区)に部屋を見つけていることを話すと、萩尾さんも「じゃあ、私も近くにしようかな」と言った。「それはいやだ」という言葉が頭をかすめる。萩尾さんが遊びに来れば、また焦りや引け目を感じるに決まっている。本音が言えないまま、「うん、そうだね」。私にはことが運んでいくのをどうしようもなかった。》

     なんとも切ない話である。
     萩尾望都が天才であるように、竹宮惠子もまた天才であり、だからこそ嫉妬が生まれた。はなから手が届かないほど才能の懸隔があったなら、嫉妬など感じもしなかっただろう。

     だが、その苦しみをバネとした竹宮の懸命の努力が、やがて『風と木の詩』による「少女マンガの革命」として結実する。その意味で、萩尾との共同生活は、竹宮が才能を開花させるために不可欠な“イニシエーション(通過儀礼)”でもあったのだろう。

     表現者としての苦悩と葛藤、そして歓喜が、丹念に書き込まれた第一級の自伝。マンガ好きのみならず、すべての分野のクリエイターおよび志望者に一読を勧めたい。

  • うーん、そうだったのか…。少女マンガのオールドファンとしては、複雑な感慨に浸らされることがいくつも書かれている。

    その一。「大泉サロン」の実態がそんなボロ家だったとは。赤裸々に書かれる暮らしぶりに驚いた。みなさん若かったのだなあ。

    その二。萩尾望都先生に対する思いが、そこまで書くの?と思うほど率直に綴られていて、ちょっととまどう。そのずば抜けた才能に打ちのめされ、近くにいることで心のバランスを崩すほどだったとか。表現者というのは厳しいものだなあとあらためて思う。

    その三。「風と木の詩」が世に出るまでに、これほどの壁があったのか。少女マンガが多様な表現の場として花開くには、多くの人の苦闘があったのだと思い知らされる。ただただ楽しく百花繚乱の作品を享受していたあの頃の読者は、幸せものだったんだなあ。

  • 私が竹宮惠子さんの作品と出会ったのは「風と木の詩」を完結されたずっと後だったので、あのダイナミックなストーリーで読者を翻弄する「ファラオの墓」は彼女の天賦の才がするりと紡ぎ出したものだとばかり思っていました。
    実際は、長い長い苦悩と迷いの果てに、ファンが何を求めているかを何度も何度も考え、追求していった結果として生まれただなんて。
    全く想像もつかなかったです。
    この本を読んで、本当に驚きました。

    驚いた事実がたくさんありました。
    ジルベールが非常に早くから生まれていて、あんなにも作者から望まれ愛されたキャラクターだったことがまずびっくりの1つ。私は勝手な憶測で、大御所になったあとに新しい表現を模索していて生まれた物語なんだろうくらいに思っていたので、そんなに早くから温めていたんだ!と驚愕しました。
    萩尾望都さんとの関係も衝撃でした。読んでいて2人のファンとして非常に辛かったです。誰も悪くないだけに。
    だから、編集のMさんが登場した時は、本当に涙が出るくらいほっとしました。こんなにも苦悩した果てにあの名作は生まれたんだなぁ、と胸がいっぱいになりました。「ファラオの墓」は増山さんの助言がスタートだったことと、その助言をあんなすごい波乱万丈の物語に作り上げた才能のその両方に驚きますし、何より、ジルベールの存在が「ファラオの墓」の誕生にあんなにも力を与えていたなんて!

    風と木スタート後のあれこれは、それだけで別の本になってしまうくらいなので割愛、とありましたが、ぜひ書いてほしいです。
    多感な青春時代「私を月まで連れてって」を読み、ダン・マイルド少佐のものの考え方やモラルに非常に影響を受けました。今でも彼は私のロールモデルの1人です。萩尾望都さんの作品には、好きなキャラクターはもちろんたくさんいますが、自分が迷った時に思い出したり、自分の生き方の指標とするようなキャラクターはいません。彼女たちの本の役割は私の中では全然違うものです。
    そんな風に2人の作風の違いなどに思いを馳せながら読みました。次作、待望します。

  • 少女漫画のトキワ荘「大泉サロン」。トキワ荘に比べると、その本人によって語られることはあまりなかったように思う。トキワ荘も激動の時代ではあったと思うけれど、大泉サロンの時代は「漫画」自体は確立される中で「少女漫画」を切り開いていく、社会としても人間としても苦しみの多い時代だったのではないか。
    その中でもやっぱり「萩尾望都」と「竹宮惠子」の関係性は、ずば抜けて苦しくて深い。そこに「増山法恵」という特殊で重要な人物がキーパーソンとしてガッチリと絡み、なんと残酷で美しい奇跡があったのだろう。
    何故これほどまでにと思うようなエネルギーとそのぶつかり合いがなければ、長い年月を経てもなお残るものにはならないのだろうなと。
    時は流れ、今は穏やかな大河のような先生方も、時には妬み苦しむ一人の人間であり、その一人の人間が生み出したものが受け継がれ、しかしまだそのエネルギーは枯渇していないというのがまた凄い。いやあもう凄い。

  • 現・京都精華大学学長である少女漫画家・竹宮惠子が
    自身の名を不動のものとした『風と木の詩』の連載を
    勝ち得るまでが中心に描かれた初の自伝である。
    私の育った場所が練馬区大泉学園だったこともあり、
    少女漫画のトキワ荘(今の子ってトキワ荘も知らないんですよ。。)、
    「大泉サロン」の名前はずいぶん前から知っていたけれども
    こんなに生々しい自伝が出たのは初めてではないだろうか。

    『風と木の詩』の竹宮惠子と、『ポーの一族』の萩尾望都が
    大泉サロンでいっしょに暮していた時期があったのは皆のしるところ。
    ひとところに、不世出の才能がふたつも集まってしまったことによって、
    まだ年端もいかない少女たちに、こんな苦しい青春があったなんて。
    あとからこうして読んでみれば、それはまさに少女漫画さながらだ。
    学生運動真っ只中の時代に、
    「少女漫画で革命を起こす」と誓った努力型のヒロインと
    絶対的な才能をもって軽やかですずやかな、
    誰もがすでに認めている好敵手。

    時代の空気も熱い。
    漫画を創るすべての人たちが熱い。
    この時代に生まれたかった。
    いや、彼らから受け継いだ漫画を
    死滅させないように
    我々はここで踏ん張るべきで、
    私はもっと漫画によりそうべきなのではないだろうか…!

    昨夜から胸が熱いまま。
    『さらば、わが青春の週刊少年ジャンプ』に並ぶ私のバイブルとなりました。
    今は電子書籍黎明期。
    彼らくらい熱い夜明けを体験することが可能なはず。
    私もまだまだ頑張りたい。フォー!!

  • 萩尾先生の作品は網羅しているつもりだが、竹宮先生は「風と木の詩」と「地球へ…」しか持っていない。
    きっとそれで充分なのだ。そして稲垣足穂を読んでいないワタシはきっとモグリだ。

  • 少女漫画の世界に「少年愛」を持ち込んだ革命児・竹宮惠子先生の自伝。プロの漫画家として上京してから「風と木の詩」の連載が始まるまでの7~8年の出来事が詳細につづられている。短期間ではあるが大泉で同居した彼女の最大のライバル・萩尾望都先生や、彼女のプロデューサー的な存在であり戦友(?)でもあった増山法恵氏との出会い、この3名に山岸凉子先生を加えた4人で出かけた40日間のヨーロッパ旅行、そしてジルベールと風木の設定が出来上がった深夜の8時間の電話などを活写している点は、今後、少女漫画の歴史を紐解く上で重要な参考文献となるであろう。

  • オーディブル聴く読書初体験(朝のウォーキング時用)。内容的には興味深く竹宮さんの連載作品を幼いながらリアルタイムで読んでいた者としてはへーそうだったのかという驚きや発見に満ちていた。が、耳でする読書を楽しむためには、文章のリズム、朗読者のレベル(声質なども含め)、速度(これに関しては私の場合1.5倍速で落ち着いた)などの要素が複雑に絡んでくるということがわかった。この作品も普通の読書ならもう少し楽しめたかも。
    続いて試してみた短編小説はがぜんおもしろくて引き込まれたのでもう少し続けてみることにする。

  • 依岡隆児先生(総合科学部国際教養コース)ご推薦

     「地球(テラ)へ…」などの作品で、少女漫画の一時代を築き、京都精華大学学長も務めた竹宮さんは、徳島に生まれ、わが徳島大学に通っていました。大学在学時から漫画を発表し、上京後、漫画家仲間たちと「サロン」を作り、本格的に漫画に取り組みます。少年同性愛という、当時は禁断だった世界を描く「風と木の詩」は試行錯誤の中で、自分の思いを貫いた末に生まれた作品でした。本書はそんな竹宮さんの自伝です。
     大学時代については、こう述べています、「幾つかの編集部に『1年間だけ休みます』と休養の連絡をして、この学生運動について考える時間を持った。多くの人々と議論し、集会にも参加した。学内を占拠するようなグループとも接触し、考えた結果、私なりの答えにたどり着く、『私の革命はマンガでする』と」。おりしも大学紛争の時代で、竹宮さんは1年間あえて漫画執筆を休み、学生運動に向き合い多くの人と議論しながら、自分なりに考えを深めていったのです。
     他の本でも、「大学は私にゆっくり考える時間を与えてくれたところでした。大学時代は、青春の貴重な時間をうまく使えた、ほんとうにありがたい時代でした。(中略)大学でいろいろな人生勉強、社会勉強をしたことが自分のマンガの底の底の基礎をつくっていると思います」(『大学活用法』岩波ジュニア新書、2000年)と述べています。
     竹宮さんにとって、学生時代はゆっくりものを考え、さまざまな体験を積むことで、少女漫画という「革命」を起こすための原動力になっていたのです。この本ではその他にも、漫画家仲間との共同生活や欧州旅行など、青春の日々が生き生きと描かれています。

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