0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書

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  • 小学館
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レビュー : 171
  • Amazon.co.jp ・本 (207ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093886451

作品紹介・あらすじ

落合陽一の本史上最も平易!でも深い

「今のような学校教育はいらない」と語るのは、現代の論客といわれるメディアアーティストの落合陽一氏。
「人生100年時代」に本当に必要な教育とは?デジタルネイチャーの時代に身につけておくべきことは?・・・学び方のヒントがわかる“教科書”です。

「学び始めるのに適正年齢はない」ので、学生、社会人、子育て中の親、生涯教育について知りたい人・・・あらゆる世代や立場の方に響くものがあるはず。

落合氏自身の幼児期から今に至る軌跡もたどり、時代を牽引する天才がどう形成されてきたかも探ります。

読み解くのに思考体力を要するといわれる落合氏の本の中でも、平易に書かれているので、落合陽一を知る入門書としてもぜひ手に取ってほしい一冊です。

感想・レビュー・書評

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  • とても長いタイトルの本。そして、作者自身のもつ肩書も盛りだくさん。
    人生100年をどう生きるか、がテーマの著書。
    多様性の時代を生き抜くため、柔軟な心で学び続けることが必要だと主張する。
    内容は、幼児教育、学校教育、大学の選び方、オンラインでの学び、論理的思考の育て方など、多岐にわたる。

    興味深いと思ったのは2点。

    1点目は子供の教育について。
    自身も小さい子供を持つ父親である著者。
    豊かな経験が子どもの能力を育むと、経験を積ませることの重要性を強調する。
    そして、『偏りのある能力』を大切にするべきだと。
    これは、自分からやりたいと望んだことを経験させることで得る能力のこと。
    興味を持ったことは、危険でない限り自由にさせてあげよう。
    そして、興味のないことを無理強いするのはやめた方がいいと。

    2点目は、落合氏自身が立ち上げた産学連携スキームについて。
    国立大学の教員は税金から給料をもらうため、企業との共同プロジェクトが難しい。
    そこで、大学を辞職し、大学の中に自分が経営する研究室を設立した。
    自分の会社から自分を大学に派遣する形で准教授に着任。
    大学からでなく、自分の会社から給料を支払う仕組みを作ったのだ。
    大学から施設や設備の提供を受け、企業からの出資と人材派遣が可能になった。
    そして、プロジェクトに関わる学生に賃金の支払いもできるという。

    100年の人生を生き抜くためには、頭と心を柔軟にして既成概念にとらわれることなく、学び続けることが必要というのが著者の主張だ と最初に書いた。
    この柔軟で多様性を内包する新しいスキームこそが、その具現化のひとつではないかと、感心してしまった。

  • 一生懸命勉強するのは大学生まで、その後の社会人人生はそこまでの蓄積で生きていくー。そんな時代ではもちろんないし、むしろ社会に出るとそれまでの日本の教育とは全く違うアクティブな学習が求められてくる。
    多くの人はそこのギャップに苦しんだ経験があるのではないだろうか。

    この書籍では、改めて我々がどのように学習するべきで、何がその学習への態度を難しくさせているか、どのようにマインドシフトすることが望ましいのかを落合陽一氏の実体験交え伝えてくれる。

    書籍中でも言及されているとおり、社会人でもロジカルシンキングできない人は意外なほど多い。
    いや、できるほうが少ないのではないか。
    また文系理系での区別、もっというと学科単位レベルでの区別が染みつき、自分の限界を定めてしまう人もいる。
    なにより「正解」ありきでの教育の弊害か、相手の顔色を伺いながら「正解」を探そうと会話する人のなんと多いことか。
    しかしこの書籍は「何才からでも学ぶことはできる」という救いを与えてくれる。

    とかく難解という印象を持たれがちな落合陽一氏の著作だが、本書は非常に読みやすい。それでいて本質は他の著作と同様に深淵であり、落合陽一入門としてもとてもよい一冊。

  • ここに書いてあるように、複数の柱を作り、好きなことを仕事にしていければ幸せだろう。

    でも、落合さんのように行動が実績に繋がるのはごく一部だと思う。
    なので、万人に向けたものではないと思う。
    トップを走る落合さんなので、どうしても一流思考がにじみ出てしまうのではないか。

    例えばアートが必要という説明でも、アートを如何に言語化できるかという所に重きを置いている。
    私はアートは既成の価値観から外れた、自分なりの価値を鑑賞者が感じられさえすれば、それが言語化できなくても(大部分の鑑賞者は言語化できず、頭の先がジンジンするような、涙ぐむような感動を感じるだけでは?)それこそがアートの力だと思う。

    評論ができる、現代アートとしてコンセプトをきちんと説明できるというのは、説明、表現できてこそ価値がある。というどちらかというと経済的な実利的な考え方になってしまうのではないだろうか。

    ムダであることに価値があると感じられること。そこまでいくと凄みが出る。
    落合さんは、今後歳を取っていく中でそこまでの凄み、人間の大きさが出てくると良いのではないでしょうか。

    好きなことを続けること、学び続けること、それを大切にするのは生きがいになると思うので、そこはとても興味を持てた。

    好きなことをやれば、おのずと生きていけるというのは、やはり選ばれし者だけではないのだろうか、仕事もきっちりやるけど、好きなこともあって続けられるというのが幸せなのだと思う。

  • 落合陽一氏の子供の教育に関する書籍。
    ここ数年、著書を定期的に出されているようですが、著書を読んだのは初めてでした。

    初めてお名前を聞いたのも著書が大学生の時で、ご結婚されたこともお子様がいらっしゃることも存じませんでした。

    たまに知らない言葉がでてきますが、比較的読みやすいように感じました。

    世代の違う人と話す機会があまりない私にはこういう本をたまに読むのも刺激があって面白いなと思いました。

    家族を大事にしているところが文面から伝わってきて、教育は家族からも受けていた。といっているように感じられました。

    私が印象に残ったのは、
    観察眼を磨く

    頭で考えることも必要だとは思いますが、感覚を磨くことも能力を高めるというところで有効なのかもしれないと思いました。

  • 現代の魔術師と呼ばれる著者の考えてる事をまとめた本。羅列すれば、当たり前の事だが実践できる人は少ないだろう。

    とにかく好きなことに注力するに限る。文系理系両刀遣いになる。観察力を高め、世界を見る目の解像度を上げる。アートを鑑賞するときは自分の物差しを持ち、誰かの受け売りにならない。どう感じるかは自分だけのもの。

  • 学び続けること、自らをアップデートし続けていく姿勢を持つこと、またそういった人を育んでいくことについての、落合さんの考察。
    超早口で難しいことを喋っている印象とは全然違って、めっちゃ分かりやすく書かれていて、あぁ、頭の良い人はこういう文章も書けるんだなと尊敬の念を感じながら読み進めた。
    そんな落合さんがどんな環境で育ったのかが分かる二章が一番面白かった。とにかく子ども自身の興味関心を追求させること、多様性のある環境に身を置くことが大事なんだなと改めて感じた。

  • 人生100年時代を生き抜くために。
    第1章ではQ&A方式でなぜ学ばなければいけないか、何をどのように学んでいくのかについて。
    第2章では最終学歴、東大学際情報学博士課程修了の本書著者である落合陽一はこう作られた、生成過程について幼少期から父親としての佇まいまで。
    第3章では「STEAM教育」時代に身につけておくべき4つの要素について。



    プロローグにて「親子で一緒になって読めるように気をつけて作った」とありました。その通り、学の低い私のような人間にも分かりやすく書かれており、子どもが中高生くらいの時に本棚にあってほしいと思えるほどの読みやすさでした。

    私自身はこれからの子ども達を育てていく中で必要と思える考え方、自分が100歳まで生きると仮定した時に何を学び続けるのがいいかを考えるきっかけになりました。
    子ども達が成長する中でこの本をもし読んだとしたら、人口減少の日本の未来は暗いものでは決してないし、明るいものにするために今自身がすべきことは何かが描かれていると感じました。

    親に学がなく、子育ての中の教育のローモデルがいないため、今やこれからどんな風にアプローチしていくのがいいかを模索しているところでしたので、この本はまさに「教科書」そのものでした。
    私自身は従来型の日本の教育、所謂詰め込み教育になんの疑問も持たず受け入れ続けてきた古いタイプの人間で、本書に書かれている通り、多数派少数派ではなく自分で考えて判断し、それを伝える能力が著しく欠如していると感じています。
    そしてそのままでは今後生きていけないということもよく分かっています。だからこそ自分の子ども達には、学ぶことの楽しさや、学んだことが自分の生活のどこにどう影響するのかをよく知ってもらいたい、その上で何をしたいかを自分の頭で考えて決めてもらいたいと思っています。
    本書はその手助けになると強く思うので、やはり手元に置いておきたい一冊です。

  • 本書はこれからの子どもへの教育論を扱っているのかと思ったのですが、一部ではその要素があるものの、大人も含めたこれからの時代を生きていくために必要な教育について著者の考えが述べられている。
    経営者と研究者、そして芸術家といった多様性を持ち合わせた著者ならではの主張も垣間見られ、文系と理系の垣根を取り払うべき、論理的思考に陥ったときにArtの重要性が欠かせないといった考えは、特に独特であった。
    そして「やりたいこと」とは「ストレスなくそれを続けられること」であり、週末に遊ぶネタのことではないというのは、これから意識して考えていきたいと思う。
    また、子供との会話でも、曖昧な言葉ではなく、ロジカルな会話をするように心がけたいと思う。
    そして、「これからの時代はリスクをとらないことがりすくになる」という言葉は心に響いた。ふろむだ氏著作「人生は、運よりも・・・」にも記載されていたが、現状維持を選択してしまうのは思考の錯覚であると指摘されていたが、常に動くことを意識しなければならないと感じた。


    ・大学を選ぶ時の一番簡単な基準は、大学の経営がうまくいっているかどうかです。特に、私立大学を選ぶ上で重要になるのが、経営の健全性です。優秀な教員を、高い給料で雇えており、成果が上がっているような大学は安心です。たとえば、明治大学や近畿大学は非常に経営がうまくいっているように僕には見えます。
    国公立大学の場合は、運営費交付金の金額と研究費を豊富に持っているかどうかが一つの指標になります。文部科学省から配分される科学研究費補助金(科研費)を参考にするとよいでしょう。毎年、科研費の獲得ランキングが公表されるのですが、この科研費の獲得ランキングが高い=科研費を多く受給しているということになり、結果を出していて研究に力を入れられる大学であるという根拠になります。

    ・コンピュータシステムの知的生産能力や処理能力は、そう遠くないうちにある程度人間を超えていくでしょう。その中で専門性はないが学歴だけがある、何者でもない汎個性的な人の価値は下がっていくでしょう。その時、人間が最適化されたITシステムの枠を飛び出すのに必要なのは「これをやりたい」という内在的な、そして強烈なモチべーションです。実社会の問題とシステムを用いて解決していく仕事はより増えています。

    ・これからの時代に必要さされる教養を身につけ、創造性を生かしながら、新たなシステムを創造し、AIや人的リソースを「使う側」として活躍するための教育が、STEAM教育であると言われています。教育界で、STEAM教育の重要性が語られています。STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)、そしてArt(芸術)の頭文字を合わせたものです。

    ・STEAM教育と現在の日本の教育制度のギャップの一つは、大学受験によって、高校の段階で文系と理系に分けられてしまうことです。もちろん、それぞれの教科は学問の基礎として重要ですが、これからは教科を超えた総合力が問われるようになってくるでしょう。今日では、学ぶ上でも就職においても、文系・理系で分けること自体が、時代に沿わなくなってきています。自分の可能性にフタをせず、分断を横断して学び続けることが重要なのです。

    ・佇まいを判断するセンサーを研ぎ澄ませるために必要なのは、「対象を観察する時の集中力」です。この集中力が冴えていると、ちよっとした違和感に気がつくことができます。仮説と検証を短い時間で繰り返すことを習慣化できるか。自分の周囲にある物事に集中して観察し、違和感を感じ取り、「佇まい」を判断する訓練を、日頃から子供としておきたいものです。

    ・飛び抜けた才能はないけれど、好きなことをいろいろやってみよう、その中で試すリスクが低いものから取り入れていこうと開き直ってそう考えたほうが社会とつながっている実感が得られビジネスチャンスが増えるという意味では、幸せになれると思います。

    ・人間のモチべーションを喚起するきっかけとなるのは「好きなこと」「やっても苦にならないこと」です。そこで、仕事にできるような、そして自然に続けられる趣味を持っておくことをオススメします。僕は学生の研究相談にのる時に、まずは自分の趣味やずっと続けてきたことを軸足にして研究のトピックを考えてもらっています。
    そういった趣味や続けてきたことを仕事にするメリットは、モチべーションの喚起以外にもあります。たとえば自然体で行うことができるので、労働のストレスが少なくなることです。また、高いモチべーションはオリジナリティを生み出す原動力になります。趣味が一つしかない人は、唯一の息抜きを仕事にすることに抵抗があるかもしれません。そこで、仕事にできるくらい詳しい趣味を三つほど持っておくとよいでしょう。

    ・大事なのは、自分は何が好きなのかを常に考え続けること。ずっと続けていられるような好きなことを仕事にし、高いモチべーションを維持しながら働ける人は、他の人にはないオリジナリティを発揮できるため、これからの社会で生き残り続けるでしょう。

    ・「やりたいことが見つからない」と言う人が増えていますよね。やりたいことをトピックとして捉えてしまうと、やるぺきことを誰かに見つけてもらうのが当たり前だと思ってしまいます。そういう意識で育った子供には、肌感覚も嗅覚も育ちません。誰しも小さい頃はやりたいことがあったのではないでしょうか。「やりたいこと」とは自分のストレスに嘘をつかないこと。自然に続けられることを選ぶことであり、休みの日に遊ぶネタのことではありません。今後の社会で生き抜くためにも、やりたいことを見つける嗅覚を大事にして、やりたいことの中から「今できること」を探し、リスクを取ってでも実行する力を身につけたいものです。

    ・学校で学ぶ道徳や、カルチャースクールで習う「日本の文化」は、決して唯一無二の絶対価値観ではない、時代とともに作られてきたものにすぎないという理解がないと、先入観で凝り固まった「常識」を取っ払うことはできません。日本についてどんな国かと聞かれた時に思い浮かぶ、たとえば、武士道の礼儀正しさ、わび・さびのような独特の文化、禅などの仏教的な美意識といった見方は、明治以降に、先人たちによって作られたものです。<脱・近代>のためには、そうした価値観も日本の近代化の産物であるということを理解する必要があります。


    ・自分が今、そこに存在している理由や行動原理を常に言葉にしていくことは、自分の内省や次の行動につながる重要な価値ではないでしょうか。


    ・日本のSTEAM教育において、不足している4つの要素
    ・言語(ロジック化など)
    ・物理(物の理という意味で)
    ・数学(統計的分析やプログラミング)
    ・アート(審美眼・文脈・ものづくり)
    具体的には、言語をロジカルに用いる能力、物理的なものの見方や考え方、数学を用いた統計的判断や推定力、アートやデザインの鑑賞能力審美眼です。


    ・ロジカルな言語能力を鍛える習慣として、具体的には、子供に対しても自分自身についても、次のようなことを意識しながらコミュ二ケーションをとるとよいと僕は考えています。
    ・情報伝達の正確性が求められている時にいい加減な日本語を話すことを許さない。
    ・擬音語などのニュアンスで話しかけられたら言語を駆使したロジカルな質問を返す。
    ・きれいな文字かどうかよりも意味不明な文章を書かないことを心がける。
    ・新聞の論説などアカデミック・ライティングで書かれた文章に数多く触れる。

    ・調ぺたり聞いたりしたことについて、自分なりの思考をプラスし、抽象的なこともできるだけわかりやすく言語化する習慣をつけるとよいでしょう。これは知的生産者として思考を続けるために必要な習慣の一つです。

    ・子供の頃から論理的な言葉で説明する習慣を、ぜひとも身につけてほしいと思います。そのためには、普段の会話の中で、なぜそう思うのかについて言語化する習慣を作るとよいでしょう。もちろん大人でも「なぜそれを好きなのか」「なぜそれをやりたいのか」を常に自問自答し、自分の考えを論理的に話す訓練をすることで、言語化する能力を身につけたり、さらに伸ばしていくことができるでしょう。意外とこれができる人が少ないので危機感を感じるとともに伸びしろを感じています。

    ・対象への理解をどういうメカニズムや物理現象として理解していくかについて自覚的であることが大切です。そういった観察眼は、自問自答によって生まれてくるものだと僕は考えているのですが、その能力自体は、こういった対話訓練で身についていくものだと思っています。つまり、科学的な観察眼を対話の中で身につけていくこと。

    ・「数学的直感の要素」として大切なことの一つは、解析的に考えるか、統計的に考えるかの違いを理解することです。言うなれば解析的思考と統計的思考です。
    ・解析的に考える時は、ある問題に対して「それを満たす数式はあるか?」とか「何らかの法則や理論に則っているのでは?」といった発想から始まります。問題を解くための、数式なり理論などのモデルを探すということです。つまり学校の数学のように、その間題を解くための方程式や関数といったものを定義する考え方です。解析的な思考や判断の終着点は、ある事象を説明した最終的な数式があって、それによって指し示されるものは何か。その数式によって何が言えるのかを考えることになります。
    ・それに対して、統計的な思考や判断とは、ある事柄が何度も繰り返し発生する中でその傾向を読み解き、そこに意味を見いだすことです。一つのモデルに収斂されたり回帰したりするパターンを見つけ、その原因を考えることです。
    ・ここでは「解析的」とは「解析的に解ける」という言い回しのように、つまりその解を既知の関数や定数などを用いて考えるという意味で使っています。「統計的」とは数値的なデータの集まりから関係性を見つけ関数や定数などでその集まりを表すこと、という意味で使っています。
    ・この「統計的」と「解析的」なアプローチは、どちらか一方を行えばよいものとして捉えるべきではありません。常に両者の領域を行き来しながら思考や判断を深めていくべきでしょう。

    STEMが論理的思考であるとするなら、アートは感覚的・直感的思考です。この感覚や直感をただの当てずっぽうではなく、論理的思考を牽引し、時には行き詰まった論理をブレークスルーするためのものとして使うためにも、アート教育が必要となります。つまり、哲学的思考の訓練によって生まれるジャンプを、言語以外を通じて得ようとする感覚の獲得をいかに促せるかです。

    ・アート教育の有用性は、感覚的・直感的能力を高めるだけではありません。アートでは「美」や文脈、普遍的な人の営みを意識します。アートを生み出す見知は非常に個人的なもので、個人に内包される視点、量産品ではないその人にしか作れない希少性、つまり独創性があるものです。また、そういった思考そのものも、アートの枠組みでは反芻され、新しい価値観へと突破される可能性があります。
    ・独創的なものをゼロから生み出すには論理的なアプローチと同時に、アート的プロセスが必要です。アートでは実際に手を動かして試行錯誤を重ねながら作品を創作することで、予期せぬ発想や発見が得られます。造形物はもちろんのこと無形の思考や理論や技術でも、アート的なプロセスを経由することで価値を高められます。

    ・アート教育ではその実装のみならず、鑑賞力を身につけることが必要になります。鑑賞力を高めることは同時に、観察力を高めることにもなります。物理や数学のところでも述べましたが、観察力はこの4つの要素を身につける上で重要なスキルです。

    ・僕は学生にアートを鑑賞する時は、まず最初に、とにかくまっさらな心で見ることを指導しています。そこで得られた印象や感覚を「これはなんだろう?」「これはこういうことかな?」と言語化して解釈します。この時に大事なのは、自分の中に、自分なりのコンテクストを持つことです。鑑賞したアートを、自分の中の文脈と照らし合わせて考えて、論理的に言語化することと、五感を使って感じたことをバランスよくすることが大切です。
    ・コンテクストとは言ってみれば自分なりの観点、世界の見方です。それは自分のバックグラウンドや得意分野に紐づけられたものになることが多いでしょう。自分なりの観点、自分なりの作品を見る時の角度を見つけて、アートを観た時に、その体験を元に自分なりの感想を言語化して蓄積していく。さらに、自分が知るアートの文脈と照らし合わせながら深掘りしていくとよいでしょう。

    ・絵画を観る時も、先入観に縛られて「この時代の画風はこう」と決めつけなくてよいと思います。重要なのは、「この時代の作品はこうであるはずだ」という時の「こう」の部分を決めつけないことです。もちろん、「この時代」の時代背景は知っておくに越したことはありません。歴史的な知識があれば作品についてより詳しく知ることができるからです。しかし、ある時代の作品は「こう」というのは、あくまで一つの見方であって、それは自分の感じ方とは関係のないことです。
    ・確かに、前提知識があれば作品をより楽しめるようになりますが、前提知識としての「誰かの解釈」にとらわれる必要はないということです。鑑賞して、言語化して、また作品と対話する、この作業を繰り返すことで作品を観る目は深化していくのです。

    ・博士もエンジニアも、自ら問題を設定し、自ら考え続け、自ら解決できる人です。この「自ら」というのは、とても重要なキーワードです。それは近代教育の目指す標準化や均一化とは対をなす概念であり、人の「多様性」があって初めて「自ら」という発想が浮上してくるのです。
    ・<脱・近代>とは<多様性>の時代でもあります。そして、<多様性>を支えるために、人は学び続けなければならない。それは「人生10O年」と言われるこの時代を生き抜くための欠かせない力なのです。答えのない問いを立てながら、常に自分を内省し続けられる人が常に伸び続け、学び続けることのできる人材なのではないでしょうが。

    ・「何が正しいのか」という定義そのものも毎回違っているような世界になるので、誰かが言った正しいことを信じる人よりも、今この時代に正しいことは何かを考えられる人のほうが価値があります。起業家精神や研究的な考え方、社会貢献意識が重要と言われる理由は、アンテナの張り方にあるのかもしれません。

    ・今は限界費用が限りなくゼロに近い社会になりつつある時代です。また、ピケティの言葉を借りれば、資本収益率と労働収益率のことを考えれば、投資家の側に回ったほうが強い時代です。これまでは、リスクを取らない安定志向の人間のほうが有利とされてきましたが、これからはリスクを取って、何かやってみようとする行為に、リスクがなくなってきています。むしろリスクを取らないことのほうが、リスクが大きい場合も少なくありません。リスクを宜伝することで人は格差を作り上げてきましたが、今やリスクを取らないほうが安全であるという古い考え方にとらわれることのほうが危険なのです。

    ・そういった教育を受けた人は、賢くなるほど、リスクを怖れて動こうとしなくなる傾向があります。賢くて、かつ動ける人はとても価値があるのですが、賢くなるとなぜか動くことをやめてしまうのです。その近代教育の中で培われた賢さゆえに、リスクを取ることのリスクを考えてしまうのかもしれませんが、これからの時代に生き残るためには、その戦略は古いと言わざるを得ません。むしろ、賢い人が何かを起こす社会にしていかなけれぱならないと思っています。

  • 正解はないが、考え多様なアプローチで切り取り思考する。

    ◯教育にある「コンテンツ」と「トレーニング」という二つの要素
    →たくさんの新しいことを習得し、それを実際の現場で使おうとしたか

    ◯日々の生活の中で議論していく練習を始める

    ・先入観なく、様々な経験で五感を鍛える

    ◯目指すべきあり方として「貯金しよう」ではなく、「お金を調達できる人間になろう」

    ・ロジックと直感の行き来
    →佇まいの意識

    ◯STEAM教育
    ・言語(ロジック化など)
    ・物理(物の理)
    ・数学(統計的分析とプログラミング)
    ・アート(審美眼・文脈・ものづくり)

  • STEAM教育が興味深い。
    特にアートは、感性を磨くために面白い視点になると思った。
    知識をつけるのでなく、何を感じたか、どう思ったか。
    自分も含めアートに触れてみようと思える。

    教育に携わる人間としては、読む価値あり。

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著者プロフィール

落合陽一(おちあい よういち)
メディアアーティスト、研究者。2015年より筑波大学図書館情報メディア系助教、デジタルネイチャー研究室主宰。2015年Pixie Dust Technologies.incのCEO。2017年から筑波大学学長補佐、大阪芸術大学客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授を兼務。2017年12月からは、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社による筑波大学デジタルネイチャー推進戦略研究基盤 基盤長 及び 准教授を兼務。代表作に、最初の著書『魔法の世紀』、『日本再興戦略』『デジタルネイチャー』など。ほかにも様々な作品と著作に関わる。2019年9月7日、『2030年の世界地図帳』を刊行。

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