逆説の日本史 大正混迷編 南北朝正閏論とシーメンス事件の謎 (28) (逆説の日本史)
- 小学館 (2024年7月26日発売)
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感想 : 14件
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Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784093891653
作品紹介・あらすじ
「北朝」と「南朝」、「正統な天皇家」は?
『逆説の日本史』シリーズ最新巻となる第28巻は、いよいよ大正時代に突入。
まず、当時の歴史教科書の記述に端を発する、「南北朝正閏論」問題を考察する。この論争は政争の具とされただけで無く、新聞社が部数拡販のために煽るなどしたため、大きな社会問題と化した。
次に、桂太郎と西園寺公望が交互に内閣を組織した「桂園時代」について振り返る。「異色の元老」と言われた西園寺がめざした「改革」とはなんだったのか? そしてそれはなぜ挫折したのか?
また、いまだ真相が解明されない一大疑獄事件「シーメンス事件」にもメスを入れる。じつは、この事件は「仕立てられた」ものであり、裏で操っていた「黒幕」は、「でっち上げと証拠隠滅の達人」だったのだ……。
そして終章では、第一次世界大戦に関する分析である。なぜ、「日本史」に第1次世界大戦の詳細な分析が必要なのか? それは、この大戦が契機となって、大日本帝国が「植民地獲得レース」でドイツを抜き、「金メダル」を狙える位置に躍り出たからなのである。
【編集担当からのおすすめ情報】
お待たせしました! 歴史ノンフィクションの金字塔『逆説の日本史』シリーズ、2年ぶりとなる最新巻です。
時代はいよいよ大正に突入。歴史の授業では触れられることが少ない「南北朝正閏論」に光を当て、当時の政治・社会状況についてわかりやすく解説しています。
さらに、一大疑獄事件として知られるものの、いまだ謎が多い「シーメンス事件」についても、「井沢史観」による独自のアプローチからその闇を暴き、「真犯人」について言及しています。
感想・レビュー・書評
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井沢元彦氏の逆説の日本史は日本史を学ぶバイブルなのではないかと思います。とにかくもう30年にわたって書き続けている日本史の何がすごいかって、史実をしっかり分析してその当事者の考えたであろうことを書いていることです。通り一遍の歴史書は氾濫していますが、このシリーズこそ日本の歴史を理解する上で必読の書だと思います。欠点は詳しすぎること、やっと大正時代に入りましたが、このペースでは現代に追いつくまで、あと何冊必要なのだろう。
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改めて新聞(マスコミ)の恐ろしさを実感した。真実ではなく、自分の主張を第一に報道するという姿勢は戦前から変わっていない。
宗教や経済など多角的な視点で目から鱗の解説は有り難いが、雑誌連載のため相変わらずクドい。 -
新聞とそれに煽られた世論により大日本帝国の中の国際協調路線と強行路線のバランスが崩れていき、滅亡への道を歩む、そんな時代を描く。
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マスコミがビジネスとして世論を煽る構図に既視感があった。
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やはり大正になると現在と地続きというか政争に終始している印象がありますな。
新聞社(マスコミ)の「金になるのなら煽りも辞さない姿勢」ってのも今に繋がってるしねぇ
結局のところ、庶民(世論)のレベル以上には国家レベルはならないということでしょうな。
今回も惰性で読了 -
読了直後の感想ではないので、簡単ですが、「南北朝正閏論」に関する三種の神器の話が印象に残りました。
また、新聞に限らず、情報というのは何でも鵜呑みしてはいけないというのを改めて感じました。
SNSも出現した現代では、より一層、情報の受け止め方が重要になると思います。 -
半分くらいで読むのを辞めた。
和や倭は輪であったとか興味深いこともあったけど、文献に依らない軟調な思考が恣意的すぎるように感じたのと、書いてる内容が同じような趣旨が重複していたり、読み進めるのが億劫になった。 -
本書は大正記。
政党政治には当初は超然主義だった伊藤博文、フランス帰りの西園寺公望の目指した政党政治。かたや山県有朋と腰巾着の桂太郎。山形ー桂のラインが問題を起こすと火消し役に使われていたと井沢さんが評する桂園時代の内実。
西園寺はパリで中江兆民と親しくなり、帰国後、東洋自由新聞を創刊し、社長西園寺、主筆兆民という陣容。天皇から内諭で西園寺は辞す。
山県は軍人は政治に関与するなという立場で軍人勅諭を定めている。軍部大臣現役武官制は政党も影響が軍に及ぶのを嫌ったためとあるが、実際は組閣を妨害し、軍の横暴を招く。山県は満州の植民地化には反対している。結果から井沢さんは政治家として山県は二流と断罪している。満州植民地化に動いたのは児玉源太郎。司馬遼太郎の「坂の上の雲」では膠着状態だった旅順要塞攻略を解決した軍神のように描かれていたが、…。
井沢さんの筆は新聞社に対する非難に多く割かれている。紙面を売らんが為、事実を捻じ曲げ、ロクに裏を取らず、国民を扇情したと。阿部政務局長へのテロ殺害、そして五一五事件。五一五の犯人達に対し百万を超える減刑嘆願があったという。
中国への進出をせよという世論と軍部と押し留めようとした西園寺。まずいタイミングで第一次大戦の勃発で、火事場泥棒を働く日本。
最後は何故兵站が重視されなかったのか、戦地でも白米有難がったのかという考察。苦戦して戦死してこそ名誉という恐ろしい心情がマスコミによる洗脳が進んでいった結果ということが朝日新聞が公募した軍国歌謡「父よあなたは強かった」で示される。
戦前の我が国はキチガイみたいな国だ。そしてこの後は亡国の道へ一直線ということになるんだな。 -
逆説の日本史第1巻からの読者としては、作者井沢元彦氏の息の長い物語を書き続ける意欲に感嘆するばかりである。
本書では、南北朝生閠問題、3種の神器を巡る、本物偽物、形代の考え方などが印象に残った。 -
27巻ほどではないが、本書も日本史以外の西洋史の話が多い。まあそれが日本の歴史に与える影響を理解するための話なのだが(27巻は逆に日本が他国に与えた影響の話が多い)。
西園寺公望という公家さんの、西洋留学中の経験による学びの話が面白い。
日清戦争以降の民衆やメディアの感情的なふるまい、学問を積んだ為政者たちの高い視点からの深い考え。
歴史は正解・不正解を議論する場ではないが、人間の営みというものの業を感じる。 -
「南北朝正閏論」の論争は、知りませんでした。
新聞社が部数拡販のために煽ったため、社会問題と化したとは。
「桂園時代」、いまだ真相が闇の中の大疑獄事件「シーメンス事件」。
終章は、第一次世界大戦に関する分析。
日本史になぜ第1次世界大戦の分析が必要なのか?
明確に答えてくれます。
日比谷焼き討ち事件から始まる、新聞による扇動。
ここからマスゴミの暴走が始まります。
何度も述べたことだが、日本の新聞はしばしば国家にとって重要な問題を考察することはせず、その時々で時事問題をセンセーショナルに扱って国民を扇動するという「病気」がある。なぜそんなことをするかと言えば、そのほうが新聞が売れるからである。
この宿痾は現代も根絶されたとは言えないと、私は考えている。どうか国民の皆さん、くれぐれも新聞にはご用心を、と申し上げておこう。 ー 244ページ
たとえば日教組の「平和教育」なるものもそれで、戦争の悲惨な面だけを徹底的に強調し本来国際人として知るべき常識を教えず、自分の頭でものを考えられない人間にするのは教育では無く洗脳だ。そしてこの「平和教育」なるものがもっとも滑稽な点は、方法論については彼らが否定してやまない戦前のものとまるで同じだからだ。戦前は逆に戦争の効用だけを教え、戦争に否定的な常識は否定するかすり替えて青少年を「戦争肯定論者」にした。つまり自分の頭でものを考えられないようにするという点で、なんら変わり無いということだ。 ー 419ページ -
28巻目は第一次世界大戦まで。
時代が下って引用できる資料や題材も増えたこともあるのか、遅々として進まなくなった。連載以来長くなって改めての説明や元が週刊誌の連載でありぶつ切りになるためか、繰り返しが多いのは残念。
それでも学校ではあっという間に終わってしまう大正期以降の歴史を丹念に振り返ることができる貴重な機会。また本書の基調だが、当時に立ち返って人々はどう考えるのか、というのは歴史書ではなかなか得られない視点だ。
シーメンス事件なんて教科書では1行で終わってしまうのに、前後を含めて1章も割いて書かれて、あれ?そういうことだったの、と腹落ちすることも多かった。
「あとがき」を読んで驚いた。といっても、連載以来の年月と自分自身の歳を思えば驚くことではないのだが、著者は70歳になられたとのこと。老いて益々。このシリーズに賭ける熱量はすごいな。
また次回も読まねば。でも次回でどこまで進むのかな。
著者プロフィール
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