私の最後の羊が死んだ

  • 小学館 (2024年10月31日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784093891660

作品紹介・あらすじ

前代未聞の「羊飼い作家」誕生秘話エッセイ

最初の一頭を飼ってから、最後の一頭の出荷を見届けるまで
「羊飼い一代記」を綴った傑作エッセイ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お仕事は何を?」
「羊飼いです」
「……え?」
という、なんとなく微妙なやりとりを重ねてきたのは、ひとえに日本人は羊飼いという職業に馴染みが薄いせいであるのかもしれない。
(本文より)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
酪農家の娘として生まれたからこそ、その過酷さは身にしみており、大学卒業後も農業に関わるつもりはなかった。
だが大学時代に教授宅で催されたバーベキューで出逢ってしまったのだ、美味しい羊肉と――。
「自分でも生産してみたい」との思いから一念発起しニュージーランド実習へ。

さまざまな縁にも助けられながら、勉強を重ね、日々実直に羊を育て、出荷し、羊飼いとして収入を得られるようになった。やがてお得意先のレストランシェフに「河崎さんとこの肉はお客さんに出すのが勿体ないほど美味しい」と言われるまでに。

順調に回り始めた羊飼い生活を、それでもなぜやめる決断をしたか、そしていかにして小説を書き始めたのか。「小説家前夜」の日々を綴る。


【編集担当からのおすすめ情報】
直木賞作家・河崎秋子さん初のノンフィクションです。
河崎さんが羊飼いであったことは、すでにご存じのかたも多いかと思いますが、実際の羊飼い生活がどのように始まったか、そしてなぜ、どのように終えられたかまではあまり知られていないのではないでしょうか。

命を育て、人間に美味しく食べられる肉にする――
「命あるもの」への真っ直ぐでフェアな眼差しは、河崎さんの小説の大きな魅力ですが、
実際に自身が養育する羊に対しても同様に注がれているのが印象的です。

今作では羊飼いの日常以外にも、日本の酪農経営事情、<メーメー教羊派>と<メーメー教山羊派>が繰り広げる終わりなき論争、北海道民のソウルフード・ジンギスカンが美味しくなった背景に至るまで、羊を軸として縦横に筆が走ります。

ところどころでクスッと笑えるところもあり、骨太な小説ファンの方にはぜひ河崎さんのユーモアあふれる一面もお楽しみいただきたいです。

感想・レビュー・書評

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  •  直木賞作家 河﨑秋子さん初のノンフィクションです。
    しかも、ご自身の体験を綴った作品です。

     酪農家の娘さんとして生まれた河﨑さんは、一念発起、ニュージーランドで羊飼いの実習を受けます。
     そして、帰国して家畜として羊を40~50頭飼育し、羊の肉を食肉として出荷するようになります。

     河﨑さんは、その後、文章専業で生きる決意をし、羊飼い廃業をしていきます。
    これは、羊を1頭飼育し始めてから、最後の一頭を出荷して羊飼いを終えるまでの羊飼いノンフィクションなのです。

     羊飼いの日常生活から、日本の酪農事情、ジンギスカンの話など、羊にまつわる知られざる業界話が生き生きと語られます。もちろん、小説家への道の話も。

     小説家の文章で読む自伝ノンフィクション。
    素晴らしい文章で読ませます。 緩急自在で、分かりやすく、読みやすくて楽しくて、時に切ない。

     読む価値モフモフのあたたかい作品です。羊愛でフカフカです。

     みんな、読メエ~~ェ!(羊だけにw)

  • 星4.5
    「ともぐい」はグロテスクな描写が怖くてまだ読めていないが、エッセイならと手に取った。読みやすい文章であっという間に読了。たまに入るツッコミも楽しいし。
    羊飼いをやめてしまったのはもったいないのだが、心身ともに限界だったのだから仕方ない。畜産業はたいへんな仕事だと読んでいてわかった。
    飼っている羊が解体されるところも、冷静な目で見ているし、普通に食べたりもしている。へんに感情を揺さぶられたりしないのが、プロなんだなと思う。が、最後のシーンは静かな感動を覚えた。
    羊飼いと酪農家であった著者にしか書けない小説を今後も書いてほしい。

  • 第170回直木賞を受賞した、前代未聞の「羊飼い作家」。誕生秘話エッセイ  河﨑秋子『私の最後の羊が死んだ』10月31日発売決定! | 株式会社小学館のプレスリリース
    https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002869.000013640.html

    第213回:河﨑秋子さんその1「幼い頃に好きだった本」 - 作家の読書道 | WEB本の雑誌(2019年12月28日)
    https://www.webdoku.jp/rensai/sakka/michi213_kawasaki/20191228_1.html

    特別エッセイ*河﨑秋子「こしあんと祖父」 | 小説丸(2022/07/16)
    https://shosetsu-maru.com/sb_special/akikokawasaki_spessay

    北海道の「酪農の町」出身の河崎さん 元羊飼いで幼い頃から小説好き:朝日新聞デジタル(2024年1月17日)
    https://www.asahi.com/articles/ASS1K54P0S1KIIPE001.html

    私の最後の羊が死んだ | 書籍 | 小学館
    https://www.shogakukan.co.jp/books/09389166
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    (yamanedoさん)本の やまね洞から

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「専業作家前夜」の日々つづる
      <ほっかいどうの本>私の最後の羊が死んだ:北海道新聞デジタル(2024年12月1日)
      https://www....
      「専業作家前夜」の日々つづる
      <ほっかいどうの本>私の最後の羊が死んだ:北海道新聞デジタル(2024年12月1日)
      https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1095303/
      2024/12/02
  • 羊飼いという仕事がよく分かった。
    私達が食べているお肉も、たくさんの苦労のお陰で食べられているんだと思った。
    羊の写真も載っていて、可愛いくて、少し辛い気持ちになった。

  • <直>
    めずらしく読む前にパラパラと本をめくる(僕は普段はそういう事はあまりしない。だって今から読むともう決めているのだから)。 のっけの章前(目次より前)の河﨑秋子自身が本書を刊行するにあたって2024年夏に書いた「はじめに」という近況&本書紹介の様なモノを読んで 「わぁ!こりゃ絶対に面白く読める本だぞ」と思った。たぶん二週間ほど前に読んだ同作者の作品『森田繁子と腹八分』の影響が大きいと思う。腹八分 読んで良かった。笑う。

    本書の初出は2020年01月~2021年7月にかけての『週刊ポスト』誌への連載。連載モノを単行本として上梓する場合には必ずことわってある「…単行本化にあたり大幅に加筆修正しました」という事が書かれていない。もしかすると雑誌掲載時の原稿をそのまま載せているのかも知れない。(校閲・校正は行ったが全く直す必要が無かった!) いやだから何がどうだと云う事は無いのだけれど。連載当時の週刊ポストを探し出して来て読んでみたいものだ。

    この本 最初は割と面白おかしな感じで始まるが 中盤辺りからその中身は『ともぐい』や『肉弾』『締め殺しの樹』と同レベルの 或る意味河﨑秋子らしいリアリスティックで強烈な描写が溢れる展開になってゆく。もちろん小説ではないので物語にのめり込んでゆくわけでは無いが,眉間にしわ寄せて手に汗握りながら読むエッセイってどんなんやー!と想いながら僕のページは進んだ!

    46ページには実家である河﨑牧場の看板写真が載っている。サイズを比較できるモノがいっしょに写っていない為どのくらいの大きさなのかはハッキリ分からないが随分立派な看板だなー,と僕は思った。その『河﨑牧場』看板の右下隅には「別海」という河﨑秋子が生まれ育った道東地方の町名も書き添えられていて まことにリアリティがある。

    「読者諸兄姉」という言葉が182ページに載っている。こういう場合たぶん普通は「読者諸兄」という言葉を使うのだろう。でも実は僕は「兄」だけでは女性に不義だろうと思い ある時期から「姉を」足して「読者諸兄姉」を感想文などでは使っていた。この言い方は僕が自分で考え使い始めたと思っていたし,なので他では今まで見たことが無かった。それがなんとこの本には書いてあったのである。

    すぐにググった。で,どうやら「兄姉」という言い方は普通の日本語として有るが「読者諸兄姉」となるとそのものズバリは探せど無かった。兄姉は「けいし」と読むのだそうだ。「読者諸兄」はもちろん「どくしゃしょけい」と読む。では「読者諸兄姉」はなんと読むのだろう。ネットには無かったのでその正しい読み方は謎のままだ。「どくしゃしょけいし」と書いてもそのままでは漢字変換はされないし。で,僕は「どくしゃしょけいあね」と読む事にしている。使っている河﨑秋子はどう読んでいるのだろう。気になる。

    なので,生成AI Gemini と この件を討議してみた。結論は 読者諸兄姉 という表現は 間違ってはいないけれど あまり使われる言葉では無い という結論だった。兄姉 を けいし と読むので 読者諸兄姉 も どくしゃしょけいし と読んでもこれ又間違いではない,が ほとんど使われないので…という会話で終わった。うーむ どうなんだろう。でもどうやら間違いでは無いみたいなので僕も河﨑秋子もきっとこのまま使うのだろう。

    本書を読む前に 読書コミュSNSで親しくお話しさせて頂いている 本書を先に読まれた方から 「終始圧倒されながら読んでいました」というコメントを頂いてた。まさにその通りである。僕もずっと圧倒去れっ放しなのであった。

    この本に書いてある通り現在 河﨑秋子は羊飼いの職業を辞め 生まれ故郷の道東地区別海町の実家も出て十勝に住んでいる。今時地方に住んでいる作家は沢山いるが 河﨑秋子はどうして東京に棲まないのだろう と僕は思っていた。が,その明確な理由が本書で分かった。河﨑秋子は暑さに極端に弱いのだそうだ。そして加えてエアコン(クーラー)がめちゃ苦手なのだ。本書には「(引っ越しに際して)津軽海峡を渡る選択肢は無かった」と書かれているのであった。

    河﨑さん,出来れば暑く無い季節にでも中部東海地方(名古屋とか)でサイン会を催して欲しいです。最優先事案ととらえて僕は出席-お伺いします!

  • 河崎秋子
    『ともぐい』直木賞作家
    前職が[羊飼い]
    本作はエッセイで
    前職の羊飼いを志したときから閉業をするまでを書いている。
    受賞作『ともぐい』を読んで、その描写の力と物語の構成に 感激をしたが、エッセイもなかなか面白い。
    文章は的確で、無駄な表現が無く、彼女の人柄がよく現されていて、楽しく読めた。
    挿入写真の地味さも良かった。

  • 羊飼いをやめられて専業作家になられたのは知っていましたが、その経緯がこんな切ないというか辛い話だったとは⋯。やめたくなかったけどやめざるを得なかった、やりたいこととやらなければならないこととの狭間で、こういうとき「ああ!自分がもう一人いたら!」なんて言う人もいて、私はそういうタイプですが河﨑先生は(そのしんどさと大切さを痛感するあまり)そんなことを思ったりはしない方なのだろうと思いました。
    (思おうと思わざろうと現実は何ら変わんないですね)

    自分の家で飼っている動物を食べることを当たり前だと思って育ち上がった、ということがよくわかりました。ゆえに手塩にかけた羊もおいしく食べるのは当たり前と。
    自分は自分ちで飼ってた鶏の卵さえも食べられない人間でした。まぁ家業じゃなくてペット的に飼ってたせいもあったと思いますが。
    河﨑先生の、時にはドライすぎるんではと感じるような野生動物を描き出す冷徹さの理由を本書で理解したように感じました。いやしかし、羊や鹿を捌ける40代女性って日本にそんなにいるだろうか。稀有な技術をお持ちの人には違いない。
    そして学生の時にたしなみはあったにしても「よし、小説を書こう」と思い立って書いた作品がほぼいきなり入賞に絡んだり大賞に選ばれたりするというのも、ただならなかった才能なのではとやはり思わずにはいられない。

    それにしても本当に文章が上手いなぁと唸ります。5章6章は息を飲むような読み心地で思わず読みながら前のめりになっていました。
    5章でお父さんが開頭手術を受けられますが、私も自分の親が頭の手術をしたとき、先生と同じようなことを思ったのを思い出しその時の先生の心情を想像し苦しくなりました。

    7章の中で、子供に家畜を飼わせてその動物を殺す、さらに時には食べるまでするいわゆる「いのちの授業」について「動物を能動的に殺すことを教育という名のもとに子どもたちに受容させるのは、どうか考え直してほしい」と強く訴えていることにはっとさせられた。
    私はそういう映画も観たことがあり鑑賞後、何かもやもやとしたものが残っていたけれどうまく言葉になりませんでした。でも河﨑先生のこの文を読んで「そうだ、これだったんだ、だからもやもやしたんだ」と分かった気がしました。同調圧力の怖さ。子どもによってはトラウマになってしまいかねないとさえ今は思います。

    河﨑先生の人生は一人で体験するには稀有すぎるというか貴重すぎるというか、あっけにとられる思いでそしてあっという間に読み終わりました。
    「私の羊は美味しかった」その言葉に羊飼いとしての矜持をとても感じました。
    いやほんとにすごい人だ。

  • 河崎秋子さんの『颶風の王』を初めて読んだ時は衝撃を受けた。
    動物や、北海道の厳しい自然の中で生きる人たちの、凄まじい生き様を見せつけられたからだ。
    その後も、野犬、鳥、ヒグマなど、様々な動物たちが人によって殺されていく小説が描かれた。正直言って、そのどれもを快く思って読んだわけではないが、彼らが命や自然と向き合う姿には、限りなく惹かれていった。

    食肉になった姿しか知らない自分が、屠殺される羊の一部始終を読まされるなんて、耐えられるかと思ったが、この本を読み進むうち、(まだ完全に、ではないが)粛々としてその事実を受け入れようとする自分がいた。
    そして「いのちの授業」として小学生の前で行われる鶏の屠殺が、子どもたちの一人一人異なった感受性に対して、いかにその場では相応しくないのかを、理路整然と述べてくれた。
    このことは、目の前での動物の死を受け入れるのが苦痛な自分にとって、救われる言葉だった。
    それを正しく伝えることができるのは、酪農の家庭に育ち、生まれた時から経済動物としての牛と向き合って、何度も動物たちの死に触れ、害獣のエゾシカを駆除して捌き、飼っていた鶏を締めて食べるのが当たり前だった河崎さんだからこそ、だったと思う。
    (ところが、このページがどこにあるのか読後に探したが、なぜかいまだに見つかっていない。幻〜?だったの??)

    河崎さんは、牛や羊の世話に加えて、父親の介護が重なった一番大変な時に『颶風の王』でデビューする。
    いよいよ作家と羊飼いの二足のわらじ(さらに介護)が限界と悟った河崎さんは、自分で苦労しながら肥育した羊を肉にして売り、最後の羊たちの屠殺を見守るのだ。
    その後の感慨と、サプライズなラストシーンは河崎さんにとっての、「最後の羊」に相応しい素晴らしいものになっている。

    余談だがイギリスで代々牧羊を続けてきた、ジェームス・リーバンクスによる『羊飼いの暮らし』(ハヤカワノンフィクション文庫)にも河崎さんが解説を書いている。
    以前、「羊飼い」というものをまだよく知らずに読んだが、今一度、この本も読み返そうと思っている。

    • ぐーたら主婦さん
      こんにちは。このエッセイよかったですよね。
      鶏をさばいて食べると言ったら、ニュージーランドの受け入れ先の家族がひいていたというくだりではあり...
      こんにちは。このエッセイよかったですよね。
      鶏をさばいて食べると言ったら、ニュージーランドの受け入れ先の家族がひいていたというくだりではありませんか?(図書館に本を返してしまったので具体的にはわかりませんが)
      2024/12/28
    • kosamebitakiさん
      こんにちは、コメントありがとうございます。
      本棚もフォローさせていただきました。
      教えていただいてありがとうございます!
      正月にもう一度読み...
      こんにちは、コメントありがとうございます。
      本棚もフォローさせていただきました。
      教えていただいてありがとうございます!
      正月にもう一度読み返します。

      河崎さんの北海道新聞のエッセイも、とても面白いんです。
      早く1冊にならないかなと思っているところです。
      (まだ連載中)
      2024/12/29
    • ぐーたら主婦さん
      お返事ありがとうございます。
      どこに書いてあったかは自信がなくなってきましたが、確かにそういう記述はありましたよ。

      北海道にお住まいで、北...
      お返事ありがとうございます。
      どこに書いてあったかは自信がなくなってきましたが、確かにそういう記述はありましたよ。

      北海道にお住まいで、北海道新聞も読んでいらっしゃるのですね。うらやましい。
      私はというと、かれこれ40年ほど週刊文春を購読しているので、今、河崎秋子さんが「夜明けのハントレス」という女性ハンターの小説を連載していらっしゃるのは知っていますが、いずれまとまって本になったら読むつもりです。
      とりあえず、「森田繁子」は図書館に予約しました。
      今後ともレビューを読ませていただきますね。
      2024/12/29
  • 羊飼いと小説家の二足のわらじを履いていた河﨑さんが、羊飼いになろうと思ったきっかけから、肉体的にも精神的にも追い詰められて羊飼いを廃業する決断をするまでを振り返る回顧録。
    文章のうまさは保証付きだし、家族や先輩に支えられて無事に羊飼いになるまでの顛末も楽しい。この人の作品には動物のリアルな解体シーンが登場するが、経験に裏打ちされたものであることがよくわかった。
    骨太な作品は骨太な作者から生み出されていたのだった。

  • 羊飼いでもある作家・河﨑秋子さんが、羊飼いを始めてから最後の一頭を出荷し、羊飼いをやめて専業作家になるまでの十数年を綴ったエッセイ。

    河﨑秋子さん=羊飼いという認識だったけど、しばらく前に羊飼いはやめていたのだと本書で初めて知った。
    それにしても、羊飼いになりたいと単身ニュージーランドの牧場に乗り込むなどかなりの行動力に圧倒される。
    着実に努力を重ね、北海道でも数少ない羊飼いとなり十数年。実家の酪農牧場の従業員でもありながら、羊飼いもし、父親の介護もしながら作家稼業まで、あの「不封の王」描かれた頃はこんなにも過酷な日々を送っていたのかと驚く。

    やりたいこととやるべきことの中で時間を削られ、心身をすり減らし、結局一番大事な書くことを選択した作者が作品の中で伝えていきたいこともしっかりと書かれていた。

    羊飼いだった河﨑さんにしか描けない物語をこれからも期待しています。

  • 河崎秋子さんの自叙伝兼エッセイのような書籍
    河﨑さんから生み出された力強い小説は、
    今までの経験から発露されたものなんだとこの本を読んで納得しました。

  • 河﨑秋子さんのかつて羊飼いだった経験を中心に綴ったエッセー。羊飼いの仕事を知ることができて興味深いし、河﨑さんの仕事に対する真摯な思い(羊飼い&文筆業)にも共感する。羊肉がとても食べたくなる。

  • 羊飼い兼作家さんの話、、、大変さが伝わる

  • 羊飼い、兼作家であった著者の自伝的な本。この本読んだ後、北海道産の羊(サフォーク)を買って食べた。うまかった。日本で羊がマイナーな肉になっているの、もったいないなあ。
    一番印象的なエピソード、としてはズレているのかもしれないが、自称羊飼いと言われて著者がキレたところが心に残っている。自分の仕事の扱われ方に関して憤れるというのはかっこいい。ともすると、自分自身でさえ、自分の仕事をどう表現すればいいのか分からなくなることもあるというのに。
    荒川弘さんの「百姓貴族」と繋がるところがあって面白かった。経済動物を飼うことのシビアさとか。そもそも経済動物という言葉自体、これらの作品を読むまで知らなかった言葉だったように思う。
    ところどころにやや生々しい写真があるので、苦手な人はちょっとギョッとするかもしれない。
    最後の2ページがとても良かった。ここで、こう繋がるんだ、と思った。

  • 自分で美味しい肉を生産したいと思い、羊飼いになった著者のエッセイ。
    羊飼いになるために実家に戻り、家業の酪農を手伝いながらも羊の生産や執筆も行うバイタリティー溢れる著者。
    自分で生産した羊を食べることに抵抗はないの?という愚問にも真向から答えているところに好感が持てる。
    動物の解体を手早く無駄なくできる人を尊敬するという著者を私は尊敬する。

    写真が数多く挟まれているが、去勢前の純粋な目をした子羊がとんでもなく可愛かった。牧場でのびのびと育って、最後は屠畜場で肉になり生涯を終える羊たちを、見事に育て上げた著者の想いに触れることができて嬉しかった。
    そうか、生産者は消費者に美味しい肉を食べてほしいと思ってくれているんだ。気が付けば日頃、動物の肉を無機質に噛みしめている私にとって、目が覚める思いだった。かと言って、すぐに生命に感謝して食べよう!等と思いながら食べるのは無理かも。だが、生産者が汗水垂らして飼育した肉をいただいているのだ、ということだけは忘れずにいたい。

    執筆業に専念する直前の著者は、介護に酪農に執筆に羊に…とそれは目まぐるしい日々だった。誰も著者の選択を責められないし、潔い幕引きだったと思う。自分の育てた羊の最期を見届けても、感情的になったりしないところがまた素敵だった。
    こんなにのめり込めるエッセイは、滅多にない。

  • 河﨑秋子のエッセイ。この方が羊飼いだというのは小説の著者紹介で知っていたが、「羊飼い」のイメージがぼんやりしすぎていて想像できていなかった。肉用の羊の飼育、繁殖、出荷。羊飼いになるべく修行を始めてからのこと、羊飼いに加えて実家の酪農の仕事やお父さまの介護、更に小説を書いていたと知り圧倒された。文筆業一本にされるまでを書いた話。この積み重ねがこの人の小説になってるんだな。これからも注目して読んでいきたい。

  • 借りてみたら内容の濃いエッセイだった。
    羊を飼う詳しい経緯が書かれていて、よくあるのほほんとした生活エッセイより一線を画していて面白かった。家業の酪農経営と実父の介護、職業としての執筆活動。その両立に悩み、最終的に羊を手放すことを決める。最後まで残った羊がきちんと肉になるまでの過程を見守り、最後まで責任をもって見届ける河﨑さんの覚悟の現れがこの1冊にギュッと詰まっていて、アネキは漢だな…と思った。全作品を追いかけたい作家の一人だ。

  • お人柄がよくわかるエッセイだったと思います。時にクスクス、時に一緒に考えながら拝読しました。自分に対してではなく自分が作り出したモノに対してプライドを持つことが、人間としての深みを増すのだと感じました。次は小説も読んでみたいです!

  • 何かを辞める人の話ってそんなにないなあと思って購入。初めて行く本屋だった。
    羊飼いという職業はたしかにイメージしづらい。山羊飼いならアルプスの少女ハイジに出てきたペーターだけど、あれは自分で飼ってるのではなくて預かってるんだった。
    羊飼いの人が持ってる杖、ベルを持ちやすくする飾りかと思ってたけど羊を転ばせる道具だったんだな。
    この方の情熱と努力にはほんとに頭が下がる。何かを辞める話と思って飛びついて申し訳ない。私はまだそんなに長く生きてないのにいろいろ途中で辞めてるから、そんな自分を肯定したい気持ちがあった。でも著者はそんなふうに羊飼いをやめた訳では無い。誇りを持って最後まで羊飼いでいて、そして辞めたのだ。
    これからはもっと酪農家の人達に感謝してお肉をいただこうと思う。

  • 河崎秋子にどハマりの私としては、
    もっと前にこの本を読みたかった。
    この本には、今の時代を生きる作者がいて、もっとたくさんの苦労と「生きる」を感じていたのだと感じることができた。
    より河崎秋子の本を読みたくなった。
    まずほ、颶風の王読もうと思った。

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著者プロフィール

1979年北海道別海町生まれ。2012年「東陬遺事」で第46回北海道新聞文学賞(創作・評論部門)、14年『颶風の王』で三浦綾子文学賞、15年同作でJRA賞馬事文化賞、19年『肉弾』で第21回大藪春彦賞を受賞。最新刊『土に贖う』で新田次郎賞を受賞。

「2020年 『鳩護』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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