運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語
- 小学館 (2013年12月20日発売)
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感想 : 24件
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784093965279
作品紹介・あらすじ
出生前診断に一石を投じる小児外科医の記録
人間の生命は、両親から一本ずつ染色体を受け継ぎ誕生しますが、染色体が三本に増えている病気がトリソミーです。異常のある染色体の番号によって、「13トリソミー」「18トリソミー」「21トリソミー(別称・ダウン症)」などがあります。13トリソミーの赤ちゃんは、心臓の奇形や脳の発達障害があるため、半数が1か月ほどで、ほとんどが1歳までに死亡します。本書は、小児外科医である著者が「地元の主治医として13トリソミーの赤ちゃんの面倒をみてほしい」と近隣の総合病院から依頼され、朝陽(あさひ)君とその両親に出会うところから始まります。朝陽君の両親は我が子を受け容れ、自宅へ連れて帰り愛情を注ぎます。そして障害児を授かったことの意味を懸命に探ります。著者は朝陽君の自宅へ訪問をくり返し、家族と対話を重ねていきます。また、その他の重度障害児の家庭にも訪れて、「障害児を受容する」とはどういうことなのかを考えていきます。やがて朝陽君の母親は、朝陽君が「家族にとっての幸福の意味」を教えてくれる運命の子であることに気付きます。出生前診断の是非が問われる中、「命を選ぼうとする考え方」に本著は大きな一石を投じます。
【編集担当からのおすすめ情報】
2013年度 第20回小学館ノンフィクション大賞の大賞受賞作品です。
著者は現役小児外科医・松永正訓氏(52才)で、
開業医として小児クリニックで日常の診療活動を行うかたわら、命の尊厳や出生前診断等々をテーマとし、取材・執筆活動に取り組んでいます。
また、がんを克服した子どもたちの支援も行っています。
本書では、染色体の異常「トリソミー」の乳児及びその家族と松永医師の出会いから現在までが丁寧に描かれております。
生まれる前に劣ったと決めつけられた命を排除することは、果たして人を幸福にするでしょうか? 出生前診断の広まりにより、ともすれば「命を選ぶ」という考え方も生じます。本書はそうした考え方に、大きな一石を投じるものです。
感想・レビュー・書評
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【感想】
新生児の中には、命の危機に瀕しながら生まれてくる子がいる。しかし、切迫した状態でありながらも、医師から治療を受けられずに亡くなる子がいる。
それは「助かる見込みが薄い」と判断された子だ。13トリソミーと18トリソミーという染色体異常を抱えた赤ちゃんは、身体に様々な奇形を伴う。生命維持に必要な心臓や肺、脳に欠陥を抱えて生まれることが多く、半数以上の赤ちゃんが生後1カ月までに命が果て、1歳を超えて生きる子は10%しかいない。ゆえに「生き延びない命を助けてはいけない」という倫理から、彼らは積極的な治療を受けることができないのだ。
本書『運命の子 トリソミー:短命という定めの男の子を授かった家族の物語』は、先天的に重篤な障害のある新生児の「命の選択」や「出生前診断」について論じる一冊だ。本書では実際に13トリソミーとして生まれた朝陽君とその家族の物語が描かれていく。朝陽君は短命と思われていたが、出生後のケアによって退院できるまで回復し、書中では2歳の誕生日を迎えている。
本書の軸は、命が危ない赤ちゃんを、「短命」という事実をもとに「積極的に治療をしなくてもいい」と判断することの是非だ。小児外科としては「生き延びない命を助けてはいけない」という基準のもと判断を下している。寿命で命の価値を測るなんてけしからん、と思ってしまうが、赤ちゃん自身の幸福を鑑みると部分的には妥当性がある。手術を行う以上痛みが伴うし、術後呼吸器に繋がれてしまえば母親と触れ合う時間も少なくなる。それは巡り巡って「赤ちゃんの幸せにつながらない」ことになるため、それならば自然な形で看取ってあげるほうが倫理にかなっている。
そうした「延命か、自然死か」の狭間で両親と医者は選択を迫られるのだが、忘れてはいけないのは、短命とはいえど意味が無い命などない、ということだ。
本書にはさまざまな家族が登場する。ゴーシェ病で在宅人工呼吸器管理になっている凌雅君の家、子どもがミラー・ディッカー病にかかり、ケアのすれ違いから両親が離婚した快斗君の家。しかし、全ての家族が「産んでよかった」「産まれてきてくれて本当に嬉しい」と口を揃えて言う。
例え難病を抱え、家族が相当な負担を負うことになっても、「辛いから」「大変だから」という理由で医療を諦めてはいけない。大切なのは赤ちゃんと家族をどう過ごさせてあげるか、そしてそれを実現するための最大限幸福となる対処法は何かを見極めることにあるのだ。
――「どうしても諦めざるを得ない命があるのも事実です。手術をしないというのも立派な選択です。しかし手術を受けないと親が結論を出す時は、その最後の決定は医師がすべきです。だってご両親は、お子さんの思い出と共にずっと生きていく訳ですよね。あとになって手術をお願いしておけばよかったと後悔することもあるかもしれません。そういう心の重荷を親に負わせないように、形としては、最後は医師が決めるようにすべきです。親が手術をしないでくださいと言ったからそれに従うという態度は、小児外科医としてはいけないと思います」
――「今、話題になっていますよね。出生前診断とかって。あれはどうなんですか?採血だけで異常がわかると、弱い者はいなくなっていくんですか?残った障害者は辛いですよ。由紀子のような命のあり方は、神様から与えられた運命なんだと考えて、私は由紀子を育ててきました。でもみなさんはどう判断するんですか?
だけど、障害児を育てたからこそ、その辛さもわかるんです。由紀子の妹があれだけ辛い思いをしていたということを知ると、考えさせられます。妹から、『きょうだいじゃなければわからない』って言われたこともあります。それにしても、産まれる前から優劣が付けられて、劣ったものが間引きされる社会が来るとしたら、それはちょっとどうかなと思います」
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【まとめ】
1 「短命」が宿命づけられた子
染色体は、顕微鏡で観察した時に大きいものから順に1番染色体、2番染色体と数字が付けられている。このうち、13番染色体、18番染色体、22番染色体が3本ある胎児は必ずしも流産にならずこの世に生を受ける。染色体が3本ある状態をトリソミーと言う。13トリソミーは、5,000から1万2,000人に1人の割合で産まれる。18トリソミーは、3,500から8,500人に1人の頻度だ。21トリソミーは、1,000人に1人の割合だが、母親が40歳になると、100人に1人の割合に跳ね上がる。
21トリソミーとはダウン症のことだ。程度の差はあるが知的障害を伴う。だが最近の医療レベルの向上に伴ってダウン症の子どもたちは長期に生きることが当たり前になった。しかし13トリソミーと18トリソミーは、ダウン症とはまったく異なる染色体異常だ。様々な複雑な奇形を伴い、赤ちゃんの命は短い。半数以上の赤ちゃんが生後1カ月までに命が果てる。1歳を超えて生きる子は全体の10%だ。妊娠中に13トリソミーや18トリソミーと判明し、その後、流産や死産になることも多い。
歴史的には、13トリソミーと18トリソミーというのは、いわば見捨てられた病気だった。
1987年に、ある大学病院の新生児科が「新生児の治療方針の決定のためのクラス分け」というものを発表した。13トリソミーと18トリソミーはこの「クラス分け」で、「現在行っている以上の治療は行わず一般的養護に徹する」疾患に分類された。わかりやすく言えば、積極的な治療はおこなわないということだ。だが2000年以降に少しずつ考え方が変わり、13トリソミーや18トリソミーの赤ちゃんに対してできる限りの治療をおこなえば命が延びること、場合によっては自宅で生活ができることもある。
そんな中、2011年、ある依頼が私のもとに届いた。13トリソミーの重度の多発奇形の赤ちゃんが自宅へ帰って介護を受けるので、地元の主治医になって欲しいというものだった。赤ちゃんはすでに生後7ヵ月に育っているという。寝たきりで、重い障害を持つ赤ちゃんを両親は受け容れて、最期の瞬間を自宅で看ることも覚悟しているということだった。
果たして、「短命」と定まっている赤ちゃんを育てることで、家族はどのような形の幸せを手にすることができるのであろうか。
2 朝陽君との出会い
2011年9月30日、千葉市立海浜病院の新生児科部長から電話がかかってきた。13トリソミーの赤ちゃん「朝陽君」が退院して在宅医療になるので、何かあった時に診てあげてほしいとのことだった。
朝陽君の奇形は「小眼球症」「左外耳道閉鎖」「先天性難聴」「口唇口蓋裂」「多指症」「停留精巣」「動脈管開存」「脳低形成」。かなり重篤である。朝陽君は生後7カ月だが体重は5キログラムも無く、鼻には細い胃管が挿入されており、酸素モニターにつながっていた。脳ができあがっていないため、見ることも、聞くことも、声を出すこともできない。
私が始めて朝陽君の自宅を訪問したのは2012年6月27日だった。母親の桂子が出迎えてくれて、部屋を案内してくれた。
桂子にとって一日の区切りは朝の6時だ。朝陽君の痰の吸引、おむつ替え、そして体位の交換から毎日が始まる。朝陽君のケアと同時に家事もスタートするのだが、彼女にとって最も手がかかるのは痰の吸引である。痰が増えてくれば喉がゴロゴロし、サチュレーション(酸素飽和度)が低下してアラームが鳴る。痰の吸引は1時間に1回くらいの頻度でおこなう必要がある。痰の分泌が多い時は30分に1回となる。
吸の吸引に昼も夜も関係ない。桂子は、アラームが鳴れば目を覚まし、アラームが鳴らなくても朝陽君の喉元でガーッという大きな音がすれば目を覚ます。だから当然熟睡はできないし、毎日が徹夜に近いケアになる。
朝陽君の栄養は、胃管から注入される「ラコール」という名の総合栄養剤だ。ラコールの容器の入れ替えを7時、11時、15時、19時、23時におこなう。これに合わせておむつを交換する。
桂子はこうして終日朝陽君と一緒にいる。週に1回訪問看護の合間に30分だけ自由な時間が生まれるため、ここで買い物などに出かける。朝陽君のケアに追われその合間に家事もこなしていくが、「私はそんなに器用じゃないんです」と、熱心に家事をやっている訳ではないと言う。でも私は、それは謙遜だと思った。やはりこの家はきれいにまとまっている。闘病に追われて、室内が荒れている様子はまったく見られない。
夫婦には明るさがあった。2人の子どもがいて、そのうちの弟は障害を持っている。だから毎日ケアをしているということが、彼ら夫婦にとって当たり前の行為なのだ。
3 朝陽君の運命
私は父の展利に質問した。
「重い病気ですよね。障害も残る。成長するかどうかもわからない。受け止めることができましたか?」
「どんな姿であっても朝陽は朝陽です。治療を受けるのが当たり前ですし、実際、先生方はとてもよくしてくれました。僕が病院から言われたのは、『朝陽君を自宅へ連れて帰りましょう』ということと、『奥さんの心のケアをみんなで考えていこう』ということですね。だからそれをそのまま言葉通りに受け取りました」
「もし、朝陽君の具合が悪くなっても人工呼吸器は付けないと決めてあると、私は海浜病院の先生から聞いています」
このことは、はっきり言えば、私が地元での主治医を引き受けた理由の大きな部分を占めている。だが今、私が知りたいのは、夫婦が朝陽君の生命をどのようにとらえているのかということだった。
「はい。その通りです」と展利は、はっきりと返事をした。
「その決断はかなり大きなものだったと思いますが、いかがですか?」
「……僕の中では、それ程大きくないですね。家内に尋ねたら、彼女もそうだと賛同してくれたので、同じ気持ちなんだなと思いましたね」
「その気持ちというのは、器械によってまで生かされたくないということですか?」
展利はちょっとの間、言葉を探した。
「そこまでして……支配されたくないというか、振り回されたくないというか、人工呼吸器というのは、僕らには無縁なものと思っています。ただ、考え方は変わるかもしれない。でも今の段階ではそう思っています」
展利は、朝陽君の命を丸ごと受け容れている。染色体異常も多発奇形も、それらを朝陽君の人格の一部と考えている。13トリソミーという障害は、展利にとって乗り越えるにあたってそれ程高い山ではなかったのだろう。
展利「短命という説明はわかりますけど、うちの子にそれが当てはまるかわからない訳ですよね。彼の生きる力がどれくらいあるかによるし、先生方のお力添えもあると思います。だから、どうなるか決まっているということではない。それより、僕ら夫婦でできることは何なのかということを考えますね。もし短命と言うならば、その短い命の間にできることは何だろうと」
展利は、死と向き合うことに今の段階では意味を認めていない。短命という言葉に囚われるのは、彼の生き方にはそぐわないのかもしれない。
一方の桂子は、初めて医者の口から短命という言葉が出た時、気持ちが深く沈んだと言う。
「短命と言われて、それはそうだろうなと思いました。これだけたくさんの障害があって、長く生きられるはずがないと思ったんです。いわば未完成のまま産まれてきたような状態ですから、短命でもしかたないかなって。それに……もし長く生きても辛いだけかなって」
「朝陽君を自宅に連れて帰ってよかったですか?」
桂子が大きな声で答える。
「それはもう当然です。家に帰って願いが叶った訳ですから。用意していた服も着せてあげられたし、家族もそろったし。もし、一度も家に帰れなくて、あのままNICUで命を落としていたら、私は立ち直れなかったと思います」
短命という言葉に、展利と桂子は押し負かされていない。展利はそれを無視し、桂子は自分を納得させて乗り切ろうとしている。夫婦にとって短命という宿命は、今の段階では正面から向き合うものではない。朝陽君がどんな状態であっても、自宅へ連れて帰って一緒に暮らすことが展利と桂子の最低限の望みであり、それが実現している以上はこの形を誰にも壊されたくないのだろう。
だから、「もし朝陽君が健常だったならば」「もし短命でなければ」という仮定の質問には、何の意味もない。短命だからと言って、朝陽君の命に意味がないと思っている人間は、朝陽君の周りにはいない。
4 治療方針
議論を難しくしているのは、小児外科と成人外科の間で異なる治療方針だ。大人の医療は救命をすればいい。しかし、生きられない子どもに対して、医学の名のもとにメスを入れてはいけない。生き延びない命を助けてはいけないという倫理が、小児外科にはあるのだ。
そうはいっても、13トリソミーでも症状は一人ひとり違う。
仁科医師は、トリソミーの赤ちゃんを救命すべきかについて、こう述べている。
「手術を受けると、手術のあとで人工呼吸器管理になってしまう。もしその期間を乗り越えて、赤ちゃんが元気になればいいのだけれども、もし、人工呼吸器を付けている間に亡くなってしまえば、親との触れあいの時間を減らしたことになります。それはよくありません。だから、手術をおこなうことで、親子が一緒にいられる時間が増えるのか、減るのか、それを考えるということが、一人ひとり違うと言った理由なんです」
「どうしても諦めざるを得ない命があるのも事実です。手術をしないというのも立派な選択です。しかし手術を受けないと親が結論を出す時は、その最後の決定は医師がすべきです。だってご両親は、お子さんの思い出と共にずっと生きていく訳ですよね。あとになって手術をお願いしておけばよかったと後悔することもあるかもしれません。そういう心の重荷を親に負わせないように、形としては、最後は医師が決めるようにすべきです。親が手術をしないでくださいと言ったからそれに従うという態度は、小児外科医としてはいけないと思います」
短命だから意味がないというわけではない。短くてもよりよく生きるためにはどうすればいいか。それを外科医と家族は少ない時間の中で見出していく必要がある。
5 誕生死した子
トリソミーという病気の核心にあるのは「短命」という宿命だ。その短命が最も顕著に現れるのが、「誕生死」である。
公美さんは43歳で妊娠した。羊水検査、胎児超音波検査で赤ちゃんがダウン症で、かつ腕に奇形があり、心臓と肺に重篤な病気があることが発覚する。その後生存の望みは極めて薄いと宣告された。その後検査の結果で18トリソミーであることが分かり、病院は赤ちゃんが産まれてきても治療を行わないという方針を固めた。
産科医師チームのうちの一人は、公美さんにこう言った。
「生きられないとわかっている赤ちゃんに治療を施したとして、それには一体どういう意味があるんでしょうか?苦しみを長くするだけですよ。それより自然な形で看取ってあげて、天寿を全うするほうがいいのではないでしょうか?」
決して冷たい言い方ではなかった。患者家族を思いやって、親身になって言ってくれる。質問を投げかければ、どんなことにも丁寧にわかりやすく教えてくれる。この医師の誠意や優しさには何の不満もなかった。だが、赤ちゃんを治療しないという判断には納得できなかった。
公美さんはその後、「18トリソミーの会」に入会した。そこでセカンドオピニオンの勧めを受け、治療を行ってくれる別の病院へ入院した。
妊娠33週目、公美さんは破水した。そのまま緊急帝王切開を受け、赤ちゃんを取り出した。
公美さんは手を伸ばして赤ちゃんに触れた。おそらく、生きているうちに赤ちゃんに会わせてくれたのだろう。だけど普通の病院ならば、ここまでのことはしてくれないだろうと、医療関係者でない公美さんにも簡単に理解できた。医師たちの心遣いが本当に嬉しかった。医師たちは、「赤ちゃんの治療を続けます」と言ってNICUに引き返して行った。
しかし、赤ちゃんは自分の力では心臓が動かない状態だった。心臓マッサージは胎児に負担がかかると判断し、公美さんの了承を得て心臓マッサージを中止。その後赤ちゃんは、息を引き取った。1時間24分の命だった。公美さんは、赤ちゃんに「有希枝」と名付けた。
有希枝ちゃんの生命の誕生から終焉までを通じて、公美さんは何を思ったのだろうか。
「A病院の産科の先生からは、『人工呼吸器につながれるのは苦しい、無理に生かすのは苦しみを増すだけ、それよりもお母さんの胸に抱かれ自然に任せる方がいいのではないか』と言われました。それも一理あります。だけど、18トリソミーの会の親御さんたちの手記を読むと、必ずしもそうじゃないんです。人工呼吸器になったり、気管切開になったりした子もたくさんいますけど、『最近、うちの子が笑うんです』っていう言葉が出てくるんです。笑うって大事です。生きててよかった、幸せだって赤ちゃんが言っている一番の証拠だと思うんです。苦しみの中にも、笑う可能性がある子に対して何もしないで否定してしまうというのは、私にはできませんでした」
6 幸福の形
朝陽君が産まれて2年が経った。
桂子「朝陽にとっての幸せの意味とか、私たち家族にとっての幸せの意味が本当にわかったのかどうか、正直なところはっきりしません。もしかしたら、私たち夫婦の人生が終わる時にならないとわからないかもしれませんね。だけどこれだけは間違いないと思ったことがあるんです。それは、普通が一番大事だということです。家族全員が家の中に集まって、家族全員が笑っていることがどれだけ素晴らしいか、それをつくづく思い知らされました。何か一つが欠けてしまうと、普通の状態はすぐに崩れてしまうんです。私たちの日常の普通ってものすごくもろい所でぎりぎりにバランスをとっているような気がします」
「朝陽が何か特別な表情をしたりすると、それを頭に焼き付けておこうと咄嗟に考えます。自分が感じた気持ちを取っておこうとします。いつかこの顔を見ることができなくなるという意識がありますから。生きることの意味を深く追求するというよりも、今、こうして生きているのだから、その命を精一杯生きることが大事だと思います」
障害新生児を授かるというのは誰にとっても耐えがたい不条理な苦痛である。しかしだからと言って、子どもを手放したり家庭を捨ててしまう親はほとんどいない。逃げることは叶わずその辛さに向き合わざるを得ない。長い時間をかけて、受け容れたり反発したりしながら、徐々に前へ進んでいく。医療関係者はそのことを知らなければならない。建前だけの倫理で家族を説得し従わせるのは実は倫理的ではない。時間はかかっても、両親はやがて新しい価値基準を構築し始めるはずだ。家族が悲哀の底から立ちが上がるのを待ち続ける根気を、医師は持たなければならない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
温かみに溢れていました。読んでるときは、自分の気持ちの波が高いところにあって、溢れそうで、グッと堪える時もありました。
家族がどう思っているか、一緒に生きていくのか、そしてお医者さんがどう考え、寄り添うのか…。
著者の文章が自分にも刺さり、考える1冊でした。
出会えてよかった本です。 -
命について考えさせられた。
子どもが生まれて毎日幸せを感じつつ、もし自分の子どもが、、と想像したときに自分はこの本に出てくる両親の様に子どもを受け入れることができるのか。
障害、というものを理解しながら育ってきたが、結局当事者にならないと本当のことは分からない気がする。
家が欲しい、子どもがほしい、ブランドのバックがほしい、何もかも揃っていることが幸せ、と思いがちだけど、幸せの定義を見直すきっかけになった。 -
読んでよかった。会う人全員に薦めたい本。
どの親子の話も胸打たれるものがあったが、誕生死のエピソードは本当につらいものだった。医療職として、こんな思いをさせてはいけないと強く思う。
正直うまい感想がいまは出ない。何度か読まなければいけないと思う。 -
筆者のコラムなどはよく読んでいて、医師としての視点と同列にソーシャルワーク視点が必ずあるのが好きだ。
本書が小学館ノンフィクション大賞を受賞したとは知らなかった。好きな筆者の本ということで手にした。
本当に深い。
仕事柄、障害児・者とそのご家族に日常的にお会いする機会があり、できるだけ彼らの気持ちに寄り添い、彼らが自分らしく生きられるようお手伝いするべく努力しているつもりだった。
だが果たして、私は一体彼らの何を理解できていたのだろうかと思わずにいられない。いや、理解などとおこがましい思いは持たずにいたつもり、でも自分ができ得る努力は惜しむまいと努めていたつもりだったが…。彼らの本当の思いを知るなど、叶わないのかもしれないと改めて痛感せざるを得なかった。
でも、だからこそ彼らの話を丁寧に聴かなければ、彼らから教えてもらわなければならないのだと、自分の仕事の原点に立ち返ることができた。
わかったつもりになることだけは避けなければならない。
当事者だからこそ到達できる医学とか倫理とかを超越した境地に、それを語る彼らの言葉の重さに、ただただ心を揺さぶられた。
松永医師の「医者の基本は相手の話を聴くこと」という言葉に、対人援助の基本はいつも同じなんだなと改めて強く感じる。
語り口が優しく、選ぶ言葉も平易で非常に読みやすい。
筆者の医師として人としての在り方が文章にもそのまま表れている、学ぶべきことに溢れた作品であった。 -
2019年5月29日(水)摂南大学図書館枚方分館で借り、5月30日(木)に読み始め、6月1日(日)に読み終える。
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生まれた時から短命である定めの、染色体異常の子ども。彼らを育てるって、どういうことだろう。いつ、障害を受け入れるんだろう。そういったことを、小児外科医である著者が障害を持つ子を育てる親に聞き取り、本にした。短命な子だからこそ一日一日が大切で、けれど短命なんてことは考えたくなくて、でもその子を残しては死ねなくて。相反する思いがある中で子どもの生まれてきた意味を見出し、それぞれに幸せの形を見つけている。誕生死した18トリソミーの子の話はとても悲しかった。出生前診断の是非など、考えさせられた。
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生まれてくる命の選択や生まれてからの育てる覚悟と苦労,言葉で大変だという以上の重苦しい人生に読みながら考えさせられました.でも,いろいろな思いを乗り越えて明るく優しく生きる姿にほっとしました.
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泣いた。めちゃくちゃ泣いた。
染色体異常の子を持ち、短命と言われた中での親の苦悩、葛藤、決断、現実的にのしかかるケアの辛さ、不安、それらを経験する中で自分の中の気持ちと向き合い、対話し、時間をかけてそれぞれの接し方を見つけていく。決して悲しい、かわいそうの話だけではない。つらい中でも、自分の子供の可愛さ、ほっこりするような気持ち、ちょっとした成長、回復への喜び、幸せの感情を伝えている。そこには子供を産んだことに対しての後悔は微塵も感じられない。
私も兄妹が染色体異常を持っているので、兄妹の立場としても共感できるところが多かった。
出生前診断に対して一石を投じた作品ということで、非常に内容が濃く、もっともっと多くの人、幅広い人に読んでもらいたい作品です。 -
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まさに副題そのもの。
染色体異常のなかでも「13トリソミー」の赤ちゃんは、心臓の奇形や脳の発達障害があるため、半数が1か月ほどで、ほとんどが1歳までに死亡してしまうとのこと。
「13トリソミー」として生まれた朝陽(あさひ)くんの両親は、目も見えず、耳も聞こえず、ミルクを飲むこともできない、見た目にもはっきりとした障害のある我が子を受け容れ、自宅へ連れて帰り愛情を注ぎます。
そんな短命という定めを負って生まれた朝陽くんの生命力に、多くのことを考えさせられます。
そして、朝陽くんの両親の凄さ・・・自然さが凄いです。
出生前診断なんて、うちの子のときにもあったんだっけ?
ってくらい、記憶が希薄ですが「命を選ぼうとする考え方」に通じるわけで・・・考えさせられちゃいます。 -
朝陽くんのお祖母様の言葉、有希枝ちゃんをカンガルーケアしたお母さんのシーン…涙が止まらなかった。生命の尊さ、有り難さを、感じさせてもらいました。
人間には、いろんな人がいます。発達障害の人、身体的障害のある人、トリソミーで産まれてくる子、みんな、同じ生命。みんな、尊い存在。神様の采配ってすごい。むしろ、トリソミーで産まれてくれたからこそ、周りにはたくさんの学びがあります。ほんとにステキな本でした。ありがとう。 -
短命の運命を背負って生まれた子とその家族のお話しです。
家族はトリソミーという運命をいかに受容したのか、家族にとっての幸せとはなんだろうか・・・
すごく考えさせられる内容です。
自宅介護は想像以上に大変そう。でもその中には確かに愛情や絆、希望がある。
障害があるから不幸ではないし、長生きだけが幸せというわけではない。
家族が揃って普通に笑って暮らせることが一番幸せ、という言葉が印象的だった。
たとえ脆くて危ういものだとしても、この家族は毎日に感謝をし普通に笑って暮らしている。 -
「短命の赤ちゃんに医療行為を行うことはいたづらに命を引き延ばすだけの過剰な医療であり、親にとって残酷なことだ」と考えられていた時代や病院があったということが少し信じられなかった
親と病院の話し合いが大切だと思う -
8月新着
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薬剤師として働いていたとき患者さんに13トリソミーの子供さんがいた。
小児医療センターの処方せんが来る薬局だから本当に重い病気の赤ちゃんが多かったしピリピリしてるお母さんが多くて薬の説明にもずいぶん気を使った覚えがある。
でも13トリソミーの子供さんのお母さんはおおらかな感じで問診票にも堂々と?13トリソミーと病名を書いておられた。
当時13トリソミーについて多少は調べたと思うけど今回この本を読んでそうかこういうことだったのかと改めて気がついた。
こんど小学校に上がるので学校に持っていくラコールの味を毎日変えてあげたいと言われ、希望に答えるよう味の違うラコールを仕入れた。
若い薬剤師は経管栄養なんだから味が変わってもわからないのにって言ったけど。
障害を持った子供を育てる親がみんな強くなるわけではないし美談では決してないと思う。
ただ障害があるから出生前に選別される世の中になるってことは高齢者になってからだが弱ったら選別されることになるのだろうなと思う。強者ばかりが生き残る世の中ってどうなんだろう -
4月初めに読んだ『誰も知らないわたしたちのこと』は、主人公の発言や訳者あとがきの内容などモヤモヤが残った。出生前診断によって「この子が生き延びることは不幸だ」と見なされた胎児が中絶される。
染色体どころか遺伝子レベルでこまごまと調べることができるようになってきて、「この病気をもって生きるのは不幸だ」「この異常があると大変だ」という線引きの範囲は、じわじわ狭まってきてる気がする。ほんとに他人事ではないと思う。
この『運命の子』は、13トリソミーの子をもった家族の話を主軸に、「「短命」と定まっている赤ちゃんを育てることで、家族はどのような形の幸せを手にすることができるのであろうか」(p.18)という、著者自身の疑問に取り組んでいる。幸せとはなにか、何をもって幸せといえるのか、この本に出てくる家族もまた考えている。
発生の過程で、通常は女親と男親から23本ずつ受け継ぐ染色体がなにかの拍子で数の異常を起こした場合、多くは流産や死産となる。だが、13番染色体、18番染色体、21番染色体が3本ある(トリソミー)胎児は、必ずしも流産にならず、生を受ける。
21トリソミー(ダウン症)は、およそ1000人に1人の割合で産まれてくる。医療レベルが上がって、ダウン症の人が大人になり、老いることは当たり前になっている。だが、13トリソミー(5000~11000人に1人の割合で産まれる)、18トリソミー(3500~8500人に1人の割合で産まれる)は、同じ染色体異常とはいってもダウン症とは異なり、複雑な奇形を多発することが多く、赤ちゃんの命は長くないことが多い(1歳を超えて生きる子は全体の10%という)。
日本の新生児医療のなかでも、13トリソミーや18トリソミーは積極的な治療はおこなわない疾患とされ、いわば見捨てられてきた病気だった。著者自身、治療をやめるどころか赤ちゃんの死に加担するようなことを1度だけやったことがある。「私の両手に罪悪感が貼り付いた」(p.16)と本の冒頭にある。
大学病院を退職したときに、著者は大きな悔いを抱えていた。重い奇形や障害をもって産まれた赤ちゃんが、もし自分の子だったら…他人の家族には説得して命を長らえるための手術の同意を得る一方で、もし自分の子だったら障害児を引き受けるのを拒否するのではないか…そんな不安が漠と胸にはあったものの、結局その自分の心と正面から向き合うことはなかったと。
▼障害児を授かるとは一体どのようなことなのだろうか。その不条理な重みに人は耐えられるのか? 受け容れ、乗り越えることは、誰にでも可能なことなのだろうか?(p.19)
この問いかけに答えるために、著者は、13トリソミーの赤ちゃんの家族の言葉に耳を傾けた。開業医となってから、自宅に帰る朝陽君(13トリソミー)の地元の主治医を頼まれた著者は、朝陽君の家族の歩みを中心に、様々な障害児の家族の話も交えて「命を巡る会話」を重ね、この本を書いた。
産まれてきた子に障害があると知った親御さんやきょうだいの話、悩みや迷い、そこから考えなおすいのちのこと、障害のこと… 印象に残る箇所がいろいろあった中で、退院して1年経ったときの朝陽君のお父さんの話がいいなと思った。
▼展利[=朝陽君の父]はネットを介した情報は要らないと言う。朝陽君の誕生日に13トリソミーを検索して以来、彼は一度もネット検索をしていない。ネット情報に意味がないとは言わないが、自分には必要がないと考えている。なぜならば朝陽君は、知識としてでなく、実在する人間として目の前にいるからだ。
ネットで知識を得るよりも、朝陽君のここを触れば足が動く、あそこを突けば表情が変わる、そういうことを発見していくことの方が、意味があると展利は考えている。(p.162)
「知識としてでなく、実在する人間として目の前にいる」、それが親の目なのだろうと思う。(「知識として」目の前にいる人を見る医者は、おそらく多いのではないかと思う)。
その時点では、口蓋裂の手術や人工呼吸器を望まないという父の展利に、著者は「意地悪な質問をする訳ではありませんが」と、ゴーシェ病の子のお母さんがしてきた選択(人工呼吸器をつけての在宅)を紹介して、「朝陽君が苦しい思いをしても、今の決意は変えませんか」(p.163)と訊いた。
その問いかけに「変わっていくと思いますよ。あくまで今はそう思っているというだけであって、気持ちは変化しても当たり前だと思っています」(p.163)と答える姿勢も、いいなと思った。
ゴーシェ病の子をもつ親御さんの話のところでは、「治らない病気」を持つ子の親の気持ちとは…というのがあった。13トリソミーや18トリソミーは「致死的な染色体異常」と言われることもあるようだが、ここを読んで私は(人間みんないずれは死んでいくし)と思い、しかし本のタイトルにもなっているように短命という「運命」で死に至るだろうという点では、「治らない病気」のままで生き延びることは難しいから「致死」といった言葉が使われるのだろうかと思った。
母が神経難病だと診断されたとき、「この病気では死なないけれど、感染症などが命とり」と言われたことを思いだす。病気の進行の速さから、母には平均寿命は世界一というような長命は望めないのだろうと思ったことも。
それでも、歳の順からいえば、子よりも親のほうが先に死ぬ。親は、親となった時点で子よりも長い人生をすでに生きている。「治らない病気」を持ち、短命という定めを持つ子の生涯を親御さんが見続けるのと、この先は短命であろうという親を見るのとは、やっぱり違うかなとも思う。
『運命の子』は、著者が自身を振り返り、自分の心のうちをしっかりと掘り起こした率直な文章にいろどられている。この著者の姿勢があるから、私は『誰も知らないわたしたちのこと』を読んだときのようなモヤモヤした気持ちにならずに読めた気がする。「あとがき~何を感じながら執筆したか~」で、先を見通せなかった自分について、著者はこう書く。
▼それは、私が確固たる生命倫理観を自分自身の中に築いておらず、きちんとした準備もせずに、話を聞き始めたからだろう。そして朝陽君の両親の言葉を耳にしてすぐに、私は大変な不安感にとらわれた。それは朝陽君の周辺にいる人間の中で、13トリソミーという障害に対して最も偏見を抱いているのは、医者たる自分自身なのではないかと疑い始めたからである。(pp.216-217)
「倫理は思弁ではない、行動である」(p.219)と著者は学んだ。時に親御さんの話を聞きながら涙を落としそうになり、家族が辛さに向き合って前へ進んでいくのを待ち続ける根気を医師は持たなければと、自らの学びを心をふるわせながら綴る。
▼誕生死した18トリソミーの赤ちゃんの物語は、両親に話を伺いながら落涙しそうになった。そんな自分を医者として甘い姿勢だと感じたが、澄んだ心で自分は患者家族に学べばいいと思い直した。…(略)…
障害新生児を授かるというのは誰にとっても耐えがたい不条理な苦痛である。しかしだからと言って、子どもを手放したり家庭を捨ててしまう親はほとんどいない。逃げることは叶わずその辛さに向き合わざるを得ない。長い時間をかけて、受け容れたり反発したりしながら、徐々に前へ進んでいく。医療関係者はそのことを知らなければならない。建前けの倫理で家族を説得し従わせるのは実は倫理的ではない。時間はかかっても、両親はやがて新しい価値基準を構築し始めるはずだ。家族が悲哀のそこから立ちが[ママ]上がるのを、待ち続ける今期を医師は持たなければならない。(p.218)
昨年春から実施されている新型出生前診断で、染色体異常が「陽性」と出れば現状ではほとんどが妊娠中絶を選んでいるという。調べるということ、科学技術が進むということ、病気を「治す、治療する」ということ、病気が治らないということ… この本を読みながらそういうことをまた考えて、「運命」に人間はどこまで手を加えることができるのか、「運命」をどう生きるのかと思った。私自身も。
(4/28了)
*4月初めにネットで掲載された著者インタビュー
新型出生前診断で問われる"命の選別"
「13トリソミーの子」と家族に寄り添う医師、松永正訓さんに聞く
http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/02/trisomy_n_5074329.html
著者プロフィール
松永正訓の作品
