逆説の日本史4 中世鳴動編(小学館文庫): ケガレ思想と差別の謎

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  • 小学館
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レビュー : 43
  • Amazon.co.jp ・本 (438ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094020045

作品紹介・あらすじ

封印された歴史をウラ側から読み解く第4弾!

日本人の「平和意識」には、ケガレ思想に基づく偏見があり、特に軍隊というものに対する見方が極めて厳しく、「軍隊無用論」のような、世界の常識では有り得ない空理空論をもてあそぶ傾向が強い。また、差別意識を生むケガレ忌避思想を解明し、その精神性の本質に迫る。第一章/『古今和歌集』と六歌仙編・"怨霊化"を危険視された政争の敗者、第二章/良房と天皇家編平安中期の政治をめぐる血の抗争 ほか全七章。解説・川村亨夫。

感想・レビュー・書評

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  • このシリーズを読んでいて痛切に感じるのは、「やっぱり週刊誌の連載記事だった本なんだなぁ」ということです。  と言うのもこのシリーズを読んでいると、連載当時のTVやら新聞やらでどんなことが騒がれていて、どの政党が政権を取ってどんな政治を行っていたのか?がそこかしこに見え隠れするんですよね~。  で、その時点で著者がどんな立ち位置で何を考えていたのかはそれこそ鬱陶しいほど力説されているんだけど、テーマとしている話の焦点がボケがちと言うか、置いてけぼりを食らいがちと言うか・・・・・。  もちろん最終的にはそのテーマに戻ってくるし、それなりの結論は出ているんだけど、読了後に強く印象に残るのはクドクドと語っていた「時事的話題」になってしまう・・・・・。

    歴史現象と現代を比較して、日本人という民族が持っているある種の特質についてあれこれ考察するという著者の姿勢には感銘を受けるし、目の付け所も面白いと思うんだけど、その自己主張があまりにもくどいために「歴史考察としてのバランス」を著しく欠いていて、逆に彼が主張する仮説そのものまでもが胡散臭く感じられちゃう(要するに自分の主張を強弁するためのぶっ飛び仮説に見え始めてしまう)副作用を読者に与えているような気がします。  

    そういう意味では話は面白いんだけど酒癖のやたら悪いオヤジにつきあわされて、ご高説を延々と聞かされる羽目に陥って、結構うんざりしてしまっていて、とは言いつつも、ところどころに入る「トリビア的話題」だけはやたら面白くて、次に誘われたらきっと又一緒に飲みに行っちゃう(但し、「トリビア的話題」以外のところは聞き流しておけばいいや・・・というスタンス)んだろうなぁと思っている・・・・・というのと近い感覚で、このシリーズを読み進めているような気がします(苦笑)

    第3巻でも散々聞かされた「憲法改正論議」及び「自衛隊違憲論」に関する著者の主張自体はそこそこ説得力もあるし、汲むべきところもあると思うけれど、とにかくくどくて、しつこい。  因みに KiKi 自身はある程度のところまでは井沢氏の意見に共感するところもあるんだけど、彼があっさりと言ってのけている「シビリアン・コントロールを効かせる必要性はある」というところが問題だと思っていて、その一言で済ませられるほど簡単なことじゃないだけに、「あるべき解」が見つけられないと悶々として早○十年っていう感じなんですよね~。  

    ま、それはさておき、著者も本書で何度も語っているように「藤原摂関政治の時代」っていうのは「庶民的リアル感」からはかなりかけ離れているということもあって、KiKi 自身あんまり興味を持ったことがなかった時代だっただけに、色々と面白い発見がありました。(特に藤原氏中興の祖、良房の記述等)  読み物としてかなり面白かったのは「六歌仙とはいかなる人たちだったのか?」の章で、百人一首でお馴染みの彼らが中央政権ではどんな立ち位置の人たちだったのかは、いずれ KiKi も自分なりに探ってみたいなぁと感じました。

    もう一つ面白かったのが「源氏物語」に関する考察です。  KiKi も小学生の頃、当時放映されていた大河ドラマの影響で「平家物語」に興味を持ち、その後「源氏物語」という物語があることを知った時には当然「源氏物語」は「頼朝の祖先にあたる源氏の物語に違いない」と思い込み、その後古文の参考書みたいな抜粋版 & 現代語訳付の本で読んでみたら、頼朝とはまったく関係のなさそうな天皇家の話であることにビックリしたことがあります。

    その後、「桓武平氏」とか「清和源氏」という言葉を知り、その流れで「光る源氏の君」という設定にも何となく納得していたようなところがあるんですけど、この本を読んで初めて「源氏」という素性の方々と藤原摂関家の確執みたいなことに思い至り、そこから著者お得意の「鎮魂思想」に結びつけているあたり、若干強引な感じもしないでもなかったけれど、それなりの説得力もあって、いずれ KiKi 自身もこの時代の歴史をもう少し学び直したうえで考察してみたいテーマだなぁと感じました。

    実は KiKi は昔からこの日本文学の傑作とされる「源氏物語」が苦手でねぇ。  要するに皇族出身のプレイボーイがあっちこっちの女性にちょっかいを出して、挙句、因果応報、女三宮の不貞に苦しむという話のどこが面白いんだか・・・・と思っていたようなところがあります。  もちろんここで描かれている平安王朝絵巻(王朝風俗)にはそれなりに興味を持ちつつも、そこに溢れる「生活実感の乏しさ」みたいなものが何となく不快だったし・・・・・。  そういう意味では著者ではないけれど、「こいつら、いわゆる政(まつりごと)をいつしているんだ??  『いとをかし』どころじゃないだろう!!  趣っていうのはないよりあった方がいいけれど、それでお腹はいっぱいにならないんだから!!」とさえ思っていたようなところがあるし・・・・(苦笑)

    「ケガレ」という概念に関しては、このシリーズの中で平安時代になって突如として出してきたのがちょっとなぁ・・・・。  個人的には KiKi も日本人の精神構造の中核にあるものはこのシリーズに出会う前から、井沢氏のいう所の「怨霊信仰」「言霊信仰」「ケガレ忌避信仰」にあると思っていたんだけど、この巻で「武士の誕生」の話が出てくるまでこの「ケガレ」に関する記述がほとんどなかったのがちょっと中途半端な感じがするんですよね~。

    個人的にはこの「ケガレ」という概念は、縄文期から弥生期に至る過程で生まれてきた概念なんじゃないかと思っているし、ついでに言えば「霊」と「穢れ」は表裏一体の概念なんじゃないかと思っているんだけど、いずれにしろ「古事記」の世界にも「穢れ」と「禊」を思われる記述があるぐらいなんだから(イザナギの黄泉の国からの帰還時とかスサノオの狼藉とか)やっぱり著者が言う「古代人の感覚」を大事に歴史を考察するのであれば、更には「逆説の日本史」の精神で言うならば、通説的にこの概念の流入期とされる平安期にこの「穢れ」を出してくるのではなく、もっと遡って欲しかったなぁ・・・・・と。

    さて、次は「源平合戦」から「武士の時代」へ進みます。

    (全文はブログにて)

  • こういう歴史の見方もあるのか!と毎巻楽しんでいる。藤原摂関、院政、武士平家まで。
    言霊当たっているなあ。天皇、殿上人と武士の位置付け、穢れの忌避など、こういう視点で見て来なかった。

  • 第4巻では、3巻に引く続いての言霊信仰と新しく怨霊信仰が取り上げられている。

    本を読めば読むほど、昔の天皇家は継承のために殺し合いまでしてたんだなと思うし、それに伴って祟りを強く怖がるのだなぁと感じる。

    4巻まで来ると、日本人の根底に流れる文化、言霊信仰、怨霊信仰、そして和の重要性。を歴史自体からも感じられるし、自分の生活がいかに影響を受けているのかを実感する。

    4巻では憲法9条があるから平和だ!と唱える人たちを言霊信仰の象徴であるとして批判するが、よくよく考えてみればその通りである。

    綺麗事で済まされる世界じゃない。

    そりゃ、誰だって戦争して殺し合いたいなんて事はない。けど、自国民のことを考えれば、守らなければいけないものがある。

    それを他国に任せたりして、もし守られなかったらどうするの?っていう事だ。別に侵略されても良いというのであれば良いけれど、そうじゃないならそのままじゃいけないのだ。

    自分も昔、綺麗事で飾っていた時代もある。

    世界平和、貧困のない世界など理想を掲げることは本当に大事だ。理想が無ければ、向かう方向が分からないから、そもそも前進できない。

    が、その中でどのように折り合いをつけるのかがポイントだ。理想に近づこうとしたからこそ、上手い折り合いがつく。

    その折り合いを現実に即した形で考えないといけない。

    なんども言うが、誰も戦争はしたくない。でも、守りたいなら守らないといけない。

    誰も泥棒に入って欲しいと思わない。でも窓の鍵は閉める。そう言うことなんだ。

  • 時々読んでみるかなぁ、と思出すわけだけど、毎回、おおうっ、と膝を打つわけですよ。ともかく日本人ならではの感覚がうまいこと説明されてて、気にいる人もいれば気に入らない人もいるだろうけど、納得させようとぐいぐい迫ってくる。
    といっても納得させられるのは、自分がそもそもアンチ穢思想であって、いや、まぁ多分だけど、落ちたものは3秒経っても食べるし、汚れてないのに上着を洗濯しないし、まぁケチなんかもしれんけど。こういう話題は知恵袋あたりじゃ盛り上がるネタだもんなぁ。
    そんなこんなでたまに読んでも脳にシワが増える感がたまらんのです。後は、天皇の世代交代とか話が全然ついて行けないので、そこが面倒なのをどうにかしたい。やっぱないとダメなん?

  • とても面白いそうだ。

  • 文体が読み難い

  • ・六歌仙,歌仙方式的鎮魂:因惟喬親王失去繼承權而失勢、被流放成為怨靈預備隊
    ・言霊ー文字本身具有可動天地之超自然力量,而歐美相反則是超自然力量給人啟發。桓武廢除軍備而之後武人(用司兵)擊退外敵但不受獎賞,關鍵在於言霊信仰,因為古人認為天災戰爭是怨靈造成,「平和平和と歌で読めば、この言霊の力によってあらゆる神や怨霊がなだめられ、.....歌の力でこういう悪霊をなだめておけば、そもそも侵略など起こりえない。従って、そういう宗教を信じている人間から見れば_....武力によって刀伊を撃退したことは「余計なこと」だったのである。」
    ・言霊教国→まず侵略の可能性があるなどと想定すること自体許されない。言霊の世界では言えば「実現する」のだから、そういう不吉なことはコトアゲできない
    ・「顕幽分離主義」(認可大国主命在幽界王權也替他蓋宮殿,但他無法影響縣市支配)
    ・歷史研究家常常忽略歷史上人物的思想背景。
    ・「西洋には偉大なる精神を小説で表現できるという思想がある。こういう思想的な背景があってこそ小説は発達する」。中國儒家傳統歧視小說(這個字本身就是虛構不入流之意,羅貫中寫小說據說三輩子生出啞巴),因而為何日本當時受中國影響如此大,小說卻可以發達?
    ・物語り是霊語り,也是一種鎮魂方式,源氏一族是藤原氏爭權的手下敗將,道長之所以容許並贊助這個以自己政敵為主角(甚至在其中擊敗政敵且成為准太上天皇)的小說(近世之後活其他國家都不可能)。「怨霊が架空の物語の中で如何に活躍しようと、いや、むしろ活躍すればするほど怨霊を気分を「よくし」て祟りがなくなる。即ち鎮魂になる。だからこそ道長は「処罰」もせずに、むしろ積極的に紫式部の政策を応援していだのだ」「怨霊信仰こそ、日本の政治、文化を動かす原動力だからである」。頗有道理,這樣北野天神緣起絵巻就很有說服力。
    ・後三条天皇開始院政,以這個制度天皇再度奪回實權
    ・為何戰爭不會消失當然和貧困飢餓有關,但那透過援助還可以解決,「問題は宗教(及びイデオロギー)である。日本人は「話し合い」が大好きで、何でも話し合いで解決できると思いこんでいるが、実際に宗教の問題はまず話し合いでは解決しない。なぜなら各宗教ごとにそれぞれの「正義」があり、その「正義」は「神の命令」であるから、人間の勝手(つまり話し合い)では、変えられない、いや変えてはならないからだ。その正義を貫くためには、これもまた日本人の大好きな平和を擲ってでも戦う、つまり戦争するということも辞さないのである。人間を動かすのは合理的な概念だけではない。非合理的な概念も、それが非合理的であるからこそ強く人間を動かすといことである。」
    ・ケガレ的思想(例如專用餐具),特地創検非違使(令外官),處理犯罪和清掃。現在的自衛隊也是這種令外官般的存在。ケガレ走太過頭就會導致認為政治都是髒的,就採取完全無為的態度(天皇與平安貴族),髒事讓武將去做就好。ケガレ的概念就是差別的源頭。
    ・不喜歡教科書中出現反歧視教育的人→物事を直視せずに、むしろ無視する、つまり無い事にすれば実体もなくなる。(把穢多這幾個字除掉就沒事了)不思及轉型正義,只想要「水に流そう」
    ・和平乍看之下只是戰爭的反義,但其實需要龐大的努力和計算,甚至可能還有髒活(例如家康殺掉秀賴,義滿欺騙南朝),戰爭也不是絕對的惡(這是目前教科書的教法)。日本人討厭ケガレ,認為和平是「キレイなもの」,所以認為處理ケガレ的軍隊絕對不是什麼好東西,排除軍隊想要和平這不過是一種迷信,正義不會必勝,而正是這種平和主義者讓希特勒崛起。
    ・司馬遼太郎(風塵抄):「平和とは、誠にはかない概念である。単に戦争の対語に過ぎず、"戦争のない状態"をさすだけのことで、天国や浄土のような高度な次元ではない。あくまでも人間に属する。平和を維持するためには、人脂のべとつくような手練手管が要る。平和維持にしばしば犯罪まがいのおどしや、商人が利を逐うような懸命な奔走も要る。さらには複雑な方法や計算を積み重ねるために、奸悪の評判までとりかねないのである。例として、徳川家康の豊臣家処分を思えばいい。家康は三百年の太平を開いた。が、家康は信長や秀吉に比べて人気が薄い。平和とは、そういうものである」

  • 軍隊が公式上はない日本。それは平安時代も同様だった。その軍隊の不在が武士を世を生み出した。これからの日本は…




     平安時代編。藤原政権の最盛期。しかし藤原は一人勝ちじゃあなあったんだな。というのが良くわかる。藤原氏も苦労して地位を独占していたんだ。そして当然恨みを買って、地位を脅かされたり、後半には天皇の逆襲を食らって、院政というシステムが始まってしまう。

     後三条天皇という一見知名度の低い天皇が歴史の転換期に活躍したのが良くわかる。後三条天皇にすごく興味を引かれる話だった。

     小説が蔑称だというのは目からうろこ。そうなんだよね。なんで「小さい説」なのか全然イメージできていなかった。


     武士が生まれた理由は、改めて詳しく学べたって感じがした。後三条天皇の政策のおかげで源氏が復権していたというのもとても良い歴史知識だった。

  • 藤原氏の摂関政治から、武士の台頭する院政期までを扱っています。

    著者は、藤原氏の政治上のライヴァルであった源氏を主人公にした『源氏物語』にも、怨霊の鎮撫という理由があったのではないかという主張をおこなっています。また、武士による政権が確立するまでの紆余曲折に、ケガレ思想が影を落としているという、興味深い視点からの考察が展開されています。

  • 第4弾。藤原摂関家とはどのような性質なのか。その本質は天皇家の寄生虫である。このひと言で全てを理解できてしまうほど、明快で的確な指摘である。律令制度が禁止していた土地の個人所有を荘園によって骨抜きにし、個人所有の土地を守るために武装集団が必要となり、やがてその武装集団が公家政治を脅かす存在となっていく。その武装集団の頂点として平家が誕生し、平家が政治の実権を握っていく。この時代のキーワードは墾田永年私財法から始まる、土地の個人所有になるだろう。

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著者プロフィール

1954年、名古屋市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、TBSに入社。報道局在職中の80年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞。退社後、執筆活動に専念。独自の歴史観からテーマに斬り込む作品で多くのファンをつかむ。著書は『逆説の日本史』シリーズ(小学館)、『英傑の日本史』シリーズ、『井沢元彦の激闘の日本史』シリーズ(ともにKADOKAWA)など多数。

「2019年 『動乱の日本史 南北朝対立と戦国への道』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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