仮面の商人 (小学館文庫 ト 2-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094060348

作品紹介・あらすじ

フランスの巨匠が出版界を描く驚くべき傑作

この長篇小説は三部構成になっている。
まず第一部は、作家志望の若いヴァランタン・サラゴスの視点で描かれる。まるでバルザックを思わせる、社交界とマスコミ(出版社・新聞社)、そして有名無名の作家、批評家たちがうごめくパリの人間模様が活写される。もちろん上流夫人との恋愛もたっぷり。
驚くべきことに、読者の予想を裏切って、第一部は主人公の自殺で幕を下ろす。
そして第二部。無名の作家サラゴスは、皮肉なことに死後有名なベストセラー作家になっている。語り手は、サラゴスの甥のアドリアンである。彼はサラゴスの評伝の執筆にとりかかっている。生前の叔父を知る人々を訪ね歩く(読者は第一部の登場人物たちが語る「嘘」あるいは「記憶の改変」に愕然とする)。この第二部は、20世紀の新しい文学(モダニズムとミステリ)の手法で描かれる。そして、短いが鮮烈な第三部がくる。
純文学というよりはエンタテインメントというべき長篇小説である。
見事なストーリーを小笠原豊樹の名訳で楽しめる最高の贈り物。

感想・レビュー・書評

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  • 「えっ、今ごろトロワイヤが出るの?初訳?復刊?どっちでもいいけど、とにかくタイトルがカッコいいんですけど!」と新刊情報で即買い。平野甲賀さんのカバーデザインも、今どきのアニメっぽい装丁が主流となりつつある各社文庫本のなかで光っている。

    タイトルからの印象では、なんだか『岩窟王』的にわくわくする歴史物語かと思ったら、ちょっと違った。ある作家の人生とその周辺の物語、といえると思う。とはいっても、序盤からなかなか展開を読ませない。公務員をつとめるかたわら創作を続ける若手作家に、何か起きそうで起きないような、何も起きなさそうで起きそうな描写が巧みで、「どうなるんだろう?」と手早くページをめくらせる。彼が関わる近現代のフランス文芸サロンは、高慢と非情さと甘美さに満ち、現代劇と言うより史劇を読んでいる感じで、実におフランスっぽい濃さが盛られている。

    若き文士の人生劇としてこのまま進むのかと思ったところ、かなり思い切った急展開に「ええっ!」と素直に驚いた。実はそこからがこの小説の本番開始。一点に集まってくる、「素晴らしき」文士との記憶のかずかずが皮肉とともにこれでもかと描かれる。真実を知っている身(=読み手)としては、本に向かって「ちょっと待って、そうしてしまうのは人としてどうなんだ?」と何度も口に出しそうになるし、京都人的に「あらあ、みなさん、ようご存じやったんどすなあ、そんな素敵なかたやったら、私もお会いしたかったえ(笑)」とでも言ってみたい場面の連続であるが、やがてそこに加えられるとどめの一撃とその対処もまた、鮮やかで洒落ている。『仮面の商人』というタイトルに、ただのカッコつけた美しさでなく、まるでそれしか当てはまらないというジャストフィット感を感じて読み終わった。

    落ち着いて考えると、それほど大きな仕掛けは使っていないんだけど、あり得ないことではなく、むしろ「普通の人々」なら普通にやってしまいそうな行動の悲劇と滑稽さが手際よく描かれた人生劇だと思う。お金の話になってアレだが、これで600円台とはコスパがよすぎる。

    本編と訳者さんの「解説にかえて②」は十分すぎるほど面白かったものの、「解説にかえて①」が、個人的に「こんなのだったらやっぱり、きちんとした解説を載せてもらったほうがいいです」的に思える、冗長なエッセイだったのが残念だった。なので、☆ひとつ引きました。そこはごめんなさい。

    • シンさん
      びっくりしました。Pipoさんの書評を読んで
      「えっ、アンリ・トロワイヤの初訳?しかも小笠原豊樹訳?装丁は平野甲賀?それが文庫で六百円台?...
      びっくりしました。Pipoさんの書評を読んで
      「えっ、アンリ・トロワイヤの初訳?しかも小笠原豊樹訳?装丁は平野甲賀?それが文庫で六百円台?買わねば!」
      と思い、きのう買ったところだったのです。

      ちょうどミステリマガジンSFマガジンの隔月刊化の知らせに大きな喪失感と無力感を覚えていたところだったので、いいと思ったものは金を出して支援せねぱ!という思いもありました。家に持ち帰り、少し得意気でした。

      そうしたら今日小笠原豊樹=岩田宏さんの訃報が……。また悲しくなってしまいました。これが遺著だったのでしょうか。小笠原さんの翻訳は流麗で心地よかった記憶があります。

      そんなわけでまだ読んではいないのですが、ご紹介ありがとうございます。
      2014/12/05
    • Pipo@ひねもす縁側さん
      私も秋口に刊行を知り、「どうして今トロワイヤなんだろう?」と思いながらも楽しみに買い求めました。派手やかではないけれど、ロシア・フランス文学...
      私も秋口に刊行を知り、「どうして今トロワイヤなんだろう?」と思いながらも楽しみに買い求めました。派手やかではないけれど、ロシア・フランス文学のよさが詰め込まれた素敵な作品だと思います。

      海外文学がベストセラーから遠のき、早川書房の各雑誌が隔月刊になるなど、日本での「海外文学アウェー感」が果てしなく広がってきたのを目の当たりにして、海外文学好きの1人としては寂しさと恐ろしさも感じるのですが、地道に応援していくしかないのかな、と思って本屋さんをのぞいたりしています。

      訳者・小笠原さんのご逝去の報には私もただただ驚いてしまいました。「この作品が出たということは、まだまだご活躍されるということだ」とてっきり思っていたからです。純文学からエンタメまで、小笠原さんの訳や詩作に親しんだ人はプロアマ問わずに数えきれないほどでしょう。偶然なのかいろいろお考えのうえだったのかは知る由もありませんが、文芸に携わるかたとしての人生の最晩年にこの作品を手がけられたというのにもなんだかしんみりしていしまいます。

      まだお読みになっていないうちにのぞいていただいてありがとうございます。もうちょっとストーリーを隠して書ければよかったんですが、そういうスキルがなくて(笑)。
      2014/12/05
  • 近藤健児氏がラジオで紹介していた絶版文庫。薄い本ながら3部構成、1部は正直わたし好みではなかったものの、2部に入ると止まらない。あとは最後まで一気読み。ほかでは味わったことのない後味。

  • トロワイヤ、てっきり伝記作家と思ってた。
    小説は皮肉で面白い。ロシア系フランス人作家
    高齢でも見劣りしない作品を続々と発表してたなんて…お見逸れしました。訳者の小笠原豊樹さんの解説も面白いし、小説家でもあったなんてビックリした

  • 2014-11-24

  • 作家として受け入れられず、パトロンのいる女性との愛も喪い自殺をしたヴァランタンの話が第一部。第二部はヴァランタンの甥が死後有名になった彼の伝記を書こうと当時の生存者にインタビューをし、第三部で甥に真実が明かされる構成。
    第二部を読むと人はどこまで自分に都合よくなれるのだろうと呆れ、「そうじゃないよね!」と腹立たしくなるほど。ヴァランタンの当時の苦しみや悲しみを第一部で知っている分、真逆の姿が浮き彫りにされてゆく第二部は自分を売り込もうとする人々への皮肉に満ちて悪意すら感じてしまう。
    そして第三部で真実を知った甥の取る行動はただひたすら保身。
    でも第二部、第三部の人々の行動は普通の人間ならばやりかねないもので…人間の記憶のあやふやさと自己顕示欲が入り混じると恐ろしいことになるのだと教えられました。

  •  フランス屈指のベストセラー作家、アンリ・トロワイヤが1993年に発表した『仮面の商人』。第一部の舞台は1930年前後のパリ、主人公は新人作家のヴァランタン。県庁に勤めながら、仕事中も上司の目を盗んで原稿を書いている。上司のフィルティエ女史は、彼になかばあきれつつも、宿題をしない息子をしかる母親のように接している。2,3日に一度はペリュランという学生時代の友人と食事をする。美食と昇進にしか関心がない俗物だが、ヴァランタンには、友人と言える人物がほかにいない。兄・ジョルジュはうぬぼれが強く、弟の気の弱さや純潔を嘲笑っている。作家としての第一作は、売れるどころか、文学界の話題にすらならない。
     そんな鳴かず飛ばず、四面楚歌のヴァランタンの前に、ミューズが現れる。とあるパーティで知り合った裕福な年増の女性・エミリエンヌは、彼の理解者となり、文学上のアドバイスを与え、さらには年齢差を越えて男女の関係を結ぶ。ところが幸せは長く続かなかった。子を身ごもったエミリエンヌは彼との関係を清算し、別の男と結婚するというのだ。ヴァランタンは、かわりに頭がからっぽのお針子・コリンヌとつき合うが、心は満たされない。失意のヴァランタン……第一部は彼の死をもって閉じられる。
     1992年へと時代を移した第二部、語り手はヴァランタンの甥であるアドリアン。ヴァランタンは〈生前は夢にも思わなかった名声を、死後に博し〉ている。アドリアンは叔父の伝記を書こうと、すでに高齢者となっている関係者にインタビューを重ねる。ここで語られる証言に、読者は驚かずには居られない。さらに、アドリアンは第三部で決定的な決断を迫られることになるのだが……。
     記憶は自分の都合のいいようにねつ造される。50年以上も前のことを思い出して証言する老人たちは、どこまで真実を語れるだろうか。資料を集め、記録をもとに、客観的な記述を心がけたと伝記作家は言う。しかし、物語として都合の悪い事実が見つかった場合、彼はどうするだろうか。そもそも文学的な評価とは何に基づいているのだろうか。私たち読者が「真実」と思い込んでいるものの正体はなんだろうか。トロワイヤは、この作品の発表当時、80歳を越えて老境にある。そして小説家としてだけではなく、『女帝エカテリーナ』『バルザック伝』などの評伝などでも知られている人物だからこそ、この物語が書けたとも言える。いくつもの問いを軽やかに皮肉で包んだ、上質な機知に富む作品である。

  • アンリ・トロワイヤというと、つい澁澤龍彦訳の『ふらんす怪談』と言いたくなってしまうが、こちらは『怪談』ではなく、評伝と並ぶ言わば『表』のトロワイヤ。
    但し、凝った構成や登場人物のふとした行動など、『ふらんす怪談』収録作に見られる切れ味の鋭さ、人間観察眼の正確さに通じるところが随所に見られる。また、読者は知っている第一部の情報が、第二、第三部で歪められて行く様子は怪談ちっくでもある。『一番怖いのは人間』式の怪談。
    さらっと文庫で出たが、もっと話題になってもいいような気がする1冊。

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著者プロフィール

1911年モスクワ生まれのロシア系フランス人作家。1935年に処女小説『ほの明かり』を発表して以来、2007年に95歳で没するまで精力的に小説、伝記、エッセイ等を発表した。日本でも多数の作品が翻訳されている。主な著書に、『女帝エカテリーナ』(中公文庫、1985年)、『ドストエフスキー伝』(中公文庫、1988年)、『バルザック伝』(白水社、1999年)、『プーシキン伝』(2003年)、『ボードレール伝』(2003年)、『ヴェルレーヌ伝』(2006年)、『フロベール伝』(2006年、以上、水声社)等がある。

「2023年 『モーパッサン伝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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