起終点駅(ターミナル) (小学館文庫 さ 13-2)

著者 :
  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094061369

作品紹介・あらすじ

直木賞作家桜木紫乃作品、初の映画化原作!

「かたちないもの」
笹野真理子は函館の神父・角田吾朗から「竹原基樹の納骨式に出席してほしい」という手紙を受け取る。
「海鳥の行方」
道報新聞釧路支社の新人記者・山岸里和は、釧路西港の防波堤で石崎という男と知り合う。「西港で釣り人転落死」の一報が入ったのはその一月後のことだった。
「起終点駅(ターミナル)」 映画化原作 表題作
鷲田完治が釧路で法律事務所を開いてから三十年が経った。国選の弁護だけを引き受ける鷲田にとって、椎名敦子三十歳の覚醒剤使用事件は、九月に入って最初の仕事だった。
「スクラップ・ロード」
飯島久彦は地元十勝の集落から初めて北海道大学に進学し、道内最大手・大洋銀行に内定した。片親で大手地銀に就職するのは、当時異例中の異例のことだった。
「たたかいにやぶれて咲けよ」
道東の短歌会を牽引してきた「恋多き」歌人・中田ミツの訃報が届いた。ミツにはかつて、孫ほどに歳の離れた男性の同居人がいたという。
(「潮風(かぜ)の家」
久保田千鶴子は札幌駅からバスで五時間揺られ、故郷の天塩に辿り着いた。三十年前、弟の正次はこの町で強盗殺人を犯し、拘留二日目に首をくくって死んだ。



【編集担当からのおすすめ情報】
「始まりも終わりも、ひとは一人。
だから二人がいとおしい。生きていることがいとおしい」
――桜木紫乃

感想・レビュー・書評

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  • 早速ですが、以下の質問にお答えください!

    ・あなたは、小説が映画になった作品があるとしたら、小説を先に読みますか?それとも映画を先に観ますか?

    さて、どうでしょうか?順番が法律に定められているわけでもないですから、この選択は完全にあなたの判断に委ねられています。では、私はと言えば、間髪入れずに”映画が先です!”と答えます。私は2019年12月に恩田陸さん「蜜蜂と遠雷」をたまたま映画館で観る機会を得ました。そんな映画がとても気に入り、すぐに単行本を買って読み始めたところ、文字の上から音楽が流れ出すという稀有な体験をしたことが今に続く私の読書&レビュー人生の原点となっています。それ以降も映画を先、小説は後という原則の元に昨日までやってきました。

    そんな私は今日一冊の小説を手にしました。桜木紫乃さん「起終点駅(ターミナル)」というその作品。映画になっているとは露知らず、先に小説を読んで深い感銘を得た私は、人生で初めての行動に出ます。そうです。読書直後に映画を観るというその行動の先には、主人公の鷲田完治を佐藤浩市さんが演じる、雪に覆われた北国の風景をそこに見ることができました。その瞬間に私が感じたこと、それは、文字を読んでいた私の目に映っていた北国の景色と全く同じ景色が画面に広がっていた、という衝撃です。何の違和感もなく、まるで今読み終えた小説をもう一度読み返しているようなその感覚に私は驚愕しました。

    本日のレビューはそんな風に小説が先、映画が後という作品への触れ方を初めて経験し、深い余韻の中にいながらにして書くレビューということでお送りしたいと思います。
    
    さて、六つの短編から構成されたこの作品。後述する二つの短編のみ連作短編となっていますが、他の作品は桜木さんの作品らしく舞台が北海道であるという以上の繋がりはありません。では、その中から映画にもなった表題作の〈起終点駅(ターミナル)〉の冒頭をいつもの さてさて流でご紹介しましょう。

    『裁判所へ続く坂道は、ゆるく左へとカーブしていた』という坂を上るのは主人公の鷲田完治(わしだ かんじ)。『国選弁護しか引き受けない』完治のことを『街の同業者はみな「変わり者」と呼んでい』ます。そんな完治は『釧路地方裁判所』で扱われている『椎名敦子三十歳の覚醒剤使用事件』の弁護を担当しています。『執行猶予がつくはずです』と説明する完治に『どうせ国選なんでしょう。頑張らなくてもいいです』と返す敦子。そんな敦子に『国選でも私選でも、弁護士の仕事は変わりません』と説く完治。『彼女の投げやりな態度は、二日間の法廷でも変わらなかった』という裁判は『被告人を、懲役二年執行猶予三年に処す』という判決で結審しました。そして、書類を片付け廊下に出た完治に『釧路には慣れましたか』と一人の若手判事の篠原が話しかけてきました。『鷲田さんが堂島恒彦君のお父さんというのは本当ですか』とも訊く篠原に『五歳のときに別れたきりの息子の名前に内心動揺しながら「ええ」と答え』た完治は、そんな息子が『自分と同じ東北大学の法学部に進』み『埼玉で検察事務官をしていること』を初めて知ります。『適当に話を合わせ、裁判所を出た』完治は、看板などもなく『小さな平家』の『鷲田法律事務所』へと帰りましたが、事務所の前で『先生、お久しぶりです』と『黒っぽいスーツを着』た、『小さな組事務所の二代目』の大下一龍(おおした いちりゅう)に話しかけられます。『十五年前に一龍が起こした傷害事件を担当』して以降、『顧問が駄目なら相談役でも構わない』と完治を誘い続ける一龍。そんな一龍は『今日は、先生が担当された女のことで』と話題を切り出します。『あの女、男のことで何か言ってませんでしたか』と訊く一龍は『女にヤクを炙った阿呆のことですよ』と『パケをいくつか持って逃げ』ているという男のことを匂わせます。『今終わったばかりの公判の話はしない』と突っぱね続ける完治に一龍は諦めて立ち去ります。そして、郵便受けを確認した完治は『一通の白い封筒』に気づきます。『差出人の住所は東京代々木。結婚披露宴の案内状だった』というその手紙はひとり息子の堂島恒彦からでした。『十月の最終土曜日』に東京のホテルで催されるという息子の披露宴。そんな『息子が大学を卒業するまで』送金を続けてきた完治は、『別れた妻から初めて届いた手紙』に『妻子を捨てた男への恨みつらみが、簡潔な文面に凝縮されていた』ことを思い出します。そんな時、『玄関の呼び鈴が響き』、玄関ドアを開けるとそこには『ついさっき判決が下りたばかりの椎名敦子』が立っていました…と続く表題作の〈起終点駅(ターミナル)〉。『人には、それぞれに合った幸福のかたちがあるからね』と諦観するような完治の生き方に対して、椎名敦子の力強い生き様が絶妙に対比する好編でした。

    上記した通り六つの短編は表題作も含め独立した物語です。唯一、新聞記者の山岸里和(やまぎし さとわ)が主人公となる〈海鳥の行方〉と〈たたかいにやぶれて咲けよ〉のみ連作短編として前者のその後の物語が後者で展開するという繋がりを持つのみです。そんな物語は、独立しているからこそ実現できる短編の可能性を上手く利用してもいます。それがそれぞれの短編の舞台となる土地です。桜木さんの小説は一にも二にも北海道が舞台です。北海道が嫌いという方には桜木さんの作品は拷問のようにも感じられるかもしれませんが、北海道の独特な空気感に魅力を感じる方にとって、文字の上からそんな北国の風景が浮かび上がってくる絶品の表現の数々は宝物以外の何物でもないでしょう。では、今度はそんな六つの短編を舞台となる土地を含めてまとめてみたいと思います。

    ・〈かたちないもの〉: 舞台は函館。主人公の笹野真理子は函館に住む角田吾朗という人物から、かつて『深い仲』にあった『竹原基樹の納骨式に出席してほしい』という手紙を受け取り函館へと向かいます。『最後に彼の体に触れてから、十年が経っていた』という過去を振り返る真理子。

    ・〈海鳥の行方〉: 舞台は釧路。主人公の山岸里和は『道報新聞に入社し、釧路支社に配属された』もののセクハラを受けたことを起点に『可愛げのない新人』という扱いを受ける中、防波堤で釣りをする石崎と出会います。そして一か月後『西港防波堤で釣り人転落死』の一報を受けます。

    ・〈起終点駅〉: 釧路が舞台。『国選弁護しか引き受けない』という主人公の鷲田完治は『覚醒剤使用事件』を担当します。判事だった時代に離婚を経験し、釧路で一人生きる完治。そんな判決の後、被告人の椎名敦子が完治の家を訪ねてきて、『お願いしたいことがある』と語り出します。

    ・〈スクラップ・ロード〉: 道央が舞台。『三月に大洋銀行を退職してから五か月が過ぎた』と現在無職の飯島久彦が主人公。そんな久彦は『粗大ゴミをあさりにやってきた、白い違法トラック』から降りてきた男が『久彦が中三のときに家から出て行ったきりの』父の文彦だと気付きました。

    ・〈たたかいにやぶれて咲けよ〉: 釧路が舞台。『道東の短歌会を牽引してきた』『恋多き歌人』と呼ばれる中田ミツの訃報に接したのは主人公の山岸里和。そんな里和はミツの姪の斉藤昌子を訪ね『中田ミツの同居者だった』近藤悟という男の存在を知ります。

    ・〈潮風の家〉: 『北海道西北部のちいさな町』という天塩町が舞台。『五時間ほどバスに揺られ』故郷の天塩町に辿り着いたのは主人公の久保田千鶴子。『三十年と少し前』、『強盗殺人』で逮捕されるも勾留二日目に『首を括っ』て亡くなった弟の正次のことを思い出します。

    上記した通り、六つの短編は、北海道の四つの地域に舞台を移しながら描かれていきます。函館であれば『十一月の外人墓地から見下ろす海は凪いでおり、遠くに見える山は駒ヶ岳の名が付いているという。言われてみればなるほど、稜線が馬の背に見える』といったように同じ北海道と言っても広い大地はその場所その場所それぞれにさまざまな姿を見せます。舞台をそんなそれぞれの土地に移すことで北海道を丸ごと体験できるようなそんな贅沢な読書が独立した短編集によって味わえるのがこの作品の隠れた魅力の一つだと思いました。

    そんな六つの物語は、いずれも主人公たちのどこか鬱屈とした境遇が物語の雰囲気感を支配していきます。そこに共通するのは『死』の影です。主人公たちは自らがかつて関わった人物の『死』の報に接していきます。それは、かつて『深い仲』にあった相手であり、防波堤で偶然に知り合った相手であり、一方で『死』を目の前に目撃する相手であったりとさまざまです。そして、そんな『死』を目撃する立場となったことで人生の軌道が変わっていく主人公が登場するのが映画にもなり、表題作でもある〈起終点駅(ターミナル)〉です。旭川の裁判所の判事として働く主人公の鷲田完治。そんな彼が務めるある日の法廷に被告として現れたのが、学生時代に恋人だった結城冴子でした。『主文、被告人を懲役一年、執行猶予二年に処する』という裁判の後、冴子の元に逢瀬を重ねるようになった完治。そんな完治は『一緒になろう。ここを出て』と冴子に告げます。そして向かった『見渡す限り雪しかない留萌駅のホーム』で『列車がホームへと入ってくる』、『冴子が完治に向かって微笑んだ』、そして『彼女に羽が生えた』という先に冴子の人生の幕は突如下ろされ完治の人生も変化していきます。今回この小説を読んでその雰囲気感に強く魅かれた私は読後すぐに映画を見るという初めての経験をしました。映画を見た後に小説を読むことはありましたが、その逆は人生初体験です。上記した椎名敦子の法廷の場面から始まる小説に対して、結城冴子の法廷の場面から始まるという映画。文字と映像という作りの違いからそういったストーリー構成自体は当然変わるのだと思いますが、私が一番驚いたのは映画に見る風景が、小説の文字から浮かび上がってきた風景とその雰囲気感が見事に一致していたことです。当然に小説が先にあって後から映画ができたことから、映画の製作陣が一流であるとも言えますが、私が思ったのは、手掛けられた小説がことごとく北国の風景を映し取っていく桜木紫乃さんの表現の上手さがこれを実現しているのではないかということです。私が現在の読書&レビューの日々をスタートさせた原点は恩田陸さん「蜜蜂と遠雷」にあります。小説の文字を読んでいるはずなのに、そこから音楽が流れてきた、この経験が今に続く私の読書&レビューの日々に続いていますが、桜木さんの小説というものはこの体験を視覚で実現してくださっているものである。改めてそう思いました。映画化された作品も多々あり直木賞作家として有名な作家さんではありますが、作風的には地味な印象も受ける作家さん、それが桜木紫乃さんです。しかし、そんな桜木さんの筆の力というものは、ただものではない、その描写力に改めて驚きました。

    そして、私たちはそんな『死』というものに向き合う時、死んでしまった人の気持ちを強く慮ることがあります。自分も落ち込んでいる時には『死』というものに危うく囚われそうになってしまう、『死』というものはそんな恐ろしさを持つものでもあります。『始まりも終わりも、ひとは一人』とおっしゃる桜木紫乃さん。そんな桜木さんは『だから二人がいとおしい。生きていることがいとおしい』と続けられます。この作品では、かつて何らかの形で関係した人物の『死』の報に接した主人公に寄り添うかのように登場する人物の姿が描かれています。一人で生きていくことの辛さを支えるように登場する人物の存在。お互いに支え、支え合っていく存在。それは、さまざまな形で『終わり』を意識もする主人公を前に向けていきます。『どこか、お前のこと誰も知らないところさ行って働け。この金で札幌さ行け。ワシみたいになったら駄目だ』といったように主人公の人生を前に向ける人物の存在。一方で『死』というものに向き合う側の人生は終わったわけではありません。そんな『死』と向き合いつつも、そこを新たな起点としてまた人生を歩み始める。それが生きるということなのだと思いました。

    映画としての「起終点駅(ターミナル)」は、上記した通り、小説の文字の上から浮かび上がる映像をそのままに映画にしたような素晴らしい作品でした。細かな差異はあっても小説とほぼ同じ物語がそこには展開します。しかし、主人公・鷲田完治が最後の場面で『歩き出す』その先の目的地が全く異なるものに置き換えられていたのには驚きました。どちらも主人公・鷲田完治が取る行動としては違和感のないものですが、読者に、視聴者に残る印象には大きな違いがあります。しかし、言えるのはそのいずれの人生を選んでも鷲田完治の人生はその先へと続いていくということです。また、映画の鷲田完治が最後に取った行動の起点は人との繋がりにありました。そう、私たちの人生は些細なことから大きなことまで多種多様な人との関わりの中で成り立っていく。人生という線路の上を、色んな風景に出会いながら、色んな人々に出会いながら、行き着き折り返してもいく私たちの人生。小説と映画を続けて読む、観るという経験を経て、「起終点駅(ターミナル)」というこの作品は私にとても深い余韻を残してくれました。このレビューを読んでくださっている皆様にもこの作品は小説と映画の両方を味われることを強くお勧めしたいと思います。

    「起終点駅(ターミナル)」という表題作を含んだ六つの短編から構成されたこの作品。北国の風景を映し取っていく桜木さんの筆の力の確かさを映画の中に確認することのできたこの作品。独特の雰囲気感の中に紡がれていくそれぞれの人の生き様に、人生を生きるということの意味を深く感じた素晴らしい作品だと思いました。

    • moboyokohamaさん
      小説が先です。
      映画を観てしまうとその絵、その演技に囚われてしまって原作を楽しみにくくなるからです。
      「起終点駅」は迂闊にも桜木紫乃さんの原...
      小説が先です。
      映画を観てしまうとその絵、その演技に囚われてしまって原作を楽しみにくくなるからです。
      「起終点駅」は迂闊にも桜木紫乃さんの原作有りと知らずに保険組合のホールで妻に誘われるまま観てしまいました。

      いまだ原作は手に取っておりません。

      とは言うものの、最近は良質なコミック由来の映画が多いと思います。
      コミック苦手の私は映画だけ観ることになります。
      2022/04/23
    • さてさてさん
      moboyokohamaさん、こんにちは。
      小説が先、おっしゃる通り、確かに絵が頭に焼き付いてしまう分、そこからイメージが離れなくなってし...
      moboyokohamaさん、こんにちは。
      小説が先、おっしゃる通り、確かに絵が頭に焼き付いてしまう分、そこからイメージが離れなくなってしまうということはありますね。私は、レビューの通り、基本映画が先ですが、映画の内容を小説で補足するような、そんな流れを欲しているような気もしました。ただ、そうなるとやはり映画のイメージが前提になりますね。この桜木さんの作品、小説を先に読みましたが、レビューの通り、小説で出来上がったイメージがそのまま画面に映っているのに驚きました。この流れで見ると、短い映像の裏側に、小説の内容が補足してくれ、映像の厚みが増す、そんな効果を感じました。
      コメントありがとうございました!
      2022/04/23
  • 再読。北海道を舞台にした6つの短編集で、孤独とは何なのか人と繋がるとはどういうことなのかを考えさせられる小説。どの物語にも、家族と縁を断って行きている人物、失踪して死んだことになっている人物、血縁はあっても一人で生きている人物など身寄りのない人物が描かれている。たとえ一人で生きているように見えても、心の中には忘れることのできない大切な誰かが存在していることを教えてくれる物語。

  • 桜木さんの書くお話は、どれも切なくなるんだけれど、この本もまたしかり。
    『たとえ孤独に生きているように見えても、心の中には誰が存在している。おそらく人間とはそういうものなのだ。一人で生きていこうとする人はいても、一人で生きていける人なんていないのだ』(解説より)
    この本に出てくる人達は本当に孤独そうに見えるけれども、それでも何らかの誰かとのつながりがある。何だか、人生とは何ぞや?という究極の問いを受けているような気がします。

  • 北海道を舞台にした短編集
    もの寂しさや荒涼とした雰囲気が表現されていて、空気感まで伝わってくる。
    明るい作品では無い。誰でも心の何処かにある不安感や孤独感を自然に感じることができた。

  • 3.4
    本題にもなっている終着駅が面白かったですね。
    ほかも良かったですが、もの寂しい話が多くちょっと読んでて辛い感じがしました。
    切なくなりたい人にはおすすめですかね、、



  • 北海道の冷たく暗い香り。
    それぞれの孤独を抱えながら生きる人々の短編集。

    ひとりだけどふたり。
    ふたりだけどひとり。

  • BGM 夜の船/Ogre you asshole
    昭和っぽいけど演歌ではない湿り気と貧しさ

  • 珠玉の短編を6編を収録。いずれの作品も孤独感の中からの再生する主人公を描いている。独りの世界で見出す人と人のつながり、さりげない優しさはどれだけ人びとの心を救うのだろうか。表題作の『起終点駅』と『海鳥の行方』が、取り分け良かった。

    『かたちないもの』。桜木紫乃が描く女性は皆、逞しいのだが、この作品の主人公の笹野真理子も化粧品会社で働き、厳しいビジネスの世界を生き抜いているキャリアウーマンである。10年前に付き合っていた竹原基樹の死を知らされ、函館の外人墓地での納骨式に参列する。ひとり、逞しく生きていたはずの真理子だが、納骨式を取り仕切る若い牧師の角田吾郎と出会い、その実は自分自身しか見ていなかった事に気付かされる。少しずつ外に目を向けるようになり、再生していく過程の描写が見事。角田吾郎の透明な存在感も非常に良い。

    『海鳥の行方』。主人公は新聞社の釧路支社に働いて二年目の山岸里和。職場の同僚による心無い言葉に揉まれながら、遠距離恋愛も今ひとつの中、里和は現実と向き合いながら生きている。ふとしたきっかけで知り合った失業中の石崎との出会いが…ラストにはジンと来た。こういう複雑な心情を見事な表現で描いてみせる桜木紫乃は、やはり只者ではない。

    『起終点駅』。表題作。桜木紫乃にしては珍しい男性が主人公の作品。国選弁護しか引き受けない弁護士の鷲田完治と彼が弁護した椎名敦子の物語。過去に疵を持つ鷲田と、同じように過去を棄て、現実からも逃げ出そうとする敦子の生き方を静かに描いている。男性が女性に唯一、対抗出来るのは頑なさだけかも知れない。

    『スクラップ・ロード』。これも、また主人公は男性。大手銀行を退職し、無為な生活を送る飯島久彦は、失踪した父親を見付けるが…

    『たたかいにやぶれて咲けよ』。2作目に登場した山岸里和が再び主人公を務める作品。歌人であった老婦人の数奇な人生を追いかける里和が見付けたものは…

    『潮風の家』。主人公は壮絶な過去の出来事で、故郷を離れた久保田千鶴子。三十年ぶりに再び、故郷を訪れた千鶴子は…

  • 言葉にはうまく出来ないけれど、淡々と、しかし切々と...ぐぅっ...と胸にくる短編6集。北海道を舞台に、主人公は誰しも孤独を背負った男女。読んでいると締め付けられるような気持ちになり、それでいて希望とも絶望とも違うラストが余韻を残す。『かたちないもの』『海鳥の行方』『たたかいにやぶれて咲けよ』『潮風の家』の4編が良かった。特に『かたち~』のひんやりとしたロマンチック、『潮風~』のたみ子さんの全セリフが気に入った。好みはあるかと思うが、桜木ワールドにどっぷりハマれる人にはお勧め。私は物凄く良作だと思った。

  • 難しい、けれど手放せない。
    そんな本でした。

    解説を読んで泣きました。
    桜木紫乃さんは初めてでした。
    自分にとってこの本はど真ん中ではないけれど、自分の軸の端のほうを持ち上げてくれる本だなと感じました。

    大事なひとたちと行った北海道が舞台だったので読み切れました。ありがとうございました。

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著者プロフィール

一九六五年釧路市生まれ。
裁判所職員を経て、二〇〇二年『雪虫』で第82回オール読物新人賞受賞。
著書に『風葬』(文藝春秋)、『氷平原』(文藝春秋)、『凍原』(小学館)、『恋肌』(角川書店)がある。

「2010年 『北の作家 書下ろしアンソロジーvol.2 utage・宴』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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