サラバ! (上) (小学館文庫 に 17-6)

著者 :
  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094064421

作品紹介・あらすじ

累計百万部突破!第152回直木賞受賞作

僕はこの世界に左足から登場した――。
圷歩は、父の海外赴任先であるイランの病院で生を受けた。その後、父母、そして問題児の姉とともに、イラン革命のために帰国を余儀なくされた歩は、大阪での新生活を始める。幼稚園、小学校で周囲にすぐに溶け込めた歩と違って姉は「ご神木」と呼ばれ、孤立を深めていった。
そんな折り、父の新たな赴任先がエジプトに決まる。メイド付きの豪華なマンション住まい。初めてのピラミッド。日本人学校に通うことになった歩は、ある日、ヤコブというエジプト人の少年と出会うことになる。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、『僕らにしか分からない言葉』というものを持っているでしょうか?

    すっかり世の中に”定着”してしまった”振り込め詐欺”。2021年の警察庁の統計ではその被害額はなんと282億円にもなるそうです。高齢者を中心としたその被害、なんとかならないものかと、盛んに啓発活動が行われてもいますが深刻な情勢に変化はないようです。

    自分にとって大切だと思っている人からの電話、そんな受話器の向こうで悲痛な声をあげる大切な人のことを思う気持ちは、それを忠告してくれる人の言葉より重く響くのはある意味当然のことかもしれません。そんな人の心を踏み躙るこの犯罪、決して許してはならないと思います。

    そんな振り込め詐欺から身を守るために言われているのが、大切な人と自分だけにしか『分からない言葉』を持とう!という運動です。他の人、ましてや犯罪者には全く知り得ない二人の間だけで意味をなす言葉、それを口にする瞬間、二人の間には目に見えない糸が繋がります。二人の絆の証になるその言葉、そんな存在が穢らわしい犯罪を駆逐していってくれることを願ってやみません。

    さて、ここに『僕らにしか分からない言葉』を大切に思う二人の男の子が幸せな時間を過ごす物語があります。日本人とエジプシャンという二人が偶然に知り合う瞬間が描かれるこの作品。『アラビア語でもない、日本語でもない、ましてや英語でもない、僕とヤコブにしか分からない言葉があったのだ』という言葉を大切に思う二人の時間が描かれるこの作品。そしてそれは、『「さようなら」だけではなく、様々な意味を孕む言葉』になった『サラバ。』という言葉に二人の絆を感じる物語です。

    『僕はこの世界に、左足から登場した』と、『日本から遠く離れた国、イランで』『産声を上げた』のは主人公の圷歩(あくつ あゆむ)。そんな歩の『父の赴任先であるイランを決定した』のは『母の直感』でした。『自分のスタイルを変えないタイプの人間だった』母親。そして、『母より8つ年上』の父親は『石油系の会社』に転職し『念願の海外勤務が』決まり『メキシコかイラン』という候補を示すと『すごい素敵な場所に思えた』とイランを選んだ母親。そして、イランへと赴任することになった圷家。そんな圷家には、赴任前に姉の貴子が生まれました。『生まれ落ちた瞬間から、姉は激怒していた』という貴子は、『その場所で一番のマイノリティであることに、全力を注』ぎます。『家中にある植木鉢の土を食べるのをやめることが出来な』いなど、『暴れん坊』の限りを尽くす貴子。『母vs姉、そして、その間をオロオロと揺れ動く父という図式が、磐石な態勢で、長きに渡って顕在していた』という圷家。そんな中にテヘランの病院で生まれた歩は、『家の中で、なるべくおとなしく、目立たないように努め』ながら生きていきます。それでも全体として、『日本から遠く離れたイランで、僕たち4人は、とても幸福な家族だった』という圷家。そんな時、『ホメイニによる、革命が勃発』します。『帰国は自主判断で』という会社の指示に『じゃあ怖いので帰ります』とも言えず、『母と姉、僕だけを先に帰す決心をした』父親を残して帰国した三人。しかし、『帰国後すぐに行動を起こした』母親は、『父の会社に乗り込み、父に帰国命令を出してほしい』と訴えます。そして、『心動かされた上司』の指示により、残った仕事をこなした後、『最後の民間機で帰国の途に就いた』父親。そして、『圷家の日本での暮らし』が『大阪の小さなアパートで』始まりました。その後もエジプトへ赴任する父親と共にカイロへと移り住む圷家。怒涛のようにさまざまなことが訪れる圷家の四人の日常が描かれていきます。

    第152回直木賞を受賞したこの作品。文庫本で三冊に分冊され総ページ数950ページの圧倒的な物量で構成されたこの作品。約三年で600冊以上の小説ばかりを読んできた私ですが、一つの作品でこの物量は初めての体験、そんなこともあってなかなか手に取るのを躊躇し続けてきましたが、今回ついにその扉を開けました。そんな作品は『僕はこの世界に、左足から登場した』とインパクト最大級に始まります。

    なかなかに読みどころの多いこの作品ですが、印象的なのが『エキゾチック』とも言える海外の街並みと、そこで暮らす人々のリアルな日常の描写です。この作品の上巻では、以下の三つの都市に父親の転勤によって移り住む圷家の日常が描かれていきます。
    ①テヘラン(イラン)
    ②大阪(日本)
    ③カイロ(エジプト)
    数多の小説は世界各国に舞台を設定できる余地がありますが、私が読んできた小説群の圧倒的大半の舞台は日本です。海外があるとしても、ハワイなど多くの日本人に馴染みのある都市までだと思います。そんな中であまり馴染みのない都市を舞台にすると、そこには、初めて訪れる地として一種の旅行記としての魅力が生まれます。例えばモンゴルの平原を旅する主人公を描く小川糸さん「さようなら、私」など、多くの読者が初めて知るその世界の描写はインパクト絶大です。それを踏まえると、テヘラン、カイロという『エキゾチック』という言葉そのものと思える地が登場するこの作品は冒頭から読者の期待値Maxに展開します。ただ、この作品は主人公の歩視点で展開するため、よりインパクトの大きいテヘランの描写が少ないのが少し残念ではありますが『1979年に、国王であるパーレヴィが国外に亡命し』、『「イラン・イスラム共和国」が樹立され』、『ホメイニ』が『国の最高指導者となった』と展開する中に翻弄される日本人たち、そして圷家の人々の日常が影響を受けていく様は、歴史が動く舞台を物語の中に垣間見るまさしくドラマティックな展開と言えると思います。

    そして、それ以上に魅力的に描かれるのが、歩が小学校1年にして移り住むことになったエジプトの描写です。三つご紹介します。

    まず一つ目は、”イスラム教の国あるある”とされる『朝は、奇妙な音で目が覚めた。誰かが歌っている、最初はそう思った。おじさんだ。声が反響していた』と描かれる『アザーン』の描写です。『今からお祈りの時間やで、て、皆に伝えてるねん』と歩に説明する父親は『イスラム教っていう宗教があって、そのお祈りの時間になると、モスク、空港からこっち来るとき見たやろ?玉ねぎみたいなドームとか、塔とか。そっからアザーンを流すねん』と続けます。実のところ私もイスラム教を国教とする国を訪れたことがあり、初日の朝は窓からいきなり聞こえてきたこの声に起こされました。エジプトは訪れたことがないですが、まさしく、”あるある”だと思いました。

    次に二つ目は、小学校1年生が見る『ピラミッド』初体験の描写です。『近づいてみると、ほとんど壁だった』という『ピラミッド』を見て『ひとつの石が、僕よりうんと大きかった。それが何万個もつみあがっている様(275万個らしい!)は、スケールが大きすぎて、笑い出したくなるほどだった』と興奮冷めやらぬ歩。そんな『ピラミッド』の中の面白い表現が登場します。『洞窟が奥へと続く感じは、あまりに出来すぎていて、発泡スチロールで出来たハリボテ、といわれても納得するような佇まいだった』。あまり、聞いたことのないような比喩表現がとても印象的です。

    そして最後に三つ目。『信号待ちで停まっ』た車の窓を『コンコン』と叩く音に『男の子』の姿を見る歩。『手を差し出し、何か言っている』男の子を見て、思わず『お父さん』と訊くと『物乞いや』と返す父親。『この子は、こうやって停車している車に近づき、お金をねだって暮らしているのだ』という現実を知る歩。『お金あげたらあかんぞ』と言う父親の『冷たい物言い』に『ショックを受け』た歩。そんな歩に父親は『例えばあの子が、花とか、新聞紙を売ってるんやったらええ。花代や新聞紙より、ちょっと多めに金をやったらええんや。でもあの子は働いてないやろ?ただ金くれって言うだけの子に、金をあげたらあかん』と続けます。この父親の言葉の説得力の先に描かれる最底辺に生きる人たちの姿。そんな物語にこの父親の言葉が印象深く響くのを感じます。今から30年以上も前の日常の描写ではありますが、エジプトという、日本人には『ピラミッド』だけがインパクト大な遠い国の現実を垣間見る衝撃的なシーンでした。

    そんな物語は、圷家の四人家族の日常に光が当たっていきます。そんな家族の面々に簡単に触れておきたいと思います。

    ・父親 憲太郎: カメラメーカーから石油系の会社に転職。183センチの長身で『ずっと痩せていた』。姉の貴子を溺愛。

    ・母親 奈緒子: 『自分のスタイルを変えないタイプの人間』。164センチ。『すべてが小作りで、挙句背が高いので、美人に見られる』。

    ・姉 貴子: 『生まれ落ちた瞬間から、姉は激怒していた』。『容姿に少し問題』。僕の家を、のちに様々なやり方でかき回す』ことになる。

    ・歩: テヘランで生まれる。『幼稚園に入園する頃には、すっかり空気の読める子供』。『いかにして自分の気配を消すかを身につけていた』。

    上巻は〈第一章 猟奇的な姉と、僕の幼少時代〉と〈第二章 エジプト、カイロ、ザマレク〉の二つの章から構成されていますが、〈第一章〉に描かれる章題そのままの『猟奇的な姉』貴子が描かれる物語は強烈です。『ここまで来といて、何故出ない?』と、なかなか産道から出てこなかった姉・貴子。そんな姉のことを『生まれ落ちた瞬間から、姉は激怒していた』と表現する西さん。『玄関の靴という靴をベランダから放り投げる』、『絵を描くときは画用紙ではなく壁、それも、クレヨンではなく母の口紅』、そして『家にあるビデオテープやカセットテープの中身を、全て引っ張り出さないと気が済まな』いなど、まさしく『猟奇的』な存在として描かれる姉・貴子の姿を見ていると読者まで心配になってもきます。西さんの作品にはこの貴子のようなキョーレツという言葉で表現したくなる人物が度々登場しますが、一方で、全ての人物がキョーレツでは物語は回っていきません。その対になるように、幼くして大成しているとも言える存在として描かれるのが主人公の歩です。『幼稚園に入園する頃には、すっかり空気の読める子供』だったという、現実にいたら、逆にちょっと嫌なやつ、可愛くない子供とも思える歩。しかし、姉が振り切った存在である以上、歩が逆方向に振り切る存在であることで、ある意味でのバランス感の上に物語は展開していきます。そして、そんな物語は一貫して歩視点です。あくまで歩が目にするもの、耳に聞くもの、そして体験していくことが、小学生という歩の瑞々しい感性の上に描かれていきます。恐らくこの先の中巻、下巻への布石と思われるような気になる描写も含めながら、三つの都市に舞台を移していく中に成長していく歩の幼少時代が描かれる物語。そんな中で強く印象に残ったのが、〈第二章〉で描かれるヤコブとの出会いでした。スーパーでの偶然の出会いの先に繋がっていく二人の絆。『シュクラン(ありがとう)』、『アフワン(どういたしまして)』と交わした会話の先に繋がっていく友情。そんな中、この作品の書名に繋がる物語が描かれます。『僕らの「サラバ」は果たして、「さようなら」だけではなく、様々な意味を孕む言葉になった』と説明される『僕らにしか分からない言葉』の誕生。そんな言葉の意味を深く感じる物語の中に、西さんが書名に込められた深い想いが浮かび上がってきます。ここでは、これ以上触れませんが、これから読まれる方には、この作品に「サラバ」という書名を付けられた西さんの想いを、歩とヤコブの友情の物語の中に感じていただければと思います。まさしく、上巻の最大の山場、それこそが歩とヤコブの物語だと思いました。

    『世界に対して示す反応が、僕の場合「恐怖」であるのに対し、姉は「怒り」であるように思う』と姉弟の違いを感じながら小学生の今を生きる主人公・歩の物語。そこには、テヘラン、大阪、そしてカイロと、父親の転勤と共に生活の場をダイナミックに移動させていく圷家の四人の日常が描かれていました。1977年から1987年、テヘランで生まれた主人公の歩が十歳を迎えるまでが描かれたこの作品。それぞれの土地の描写の中に、その場所にリアルに生きる人々の生活の息吹を感じるこの作品。

    この先に続く大人への階段を着実に上がっていく歩のそれからと、家族のそれからがとても楽しみにもなるインパクトのある上巻でした。


    では、中巻へと読み進んでまいります!

  • 西加奈子さん、直木賞受賞作。読みたかった本です。全く予備知識を入れないで読み始めて、ひとりの男子・歩君の自伝的風小説と分かり多少驚きました。
    父親の海外赴任先のイランで出生した歩。なかなか精悍な父親と美しい母親、そしてその行動に難ありの姉との四人家族。
    イランでの誕生、日本への帰国。幼稚園小学校と歩君は、冷めた物分かりの良さで過ごします。
    姉は、その体型と多少奇怪な行動から「御神木」と揶揄され、日本に馴染めません。
    そして、再び赴任先のエジプトへと生活圏を移していきます。
    軽快な文章で、面白く読ませてくれます。ただ、この長編が、どこへ向かっていくのか、まだ読み取れません。
    そして、この家族の母親像が、好きなタイプでないのが読み辛いところ。
                    中へ

  • 6年くらい前、図書館で借りながらあまりの本のボリュームと自らの時間のなさにより、泣く泣く全く読まずに返却した小説。
    聴き放題になったことを遅ればせながら知ったオーディブルで再会。補助的に図書館で再度借りる。
    単行本は上下巻だったけど、文庫とオーディブル版は上中下の三分冊なのね。

    で、大笑いしながら読み(聴き)進む。
    テヘランで生まれた圷歩の成長記。大阪を経てカイロまで。

    エジプト人でコプト教徒のヤコブとの美しい友情。
    「サラバ」は「さようなら」の意味を超えた、輝かしい可能性を孕んだキラキラした言葉。
    歩とヤコブを繋ぐ、魔術的な言葉。

    (文庫本の)上巻は両親の離婚により日本への帰国が決まり、ヤコブとの別れまでを描く。

    第152回直木賞受賞作!

  • 大げさな事件とかが起こるわけではないが、一般的な家庭というにはいろいろありすぎる一家の日常の話だが、読み進めていくうちにじぶんのことのように思えてくるのは文章が軽いからだろう このあと中、下とどうなっていくのか楽しみである

  • エジプトに行った気になった。
    初読み作家、上中下巻の長編幕開けは、圷(あくつ)歩くんの誕生からスタート。

    前半の家族紹介とエピソードをやや冗長と感じ始めた頃、エジプトへ移住。そのあたりから面白さが加速した。

    姉:貴子の強烈さ、母:奈緒子の自己愛、父:健太郎の諦観が、これから先の物語にどう影響してくるのか⁈

    歩はまだ小学生、親友ヤコブとは、また会える!と信じて中巻へ。サラバ!

  • とても良いと聞いていたが、今のところはまだわからない。

    この作家さんは初めての為、予測不可能。

    まだまだ物語は序章だろうけど、この先どうなるのか楽しみではある(*^^*)

  • お姉ちゃんのハチャメチャ具合が笑える
    西加奈子さんの本は初めてだからどんな感じか知らなかったけど、いいっすね。
    エジプト編は面白いけどお姉ちゃんがそんなに暴れないので中巻に期待。

  • 続きが気になるのですぐさま中を読みたい!
    この物語がどこに向かっていくのか気になります。

  • おそらく第1章を読んで、「こんなことあったなぁ」と思った人も多いのではないだろうか。当然、人の記憶はそれぞれ個別的なものではあるし、本書はフィクションなのだけれども、このストーリーに近いことがいたるところで起こっていると思えてならない。幼少期の記憶というのはイメージとして残っていても、言葉にすると意外とまとまった形で出てこない。あの言語化するのが困難な時期の想い出をはっきりと言葉にしてくれた本書に私は心を掴まれた。

    たまたま自分も幼少期に海外で生活していたこともあり、第2章を読んだときも、自分の海外生活を追体験しているかのようだった。日本人コミュニティでの人間関係や現地人とのかかわりの様子が本書では描かれているが、国は違えど、自分も同じような経験をしてきたこともあり、自分も「僕」と似たようなところで幸せを感じたり、悩んだりしたことを思い出すきっかけとなった。自分の経験とストーリーがうまく結びついたこともあり、よい読書体験となった。

  • 何度も時間切れで読むのを諦めたけど、やっと最後まで読みきれた1作目。
    きょうだいの1人である私にとって、一般の方々に知ってほしい現場がうまくまとめられていてよかった。「中」も楽しみです。

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著者プロフィール

1977年イラン・テヘラン生まれ。2004年『あおい』で、デビュー。07年『通天閣』で「織田作之助賞」、13年『ふくわらい』で「河合隼雄賞」を、15年『サラバ!』で「直木賞」を受賞した。その他著書に、『さくら』『漁港の肉子ちゃん』『舞台』『まく子』『i』などがある。23年に刊行した初のノンフィクション『くもをさがす』が話題となった。

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