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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784094080148
作品紹介・あらすじ
嶽本野ばら初の書き下ろし短編集、待望の文庫化!
あの『ミシン』で鮮烈なデビューを遂げた嶽本野ばらの初の小説文庫化です。 互いに頑なな誇りを持つが故、すれ違い、翻弄されつつも惹かれあう「僕」と「君」の恋愛風景の数々―。京都・東京・鎌倉・小樽と、著者自らが偏愛するカフェーを巡り、その時空から紡ぎだした、夢ともうつつともつかない短編・掌編12本を収録。 他の作品群にもつながる作家独自の美意識が色濃く映し出された好著。ファン必読の一冊です!
みんなの感想まとめ
独特の美意識が光る短編集は、夢と現実の狭間で揺れる「僕」と「君」の恋愛模様を描いています。登場する女性たちは一癖も二癖もあり、儚く美しい存在として物語を彩ります。彼女たちとの出会いは、まるで棘のある薔...
感想・レビュー・書評
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きらきらしていてでもどこか毒々しい宝石の詰まった宝箱。とびきり特別な一冊となった。出てくる女の子は皆癖 一癖も二癖もあるが、儚く美しい。美しいと思って手を差し出したら棘のある薔薇のように、ただ美しい世界観を創り上げているわけではない。そんな一冊。
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現実感のない「僕」と「君」の物語の数々。どれも夢うつつ、儚く脆く消えてしまいそうな繊細なお話。
不器用でも、愚鈍でも、出来損ないでも誇りを持ち生きれば良い。時代に合わせて自分を変える、器用な生き方は出来なくてもいっこうに構わない。
流行りのコーヒーチェーンの新しい設備、完全禁煙、オシャレで豊富なメニューも良いけれど…。
時間が止まったかのよな喫茶店に行きたくなりました。そしてそこで閉店まで居るとか、うたた寝をしてみたい…。 -
実際の喫茶店を舞台にした恋愛小説ということで「本を読んで聖地巡礼するのも楽しそう!」と思って購入。古い作品なので殆どのお店がすでに閉店済ですが京都の「フランソワ」と小樽の「光」だけはまだ健在のようです。
さっそくフランソワに本を持って、カフェして参りました。優しくて、切なくて、どこか郷愁的な物語を読みながらゆっくり時間を使って美味しいスイーツと紅茶をいただき、なかなかに贅沢な時間の使い方が出来たなと満足しました。決してハッピーエンドばかりではない、どこか癖があってそれぞれに愛おしさと美しさと逞しさのある女性たちとの物語は、没入感があって素敵なカフェでお茶をしながら読むのピッタリです。 -
色々な恋の形があって、色々な結末があって、私も恋したいなという気持ちになりました。
カフェーの説明が多くそれはそれで楽しいのですが、実際のお話としては始まったと思ったらすぐ終わってしまったり、もう少し読みたいなと思う話もいくつかありました。
本作はショートストーリー〜ショートショートあたりの短さのものもありますが、短いながらも心にグッとくる話もありました -
面白かったです。
カフェー、素敵な響きです。
昔からある純喫茶の趣…行ってみたいカフェーがたくさんですが、閉店してしまったお店もあるみたいで悲しいです。腰を重くしてないで、行きたいと思ったら行かねば、です。
フランソアは行きました。ミルクホールはお店の前まで行ったけど時間切れです。また行きたい。
「僕」と「君」…叶わない恋がほとんどですが、必然だから叶わないのかなとも思いました。好きすぎると上手くいかないなぁ。
文章や、登場人物の言葉遣い、素敵です。お手紙はしたためるものです。「ロリータとゴシックロリータは似て非なるものだわ」。
野ばらちゃんの美意識、好きです。
「真摯に生きることとは魂を摩耗しつづけていくことでしかないのかもしれませんよね。」 -
好きな作品は、私の偏愛するファッションブランドであるJane Marpleが登場する【王国と夢見る力】。
信念を貫き、矜持を持ってお洋服を着ること。野ばらさんが描く乙女たちに多く見られる共通点。そういう乙女たちは素敵です。押しつけられた服も、着たくもない服もうんざりだ。
Jane Marpleのタータンチェックワンピースにロイヤル別珍のジャケットを羽織る。足元はアーガイル柄のオーバーニーソックスに四連ストラップシューズを。
背筋を伸ばす。
その服が似合う、はもちろんだけれど、その服に相応しい人でありたいと思う。
《2013.10.18》 -
実際にあるカフェーでの短編集。僕の話がちょっと鼻につきますが…(笑)いくつか、訪れてみたいカフェーもありました。
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一時期、野ばらさんの本をよく読んでいて、ミシンとか良かった。
カフェー巡りいいですね。
井の頭公園の入り口にある、カフェの
中に昔飾ってあった恐い顔の人形達の絵が
凄く好きでした。 -
耽美に酔いしれろ、という紹介をされたが、案の定酔った。きっともう少し歳をとったら恥ずかしくなるのだろうが。
震えるほど素敵な表現が山ほどあり、喫茶店を愛そうと再確認した。
読み終わってすぐフランソアに行って参りました。当時の風景とは変わっているのでしょうが、いい時間でした。
「凡庸な君の異常なる才能に就いて」ミカワ喫茶
が非常に共感でき、好きだった。 -
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2025/1/10
1章が「カフェーは、きっと悲しみの数だけ存在するのでしょう」から、最後の12章で「モンチッチ」で、愛と安心になってよかった。そして「モンチッチ」…そこが好き。
全て、一人称が「僕」なので、最初の数章は恋が破局し続けるので、自分に酔ってる女たらしの話だと感じていた。たとえ彼自身はひと恋ひと恋が本気でも、あまりにも恋恋恋…が続くと、事実として「女たらし」なの。※しかし、女性たちが癖強なので、彼だけのせいではない。
しかし読み進めて、たらしは確実に違う、と気づいた。7章は恋が成就され、あたたかい愛でおわる。なので①パラレルワールドの僕②章ずつ違う人間、のどちらかと推理した。
作品紹介で「その時空から紡ぎだした、 夢ともうつつともつかない短編・掌編」とある事
「僕」の喋り方や考え方などが、全章同じ人に見える事で
①の可能性が高いかと。
そして、これは私の気持ちが入るけど、7章の「僕」が8章から、違う女性と交流しないでほしいので。7章の「僕」を私は信じる。
どっちなんでしょうね。私は再読で考え続けたり、わからない事を楽しむ。
実在のカフェを舞台にしているので、昔行ったことがあるカフェが登場し、懐かしくなった。行くのが遠いので、中々行けない。でも、小説の中で詳細を読めてよかった。知らなかった事も知れた。
取材力がすごいので、野ばら先生は文体が幻想的でも、本当は現実を見ていて、その中で夢を見せてくれているのだ、と思った。
私は、小説=著者自身と考えるのがプロに失礼という考え方であり、上記を書いています。
昔、内田春菊先生と安野モヨコ先生が、作品を自分自身だと言われて嫌だった、と仰ったことを覚えてて、それを気にするようにしています。 -
何というナルシシズムであろうか。全国のカフェを通じての恋愛エピソード。澁澤龍彦的奇形趣味もまぶしつつ、とにかく自己愛に溢れた文章だった。
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実在する純喫茶(カフェー)を舞台に、様々な男女の恋愛模様が描かれる短編集。どの話にも恋や人生に懊悩する僕(主人公)と君(ヒロイン)が登場し、その中には晴れて成就する恋もあれば、叶わぬ恋もある。彼らはある時はカフェーで出会い、またある時はカフェーで逢瀬を重ね、親密になってゆく。そして勿論、カフェーで別れを告げられて終わる恋もある。むしろ破れた恋の話の方が多い気がするが、個人的にはそれが良いと思っている。常に人で賑わう大衆的なカフェと違い、ひとりもしくは気心の知れた友人や恋人とふたりでひっそり訪れて、一杯の珈琲を片手に、共に過ごす「時間」を味わう純喫茶には、燃え盛るような熱い恋よりも、静かに落ちゆく線香花火のような恋が似合うと思うからだ。この本では、恋の始まりや最中、そして終焉にも必ず彼らの側にはそれぞれの"カフェー"が寄り添っている。様々なカップル、様々な恋愛の形と共にそれらの甘さも苦さも全て詰め込んだ"カフェー"が存在し、実際に足を運ぶことが出来るのはニクい演出だ。なぜならそこで読者は紙面で味わったほろ苦い恋を、追体験することが出来るのだから。
また著者の取材を元に書かれた、それぞれの「恋」の舞台となったカフェーの沿革や店内の内装の描写の細かさも素晴らしい。オーナーによって選び抜かれたアンティークの家具や食器が並び、レコードから奏でられるのは重厚なクラシック音楽……読んでいるとそうした純喫茶特有のメランコリックな空間が瞬時に脳裏に思い浮かんでくる。登場するカフェーでもそうでなくても、レトロな雰囲気の喫茶店で読めば更に没入感に浸れると思われる。外出時の鞄にそっと忍ばせておきたい一冊。
個人的には鎌倉の「ミルクホール」は何度か訪れたことがあり、思い出深いカフェーのひとつである。お店のクラシックな雰囲気や内装も好きなのだが、現地に辿り着くまでの道筋から既に非日常への入り口が始まっているようで、毎回ワクワクしながら足を運んでいる。もしもまだ訪れたことのない方がいればオススメしたい。メニューの「オペラライス(白いオムライス)」は見た目の美しさと味、どちらも楽しめる名品なので、ぜひ。 -
登場人物は僕と君だけ。この世界の何処かに居る、または何処にでも居る僕と君のお話。喫茶店で過ごすゆるやかな時間の魅力、そして 人を愛することについてをたっぷりと凝縮して詰め込んだ短編集。人間って愛おしい生き物なのだなあ。
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実在する/したカフェーをモチーフにした短編集
実在するカフェーと、一人称で語られる物語が多く、嶽本野ばら節がきいてるので、ついつい作者のエッセイのように読んでしまう。
短いお話が12編収録されているので、短い時間で読め、ロリータ好きやレトロな空間、静かな世界が好きな人向け。 -
野ばらさんの描く、実在する12のカフェーをもとにした御話。
やっぱり嶽本野ばらさんの小説を読んでる時間は、何にも増して綺麗な詞、綺麗な文体との出逢いの連続です。今回の御話達も、とても好きになりました。紅茶やビスケットが合いそうな、ほろ苦く甘美な短編集です。
『カフェー小品集』では、野ばらさんの他の著作よりも、登場人物の感情の機微がとても丁寧に、美しく書かれていた印象を受けます。この一冊を通して他の野ばらさんの著作を読んでみたら、また印象が変わってくるのでしょうね。(『シシリエンヌ』を読んだ時に「何故!?」となったあの展開も、今なら静かに呑み込める気がします。そのくらい一冊を通して野ばらさんの言わんとしていることが伝わって来ました。素晴らしい!)
自分は喫茶店にはほぼ行くことはありません。でも、それは所謂野ばらさんの言う「カフェ・ブーム」に対して自分の持つバイアスのようなものでしかなくて、野ばらさんが「カフェー」と呼称するこれらのお店、「サービスをしないことがサービス」な、変わらぬ贅沢さを持ち続けている、時代においていかれた喫茶店にはとても衝撃を受け、魅力を感じましたし、「カフェー」が「カフェー」である理由がわかった気もして、ちょっぴり耽美な気持ちです。いつか行けたらいいなぁ。
結びとして、やはり野ばらさんの作品を通して考えられることは沢山あります。ここまで自分を読書の虜にした作家さんもそうそういないでしょう。『カフェー小品集』の中で好きな御話を挙げるなら、やっぱり「凡庸な君の異常なる才能について」だと思います。でも、生き方としては「モンチッチの誇り」のものに激しい共感を持ちます。何れにしても、私はこれからこの一冊もまた、聖書のように読み続けるのでしょう。 -
嶽本野ばらの中で1番すき、短編で旅行に持って行ったり何回も読んでる
カフェをカフェーって言うのもいい
これをキッカケに行ったカフェー、行きたかったけどもうないカフェー
カフェーで待ち合わせしながら本を読んでいたいよね
乙女のバイブル -
本棚からふと手に取ってしまう、懐かしくて恋しい短編集
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友達からプレゼントされた。人から本をプレゼントされるのは2回目で、1回目は遠い昔のことだ。
自分から手に取るようなことはないであろう本を読む。うれしいできごとだ。
特にこの本は京都の古い喫茶店が出てくるのでプレゼントしてくれたのかなと思うが、一緒にいたもう1人の子にも同じ本をプレゼントしてたからなぁ…
もうなくなってしまった「みゅーず」。しみじみと思い出した。小説読みながら、遠い昔に戻った気がした。その中に「築地」「ソワレ」が出て来たのもうれしかった。次の小説の舞台の「フランソア」と私の中でもセットになっている。
「フランソア」は最近(といっても5年以上前かも)行ったけど、「築地」も「ソワレ」も全然行ってないので、つぶれてないか心配になって、今調べてみたら、現役だった。
「若王子」は行きたいと思っていたが行ったことはなかった。今調べたらやはり閉店していた。
「クンパルシータ」は知らなかったが、この店も閉店したようだ。
ついでに「夜の窓」も調べてみたら閉店してた。
ここまで来たら東京の店も調べよう!
「宵待草」はオーナーが変わったそうだ。
「クラシック」は閉店したが、あとのお店は今でもやっている!行きたい。
鎌倉、小樽もつぶれてない。
小説よりも喫茶店に惹かれてしまった。でも、この小説はそれで成功なんだと思う。読者にそこに行きたい、と思わせる力が小説にあったのだから。
私を遠い昔に連れて行ってくれて、それだけではなく不思議なことに、恋愛からものすごく遠くにいるはずなのに、なんだかすぐ近くにあるかのような錯覚を起こさせてくれて…
友よ、ありがとう。
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京都や東京にある様々なカフェーと筆者の思い出・小説。行ってみたい。
著者プロフィール
嶽本野ばらの作品
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