地球を抱いて眠る (小学館文庫)

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  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094082791

感想・レビュー・書評

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  • 著者の駒沢敏器氏は雑誌「Switch」の編集を経てフリーになった
    作家・翻訳家・編集者で、ルポとも短編小説とも言い難い、とても良質
    な紀行文を書く方です。

    本書も7編の紀行文を集めたものですが、つづられるのは、退行催
    眠による幼児期の心象世界、屋久島の森に吊るした500個の風鈴が
    奏でる音の世界、サンフランシスコの禅寺、長野県伊那谷で体験し
    た天地人一体法、バリ島の呪術師、ハワイの不思議な石の伝説、オ
    ーストラリアに残る最後のヒッピーコミューンと、かなり「あやし
    い」世界のことばかりです。

    いわゆる「癒し」や「精神世界」に触れる風変わりな旅や体験ばか
    りですが、著者の眼差しはあくまでも冷静です。それは、そういう
    旅や体験によって立ち現れてくるものが「覚醒した自分」ではなく、
    「日常の自分の投影」であることに、自覚的だからです。

    ですから、「癒し」や「精神世界」系の内容を期待して読むと、ど
    こにも現実逃避できる場所なんてないんだ、という著者の冷めた認
    識に冷や水を浴びせられた気分になることでしょう。

    しかし、著者の体験を通して「目には見えない世界」に触れること
    で、確実に自分の中の現実認識が変わった気になることもまた事実
    です。「目に見えない世界というものは、いつでもどこでも目のま
    えにあったりするものだ」という著者の言葉に象徴されるように、
    目に見えない世界は、見ようとしていないから見えていないだけな
    のです。

    サン・テクジュペリの『星の王子さま』では、「たいせつなことは、
    目に見えない。心で感じるしかない」と繰り返し語られます。要は、
    この世界から何を読み取るかは、見方や感じ方次第だということで
    す。そして、その見方や感じ方を広げてくれるのが、本書の魅力で
    す。それは、豊かな意味に満ちた世界の可能性に気づかせてくれる、
    という意味で貴重な体験です。

    個人的には「ハワイの石伝説」が最も印象的でした。何故人は石に
    特別な力を感じるのかを初めて納得させてくれた文章です。しかし、
    とても怖い話ですので、もしかしたら読まないほうが良いのかもし
    れません。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    「自然が好き」だとか「自然と接する」と言っても、自分はその判
    断の大半を視覚に頼っていたようだ。樹を見て森を見ず、という言
    い方があるけれど、自分がしてきたのは「森を見て音を聞かず」だ
    ったのかもしれない。(「屋久島の森に風鈴」)

    「眠るということはつまり、明日を思うことです。眠る前に明日の
    ことを考えますか、あなたは?」
    明日の何時に用事があるとか、あるいはいつもと同じ電車に乗らな
    ければならないとか、そういうことではもちろんないように思えた。
    彼が訊いているのは、「明日の自分を考えているか」という、生き
    ることに対する問いなのだ。(「地球を抱いて眠る」)

    樹と大地は、はっきりと生きていた。僕はそれを感じ取ることがで
    きた。おかしな言い方だが、自分は樹や大地とあまり違いのない存
    在のように思えてならなかった。(同上)

    「目には見えない情報こそが本質」という命題が出されると、人は
    性急にそこにある(かもしれない)答えを手に入れようとし始める。
    それで苦しくなってしまう。(「バリ島の呪術師」)

    人は常に小さな不安の中にいる。顔は明るくしていてもいつも心は
    どこかで揺れ動いていて、小さな幸福さえもいずれは消えてしまう
    のではないかと震えている。朝ふと目を覚ますと、自分を支えられ
    ない自分がそこにいるときもある。(同上)

    「自分で動くものは、人間が追ってもいいのよ、おそらく。魚は穫
    ってもいいし、動物も捕獲していいし、植物だって移動こそしない
    けれど、成長はするから摂取していいの。でも、自分では動けない
    ものを動かしてはいけないんだわ。神聖な理由があれば使ってもい
    いけれど、よこしまな考えで利用したら、それは自分に跳ね返って
    くるのよ」(「ハワイの石伝説」)

    僕は思った。彼女が石を拾ってきたから、こうなったわけではない
    のだと。彼女があるとき自分ひとりで何かを拾い、それに僕は気づ
    くこともなかった、ということだ。彼女が何かを拾ったときから、
    それは既に始まっていたのだ。人生の歯車が乾いた音をたててひと
    つ動くように、誰も何も気づかないまま、何かは動いて離れていく。
    (同上)

    体験の幅や数だけ何かが広がるということはなく、そこで目にする
    ものは、いつもの自分の姿なのだった。その自分の姿を、普段はあ
    まり見ていないだけであることに気づかされた。
    だからこそ、それでも辺境はそれぞれの人の中でつくりだされるべ
    きなのだ、とも思っている。そうでなければ、旅という行為にいっ
    たい何の意味があるというのだろう。(「あとがき」)

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    ●[2]編集後記

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    先週、紀伊半島の尾鷲に行ってきました。夕方に着いて翌朝一番の
    電車で戻ってくる慌ただしい旅だったのですが、紀勢本線は、森の
    中を縫うように走るので、思いがけず新緑のシャワーを楽しむこと
    ができました。今週の一冊は、この帰りの車中で読んだものです。

    尾鷲は屋久島と同様、日本で一番に雨の多い土地と言われています。
    でも、雨よりも何よりも特徴的なのは光の強度です。色々な土地を
    訪れましたが、紀州、特に、尾鷲地方のような強さを持つ光に出会
    ったことはまだありません。非科学的な言い方になりますが、尾鷲
    では光の粒子が大きいのです。光の一粒一粒が見えるような、そん
    な気にさせられる格別の光が降り注ぐ土地なのです。

    強烈な光の中で育つためか、尾鷲の森も人も本当に独特の輝きを放
    っています。10年以上前に1年半ほど住み、この土地の森と人々とふ
    れあった記憶の全ては、自分の脳裏に強烈に焼き付いています。今
    だに忘れられない、自分の魂のふるさとです。

    今回はバイクの事故で亡くなった友人の死を悼む悲しい集まりだっ
    たのですが、それでも、本当に久しぶりの友人とも再会し、夜中ま
    で酒をくみかわして楽しいひとときを過ごすことができました。10
    年たつと色々なことが変わっています。でも、変わらないものもあ
    る。その両方を確認しながら、過ぎた月日に思いを馳せました。

    人や土地の縁とは本当に不思議なものです。

    母亡き後、湘南の家に独居する父は、家を売って介護マンションに
    入ることを考えているようです。近い将来、自分の生まれ育った街
    に帰る場所がなくなってしまう。そうなった時、「よく帰ったな」
    と迎えてくれる人がいる場所は、もう尾鷲しかなくなってしまうの
    かもしれません。土地との縁は、人との縁があって初めて成り立つ
    もの。改めて人との縁の有り難さに気付かされる旅でした。

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