海炭市叙景

  • 小学館 (2010年10月6日発売)
3.83
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784094085563

作品紹介・あらすじ

北の町に暮らす人々を描く悲運の作家の遺作

「海炭市叙景」は、90年に自死を遂げた作家、佐藤泰志(1949-90)の遺作となった短編連作です。海に囲まれた北の町、「海炭市」(佐藤の故郷である函館市がモデルです)に暮らすさまざまな人々の日常を淡々と描き、落ち着いた筆致の底から、「普通の人々」の悲しみと喜び、絶望と希望があざやかに浮かび上がってきます。この作品が執筆された当時はいわゆる「バブル」時代でしたが、地方都市の経済的逼迫はすでに始まっていました。20年の歳月を経て、佐藤泰志が描いたこの作品内の状況は、よりリアルに私たちに迫ってくると言えます。
函館市民たちが主導した映画(熊切和嘉監督・加瀬亮、谷村美月、小林薫、南果歩などが出演)の公開は2010年12月の予定。映画化をきっかけに、心ある読者に愛されてきた幻の名作が、ついに文庫となって登場します。

【編集担当からのおすすめ情報】
映画「海炭市叙景」は、東京国際映画祭コンペティション出品作です。12月18日から渋谷ユーロスペース・横浜ジャック&ベティ、川崎アートセンター他で上映予定。以後、全国数十館でも上映の予定です。
*12月にフィリピンで開催された第12回シネマニラ国際映画祭で、グランプリと最優秀俳優賞(アンサンブル・キャスト)をダブル受賞しました!
*「本の雑誌」増刊「文庫王国2010-2011」誌上で、「本の雑誌が選ぶ2010年度文庫ベストテン」3位に選ばれました!

みんなの感想まとめ

人々の悲しみと喜び、絶望と希望が淡々と描かれた短編連作は、架空の北の町「海炭市」を舞台に、住人たちの日常を通して人間の複雑な感情を映し出します。登場人物たちは同じ街に住みながら、互いに関わりを持たない...

感想・レビュー・書評

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  • 佐藤泰志『海炭市叙景』小学館文庫。

    未完の遺作。海炭市という海に囲まれた北の地方都市に暮らす人びとの悲しみだけを切り取って集めたような連作短編集。幸せの欠片など一つも描かれず、人びとの悩み、苦しみ、悲しみ、喜び、絶望だけが淡々と綴られる。

    読んでいると暗澹たる気持ちになるのだが、人生など楽しいことよりも辛いことの方が記憶に残るのだから、これが真実なのかも知れないと何故か突然腑に落ちる。

    本体価格619円(古本100円)
    ★★★★

  •  海炭市という架空の街を舞台にした短編集。登場人物たちが同じ街に住んでいながら直接関係ある人達はほぼいない。道ですれ違った人のことを全く覚えていないが、ある時には誰よりも近くにいた、そんな関係あるようなないような人たちの話がつづく。
     前半はこれからその人たちはどう関係してくるのか、みたいな緊張感があり、後半は同じ街に住んでいながらこの人たちはこんなに関係ないのかという対比でもあった。

  • 日本のどこにでもありそうな、しかしそれは架空の街。そこに住んでいる人々の暮らしと人生を物語る。一筋縄ではいかぬ人間を見つめる作者の目は張りつめている。(41歳の若さで自殺してしまった作者を想うとなおさら)

    「まだ若い廃坑」「一滴のあこがれ」「夜の中の夜」など、ひとつひとつの短い物語のタイトルからして印象深い。(友人の書いた詩より拝借らしいが)何気ない普通の暮らし、あるいは切羽詰まった物語の淡々とした描写が光っている。

    バブルもはじてけない時代1980年代に書かれたので、予言的だと解説にもある。つまりうまくいかない人生模様や人間の心は、すっかり現代にも通じるのだということ。

    いえいえ、その前も後も世界情勢や景気や災害や疫病や、何もない時代なんてありはしない。

    そんなに突き詰めて苦しまなくてもいいじゃないか、人生いろいろあるけれど前向きに考えよう、いつかは・・・。

  •  この小説がとてもいい小説だと、上手に伝えられたらうれしいと思って書き始めました。ある作品がいい作品かどうかなんて、学校の国語の時間にはもっともらしく解説されるのですが、本当はそんなことは、読んだ人が決めればいいことであって、客観的にいい作品なんてものはあるんだろうか。国語の教員をしながらいつもそんなふうに感じてきました。
     
     ところで、人というものはどこからかはわからないけれども、この世に投げ出された存在であるという考え方があります。この小説は、人という生きものが、投げ出された存在である自分というものと格闘しつづける姿を書き綴った作品でした。

     「あやまらない。だれにもあやまらない。たとえ兄さんに最悪のことがあってもだ」とつぶやき続けて待合室のベンチから立ち上がれない妹の姿を思い浮かべながら、読者の僕にはとめどなく涙がわきあがってくるのです。そして「そうだよ、君がそのように、その場所に存在していることは、誰に対しても、あやまる必要なんかないよ。」と、うつむきながら呼びかけている自分を発見することになるのです。

    https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201904300000/

      

  • 海と炭鉱のある地方都市に暮らすさまざまな人びとの人生の断片を切りとって活写している連作短編集です。

    本作の舞台になっている海炭市は、著者の出身地である函館をモデルにしているようですが、日本のどこにでもある地方都市といえるように思います。えがかれているのは、人びとがいまだパソコンも携帯電話ももたない1980年代の後半で、いわゆるバブル経済に日本がわいていたころですが、本書の登場人物の多くはそうした時代の最前線からとりのこされた人びとです。炭鉱の閉鎖によって失業者が現われ、翳りを見せはじめた地方都市で、すこしずつ人生をすり減らすようにして日々の暮らしを送っている彼らのすがたがていねいに叙述されています。

    そのことが、かえって現代の日本に暮らす人びとにも慣れ親しんだ日々の光景として受けとられたことが、本作が支持を得ることになった理由なのかもしれません。われわれもまた、おなじことのくり返しのような日々を送りながらも、ゆっくりと、けれども確実に活気をうしないつつある世界で、やがては終わりを迎える人生を一歩ずつあゆんでいるのだということを感じさせられます。

  • やがて春となり夏の初めとなるわけだが冬から始まるためか、切々と暗く寒い。真夏から秋は作者がいなくなってしまうのでない。暗いが身近に感じ温かさもある18編。気づけば海炭市の地図が頭の中に出来上がり自分もその叙景の中にいる。一話目の妹が今どうしているだろうかと読み終わっても気になる。

  • 初めて読む佐藤泰志が、まさかの彼の遺作だった。
    函館市をモデルにした"海炭市"に暮らす人々の話。
    冷たくて灰色で、厳しい海炭市の冬。


    まだ若い廃墟について。

    「待った。ただひたすら兄の下山を待ち続けた。から始まる、冒頭のひと段落が、私は素晴らしいと思う。
    過去のことを話しているんだろうな、と思いつつも、そのまま物語の中に入り込んでしまった。
    もう全て決めてしまったから、あの態度だったのか。
    ねぇ、なんで?どうして?と思ったが、そんなことしか思えないのは、私が未熟だからだろう。

    「あやまらない。誰にもあやまらない。」と出てくるが、そこはもうロープウェイの待合室で1人待つ妹の姿を想像するだけで、何とも言い難い辛さが、少しずつ少しずつ近付いてくる。
    ある時点で、もうとっくに妹も薄らではあるが、気付いていただろう。
    そして兄も、そのことに気付いていただろう。
    だけど、お互いに普段通りに振る舞うことの辛さよ。
    そんな兄妹がとても悲しい。

    その次の話で「あぁ、もう本当やめて」と思った。


  • 寂れゆく北国で、自らの境遇にじっと耐える人びとの18話。灰色の空気を吸い込むように読みました。芥川賞候補に5度なりながら自死した、佐藤泰志の遺作。

  • うーん、『きみの鳥はうたえる』や『草の葉』でかんじた瑞々しさみたいなのがあまり感じられず、ただただすべてがぽっかりとあいた深淵に(=山に)すいこまれているみたいで、なんだか読んでいると口の中がパサパサしてくる…。一筋の光、とか希望とかがもうかんじられない。山で起きた死を中心に絶望、諦観がまとわりついてはなれない。この街のじめじめとした不幸な雰囲気がもうずっとすごくつらかった…冬から始まって秋で終わる予定だったという全部は完成しなかったので、もし完成していたらもっと明るい雰囲気もたのしめたかもしれないけど、それに至れなかったということなのだね。

  • 著者の未完の遺作となった連作短編。ついこないだ同じ著者の『そこにみにて光輝く』を読み、すくいようがないくらい閉塞感がありながらもその眼差し=筆致のやさしさに引かれて2作目を読んでみた。やさしさに引かれてと前述したけれど、多分に著者が自死した人であることを意識しているであろう自分。自死してしまうほど考えてしまうとともにやさし過ぎる人だったのだろうと思っている。
    『海炭市情景』も閉塞感が関係している。地方の斜陽化しつつある街の市井の人々それぞれが1編ごとに描かれる。ヤクザのやさしさを見たりシレっと児童虐待があったり、小説だから当然といえば当然なんだけど一辺倒でない人の姿が描かれる。
    といいつつ、とりわけ普通で何も起こらない「週末」という1編がよかった。路面電車のロートル運転手が、孫を生まんとしている娘のことを思い、きょうは事故など起こしたくないと思う話。こんな何気ないことが心をつかむストーリーになる。

  • 人々がITの世界に新たなそれを見いだすまで
    現代とはフロンティアの失われた時代だと
    思われていたかもしれない
    しかし実際のところ、必ずしもそうではなかった
    人々はノスタルジーの世界を破壊して、フロンティアの土台を作った
    かつて人々の暮らしと男たちの誇りを支えていた炭鉱は閉鎖され
    畜糞まみれの農村風景も潰されて、やがて郊外のそれへと変わっていった
    しかしそんな都市の清潔さとひきかえに
    人心はじわじわ荒廃していった
    いかに都市化したとて東京にかなうわけではない
    雪ばかり多くて、海炭市には夢がない
    人々は…特に若いものたちは、幻想のなかの東京に憧れて
    うわついていた
    最初は、海炭市という架空の街を
    変化する一つの生命体のように書こうとしていたのだろう
    脳髄は物を思うに非ず
    街が、一種の神なのである
    しかしその試みは
    作者の自殺によって中断されたのだった
    ラストの一行が死のすべてを象徴しているようにも思えなくはない
    つまり
    ある絶望を隠そうとするなら死ぬしかないのだ、という…

    佐藤泰志が死んだのは平成2年のこと
    バブル真っ只中ではあったが

  • 海炭市に暮らす人々の姿を18の短編で綴っている。炭鉱が閉鎖され、変わりゆく街、全体に暗めの印象だが、多くの登場人物の姿を、とても丁寧に描いている。この小説の季節が冬と春で、続編として、残りの夏と秋の構想があったが、作者が亡くなってしまい、完結せず。

  • 続編ありと予告されていながら、作者の自殺によって本前編だけしか読めなくなってしまった訳ですね。この中でも前半と後半で若干色合いが異なっていて、前半はゆるい繋がりのある連作短編で、後半はほぼ独立した短編たち。どこかに憂いを抱いた人たちがそれぞれの主人公で、結末までは語られないこともあり、読者の想像如何で、物語が多彩な色合いを呈する仕様になっている。来ない荷物を寒い港で待つ話とか、子供と合える直前にガスボンベで怪我する話とか、休日の帰途に追い禁でつかまる話とか、そのあたりが印象に残りました。

  • 芥川賞の候補に5度選出されるもことごとく落選、三島由紀夫賞の候補に挙がるもこれまた受賞には至らず。20代の頃から自律神経失調症に悩まされ、1990年に41歳の若さで自ら命を絶った佐藤泰志。没後20年経ってから見直されるようになった不遇の作家。

    「海炭市」は架空の町ですが、著者の故郷・函館市がモデル。やはり函館市をモデルにした『そこのみにて光輝く』と『黄金の服』に収載されている「オーバー・フェンス」、そしてこの『海炭市叙景』はそれぞれ映画化され、函館三部作と呼ばれるように。『海炭市叙景』は著者の遺作となった短編小説集です。第1章「物語のはじまった崖」、第2章「物語はなにも語らず」にそれぞれ9編ずつの合計18編。

    第1章の最初の話に登場するのは、正月を前にして職を失った20代の兄妹。家の中をふたりして探し回って出てきたお金は2,600円。その全額を持って明るさを装い、初日の出を見に。ロープウェイで上ったはいいけれど、下りの分の金が足りず、兄は妹だけを乗せて、自分は歩いて下るという。待てども待てども戻らない兄をひたすら待つ妹。

    こんな悲しすぎる話から始まり、第1章では海炭市で暮らす人びとの冬を綴ります。2つめ以降の話にも冒頭の兄妹や前話の人の影が見え隠れします。2つめの話では、崖に引っかかった兄の遺体を回収するという小さな新聞記事を目にしてから、そのことが頭から離れない男性が主人公で、以降も同じ町に暮らす者のつながりを感じずにはいられません。第1章だけなら個人的には★4.5。

    ところが、春が描かれる第2章は、1話ずつが独立していて、それぞれのつながりを感じることができません。第1章と異なる趣にとまどってしまうほど。第2章は★3。

    あとがきを読んで納得。もともとは全部で36編となる予定だった本作。夏9編、秋9編で完成だったはずが、著者の自殺により未完に。どこででも終われるように、途中で自分が死んでもかまわないように書かれた第2章だったのかと思うと胸が痛みます。冬から春へ、そして初夏の匂いも漂いはじめ、光が見受けられる文章だったのに、ここで命を絶ってしまったなんて。もっと読みたい作家です。

  • 時々この人の、逃げ場がないような胸が苦しくなるような作品を読みたくなる。

    佐藤泰志の遺作にして、途中で途切れてしまっている短編集。
    本来なら春夏秋冬4つの季節の作品群が出来上がる予定だったけれど、冬から始まって春を終えたところで途切れている。

    舞台は“海炭市”という北海道にあるとされる架空の街。それが函館市なのだということは、この著者の作品をいくつか読んでいればすぐに分かる。
    首都や都会とは違い、仕事も少なくどこか寂れている地方都市。海があり、雪が降り、冬は寒い。
    文章を読んでいるだけなのにイメージはモノクロで、そこに住む様々な人間たちのリアルな生活が、痛々しいほどに描かれている。
    首都から家族を連れて海炭市に戻ってきた男や、揃って仕事をなくした正月に初日の出を見るために登山する兄妹、前科持ちという過去を隠して偽名を使いながらも真面目に仕事をする男…男女の物語というより、泥臭い人間たちの物語。

    希望が見えないわけではないけれど、出来すぎた嘘臭い希望ではない。普通に地道に生きた先にあるもの。
    その途中で道を踏み外したり失敗することもあるけれど、そこで人生が簡単に終わるわけではないということ。

    この物語を描いている途中で自死してしまった著者は、一体どんなことを考えていたのだろうと思う。
    プロフィールを見たら父親と同い年だった、というのも、そう思ってしまう一因だったりする。

  • 文体の、何たる瑞々しさ。
    熟した葡萄の皮に、
    ぷちっと歯を立ててその果汁と果肉を味わった時の、
    酸味、甘み、渋みのコントラストのような、
    冷えた視線の中にある瑞々しい文体に、
    何度もはっとし、
    ひどく安易な言葉であるが、感動した。

    その場所で、その時を全力で、
    働きながら食べて、町を歩く人々に宿る、
    絶望と、密やかな狂気。
    いずれもが、私たちであり、
    また隣りにいるあなたであるという、
    果てない人間への愛が見える。



    BSで特集が組まれた時に、
    恥ずかしながら初めて知った作者。
    映画が大変素晴らしかったので手にした原作が、
    こんなにまでも秀逸な作品だったとは。

    翻って、熊切和嘉監督による映像化が、
    いかに原作の世界観を守りつつ、
    独自の空気と色を染み込ませたのかがよく分かる。

    原作、映像化、いずれも大いにオススメ。

  • 地方都市に住む人に、鋭く、優しく光を当てた連作小説。
    秋、冬も読みたかったなぁと切に思う。
    映画もぜひ観たい。

  • 廃れてゆく地方都市を舞台に18人の人生の断片が、時に冷たく、時に温かく描かれている。全体的に絶望感が漂うが、かすかな光を感じさせるところが巧い。個人的には、ガス店の若社長と競馬にいれこむサラリーマンの話が好き。

  • 5つの物語で作られた映画を受けてこれを読むと、さらに海炭市の情景が心に広がり、18の人生の物語が思い描ける。
    20年近く前に書かれた作品だけど、現代の地方都市の姿はこの頃と全く変わっていない。極度に感情的でなく、淡々と描かれるから、それぞれの物語の主人公たちに寄り添える。

  • 架空の街に住む人々の話で、特に職業訓練所に通う中年男性が酒を飲んで運転する話がよかった。

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著者プロフィール

1949-1990。北海道・函館生まれ。高校時代より小説を書き始める。81年、「きみの鳥はうたえる」で芥川賞候補になり、以降三回、同賞候補に。89年、『そこのみにて光輝く』で三島賞候補になる。90年、自死。

「2011年 『大きなハードルと小さなハードル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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