明治かげろう俥: 時代短篇選集 3 (小学館文庫 や 4-7 時代短篇選集 3)
- 小学館 (2013年4月5日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (460ページ)
- / ISBN・EAN: 9784094088137
作品紹介・あらすじ
傑作再び!幕末から明治を舞台にした傑作集
幕末から明治を舞台に描いた山田風太郎の名短篇を集成する作品集、第3弾。桜田門外の変を、討ち取られた井伊直弼の首の行方が転々とするなかに捉えた「首」。ロシヤ皇太子ニコラス2世が襲撃された大津事件で、襲った巡査の家族と皇太子の命を救った車夫たちの人生が交差していく「明治かげろう俥」。
ほかに、「明治忠臣蔵」「天衣無縫」「絞首刑第一番」「三剣鬼」の6編。さらに、これまで全集のみに収録されていた、日下三蔵氏による「山田風太郎明治小説〈人物事典〉」を加筆して収録した。
実在の事件や人物を素材にして、斬新な視点と解釈が施された作品の数々は、今なお褪せることがない輝きを放っている。
感想・レビュー・書評
-
黒鉄ヒロシ「幕末暗殺」
https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4569577008#comment
で桜田門外の変を読み、山田風太郎に井伊直弼の首を巡る話があったなと借りてきた。
こっちの短編集には他にも人斬りとして岡田以蔵、田中新兵衛、河上彦斎の話も入っているので、「幕末暗殺」と並行して読んだ。
巻末には「山田風太郎明治小説人物事典」収録。
***
三人の男がノロノロと雪の中を歩いている。
前に二人、やや遅れて一人。
いずれも全身は真っ赤、袴はズタズタ、血まみれの刀の先には一つの生首、先ほど討ち取った大老井伊掃部守直弼の首だ。
後ろの一人が刀を振り上げ、前を進む襲撃者たちの後頭部へ切り込む。
前を行く襲撃者たち、そしてそれを追ってきた井伊家家臣の命は尽きる。
直弼の首は、政治論争に暮れる大名屋敷の侍たち、安政の大獄で恋人を亡くした女、井伊家に金と引き換えに渡そうとする無法者、そして自分の国に帰る理由を探していた浪人者の間を渡り歩く。
生きている人間の命運が、一つの死んだ男の首により踊らされたのだ…
***
実際の井伊直弼の首は、実際には水戸と薩摩の襲撃者及び井伊直弼の家臣たちが死んだのち、その前にあった遠藤但馬守の屋敷に回収され、井伊家が慌てて受け取りに行ったということです。
もしも井伊家が取り戻す前にあっちこっちを渡り歩いていたら?というお話。
しかし井伊直弼襲撃者たちって、大怪我を負うがどこぞの屋敷までは辿りついているんですよね。江戸城真ん前で大老が襲撃されるという大事件があったというのに、瀕死の襲撃者たちが普通に歩き大老の首が一時的とはいえ行方不目になってしまうほどの無人だった江戸ってどのような街だったのだろうと思う。(←この疑問に関しては「幕末暗殺」も参照するとなんとなくわかったが)
/首
錦織剛清 は激怒した。
主君相馬因幡守は、 家令であった志賀直道を始めとする不忠の輩に不当に監禁されている!
井伊直道は困惑した。
主君相馬因幡守は、狂気の様相を見せ、表に出すのは危険だったのだ。それをいちいち若侍に報告する必要などない。
隠されれば隠されるほど錦織は燃え上がる。
その後十五年に渡り、相馬因幡守奪還を巡っての争いが繰り広げられる。
***
「主人は狂ってます(統合失調症?精神分裂症?)」という真実をそのまま発表するわけにいかない側が権力者側だったため、
第三者から見えれば「身分の低い忠臣が、単身で不忠な権力者に立ち向かうの図」となってしまったということ。
「相馬事件」は知らなかったのですが、実際に江藤新平やら陸奥宗光やらまで巻き込んだ大騒動となり、精神患者への処遇を見直すきっかけともなったとのこと。
しかし山田風太郎作品ではなんというか読みながら口があんぐりしていまうようなことがらが起こるのですが、この小説内ではただただ猪突猛進する錦織剛清の大迷惑っぷりに、なんなんだこの人は、この人こそ精神…という苦笑いしか浮かばず…。
/明治忠臣蔵
元東征大総督参謀、いまは新政府参議の広沢直臣は妾の”おかね”と同衾中に殺された。
暗殺者は不明。
新政府の名に掛けて暗殺者を見つけねばならない。
お白洲に引き出されたのは生き残った妾のおかね。
新設された弾正台のポリスはおかねを痛めつけて吐かせようとする。
ぬめっとした身体は官能美の塊、頭には少し頭に霞のかかっている女。その女に加えられる苛烈な拷問は5年も続く。
…しかしおかねの口から出てくるのは、自分がちょっと遊んだ男たちの話ばかり。その浮気相手達を必死で調べるポリスたち。
このままでは何の調査かわからない、そしてこれ以上妾の浮気調査をするのは広沢参議の名を落とすばかりではないか。
こうしてあまりにも天衣無縫は一人の女のせいで、新政府の名誉を掛けた調査は打ち切られ、暗殺の真相は迷宮入りとなってしまいましたとさ。
***
5年に渡る拷問は相当苛烈ながら、なんというか…お互いになにやってんのあんたたちといいたくなるような…、双方が真剣であればあるほどバカらしくなっていくというこの世の皮肉。
なお山田風太郎は、別の短編でこの広沢参議暗殺の黒幕を推測する話を書いています。
/天衣無縫
日本の死刑において、首切りは廃止される。
新たな方法として絞首刑が採用され、絞首台の作成が職人に任された。執念と悲哀を持って作られた絞首台に、最初に吊下がったのは…。
/絞首刑第一番
よくあることだ、賽子(サイコロ)一つが運命を狂わせた。
明治二十四円五月十一日、来日中のロシヤ皇太子ニコラス二世を警備の警察官津田三蔵が斬りつける。
津田を取り押さえたのは人力車の車夫の和田彦五郎と向畑治三郎。
日本とロシアの両方で英雄になり、終生年金を受け取ることになった彼らの命運や如何に。
***
如何にって、悪くなるに決まってるんですけどね…
日本中が戦争におびえて大混乱のなか、自分たち二人は英雄であり遊んでも大金が入ってくるとなれば興じるのは、女に博打、悪い仲間に怪しげな商売。何度やり直そうと決心しても、やはり大金はあるんだからそれもバカらしくなっていゆく。
この二人の車夫の命運は、一部は史実とのこと。
なお、この犯人の津田三蔵への処罰は意見が割れ、政府からは法律に関係なく死刑にしろという圧力も多かったが、大審院長児島惟謙は 「法治国家として法は遵守されなければならない」として 無期徒刑を求刑。しかしそれがロシアをはじめとする諸外国から日本が法治国家としての評価を高めた。
巻末の人物紹介で、「児島惟謙 が大審院長に任命されたのは事件勃発の五日前。「あたかも点が『超法規』は許さないという使命を果たさせるべく、彼を地上に下したかのよう」と評されたと出ていた。
/明治かげろう俥
井伊直弼派だった島田左近は暗殺者により梟首された。
同衾していた妾の”おえん”も裸で縛られていた。
おえんを助けたのは薩摩下級侍田中雄平という男。
田中雄平は浪人たちを家に呼び込む。
ある時田中雄平は帰らず、彼の知人の岡田以蔵から田中雄平の正体を聞く。
田中雄平の本名は田中新兵衛といい、浪士の間で”人斬り新兵衛”といわれる男だ。
島田左近を殺したのも田中新兵衛だ。
志士中の奇才といわれた本間精一郎を殺したのも田中新兵衛だ。
四人の与力を殺したのも田中新兵衛だ。
「それから。」「もうまっぴら!!」
数年後、夜鷹になったおえんを探しにきた高田源吾という男。
岡田以蔵より、「あの女を抱くと一通りのことはできる、しかしその事を為した後に再度抱くことはできない女」と聞き、大望の前におえんを買いに来たという。
高田源吾、つまり河上彦斎が佐久間象山を斬ったのはその翌日だった。
***
三人の幕末暗殺者の影には一人の女がいて…という話。
山田風太郎は別の短編でその後の河上彦斎を描いていますが、そっちではもっとストイックというか大事の前に夜鷹と運試しするような人物ではなくて(笑)。まあいろんなバリエーションの一つですね。
/三剣鬼詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
山風明治短編選集、最終巻は、明治ものを手がける以前の、たまたま(?)明治を扱った短編を集めたもの。
しかしここで扱われている作品は、図らずも「時代の大きな事件の影で、その人生を破滅へと向かわせることになった人々の物語」が集められているように感じた。そのため、読んでて実にキツいものが多かった。
それにしても、表題作の登場人物、向畑治三郎の本当どうしようもない人生の変遷を描き、最後に「この無類に好人物の、哀れな、罪のない男の幸福な晩年を祈りたい。」と表する、作者の度量の深さに驚嘆する。それとともに、その思いを裏切るかのようなラストの"史実"にもまたどうしようもない人間のありかたを思い知らされた。 -
忍法帖シリーズ以前の初期時代小説が中心。
「首」 井伊直弼の討ち取られた首をめぐる話。ラストの皮肉がきいている。
「明治忠臣蔵」 思わぬところで思わぬ作家が登場。
「天衣無縫」 題名からは想像できない、ちょっとバカバカしいような話。
「絞首刑第一番」 哀しいすれ違い。
「明治かげろう俥」 中篇。金は天下の回り物?
「三剣鬼」 幕末三大"人斬り"が登場。 -
序盤を過ぎた頃から面白くなる
-
兇刃からニコライ皇太子を助けた2人の男が辿る運命を描いた表題作。
不相応なカネは人を狂わせるのか。ラストも含めて素晴らしい。