揺れ動く貴族社会 (全集 日本の歴史 第4巻)

  • 小学館 (2008年3月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (370ページ) / ISBN・EAN: 9784096221044

作品紹介・あらすじ

宮廷文化が花開き、華やかな文化が栄え、平穏なイメージの強い平安時代であるが、いっぽうでは干ばつや大雨、火山の爆発や地震といった自然災害に見舞われ、争乱も相次ぎ、人々の暮らしは揺れ動いていました。この巻では、考古学による最新の発掘成果を取り入れて、さらに『古今和歌集』など、従来の歴史研究ではあまり用いられなかった当時の文学作品を丹念に読み解いていくことで、律令制度が変質し、大きな転換点を迎えた貴族社会の実像に迫っていきます。また、こうした災害が引き起こす環境問題や戦禍による人間生活の破壊などを取り上げることで、単なる過ぎ去った過去ではなく、現代と対話が可能な、今に活かすことのできる歴史像を描きます。

感想・レビュー・書評

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  • 政治や外交、宗教に文化と多方面から平安時代にスポットを当てており、読み応えがあります。和歌を元に当時の世情を探るという発想が面白いです。

  • ・9-11世紀は比較的温暖で、海面が上昇。
    ・即位年
     光仁(770年)
     桓武(781年)
     平城(806年)
     嵯峨(809年)
     清和(858年) 
     陽成(877年)
     光孝(884年)
     宇多(887年)
     醍醐(897年)
    ・徳政論争(蝦夷との戦争と平安京の造営)は、桓武天皇の政策の終焉であった。
    ・桓武・嵯峨以降は政権が安定し、行幸によって民衆に直接王権を誇示しなくてよくなった。
    ・嵯峨天皇は唐風化政策を推し進める(藤原仲麻呂や桓武天皇も積極的に推し進めた)。この時期は洪水や旱魃、疫病が流行り、天候不順による政情不安を取り除くために身分の上下関係を重視する儒教を取り入れたものと思われる。
    ・蔵人が設置されたのは810年。嵯峨天皇と敵対関係にあった平城上皇は、後宮の官人である藤原薬子から情報を得ていた。そのため、女官とは別系統で秘密裏に情報を伝達する必要があった。さらに、蔵人は嵯峨天皇の親衛軍という軍事的な側面もあった。
    ・薬子の変(810年)の薬子と兄の仲成は式家
    ・842年の承和の変、866年の応天門の乱で伴氏が没落。北家の良房(冬嗣の子)の権勢はゆるぎのないものとなった。
    ・清和天皇の即位は、天皇の即位に年齢や資質が関係しないこと、つまり天皇の機関化を示している。
    ・9世紀は律令制度の衰退が見られる一方で、律令格式すべてを運用できるようになったのは9世紀なかばのことだった(やっと法制面で中国に追いついた)。
    ・9世紀、中下級貴族は土着して郡司と姻戚関係を結び、富豪化していった。また、上級の庇護を求めて院宮王臣家と主従関係を結んだ。醍醐天皇の発した荘園整理令は、院宮王臣家とザイチの有力者の結合を禁じるものであった。浮浪者は院宮王臣家の荘園に集まり、人頭税による徴収は限界を迎える。土地を単位とする課税へ(負名体制)。
    同時に従来の国司連座制に代え、守を受領として税の徴収・軍事権を大幅に委ねた。逆に、国家が諸国の内政に介入することは控えられた。実際には国司は任国に赴かず(遙任)、国司に雇われた都の事務官人(目代)を中心に郡司を中心とした在地の有力者が実務を担った。
    ・宇多天皇は藤原氏との血縁関係がないため、臣下を育成・組織して親政を図った。ただし、888年の阿衡の紛議で基経を懐柔。
    ・麻疹の流行は994年。道長の兄たちも犠牲となった。
    ・9世紀末から10世紀はじめは関東の治安が悪化した時代だった。律令国家に帰順した蝦夷の反乱が原因の一つである。国家は武力に優れた者を押領司・追捕使に任命し、鎮圧を図った。
    ・939年の平将門の乱では、藤原忠文が征東大将軍に任命された。これは坂上田村麻呂以来であり、この次は木曽義仲が平氏追討の目的で任じられる200年後だった。いかに国家が将門の乱を恐れていたかが分かる。以後、この乱は国家的な戦乱の大きさを推し量る基準となった。
    ・筆者は地方の豪族や農民が自らの所領を守るために自ら武装したという説よりも、特定のイエに属しているものが武士に任じられる説を支持している。
    ・源頼信は平忠常の乱(1028年)を鎮圧。子の頼義はその子義家とともに前九年の役(1056年)を鎮圧。武士の棟梁としての地位を確立した。

  • KA4a

  • この四巻では、日本の平安時代の初期から白河天皇の1072年まで解説されています。

  • 律令制が崩壊し、地方政治が乱れ武士が登場した平安時代。地球温暖化、自然災害や疫病、戦乱が多発し人々の生活を脅かし、常に死と隣り合わせだった時代背景からも、死後の世界へのあつい信仰心や、新しい仏教が広く普及したのもうなづける。

    ところで武士はなぜ発生したのか?地方豪族や有力農民が、自分たちの所領を守るために自ら武装し、そこから発した説と、職て武士は首都平安の守り手として王権が認知したという2つの説があるらしく、ひとつひとつ疑問を持ちながら歴史を辿ると、色々な発見があり面白い。

  • 今も歴史遺産の恩恵に与っている京都。
    の始まり。
    平安京。
    今も都市として機能しているため、発掘作業が難しく当時の様子を伝える資料もなかなか見つけづらい。
    そこで、当時の人々が詠った和歌を解読することにより、当時の様子を調べるというアプローチは中々おもしろかった。
    唐文化の影響。
    宗教と国家統治の密接な関係。
    穢れの概念の発生。
    「公」から「私」への政治の変遷。
    そして天皇を取り巻く人事で暗躍する人々。
    等々今回も豊富な資料で読み応えがあった。

    が、しかし。
    やっぱりこのシリーズ。
    横に参考書を用意して読まないと中々歴史の本流を掴みにくい。
    うーん。。。

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著者プロフィール

川尻 秋生(かわじり あきお)
早稲田大学文学学術院教授。日本古代史。
〔主な著作〕『古代東国史の基礎的研究』(塙書房、2003年)・『全集日本の歴史4 揺れ動く貴族社会』(小学館、2008年)・『シリーズ日本古代史5 平安京遷都』(岩波書店、2011年)・『古代の東国2 坂東の成立』(吉川弘文館、2017年)・『シリーズ古代史をひらく 文字とことば』(編著、岩波書店、2020年)

「2023年 『墨書土器と文字瓦 出土文字史料の研究』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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