開国への道 (全集 日本の歴史 第12巻)

  • 小学館 (2008年11月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (370ページ) / ISBN・EAN: 9784096221129

作品紹介・あらすじ

欧米列強の領地獲得競争を背景に、日本も蝦夷地へ進出し、外国と衝突しながらも交流するようになる。鎖国体制のもとでひたすら閉じこもっていたのではなく、北方地域ではすでに開国への流れは始まっていた。
いっぽう内政においては、庶民からの献策を奨励し、民意の動向を重視する「世論の時代」ともいえる実態があった。また、開国前の関東には多くの庶民剣士がおり、彼らは幕末の過激事件にも参加していた。
漂流民から新選組まで、幕末期を生きた人々を通して、鎖国から開国へ、そして「徳川の国」から近代国家へ向かおうとする社会の変貌を新たな視点から描く。

感想・レビュー・書評

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  • ・秀吉は人身売買の禁止、バテレン追放令、教会領の没収を行い、家康は貿易統制の強化とキリスト教の禁止に踏み切った。鎖国=海禁体制は統一政権・国家としてキリスト教的文明化を拒否したものであり、列強主導の植民地型・従属型交易を排除し、日本主体の貿易管理体制の構築を目指したものである。
    ・鎖国=海禁体制の確立後、幕府は全国的な沿岸防備・国防体制を整えていった。
    ・松前藩は石高で表される農地をほとんどもたず、米年貢制のない日本で唯一の藩だった。代わって藩財政を支えていたのはアイヌとの交易から上がる利潤で、松前藩主は上級家臣に特定の場所でのアイヌとの交易権を与え、それを禄の代わりとした(商場知行制)。18世紀前半には運上金の納入を条件に商場での経営権を特定の商人が請け負う場所請負制が展開。
    ・工藤平助の「赤蝦夷風説考」ではロシアと表だって交易し、蝦夷地を開発することが富国の道であることが説かれている。これをうけて田沼意次はウルップ島や国後島といった東蝦夷地、宗谷や樺太島といった西蝦夷地に探検隊を派遣。東蝦夷地の探検隊には最上徳内も加わっていた。
    ・1789年、アイヌ民族が蜂起して倭人を襲撃。松平定信は田沼の北方政策(直轄・開発論)を否定し、蝦夷地を不毛のまま放置して外国との緩衝地帯とする松前藩委任・非開発論の立場をとった。
    ・定信引退後、1799年にイギリスによる測量・停泊があり、幕府は東蝦夷地を幕府直轄地に。本格的な北方防備体制の開始。1807年には西蝦夷地を直轄化。
    ・レザノフが設立に尽力した露米会社は皇帝をはじめ政府高官や大商人らを大株主とする国策会社であった。
    ・18世紀、ヨーロッパではロシア・神聖ローマ帝国・トルコ、アジアでは中国・ペルシャ・ムガル・日本の七国が世界七帝国と目されており、ポルトガル・スペイン・イギリス・フランスは王国にすぎなかった。
    ・外国人の記録では天皇を宗教的権威、将軍を世俗的権威とする見方が出ている。一方、国王は中国との従属関係を示唆するので日本側は使わず、江戸時代の国際関係において中国・オランダは通称の国(朝鮮と琉球は通信の国)で貿易関係しか存在しないため大君という言葉も用いなかった。
    ・1806年の文化露寇事件は、レザノフがロシア帝国の力を見せつけることで日本にロシアとの通商関係を開かせようとしたもの。
    ・近年の天保の改革論の特徴は、老中・水野忠邦と江戸町奉行の対立を明らかにしたことになる。株仲間(同業者が仲間を結成し、運上金を幕府・大名に納めることで流通の特権を認められた組織)の解散は最重要政策であった。
    ・19世紀初頭の貨幣改鋳(改悪)により、日本は歴史史上最大の経済成長期に突入した。天保の飢饉など一時的な落ち込みはあったが、物価と所得が伸びるインフレの時代だった。
    ・1862年、長州藩では攘夷派藩士の画策で藩論が公武合体から攘夷に一転。雄藩首脳と幕府が進めてきた公武合体による開国路線は行き詰まりを見せた。1863年には下関砲台占領事件と生麦事件。1864年、藩の勢力挽回を図る長州藩の禁門の変のあと、長州征伐で降伏。しかしながら長州藩内では対幕府強硬派が権力を奪取。第二次長州征伐は薩摩藩をはじめとする諸藩の反対・消極的な姿勢が目立ち、直後の薩長同盟により倒幕の機運が高まる。幕末の日本は内戦へ。

  • この巻では、幕末到来直前の日本国民が漂流して外国の異聞やその事によって、幕末激動へと続く話になる。

  • 本書の前半がロシア帝国との交易と領土交渉過程にあてられ、国防意識の高まりが浮かび上がる。後半は内政問題。飢饉と大塩平八郎の乱、最後に庶民剣士の隆盛と意外なところを持ってきて、幕末へと繋がる流れ。

  • p201

  •  国民国家が成立していない時代を叙述するのに、「わが国」「国防」「世論」「民意」「行政指導」等の用語を安易に多用していることに違和感があった。

  • おそらく、現時点で最も信頼のおける(最近の研究を元にした)歴史シリーズ。『全集 日本の歴史』も12巻になって、いよいよ江戸時代末期の対外関係と開国について書かれる……のだけれど、面白いのは後半の庶民剣士をテーマにした章だった。

    江戸時代は唯一の暴力機構である『士』が『農工商』を支配した時代、という単純な図式は崩れつつある。徳川幕府は世論に左右され、庶民が剣術に励み、国政に参与したなど、暴力国家としての側面よりも教諭国家としての側面がより強調されている。面白いのは江戸末期の名だたる剣術家のほどんどが武士階級の出ではなかったということ。新撰組の近藤や土方が農民上がりだったというのは割と有名だが、剣術が武士に限定されたものではなく、むしろ庶民のほうが剣術修行が盛んだったというデータは江戸時代のイメージを覆すものだと思う。

    対外関係については、田沼意次の『北海道450万石開墾計画』が興味深かった。田沼意次の失脚が十年遅れていれば、日本の歴史は大きく変わっていたかもしれない。もしかしたら百年早く明治維新があったかもしれないし、北辺の支配圏を巡る徳川幕府軍とコサック騎兵との戦いの結果、アラスカ辺りまでが『日本の固有の領土』になっていた可能性だってあったかもしれない(逆に北海道がロシアの領土になっていた可能性もある)。

  • [ 内容 ]
    開国は蝦夷地から始まった。
    迫りくる異国と政治を動かす民衆、新時代を生む幕末。
    歴史が未来を切り拓く。
    本書では、日本の近世を環太平洋史の視点から再解釈する。

    [ 目次 ]
    第1章 環太平洋時代の幕開け
    第2章 漂流民たちの見た世界
    第3章 鎖国泰平国家から国防国家へ
    第4章 世論政治としての江戸時代
    第5章 天保という時代
    第6章 庶民剣士の時代

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 大塩の乱の再評価のところなんかは「そうなのかー」と関心。饑饉に際して米を買い占めた商人に対する義憤から挙兵したと思われていた大塩だが、実は米を水戸藩に「横流し」していた可能性を指摘している。また、義憤で挙兵したとはいえ大阪市中の広大な地域を焼き、多くの死傷者を出したという点を忘れてはならないという指摘も鋭い。全然知らなかったので、勉強になった。それから筆者の十八番ともいえる近世における「世論政治」のイメージも存分に展開されている。

    全然関係ないけどこのシリーズ本のアートディレクションが原研哉。印象的なデザインだなーと思っていたので、納得。ただデザインじたいは原研哉じゃないみたいだけど、どうも関係者の模様。

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著者プロフィール

東北大学名誉教授

「2022年 『世論政治としての江戸時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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