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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784096261828
感想・レビュー・書評
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小松和彦の本は以前から好きでいくつか読んでいたが、これも面白かった。とあうより、じぶんの好きな分野と氏の研究分野の共通点が多いため、内容は入ってきやすいし、読んでいて楽しいのだと思う。他の著作と変わったことはあまり記述されてはいないが、それでも怪談話や怪異譚を聞くような感覚で読める本は貴重だし、この手の本は久々で、新鮮な心持ちで読むことができた。
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同じ著者による「妖怪学の基礎知識」を読んだ時、最初に
読みたいと思ったのはこの本であった。古本で入手できた
ので今回改めて読了。「─の基礎知識」が学問としてある
程度形が出来た後の本という印象で、こちらはもっと「生」
の感じがある。読み物としてはこちらの方が面白いかも知れ
ない。 -
真面目に妖怪学の本。
著者は妖怪を、「神」観念の否定的な「半円」と考える。
同じものであっても、祀られれば「神」。人に害をなし、祀られることがなければそれは「妖怪」
これは、日本の宗教観の問題でもある。
一神教の「神」、唯一絶対の「神」とは違い、日本民族は森羅万象あらゆるものに霊性を感じながら生活してきた。
だから、人間どころか動物でも古道具でも神になり得るし、神が人間になったり妖怪になったりすることもある。双方向なのだ。
そして人が悪霊になるとき。
西洋の宗教観では、人が悪魔に魂を売り渡すという、外部からの働きかけにより悪の存在へ落ちていくのだが、日本の場合は、人の心の中の闇が、悪を生みだすと考える。
祟るとか、悪事をなす妖怪だけではなく、ただ、そこにいるだけの妖怪というものもある。
なにがしかの、人知では測りきれない不思議があったとき、「これは妖怪のせいだ」と思うことで納得することができた。
けれど今は、教育や情報で、妖怪はいないとみんなが知っている。
では、現在の日本に妖怪は存在しないのか。
本来妖怪が現れる場所というのは、境界上である。
異界との境界。闇との境界。
私たちの住む世界を外からのぞいている。それが妖怪。
人の心の闇と、物理的な場所の闇。
昔はそれが都の中と外であったり、山と里であったりと、わかりやすく生活の場と妖怪の存在する場所は区別されていた。
だから、時折境界上に姿を見ることがあったのだ。
そして今、妖怪は不夜城のように明るい都会の中の、小さな闇の中に現れる。
「口裂け女」「人面魚」など。
さらには学校のトイレ。
学校のトイレというのは、管理社会の学校の中で唯一管理されきれていない場所なのだそうだ。
喫煙問題。いじめの暴力。
そういえば私も、新築の小学校に通っていた時に、トイレに落ちて流されて死んだ女の子がいるという話を聞いた。水洗なのに!
そう。人は妖怪の存在を必要としているのだ。
何か割り切れない思いを妖怪に託したいと思っている。
今の日本の田舎には、妖怪がいないらしい。
妖怪の存在を信じて待つ、人という存在が失われてきているから。
どんなに強い光を当てても、見えない闇は残るのだと思う。
そこに妖怪の居場所はある。
怖い妖怪ではあるけれど、そういう闇を自分が抱えていることを謙虚に認めること。
自分が恨む側の人間であろうと、恨まれる側の人間であろうと、そこにあるのは昏い心。
妖怪学とはすなわち、人間の心の研究であり、人間の社会の研究であるのだ。 -
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