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Amazon.co.jp ・本 (498ページ) / ISBN・EAN: 9784096580271
作品紹介・あらすじ
輪廻転生と夢見が紡ぐ、ファンタジックな王朝物語。
中国と日本を舞台に、夢のお告げと生まれ変わりをモチーフにした、不思議な王朝物語『浜松中納言物語』が、詳細な頭注と初めての全訳付きで登場。三島由紀夫が学習院時代に、恩師松尾聰博士からこの物語の講義を受け、それに触発されて『豊饒の海』を執筆するに至ったことはつとに知られています。 主人公中納言は、亡き父が唐土の皇子に転生したとの夢告げを得て、渡唐する。かの地で皇子の母后と恋に落ち、一子を儲けて帰国、吉野で巡り逢った唐后の義妹に思いを寄せるが式部卿宮に奪われ、やがて彼女の胎内には唐后の生まれ変わりが宿る――。 平安後期に生まれた、荒唐無稽なファンタジーをぜひご一読ください。
感想・レビュー・書評
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唐土でも和歌が貴族のたしなみとして描かれていたり、なんだそりゃと思うようなトンデモ設定ばかりだけれど、現代の大衆ファンタジー小説に通じるものを多々感じて、この作品が平安時代に書かれたものだと思うとかえって感心してしまう。
隋や唐の時代には中国は世界の先進国だったので、当時の日本の朝廷が中国から学ぶために人を派遣したけれど、中国から日本で学ぶために人が派遣されることなんてあったっけ?
当時の中国が日本から何を学ぶの?
仏教を伝えるために僧が渡ってきたのは、たとえば鑑真は奈良時代だったし…でも、これはファンタジー小説なので時代考証とかはどうでもいいのか。
うん…これは、しっかり考えて内容を理解しようとして読むと、内容がめちゃくちゃすぎるのに耐えられず脳がフリーズするやつだ。
内容はともかく、たぶん日本で初めての本格ファンタジー長編小説という価値はあるので、ざっと流し読みをして内容をなんとなく把握しよう。
後宮で勤める男性を去勢するような国で、後宮に入っていないとはいえ妃に手を出したなら、海外からの客とはいえ無事では済まないんじゃないか、斬首後さらし首くらいにはなってしまうのではと思えてならないが、これはファンタジー小説なのでなんとか無事にすむんだろう。
「あなたの傍にいないと生きていかれない」という台詞を見ると、「それなら死ね」としか思えない。この中納言はこの後で普通に日本に帰って、妹姫に手を出すし。
中納言は三年で帰るという約束で唐へ渡ったけれど、当時の交通事情だと片道に半年~一年かかるらしい。
移動時間を入れて三年なのか、移動時間は別にして唐での滞在時間を三年と決めていたのかが、よくわからない。
もっと本文をちゃんと読めばわかるのかもしれないけれど、そうするとこの小説のめちゃくちゃさに耐えられなくなるので無理。
→どうやら、唐での滞在期間が三年だったらしい。
そもそも中納言の父が唐の王子として生まれて、前世の記憶があって、周りの人々に当たり前に受け入れられているというのはどういうことだ。しかもその王子の生母は日本生まれの唐の女性で帝の妻なのに後宮にいなくて、祖母は日本にいる???
少しも意味が解らない。
菅原孝標娘が書いたという説があるので、興味をもって読んでみたけれど、正直よくわからない。
そういわれたらそれっぽい気もするけど…書いていても書いていなくても、きっと菅原孝標娘はこの物語を楽しんだだろうけど。それとも、この物語が世に出たころは、夫や子どもの出世に興味を持っていたころだったかしら。
→解説によると、もしも菅原孝標娘がこの物語を書いたのだとしたら、夫の死後、更級日記を書いた頃だったそう。
うーん、よくわからない。まあ、更級日記では物語なんかにうつつを抜かすんじゃなかったとあるけど、それでも物語への執着をこの人から消すのは無理だろうという気もしたので、あり得るかもしれない話かもしれないけれど…
いろいろな文学作品を収集していた藤原定家が、作品の記録に浜松中納言物語の作者は更級日記を書いた菅原の孝標の娘と書いていたそうだ。
それでは…菅原の孝標の娘が書いたのかな?文学者の家出身の人だから、菅原の孝標の娘がいろいろな物語を書く側になっていたとしても、意外なことではないし…。
尼姫君がとにかくかわいそう。
中納言はこいつ、表に出せない子どもを何人作るつもりなんだ?
尼姫君が還俗できたらいいのにとは思ったけれど、尼のままで中納言と夫婦のように過ごすというのは問題のないことだったの?
出家したけど自宅から離れないというケースもあったようなので、こういうこともあったのかな?
「姫君は、次第にものの道理がおわかりになるについれて、下々の者たちが、お互いに語り合って嘆いたり愚痴をこぼしたりするのを、前々から気の毒だとは聞きながら、自分は、たとえ他人事だからといっても、何についてなら、気持ちよくお感じになれるものだろうか。お心を慰めるために人が見るという絵物語でさえも、こんな奥山ではどこにあるのが見られるというのであろうか。」p.227
ここがすごく更級日記っぽい。
この物語を書いたのが菅原孝標娘かは定かではないけれど、地の文で作者が中納言の行動を批評している部分で、男性の身勝手な態度をなじっているのを読むと、これを書いたのはきっと女性だろうと思われるので、この作品の作者の候補として菅原孝標娘が上がるのは自然なことだと思う。
平安時代のこうした物語の公達は、どうしてあっちこっちで何もかもを取っ散らかして、あとのことは時間に解決を任せるというような、無責任な様子なの?
物語だけではなく、おそらくは当時の社会が全体的にこうだったんだろうけど…
唐の皇后とその妹姫の母尼に「世界ありきたりの男のような、公職の方面は、お気を回しあそばしますな。(父が亡くなってから、一念に出世を望んでいたので)」(p.281)と中納言は話していたけれど、こいつ…大君にあんな風に手を出しておいて、よくもそんな台詞が出てきたものだとあきれてしまう。
母尼が亡くなった後のシーンだけ前に少し読んだことがあったけれど、あのシーン以前に中納言は妹姫と御簾越しにやり取りをしたことがあったのね。
てっきり垣間見しかしたことのない妹姫が臥せっているところに、強引に押し入って、看病するからと添い寝をはじめたサイコストーカーかと。
それでも母が亡くなってショックを受けて臥せっていたのに、目を覚ましたらただの顔見知り程度にしか知らない人が添い寝していたらすごく怖い。
平安時代には女性を幸せにできる男性が存在していなかったのかと、この時代の物語や日記などの文学作品を読むと思ってしまう。でもこれは物語なのでめちゃくちゃだっただけで、現実ではもう少し現代でも理解できる範囲だったかもしれない。菅原の孝標の娘は幸せな夫婦生活を送ったようだし。
この物語については、いくらでも粗や難を言えそうだけれど、書かれた時代のことを考えると、非常に卓越した想像力の持ち主によって書かれた、日本の文学史の中でも(異色ではあっても)重要なもののひとつで、読み継がれる価値のある作品だと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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