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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784098252428
作品紹介・あらすじ
幸村の戦闘力を徹底解剖する!
“日本一の兵(ひのもといちのつわもの)”と謳われた真田幸村(信繁)は
なぜ家康本陣を崩壊させるほどの活躍ができたのか?
それは豊臣への忠義か? 徳川への敵愾心か?
それとも・・・・
いまなお絶大な人気を誇るこの戦国武将のすべてを、
日本テレビ系列『世界一受けたい授業』などで
多くの歴史ファンに支持されている
歴史作家・河合敦氏が綴った
真田関連読み物のなかでも完全保存版といえる一冊。
壮絶に散った大坂の陣はもちろん、
幸隆、昌幸、幸村と続く真田三代の戦(いくさ)上手な血脈、
関ヶ原合戦での心理戦、
幸村自身の好戦的な人間性、
大河ドラマのタイトルにもある「真田丸」築城の真実など、
貴重な史料を再検証し、
いままで明かされていなかった史実に迫る。
【編集担当からのおすすめ情報】
真田関連の貴重な史料を丹念に集め、
大坂、上田など真田三代の足跡を、自ら取材し執筆した、
河合敦氏、渾身の一冊です。
感想・レビュー・書評
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真田幸村という不世出の武将について丹念に綴った一冊。
著者曰く、歴史上で影響力のない武将でありながら、その愛情が感じ取れて面白かった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読みかけとなっていた本です、最後まで読みたいと思っておりますが、現在このような本に部屋が占領されてきており、苦渋の決断ながら処分することに至りました。近い将来、この本を読破できる機会が来ることを願っています。
2018.1.2作成
完読できていませんが、以下は気になったポイントです。
・真田幸村が歴史上に現れるのは、大坂冬の陣から夏の陣にいたるわずか半年に過ぎない、そんな短期間の活躍の中で、とくに私たちの魂を揺さぶり続けるのは幸村の最後の一日であろう。絶対多数の攻城軍を率いる総大将家康の討ち死に、そんな起こりうるはずのない奇跡的な状況を幸村はまさに現実のものにしかけたのである(p19)
・中山道の総大将に秀忠を任じたのも、関ケ原という晴れ舞台で主役を演じさせ、後継人たる秀忠の地位を不動にしようとしたから、なので参謀には本田正信、榊原康政、大久保忠隣を配した(p101)
・真田家は完全に本領を安堵された、これは過分すぎる措置である。西軍に味方した大名88家が改易処分となっているから(p104)
・家康が豊臣征伐への気持ちを傾けさせたのは、二条城の会見から一年ちょっとの間に、池田輝政、浅野長政、堀尾吉晴、加藤清正、浅野幸長、前田利長等の秀吉恩顧の大名が鬼籍に入っている(p117)
・江戸時代に大名となった織田一族は、信雄あわせて4家しかなく、有楽斎は最後は織田家の勝ち組といえる(p181)
・団右衛門は、加藤嘉明、小早川秀秋、松平忠吉、福島正則と次々と主君を変えるが、ついに牢人にまで落ちぶれた。旧主嘉明が妨害したからと伝えられた(p186)
・幸村が本陣への突撃を命じたとき、家康の旗本たちは次々と逃げ始めた、これは三方ヶ原以来、40年前と同じ状況が起こった(p207)
・切腹を覚悟した家康だが、このとき本陣の危機に気づいた松平忠直の軍勢が救援にかけつけた、それと同時に真田隊の動きが完全に止まった、三度の激しい突撃でほとんどの真田兵は討ち死にした(p207)
・天下人を窮地に立たせたことが、庶民の心に大いなる清涼感を与えたのが、幸村である。合戦の巧みさだけなら、毛利勝永、勇敢な戦い方であれば、後藤又兵衛である(p219)
2018年1月2日作成 -
20160413読了。
日の本一の兵、真田幸村がいかにして伝説の英雄となったのか。
真田信繁という男が歴史に姿を表すのは1615年の大阪夏の陣。
その一瞬で華々しく散った、死に様が人々の心をつかんだ。
真田幸隆、昌幸、信繁という真田家の歴史。
同時代を生きた様々な武士たちについても述べている。
長宗我部元親、後藤又兵衛、毛利勝永など関ヶ原以降に牢人となった武士の活躍。 -
大河ドラマの予習にちょうどいい。
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大阪の陣だけしか表舞台に登場しないのに、人気があるのは家康を追い詰めたからなんだよな。
個人的にも豊臣贔屓だから好きな武将。
幸村の提案を採用していたら結果は変わっていたのかな、って期待しちゃうけど、難しかったんだろうな。
夏の陣で家康を追い詰めたのは幸村だけど、いちばん打撃を与えたのは毛利勝永だったんだな。
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