無理ゲー社会 (小学館新書 た 26-2)

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  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784098254002

作品紹介・あらすじ

人生の攻略難易度はここまで上がった。

〈きらびやかな世界のなかで、「社会的・経済的に成功し、評判と性愛を獲得する」という困難なゲーム(無理ゲー)をたった一人で攻略しなければならない。これが「自分らしく生きる」リベラルな社会のルールだ〉(本書より)

才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア。誰もが「知能と努力」によって成功できるメリトクラシー社会では、知能格差が経済格差に直結する。遺伝ガチャで人生は決まるのか? 絶望の先になにがあるのか? はたして「自由で公正なユートピア」は実現可能なのか──。

13万部を超えるベストセラー『上級国民/下級国民』で現代社会のリアルな分断を描いた著者が、知能格差のタブーに踏み込み、リベラルな社会の「残酷な構造」を解き明かす衝撃作。

感想・レビュー・書評

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  • 読んでいくにつれてじわりじわりと、ひたひたと感じる違和感。
    最初は単なる事実を述べてるだけなのかなって思ってたけど、たぶん違う。
    筆者にはちょっと、優性主義的な考え方があるように感じる。
    明らかに、自分探しをする人をバカにしている気がして…と、これは個人の感じ方、受け取り方の問題かもしれません。

    『暇と退屈の倫理学』では、暇と退屈を述べるのに石器時代の話を引用したように、本作品では無理ゲー社会を語るのに、イギリスの近未来小説の内容を丁寧に解説している。
    しかし『暇と退屈の倫理学』と本作品との違いは、本作品が誰にでも分かるように描かれていないことだ。
    たぶん、公民と呼ばれる科目にわたしが疎いから理解できないだけかもしれないのだけれど、後半、とにかくついてゆけなかったのだ。
    Qアノン、ディープステイト、レバレッジ、エクイティ・ファイナンス、ベルカーブ、フラクタル、ナッジ…
    カタカナバッカリデ ナニヲイッテルノカ ヨクワカラナイヨ~
    ミンナ ムツカシイコトバシッテルンダネ
    ガッコウデ ナラッタンデスカ?
    ワタシ ソンナコトバ オシエテモラッテナイヨ~
    イッタイ ナンネンセイデ ナラッタンデスカ?

    ちょっと期待しすぎたのかなぁ、ベストセラーだし。
    これだけむつかしいカタカナが並び、筆者の上から目線ぽい感じが気になりつつもどうにかこうにか最後まで読んだのに、オチが酷すぎる。無理ゲー社会をどうしたら生きていったらいのか、答えを求めて読んでいくと愕然とする。

    理解できて納得できた部分として、
    ・一概に貧困対策と言っても男女で差があり、女性の貧困は基本的にはシングルマザーが中心で男性は失業者や高齢者が多いから、そこには単なる貧困対策ではなく、シングルマザー向けの貧困政策が必要。
    ・アメリカでは非大卒が大卒より2倍亡くなっている。男性の非大卒の場合は健康状態が悪く、それゆえ仕事に支障が出てくる。痛みを和らげるために薬を乱用し、死に至るリスクがある。日本で言う「自殺」はアメリカでは「絶望死」と呼ばれ、近年非大卒白人の絶望死が増加している。
    衝撃を受けた部分として、
    ・結局学歴。P108「高校中退では、高度な事務作業に必要な計算スキルをもつ者は1%しかいないが、大卒は31%もいる。一方、高校中退では89%が一般的な事務作業に必要な計算スキルがないが、大卒では26%だ」
    ・結局遺伝。P109「ヒトの行動特性はすべて遺伝的である。同じ家族で育てられた影響は遺伝子の影響より小さい。しかし複雑なヒトの行動特性のばらつきのかなりの部分が遺伝子や家族では説明できない。」つまり、遺伝子でたくさんのことが決まるけれど、加えて非共有環境(友達とかSNSとか)の影響の方が、子育て(母と子どもの関係)の影響よりずっと大きい。

    最近精神保健福祉士の資格取得の勉強をしていて、今日社会保障制度について学んだのだけれど、本当に、日本の制度ってよくできてる。正しくて抜け目ない。そして、清く正しく善く生きている人の味方だ。
    だけど、みんながみんな清く正しく善く生きてない。そんなにうまく生きれない。
    年金を40年払い続けないと満額貰えないこと→これ結構しんどいよ
    大きい会社でたくさん稼いだ人は厚生年金がたくさん貰えること→大きい会社でたくさん稼ぐには学歴が必要、つまりそもそも恵まれた環境で生まれ育っていないと不可能
    扶養に入っている人の年金は厚生年金でカバーされていること→昔の家制度、夫が働き妻が家で家事をする、を制度に当て込んでいる。働いている人のお金で家事をしている人の生活をカバーする。わかるけど古すぎるしどうしてもここに納得できない自分がいる。そんな自分の性格が悪いのは承知。
    子なしの配偶者は遺族基礎年金が貰えないこと→なぜ!遺族じゃん!
    遺族厚生年金の子なしの妻は30歳未満なら5年間しか支給されないこと→いつまでも夫のこと思ってないで自立を目指してくださいってことらしい。分かるけど理不尽すぎる。

    それだけ、制度上独身子なしってすっごく不利で、自分ではどうにもできない生い立ちとか自己肯定感の低さとかで苦しんで、誰かとまともな関係を結ぶことに不安があって自信なんてなくて、まして子どもを産み育てるなんてできっこない!っていう好きで独身やってるとは限らないやつ(ただ、本作品によるとこういうことこそ、生い立ち関係ないって言ってるんだけど)には、ここに並んでたちんぷんかんぷんなカタカナよりよっぽどこの日本のまともすぎる制度の方が無理ゲーだと思ったんだ。
    まるでただ税金を納めるためだけに国にいいように使われてるみたい。

    とはいえ、どこの国でも「こんなに生きづらいなら生きていたくない」という人はどんどん増えているようだ。こんなこと言うとよくないのは分かってるけど、好きで産まれたわけでもなく、突然産まれて生きさせられて、上手くいかないのに生きないといけないって、ミサイルが飛んでくる理不尽となんら変わらないほどの理不尽ではないか。だったらいっそのこと死なせてくれよって気持ちは、痛いほどよく分かる。
    でもここで涙が出てくるのは、生きたいからなんだろう。誰かに助けてほしいからなんだろう。

    大人になったら働いて、年金納めて、保険に入って、みんな平等。
    それがシンプルにできる人にとってはたしかに平等かもしれない。
    だけど、シンプルに生きられなかった人は結局この社会から振り落とされる。そして戻れなくなる。
    わたしはシンプルに、振り落とされた社会でなんとか生きる方法と、戻る方法を知りたかった。
    この作品はそんなにシンプルじゃなかった。でもそれはわたしの脳味噌がシンプルすぎて理解できないだけなのかもしれない。
    もっとシンプルに生きれたら。
    わたしはこんなにこじらせてなかったかも…って、それはまた別のおはなし。

  • 【感想】
    無理ゲー社会とは結構センセーショナルなタイトルだ。だが、日本社会が何となくどん詰まりに向かっていることを肌で感じている人は多いのではないだろうか。超高齢社会の中、増え続ける社会保障を肩代わりするため、生まれた瞬間から1000万円の借金を背負わされる。労働人口は減るばかりで、年金制度は破綻寸前。デフレのせいで日々の給料も上がらず、増え続けるのは労働時間ばかり……。

    本書は、社会が無理ゲー化した原因は「リベラル化」にあると論じている。「リベラル化する」とは、人種、国籍、性別、性的指向などを問わず、すべての人が自分らしく生きるべきだというイデオロギーを持つことである。しかし、それは響きこそ甘いものの、裏返せば「自分らしく生きることを強制される社会」にほかならない。

    そうした社会において息苦しさを感じているのは、自分らしく生きられない人だ。自分らしく生きられない人はいったいどのような人なのかというと、そんなことやってる余裕のない人たちである。

    誤解されがちだが、「自分らしく生きる」とは本来贅沢な行為である。
    給料に恵まれ、失業の心配もなく、労働時間も適性で且つ自分の時間をしっかりキープしている社会人。コロナによる生活の変化をチャンスと捉え、自分の価値をB+からAに(ほんの少し)ステップアップしようと新しいことを始めてみる。
    「自分らしく生きる」とは、己の中に揺るぎない核を持ちながら、それを個々人の好みにブラッシュアップする自己研鑽だとも言えるだろう。それには当然スキルも時間も必要であり、なにより一番大事な「安定性」を兼ね備えた人の特権である。

    だが、いつの間にかそれが世界標準になりつつある。「世界中の人間がB~B+に存在し、努力を重ねれば誰にでも輝けるチャンスがある」という言説を、さも常識かのように形づくられてしまった。

    しかし、Cにいる人たちはどうすればいい?
    リーマンショックで職を失った白人中産階級や、コロナで閉店に追い込まれた自営業の人々。彼らは自分らしく生きるどころか、生きることそのものに困窮している。下層では深刻な災害が起こっているのに、それを見て見ぬふりし、「みんな自分らしく輝こう」とのたまう上位層の戯言に、いったい誰が耳を貸すと言うのか?
    問題なのは、この格差が「努力によってなんとかなる」のラインをゆうに超えてしまっていることだ。この不都合な事実をリベラルは隠し、同時に「あなたが自分らしく生きられないのは努力が足りないせいだ」と一蹴することで、格差の不可視化を増長している。

    「あなたが今の生活に満足しているとしたら素晴らしいことだが、その幸運は『自分らしく生きる』特権を奪われた人たちの犠牲のうえに成り立っている」
    これはエピローグでの筆者の言葉だが、まさに的を射ていると言うほかない。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――
    本書はMMT、ベーシックインカムなど、センシティブで議論の分かれるところまで踏みこんで論じているが、やや風呂敷を広げすぎな感じがあり、全体的に中途半端な印象である。ただ、現代社会に蔓延している目に見えない格差に対して、それを言語化する形で痛烈に批判する様子は、読んでいてどこか小気味いいのも確かだ。

    本書が気に入った方は、マイケル・サンデルの『実力も運のうち 能力主義は正義か?』もオススメ。
    https://booklog.jp/users/suibyoalche/archives/1/4152100168
    ――――――――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    1 リベラルな社会の真の意味
    すべての人が「自分らしく」生きるべきだとするリベラルな社会が訪れている。人種、国籍、性別、性的指向などを問わず、多様なひとたちが「自分らしく」生きる社会では、当然のことながら、それぞれの主張や利害が対立し、人間関係は複雑化する。
    社会は三重の円構造になっている。内側から「愛情空間」「友情空間」「貨幣空間」となっており、愛情空間とは家族や恋人の輪、友情空間は仕事や友達関係の輪、貨幣空間は面識が無い人間との取引関係の輪だ。人生において政治(=他者)との関係が占める割合が小さくなれば、そのぶんだけ愛情空間が拡大し、家族や恋人との関係、すなわち性愛が重要なものとして意識されるようになる。それと同時に、他人との友情空間が縮小すれば、その外側にある貨幣空間が拡大するはずだ。

    リベラル化とは、
    ①世界が複雑になる
    ②中間共同体が解体される
    ③自己責任が強調される
    という3段階の現象を発生させているのだ。


    2 メリトクラシー
    メリトクラシーとは和訳すると「能力主義」である(ただし、適切な訳ではない)。メリトクラシーの背景には、「教育によって学力はいくらでも向上する」「努力すればどんな夢でもかなう」という信念がある。これこそが、リベラルな社会を成り立たせる最大の神話だ。
    行動遺伝学が半世紀にわたって積み上げた知見では、知能の遺伝率は年齢とともに上がり、思春期を終える頃には70%超にまで達する。知能の生得的なちがいを教育が拡大させるのだから、社会は知能によって分断されるほかないのだ。


    3 遺伝ガチャ
    知識社会というのは、定義上、知能の高い者が大きなアドバンテージをもつ社会であり、知識社会における経済格差は「知能の格差」の別の名前である。

    2011-12年にOECDが実施した「国際成人力調査」によると、
    ①先進国の成人の約半分(48.8%)はかんたんな文章が読めない
    ②先進国の成人の半分以上(52%)は小学校3〜4年生以下の数的思考力しかない
    ③先進国の成人のうち、パソコンを使った基本的な仕事ができるのは20人に1人(5.8%)しかいない
    という結果であった。

    行動遺伝学では、長年にわたって双生児の性格に関わる分析調査を行ってきた。双生児をターゲットとしたのは、遺伝子がほぼ同一であり、教育環境も似通っているため、つまり性格のうちの何が遺伝によるもので、何が環境によるものなのか比較しやすいからである。やる気、集中力、記憶、ストレスと適応障害など、多数のパーソナリティを研究するために用いられたのは、「遺伝率」「共有環境(家族環境)」「非共有環境(友達関係)」の3つの指標だ。

    研究の結果わかったのは、ほとんどの項目で、パーソナリティには遺伝と非共有環境の影響が圧倒的に大きいということだった。共有環境の影響はほとんどないか、きわめて小さい。要は、子育ては子どもの人格にあまり影響を及ぼさないということだ。
    そして残酷なことに、「やる気」や「集中力」という「努力」に関する項目にも、遺伝の影響が強いことがわかった。
    重要なのは親や教師からほめられることではなく、友達集団のなかで注目され、よりよい性愛を獲得することなのだが、大人になると、なぜかこうした体験を忘れてしまうらしく、子育てや教育の影響を過大評価するようになる。


    4 絶望死
    アメリカ人の絶望死について研究したケースとディートンは、「絶望死の原因の大半が、低学歴アメリカ人から長期的に機会が奪われたことにある」と言う。「機会」というのは、働く機会であり、恋人を作り結婚し、子供を生み育てる機会であり、幸せな人生を手にする機会であり、「自分らしく」生きて自己実現する機会のことだ。


    5 評判格差社会
    「経済格差」というのは、突き詰めれば「貨幣の分配の不均衡」のことだ。だとしたら、極端な話、公正に分配することで問題は解決する。しかし、ものすごく深刻な問題があっても、それが原理的に「解決不可能」だとしたらどうだろう?

    すべての人が「健康で文化的」な生活ができる十分な貨幣を国家から分配され、働かなくても生きていけるようになったその先では、「評判格差社会」への移行が始まる。その社会は、資本主義ではない才能主義の社会であり、より効率的に「夢」をかなえる未来がやってくる。わたしたちは、物心ついてから死ぬまで、自分らしく生きるという呪縛にとらわれ、あがくほかない。

    あなたが今の生活に満足しているとしたら素晴らしいことだが、その幸運は「自分らしく生きる」特権を奪われた人たちの犠牲のうえに成り立っている。
    日本の若者たちは、人類史上未曾有の超高齢社会のなか、増え続ける高齢者を支えるという「罰ゲーム」を課せられ、さらには一世紀を超えるかもしれない自らの人生をまっとうしなければならない。その中で「社会的・経済的に成功し、評判と性愛を獲得する」という無理ゲーを、たった一人で攻略しなければならない。これが「自分らしく生きる」リベラルな社会のルールだ。

  • 近年ハードモード化しているように見える人生という“無理ゲー”について、その全体像を俯瞰的に解説している一冊。
    才能や知能や努力で「自分らしく生きる」ことが可能である現代、それらスキルを持たない人はどうなってしまうのでしょうか。
    生まれや育ちに加えて埋め合わせの難しい格差が我々の回りに発生しているようです。
    遺伝ガチャや親ガチャと呼ばれる先天的特性や家庭環境の責任にできないほどの自由度がある今では個人の失敗は個人の責任であることになり、それが若者にとって明るい未来のように見えて実際は残酷な設定となっています。
    一定数が「自分らしく生きる」状態は一定数の「自分らしく生きられない」負け組の犠牲によって成り立っており、自殺や無差別殺人の因子となっていることに疑いの余地はありません。
    これが…この有り様が、我々が築いてきた文明の今なのかと思うと、“無理ゲー”というより“クソゲー”と化しているように感じます。

  • 資本主義から能力主義になることで
    「自分らしく生きられる」社会になると思いきや
    能力のない人にとってはより残酷な状況となる。

    能力(才能)はほぼ遺伝で決まっているので
    これってもはや「無理ゲー」じゃない?という本。

    「自分らしく生きる」という言葉が
    多くの人を苦しめてるっていうのすごく共感できました。

    SNSでも成功している人をフォローすることで
    自己啓発のための刺激をもらうことができますが
    自分の能力が追いついていない中で
    そういう投稿ばかりを目にしまくってると
    息苦しくなっちゃうことがあります。

    この本の締めには個人への解決案は
    提示されていませんでした。

    それほど社会が「無理ゲー」になっているのなら
    もう開き直った方が気が楽ですね~

    自分としては「努力」することより「没頭」できることに
    人生の時間を費やしたいと思いました。

  • 最近話題になった記事をきっかけに読んでみた。タイトル通りの社会をこれから何十年も生きてかなくちゃと思うと、暗澹たる気持ちになる。もうちょっと救いはないのかしら。そして、自分は非モテのミューズ(女神)なのかもと思ってしまったw

  • "難易度が高すぎてクリアをするのが不可能なゲーム"のことを「無理ゲー」と言うそうです。

    本書では、キーワードである「自分らしさ化」のルーツと変遷から始まり、「能力主義(メリトクラシー)」がもたらす格差とその解消策について、「ベーシックインカム」などの実例を交えて論じられています。

    しかし、いくら有効な施策を打ち出して経済的な格差を解消しても、また次の格差にシフトするのではないか...というような展開になっていきます。

    富の再分配で、誰もが「自分らしく生きる」権利を得ても、結局次から次へと格差が生まれるというのは身も蓋もない、まさに「無理ゲー」と言えますね。

  • 国籍や人種、ジェンダーによる差別の撤廃と、教育の機会が均等化された結果、能力の高い低いは個人の努力の問題であるとして自己責任とみなされるようになった。

    実際は知力や体力は遺伝や生まれに起因する部分が多く依然として不公平な社会であるが、努力は必ず報われるという価値観が浸透した中ではそのことはタブー視されている。

    自由主義における残酷な能力主義社会と化した現代の先進国では、一部の才能のある人間以外は取り残されてしまう「無理ゲー社会」であると本書は述べている。

  •  無理なものは無理だけど、諦めてしまうのは、もったいない

  • かつて存在していた身分や階級、人種、国籍、性別、性的指向などによる選別はリベラルな社会では差別と見なされる。それでも入学や採用、昇進などでは志望者の区別が必要で、そこで学歴、資格、経験など「属性」でないもの(=本人の努力で向上出来るもの)で評価される時代になった。しかしこれはきれいごとで…
    自由になったはずなのに経済格差は教育格差を生み、教育格差は経済格差を生み、経済格差はモテ/非モテ格差を生み、女性の自立が進んだら非モテ男性が増えた。

    リベラルな社会で「自分らしく」生きられない人は一体どうすればいいのか。この本に答えはない。

  • 橘氏の他の著作に比べて、主張を押し付ける感じではなく、関係する様々な研究や文献を紹介するという感じで、尖った題名に比べて、主張はやや大人しい感じであった。他方、主張を抑え気味に書いていた分、色々な要素がまとまらず、知っていることを単に書き散らした感じになってしまっており、多少、読みにくさがあった。

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著者プロフィール

2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)、『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(以上ダイヤモンド社)『「言ってはいけない? --残酷すぎる真実』(新潮新書)などがある。メルマガ『世の中の仕組みと人生のデザイン』配信など精力的に活動の場を広げている。

「2023年 『シンプルで合理的な人生設計』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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