- Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
- / ISBN・EAN: 9784098254019
作品紹介・あらすじ
元陸軍参謀が最後に企てた”作戦”とは?
1961年(昭和36年)4月4日、元陸軍参謀にして参議院議員の辻政信は、羽田空港から東南アジア視察のため単身、飛び立った。実はその出発直前、数々の「異変」が確認されていた。たとえば、辻の次男・毅氏はこう証言する。
〈父はタラップに4回出てきたんです、機内に入ってから。あり得ないことです……〉
その後の足取りは杳として知れず、8年後に「死亡宣告」が出された。
伝説の作戦参謀は、いったい何をしようとしていたのか――。
その生涯は、まさに波瀾に満ちている。
苦学の末、士官学校を首席で卒業、陸大で恩賜の軍刀を下賜された。
初陣の第1次上海事変での武勇が報じられ、一躍、時の人となるが、
作戦を主導したノモンハン事件で多数の犠牲者を出し大損害を蒙る。
太平洋戦争緒戦マレー作戦で名を上げ「作戦の神様」と称されるが、
シンガポール攻略後の華僑虐殺問題やフィリピン戦線での捕虜殺害、
ガダルカナル島奪還作戦の失敗などにより、その勇名は地に墜ちる。
タイ・バンコクで玉音放送を聞いた後、潜行生活に入ることを決意、
ラオス、ベトナムを経由して中国に渡り、極秘裏に日本へ帰国する。
戦犯指定解除後、『潜行三千里』など手記が次々とベストセラーに。
勢いに乗って衆院選でトップ当選、さらに参院選で全国3位となるも
その任期中に、内戦下の東南アジアへと向かい、消息を絶った――。
辻政信の主な評伝が刊行されたのは1980年代までだった。以来、30年以上の月日が流れている。本書は、戦前・戦中のみならず、戦後の潜伏生活や政治家としての言動、そして失踪に至るまでの経緯や死生観を丹念に検証し、数々の新証言・新事実をもとに辻政信の実像に迫っていく。
謎の失踪から60年――。毀誉褒貶の激しい作戦参謀の“正体”が明かされる。
【編集担当からのおすすめ情報】
辻政信の名は、昭和陸軍の悪しき独断専行の代名詞のように使われてきました。数多ある評伝の中で、辻を好意的に取り上げているのは1冊だけしかないという指摘もあります。
2018年に辻の地元である石川県の金沢支局に赴任した読売新聞の前田記者は、辻の関係者に取材し、新たな資料にあたることで、これまで知られることのなかった数々の事実を発掘していきます。
30年もの時を超えて、今こそ世に問う本格評伝、ぜひご一読ください。
感想・レビュー・書評
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映像化してほしいと思えるほどいい評伝。
漫画『虹色のトロツキー』で忘れがたい印象を残した辻政信。
抗しがたい魅力を覚えつつも、知れば知るほどに見えてくる彼の不合理で苛烈な部分にも焦点を当て、単なる礼賛本とは一線を画す。
何しろ最後が、妻から見た身も蓋もないコメントと、故郷に立つ彼の銅像の周りに目立つ雑草のシーンで終わるのだから、ある種の虚像を剥いだむき出しの実像を浮かび上がらせている。
貧しいながら身分不相応を承知で奮起し、凄まじい刻苦勉励で将校への道を駆け上がった政信本人も凄いが、両親がとにかく凄い。
息子の夢を叶えようと賢明に働く炭焼きの父と、今日学校で習ったことを順を追って話すから聞いてくれとせがむ我が子のため、忙しい中、復習の時間に進んで立ち会う母。
しかし、立身出世を遂げた彼の家族は、身を挺して尽くした割には見返りが少なく、ほとんど修羅の道といってもよかった。
潜った父を追う官憲の追求を受け、周囲の目を気にして職を転々とする長男もそうだが、不幸そのもの。
戦後出版した辻の本が大ベストセラーになっても、莫大な印税収入は戦争で困った人たちに渡してしまい、自分の家族はいつも質屋通いだった。
「彼を奇人と呼ぶには、足跡はあまりにも大きい」と言われるように、一筋縄で解釈できる男ではない。
毀誉褒貶が相半ばし、心酔者と同じ数だけ憎悪する者がいる男。
無類の優しさと厳しさが、本人の中で矛盾なく同居している風変わりな男。
頭の回転は抜群に速く、何人も追随を許さぬ実行力を持つが、ノモンハン事件では関東軍の最年少の一少佐が、"関東軍司令官"然として、満州全土の部隊を動かし、天皇大権をも侵す傲岸不遜さを見せる。
決して不臣不忠ではないが、過剰な自己意識が本心を凌駕して、真意と逆な結果を呈して、実はそれに気付かない。
溢れんばかりの果敢な攻撃精神と抜群の働きぶりで、死線の中でも仲間の遺体を必ず担いで帰ってくる。
若い士官から絶大な人気を集めるため、下克上の雰囲気の中、上司から「役に立つ男」として彼の独断専行が不問に付された一面も。
しかし軍の中では庇護者に囲まれた辻も、戦後の政治の世界では、幾多も当選を重ねたのに孤立状態にあった。
行軍で兵隊たちが水筒の水を飲み干してしまい、渇きに苦しんでいる時のエピソードが凄まじい。
辻は持っている水筒の水を、弱った者たちに分け与えるのではなく、その場で地面に捨てて共に苦しみを分かち合った。
戦争中に張作霖の葬儀や蒋介石の母親の法要を行なったりして、中国で感謝され「彼は助けてやれ」と言われたというが、どのくらい逃避行に利があったかわからない。
戦時中に行なった軍事行為の責任を追及されるのを恐れて潜ったのだと言わず、曖昧なまま"アジアの再建を企図して"などとおためごかすが、本人は悪びれる様子も見せず、戦犯指定解除後に颯爽と姿を現し、万来の支持者の前で体験を滔々と披露する。
安保闘争の熱が冷め、国民の関心が生活の豊かさに向かい始めると、行き場を失い、焦燥感を覚えて、悲劇的な行為に走るのは三島由紀夫と同じ。
「この体を、死神の胸元にぶつけてやろうと、恐れずに前進すると、死神がたじたじとして不思議に道は開けるもの」
「死中に活を求める路は、死に向かって全身を叩きつけることだ。死を避けようとしたら死神に襟首をつかまれる。死神を辟易させる捨て身の体当たりだけが、生きる路を開く」
「危険が来たら、それを避けずに、危険に向かって直進していく。死神が追いかけてきたら、逃げないで、死神に体当たりする。そうすれば向こうがタジタジとなって、道を開けてくれる」
常在戦場で、常に死神と向き合い続けた人生だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
とにかく見方によって評価が変わる人物、というのが感想。どんな人間も見方によって変わるとは思うが、辻政信に関してはその振れ幅が大きかったのだろう。陸軍での上官の評価のエピソードが出てきたが、評価が極端に違うところが印象的だった。
独断専行が目立つ無謀な軍人のイメージがかなりあったが、膨大な量の試験の採点・添削をこなした話などをみると、なんでも1人で全部やらないと満足できないタイプだったのかと思う。そして、それが極端で度を越していたのだろう。
こういうタイプは会社組織などにも普通にいると思うが、そういった人物をどう制御し活用するか、といったところを学んでいくべきなのだろう。結局、軍隊も、政党や国会も彼を押さえつけることはできなかった。 -
●=引用
●また、1952年(昭和27年)10月4日付読売新聞夕刊で、劇作家の三好十郎は「戦争から与えられた苦しみに対する日本人の鈍感さだ」を問題とした。(中略)三好は、辻を念頭に「大衆にわかりやすい言葉と英雄的な身ぶりで発言しはじめた」と懸念する。そして、「辻氏のように、『再軍備ではなくて新軍備だ。北海道は五個師団、その他は四十歳以上の民兵で守る』と端的に確信ありげに言い切られると、ついフラフラとそれについて行くのである」と民衆の節操のない態度にも批判の目を向ける。さらに、それに対抗し、民衆の支えとなるような意見を出すべきである「学者やインテリゲンチャは大衆の場で発言しようとしない」とする。たとえ、彼らが発言しているつもりになっていたとしても、「大衆には無縁のむずかしい言葉と自己満足的な観念の上だけそれをしているために大衆との関係では何もしていないのと同じだ」と痛罵する。 -
女子栄養大学図書館OPAC▼ https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000057265
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絶対悪とも評される辻政信について、偏りを出来るだけ排し、生の人物像を描き出そうという強い意欲が感じられる作品。人間の持つ二面性。彼がなぜあのようなことをしたのか、それと、身近な人が感じていた熱く面倒見のよい一面、それがどのような思考経路なら矛盾しないのか。この本を通じて考えることは、人間理解の深化につながるだろう。
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半藤一利は「絶対悪」と言ったと読売書評にあり、戦争の反省と言う意味ではそういう人の思考回路を理解したいと思って読んだ。自民党に染まらない政治家時代の姿勢など興味深かった。戦後も生きて民主主義の中で反省したり変わっていく姿を見たかった。
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辻政信の評判は実際知らなかったが、ノモンハン事件の主要な役割を担ったダメな陸軍軍人の代表格という認識は持っていた。この本を読んでそんな表面的なものだけでなく、部下には相当慕われていたことを知りいろいろな意味で一筋縄ではいかない人物であることが理解できた。現代では存在を許されない知力体力ともに兼ね備えた快(怪)人物なのかもしれない。
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半藤一利氏に「絶対悪」と言われた辻正信は本当はどんな人だったのか。丹念な取材を元に先入観なく書かれた、辻正信の真実。
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力作の評伝。
悪評高い人物を先入観なく
取材しているところがいい。
辻の存命中にそういう人がいれば
破天荒な人生が今に伝わったのにと
惜しまれる。 -
所謂「絶対悪」イメージを前提とせず、丁寧に観察した評伝。分かるのは、とにかく有能、常識の枠に囚われず行動力があり、それ故に毀誉褒貶が極端に分かれる人物だということだ。辻個人のみに悪を押し付けるわけではなく、戦時の軍においては有能で積極果敢な人物が重宝されたことは想像に難くない。
国会議員時代も含め、行動の動機に私欲はあまり感じない。辻は辻なりの信念があったのだろう。その信念をどう評価するかはともかく。
本書に出てくる「奸雄」「常に戦いの渦中に身を置き、激しく燃え尽きたような辻の人生」という表現が納得できる。現代なら、ベンチャーを起業したり、業界の風雲児などと呼ばれたりしたかもしれない。
シンガポールでの華僑粛清は、本書で示す状況証拠からは辻の主導の可能性が濃いように見える。ただ、即時の「厳重処分」は、日本軍は他の地でも行っていたため、辻個人の残虐性を殊更強調してよいものか。
また、行方を絶った謎の「失踪」の目的は、死の予感を抱えつつも、ホー•チ•ミン大統領と会談し、その情報を池田総理渡米の「お土産」とする、来るべきベトナム戦争を止める、との目的を著者は推測している。