千羽鶴 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001234

感想・レビュー・書評

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  • 平易な言葉選びと感情を排した情景描写から、立ち昇る日本の雅、小都市の静けさは『古都』に通ずる良作品。
    本作など特にそうだが、個人的に川端康成が作品や小編に付ける名前に非常に興味がある。
    直接的な関連が見受けられないパターンが多いが、そこへの理解が川端作品を読み解く鍵になっている気がする。

  • 大前提として、茶器への造詣ゼロな者の感想だが、
    茶器の優美さを女性になぞらえるって、特定の異性を名器と呼ぶ行為にも通じる、ある種下世話な発想が下地にあるのは間違いないから、
    遠慮なく書いてみる。

    1950年前後の発表なので、バタやん50から55歳くらい。
    萎びるのはまだ先、枯れるのもまだ先、とはいえ若き日の性的懊悩からは遠く離れたバタやんが、あえて20代後半の青年を仮構し、自らを乗せて作り上げた、ハイブリッドな存在が、視点人物の三谷菊治だ(cf.太宰治「斜陽」(直治)は1947年)。
    発表後70年にして思うのは、なんか非道いな、なんかキモいな。
    あえて下卑た書き方をすると、
    死んだ親父の元愛人がメンヘラで迫ってきたから一発やっちゃったら自殺した、その娘もなんか近づいてくるからワンチャン親子丼、と思いきや結構強烈な印象を残して去って行ったから仕方なく、これもまた親父が一発くらいやってたらしい世話焼きおばさん(パイオツのアザがひでぇ)の世話になっていい嫁を貰ったのに、なんか色々罪悪感もあって勃たないんスけどどうなんスかね、という話。
    なろう系・ハーレムもの・ラノベ、とまでは言わないまでも、男にとって非情に都合のいい話であることは間違いない。

    この三谷、どんな仕事で生計を立てているのかほぼ描かれないのに、ぼやっと会社員ということになっている。
    この点は「山の音」と同じ、謎・会社員という設定。
    長谷川町子「サザエさん」の波平(山川商事の事務課長)のデスクの電話には線が繋がっていない、というのは夙に有名なネットジャーゴンであるが……川端康成の会社員観も似た感じ。
    要は生活感を排除、生活にまつわる苦悩を退けて、只管美的苦悩(的時空間)に登場人物を置いたらどうなるか、という実験を、小説で行っているのだ。
    実は「山の音」と並行して書かれた作品なので、登場人物の年齢に着目した比べ読みも面白そう。

    またツイッターで見かけた面白い感想として、川端の小説って、抱く用の女と観賞用の女しかいないからつまらない、というものがあった。
    たぶん「雪国」の駒子と葉子についての感想だったのだと思うが、本作ではその弱点(?)がもっと突き詰められた結果、利点(?)になっている。
    親父が抱いた女を俺も抱く、という件は精神分析学的な興味をそそられるし、新妻を抱けない結果になっているけれども今は無垢との慰撫を慈しみたい、という(否認という防衛機制に近い)意見も、大いにアナライズしたい心性。

    アラフォーになってから、10代後半の YASUNARI BOY の少年愛を後年ヒリヒリ描いた「少年」を、先日読んだ身としては、
    太田夫人も太田文子も生臭い、オバンは親父がヤってたし、娘は俺が開通済みにしてしまったから劣化、やはり未開通のままの嫁ゆき子とぬくぬくしていたい、
    という非道な願望が、実は旧制中学式の性欲と無垢を行ったり来たりする世界認識から一続きになっているのではないか、と考える。
    で、その事情は決して時代限定的なものではなく、聖女と売春婦を峻厳したくなる男性の生理とか、母親から離れるために彼女という存在を起爆剤にせざるをえないとか、溜まったら悶々するのに出してみたらスッキリというよりは虚しくて賢者タイムとか、そういった下半身事情として、他人事ではない。

    戦後川端は日本古来の美や骨董に回帰した云々言われるし、確かにノーベル賞前後ならそういう読み方でいいと思うが、2022年の読者としては、こういう読み方をしてみたい。
    そんな読者としては、生臭と枯淡の中間にある本作、茶器は全然分からないにしても面白かった。

    にしても川端康成って、映画、テレビドラマ、舞台化、ラジオドラマなどエグいくらいマルチメディア展開されている。
    ノーベル賞という権威化はあるっちゃあるだろうけれど、受賞以前の映像化で作者が役者と映っている写真が容易にネットで見つかるくらいだから、権威や仰々しさといった構え以前に、単純に愛された小説家なんだろうな、と思う。
    実際、断章の連なりが短編になったり、連作短編が結果的に中編や長編に派生したりする書き方をしているので、
    権威化以後の私はいわば「完成作品」を読んでいるわけだが、当時の読者は、察するに、前後の文脈をあまり厳密に把握できない状態で、雑誌で目の前の川端文章を読んでいたのだろう。
    実際バタやんの文章は平易でリーダビリティが高いので、文脈はよく判らんなりに読めて陶酔できる、と思う。
    が、この読みやすさの裏側にべったりへばりついた「ニンゲン、シンジラレナイ」(キューブリック「2001年宇宙の旅」1968のHAL9000、楳図かずお「わたしは慎吾」1982-1986、の口調で)、後年の藤子・F・不二雄や宮崎駿にも通じる厭世観を、当時の老若男女はどう受け取ったんだろうか。
    作家論作品論にとどまらず読者論にも興味が湧く。

  • そのように生きるほかない男女の有様が、想念の化身たる茶碗の美に映される。

    「しかし、その母の死を美しくしようとする私が、どのようなところまでつれてゆかれたか、あなたが一番よく知っていて下さると思います。つれてゆかれたのではなく、自分で行ったのにしましても、これがもののまぎれであったかどうかは、私にはまだ判りません。もののまぎれなどと自分のしたことを言えるのでしょうか。また、他人のしたことをはたから見ても、もののまぎれなどと言えるのでしょうか。神か運命かが人間のしたことを赦す時に、もののまぎれと言うのでしょうか。」という手紙による文子の吐露は、なおも、生かされているように生きる以外の道を、かすかに待っているように思える。

    未完が惜しくもあるが、ストーリー上の完結は重要と思えないほどでもある。川端文学の極まった名作。

  • 耽美的作品。真似できない表現が随所にみられ、幼児が橋から落ちて運よく無事だったシーンは、思わず文字を拾いなおした。本著に収められた「千羽鶴」と「波千鳥」は最初別作品かと思ったが違っていて、一つの物語としてつながっていく。変わったタイトルの付け方だが、解説をみて、書き連ねたものとわかった。最後も満腹感なく中途で終わった感があったが、続稿があって全集にあるらしい。読みたい。2021.4.14

  • 父子、母娘、因果応報。
    太田夫人を抱いていたときが、菊治が菊治であった時だったのかも…と読み終えて、しばらく物語を反芻していて思い当たりました。菊治だけでなく、太田夫人も文子もまた、欲に身を任せてしまったその時だけが自分でいられた時。全編に渡り誰もが惑い、躊躇し、懺悔している。菊治がゆき子と結びきれないでいたのは、その行為を経ることで、太田夫人や文子のように、ゆき子を失ってしまうのではという恐怖のためではなかったのか。
    艶めかしいお話でした。川端康成の小説からは、匂いがします。

  • 近年現代の流行作家の面白さ巧みさに興味があった中で
    ふと文豪と呼ばれる川端作品を手に取り
    その作品の魅力を一気に読み終えた
    力量の高さはどこにあるのか
    言葉の選び方 表現の深さを今更私ごときが言うべきではないが
    やはり素晴らしい
    作品名「千羽鶴」は女性の持っていた風呂敷に描かれた模様
    ただそれだけなのに終始その描写が忘れられず
    作品名になったことにも納得する
    胸に痣のあるその痣に毛が生えている栗本ちかこの描写が
    本当に巧みで
    私のまわりにもいるどこかの誰かのようで
    気味悪い実感が
    読後にもぬぐえない

    川端康成を読み返そう

  • 志野の茶碗という一貫したアナロジーが作品全体を貫く。

    菊治の父親の浮気相手であった太田夫人と一夜を共にしてしまったことがトリガーになり、太田夫人の一人娘の文子には終始、母に対してほとんどモノマニアックな固執をさせることになった。それはまた、菊治も同じだった。太田夫人や文子に対するわだかまりが、ゆき子と作品の最後まで「夫婦になりきれないでい」させさえする[p264]。

    たった一度のことが、ここまで長く尾を引くなどというのはあまりにも大袈裟で非現実的であり、小説的な創作として恣意的でもあり、時代の違いも感じる。ここまで極端ではなくても、誰にでもこういったことは少なからずあるので、ある程度の年齢層は共感するであろう。

    おそらく、川端康成はこうした極端で大袈裟で、病的に通底したものがないと人物造形ができなかったのではないか。あるいはそうでないなら書くべきだとも思わなかったか。しかし、そうしたモチーフに比べて描写はうっか読み落とすぐらい簡潔である。例えば、冒頭でちか子が胸をはだけてあざから出ていた毛をハサミで切っていたが、菊治と彼の父親来たのをわかっていて隠さなかったのは、父とちか子がそういう関係であることを示している。それに触れるのはたった2センテンスである(「父に驚いたのではなく、菊治を見て驚いたようである。女中が玄関へ出て取りついだから、ちか子は菊治の父が来たとは知っていたはずだ。」[p10])。不親切ではあるが、すべてを説明しない必要十分な簡潔な描写が川端康成の文体であろうし、日本的な"間"でもあろうか。

  • とても不思議な感じのする小説.簡単にいえば,主人公菊治が亡くなった自分の父親の愛人太田夫人とその娘と関係を持ち,それからなかなかそれから逃れられずに悩むという話しなのだが,この菊治の感情のゆれが奇妙に思えるほど少ない.太田夫人がほとんど自分のせいで死に至っても,さめているのではないのだけど,取り乱しもせず,感情が行動に現れてこない.自分の人生も外から完全に客観視しているような感じなのだが,それでいて悩みは深そうなのである.
    私は読んでいる途中で川端康成はこの男女のことを書きたかったのではなくて,茶器のことを書く口実にそれを使っているだけなのではと思うことしきりだった.(解説にも井伏鱒二が同じような解釈をいったことが出てくる.)
    続編にあたる「浜千鳥」は最初は少しおもむきが違う.新婚になって心機一転かと思ったら,どんどん鬱屈していくような展開で気がめいった.文子の手紙も久住連山の自然の描写はあるにせよ始終重苦しい.それでも最後にはまた茶碗の話しになってしまう.
    いつもながら一気に読ませる流麗な文章だが,茶器の感触を知らないと結局は理解できない本なのかもしれない.

  • 今まで読んだ川端の中で、最も位置づけにくく、ミステリアスな存在感を持つ作品だと感じた。
    まず、作品の成立過程は、「山の音」と並行して書かれていること。この小説自体、どこが本当の終わりかハッキリしない。断続的に発表され、普通は最初に発表された5章を「千羽鶴」と呼び、次の3章を「波千鳥」(続千羽鶴)と呼び、いちおう最初の5章とは別にされたりしている。さらにそれよりあとにも2章ほど、同じ登場人物の話が発表されているようだが、物語の展開が別物になっているのでいちおうこのあたりで切っておくということらしく、要するに物語のあとさきがハッキリしない作品だ。
    川端の作品について、一章ずつ発表されて、それぞれの章で完結するみたいな指摘はよくなされるが、それにしても千羽鶴のあとさきのハッキリしなさ加減は他の作品と比べても独特のものがあると思う。なので僕は、この作品はある程度川端のほかの作品を読んだあとに読むべき作品と感じる。そこで川端のこの作品の創作方法とか距離感とかを考えることによって川端という作家へのさらなる理解を試みるにはいい本ではないか。
    古風な内容を扱いながら、手法的には他に例のないスタイルと言えるかもしれない。ひょっとしたら川端はこの作品でそういう実験的な形式を試みたのかもしれない。それが可能だったのが、この小説に対する動機の力強さがあれば、最後はなんとか整うはずだ、と思ったかもしれない、と想像してみたくなる。
    最初の「千羽鶴」5章で作品としては鮮やかな印象を残して終わっていて、やはり川端文学の名作の一つだと思わされるが、そのあとに続く章がその形式を壊し、それがますます深く考えさせるものとなっている。

  • 川端の作品を読むといつも彼の文学的技法の多才さもさることながら、彼の芸術家としての感性の鋭さに感動する。例えば「雪国」では、冒頭のシーンに見られる様に彼の鋭敏な「視覚」によって小説全体が彩られている。この「千羽鶴」の場合その感覚は「触覚」にも及ぶ。死んだ愛人の肉感的官能を志摩茶碗の手触りに投影させるなど、川端の様な感性を持ってこそ表現できる描写だと思う。

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著者プロフィール

一八九九(明治三十二)年、大阪生まれ。幼くして父母を失い、十五歳で祖父も失って孤児となり、叔父に引き取られる。東京帝国大学国文学科卒業。東大在学中に同人誌「新思潮」の第六次を発刊し、菊池寛らの好評を得て文壇に登場する。一九二六(大正十五・昭和元)年に発表した『伊豆の踊子』以来、昭和文壇の第一人者として『雪国』『千羽鶴』『山の音』『眠れる美女』などを発表。六八(昭和四十三)年、日本人初のノーベル文学賞を受賞。七二(昭和四十七)年四月、自殺。

「2022年 『川端康成異相短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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