世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (397ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001340

感想・レビュー・書評

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  • かなりの量の春樹本を読んできたけれども、これが自分の中での最初の作品。

    最初に読んだときはまだ中学生の時だったと思う。
    中学生の時の感想はやっぱり中学生。あぁそうなんだ、で終わってたと思う。数年前にも読み直してみた、そしたらまた感想も変わってた。
    本ってそういうものだと思う。また自分の変化が感じられるような気がしたら、合間を縫って読んでみたいと思う。

  • 高さ7メートルの高い壁に囲まれた街――「ここは世界の終りなんだ」(186ページ)――で、自分の「影」と離れ、古い夢を読み解く「僕」。
    場所も時代も分からない物語、〔世界の終り〕。

    一方、「計算士」「組織(システム)」「記号士」「工場(ファクトリー)」「やみくろ」といった言葉が飛び交いつつも、現代日本を舞台とした「私」の物語、〔ハードボイルド・ワンダーランド〕。

    2つの物語が交互に進むものの、その時系列は同じなのか、そして〔世界の終り〕と〔ハードボイルド・ワンダーランド〕は、どうつながっていくのか。
    キーワードは一角獣?
    下巻が楽しみだ。

  • ファンタジー、なのかな。計算士、記号士、洗い出し、シャフリング、夢読み…馴染まない用語のオンパレードで前半は読みにくさ満点。主人公が危険な状況に陥ってくるあたりからようやく吸引力が上がってきた。

  • フェイバリット

  • 下と同じく

  • 村上春樹の中ではイマイチ。下巻でどうなるかわからないけど。人の心の描写が弱いのか。

  • 「ハードボイルド・ワンダーランド」の世界は計算士が情報を守る組織(システム)と、記号士が情報を盗む工場(ファクトリー)が競合し、情報保護システムを複雑化していた。「私」は計算士として組織に属していた。そして計算士の中でも限られた人間しか使えないシャッフリングを使う事ができる。
    しかし、そのシャッフリングシステムには重大な秘密が隠されていた。
    物語はそのシャッフリングシステムを中心に進んでいく。

    「世界の終わり」の世界は周りを高い壁に囲まれた街が一つある。
    古い記憶を持った影をはがされて、「僕」はそこに辿り着きそこで生活するようになる。
    街の人々は影も心も持たず、そこは戦いや憎しみや欲望もないかわりに門の外を行き来できるのは一角獣だけであった。
    「僕」はその街で夢読みとして働き始める。
    しかし、それにより日の光を失い、心をも失おうとしていた。
    この完璧とな世界で一体「僕」は一体どうなるのだろう。

    この二つの世界がいつしか一つの接点を持って交わっていくわけです。
    そしてそうなった時世界が終わるわけです。
    まぁ、あんまり核心には触れんように書いたあるんでなんのこっちゃわからんかと思いますがこういう話です。

    個人的に「世界の終わり」の主人公には共感した。
    永遠という時間の中で心をなくして生きていくという事への恐怖、葛藤、疑問。
    そういう世界にただ一人心を持ったしまったままいることの不安。

    俺はそんな世界で生きるのは無理やな。
    人間は心がなかったらただの木偶や。
    そこには友情も恋愛も何もないし、あらゆる行為に意味がなくなってしまう。
    そんな世界で永遠の時を過ごしたくはない。

    俺は永遠の灰色よりも一瞬でも輝く虹になりたいです。

  • 再読。

    「親切心」についてのエピソードを読みたくて手に取りました。
    でも、読み始めたら、最後まで読みたくなってしまい、どっぷり物語の世界に入り込んでしまっています。

    世界の終りの情景と、「心」とは何かを探る会話が胸にしん、と残ります。

  •  しかしもう一度、私が私の人生をやり直せるとしても、私はやはり同じような人生を辿るだろうという気がした。何故ならそれが――その失いつづける人生が――私自身だからだ。

     「世界の終り」で人々は、自分の「影」を死なせることにより、感情を消滅させ、喜びもないかわりに苦しみもない、穏やかな世界に暮らしている。そこには義務も寿命も時間もなく、存在することはとても楽だ。しかし、心はどこへ行くのだろう。心を失って生きることが、果たして生きることになるのだろうか。
     村上春樹はあまり好きでないのですが、この作品だけは宝石箱のようにすばらしいと思います。どのページを開いても、その言葉や文章のひとつひとつに、啓示のようなものを感じます。主人公の男性はある理由から、自分の意識の中に閉じ込められることになりました。そこは「世界の終り」であり、心を捨てた人々が、苦しみも悲しみも争いもなく、穏やかに暮らしています。しかし彼は気付きます。人々が捨てた自我は、「獣(一角獣)」が引き受けていることを、そして彼らが人々の代わりに苦しみ、やがて自我の重みで死んでゆくということを。
     生きることは心を持つこと。苦しみ、悲しみ、あるいは喜ぶこと。ユートピアなんてない、幸せにはなれないかもしれない、それでも心をもつことだけが、ただ唯一生きている証である。大学生のときにこの本に出会い、私は自分の心が救われるような気がしました。
     一番好きな一節を冒頭に引用しました。確かに人生とは失うことのような気がします。それでも自分は自分にしかなれないと、村上春樹は言いますが、それは決して絶望するようなことではなく、逆に希望や安心なのだと思います。自分が自分であることが生きる価値であり、自分は自分以外にならなくて良いからです。
     すべての感情は心の作用(あるいは脳の電気信号)なので、あまりに大きな苦しみ・悲しみに直面した際、いっそ心を捨ててしまえたらと思うかもしれません。しかし、心を捨ててしまえば、生きることも死ぬこともできなくなってしまいます。不条理な世の中で、辛いことのほうが多いくらいですが、それでも、心をもって生きて行かねばなりません。それが生きることの価値だから。人間にとって最も大切な真実が、この作品の中にあります。

  • 以下引用。

    まぐろのようにぐっすりと眠った。

    太陽はなぜ今も輝きつづけるのか
    鳥たちはなぜ唄いつづけるのか
    彼らは知らないのだろうか
    世界がもう終わってしまったことを
            "THE END OF THE WOURLD"

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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