ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.63
  • (1443)
  • (1659)
  • (3299)
  • (230)
  • (65)
本棚登録 : 15798
レビュー : 1116
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001418

作品紹介・あらすじ

僕とクミコの家から猫が消え、世界は闇にのみ込まれてゆく。-長い年代記の始まり。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 2019.08.09 読了。

    3冊で1つの作品の為、未評価とする。

    はじめは本当に何の話?猫を探す話?
    と思っていたら謎の展開ばかりで、この1冊を読み終えても全く方向性が分からない。

    謎に戦争の描写が多く、しかもこの話単体でも良いんじゃないかってくらい面白い。
    最後の方の拷問シーンはゾッとした。
    読んでいてこんなに痛々しい光景が浮かぶってのは村上春樹さんの描写の巧さなんじゃないかと思う。
    グロテスクなのに読むのが止まらなく、後半は一気に読めた。
    物語としては、やっとエンジンがかかってきた、のか?といった感じ。
    続けて第2部を読んでいく。

  • 村上春樹の別の評論を読んでいるうちに、ふと彼の長編を読みたくなって手に取った、村上文学 中期を代表する長編(1996)。第一部、第二部は俗に「僕がパスタを茹でて射精する話」と揶揄される典型的な文体だが、第三部では多様なナレーション形態を導入していて、後の三人称小説への転換点と見ることができる。しかし小説としての緊密さというか、物語の持つ神秘性は、書き慣れていたのか一人称パートの方が優れていて、第三部では緊張の糸が切れたという感じ。

  • 久々に村上春樹を読む。かれこれ、20年ぶりくらいか。久しぶりに読みながら、いわくいいがたい心地よさを感じている。こじゃれたレトリック、ウイットが楽しく、文章も平易でするする読める。
    1巻を読み進めているとき、東京地方はちょうど梅雨明けし、急激に盛夏が訪れた。本作の季節が真夏のためもあるが、村上作品は、夏休みの気分としっくりくるのを感じる。岡田“青年”の、人生がまだ固まっていないサスペンデッドな状況も、そう感じさせる理由のひとつか。
    “主夫”なので、一日家で家事をしたり、コーヒーをいれたり、ビールを飲んだりしている。そんな時間の流れも夏休みな感じである。

    さて、1巻を読みつつ感じるのは、何かが収まるところに収まろうとすること、そのプロセスを描こうとしている気配である。
    加納マルタ・クレタ姉妹なる“能力者”が、直接的でない、暗示的なメッセージを岡田に伝えてゆく。岡田の日々に、何かの変化が生まつつあり、それが現実の表層に見え隠れし始めている。妻クミコが大切にしていた猫が姿を消したのが、その始まりだった。

    “僕”と、妻クミコとの夫婦生活は、洗練というか簡素で、安定した信頼関係を感じさせる。けれども、かすかな不穏な気配も漂いはじめ、大いなる変化も予感させる。
    しっくり来ること、あるいは、しっくり来ないこと。
    明確に言語化するのはむずかしい。だが、人が生きていくうえで、そういうしっくり感や、かすかな違和感は、大切なことで、無視できないものだと私は思っている。言語化できないが、各人の人生の本質的なことにつながっているように思う。努力とか夢などとは異なる次元にある、そういうこともおおいに大切なのだと考える。
    さらには、気の流れや、運気の節目みたいなこと、時機や時勢が満ちること。
    私自身、そういうものに重きを置いている。なので、この物語の、直接的でない語り口、なにか見えない変化が静かに進んでいる様子は、素直に読めるし、苦でもない。
    物語は、暗喩に満ちている。
    未知の女性の奇妙な電話。入り口も出口もない“閉ざされた路地”。無人の空き家の庭にある、深い井戸。失せものの出現。あらゆる痛みに苛まれたという加納クレタの半生。託された“空の箱”。

    さて、そして、間宮中尉が語るノモンハン戦での体験は、凄惨きわまりない。
    以前、その一節のみ拾い読みをしたときは、もっと衝撃を受けたのだが、今回、初めから順を追って丹念に読み進めると、同章を、少し違った印象で読んだ。
    吐き気がするほどの衝撃度、読後感は、なぜか今回は和らいで感じた。
    豊穣な、より大きな流れ、文脈のなかで受け止めたためか。

  • 我が家から愛猫が居なくなり、妻が消え、井戸に潜った僕の右頬にはあざが出現する。

    『羊をめぐる冒険』や『海辺のカフカ』のようなファンタジー感はなく、夢のなかで起こる出来事が実は現実なのではという意味での白昼夢のようなファジー感のある作品です。

    今まで読んだ長編の村上作品とは毛色がかなり違いました。読み終わっても掴みどころのなさにモヤモヤし、語られない謎ときで頭の整理がつきません。
    なんなら、広げた風呂敷畳めてる?とさえ思ってしまっています。

    途中から時系列が極端に前後し、話の主役が入れ替わるため文脈の読み取りが難しくなり、そういう意味では直近で読んだ『1Q84』よりもかなり難解な、あるいは抽象的なストーリーと言えるかもしれません。

    『1Q84』のときはありありと想像できたそのストーリーのキャストをまったく配役できませんでした。牛河を除いて、主人公を含むそれ以外の人物像を掴むのがかなり困難という意味でも抽象的な話でした。

    満州国や外蒙古など第二次大戦前夜の時代のロシア中国国境線の情勢に少し興味を持つことができ、父が「南京大虐殺を肯定する反日親中左翼」と村上春樹を毛嫌いする文面を送ってきた意味が分かる本でもありました。苦笑

  • 不思議さと怖さが同居していて、頭の中をぐるぐるループして、何度も読み直しながらハマった。

    解説本がいろいろ出ているのも気になる。

    ザ・村上春樹ワールドだよなぁ。

  • ファンタジーなのに戦争の生々しいストーリーがブッ込まれている。登場人物のキャラが立っていてグイグイ引き込まれる。

  • 3巻も読めるかな、と思って読み始めてみたけれど、いつの間にか1巻目が終わっていた。
    正直、内容は全くと言っていいほど理解していない。というか、理解すべきものではないような感じだからこのままもう少し読み進めようと思う。

  • 村上春樹の中で個人的に好きな作品。

    学生時代に読んだが、時空を超えたストーリに圧倒され、深夜まで夢中になり本を閉じられなかったのが思い出深い。

    こんなに壮大なファンタジーはどう紡ぎ出されるのかなって興味が消えず、作者のエッセイも結構読みました。

  • 4つのおっぱいと6本の指に、一体どんな違いがあるのかしら?

    人間自分により身近なことは想像可能であり、そうでないものはより想像ができない。どちらも普通ではないことには変わりないのに。たしかに6本指くらいはいい。でもおっぱいが4つあるのはなんとなく困る。それってなんでだろう?

    諸悪の根源なるものはメディアを介して拡散され、人々に浸透する。それは絶対に生かしてはおけない。たとえ暴力を用いて、罪を背負うとしても。
    ロッシーニのカササギ泥棒から、皮剥ぎボリスが終わってカティーサークの箱もらうあたりまでの第一部。

全1116件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。2019年8月7日発売の『文学界』でロングインタビュー「暗闇の中のランタンのように」掲載。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月末に刊行予定。

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)のその他の作品

村上春樹の作品

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)に関連する談話室の質問

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする