ねじまき鳥クロニクル 第3部 鳥刺し男編 (新潮文庫 む-5-13 新潮文庫)
- 新潮社 (1997年9月30日発売)
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感想 : 1046件
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Amazon.co.jp ・本 (608ページ) / ISBN・EAN: 9784101001432
みんなの感想まとめ
夢と現実が交錯する物語が展開され、緊張感あふれる圧倒的な読書体験が味わえます。主人公トオルとクミコの再会の行方や、新キャラクターの赤坂ナツメグとシナモン親子の個性が際立ち、物語に深みを与えています。5...
感想・レビュー・書評
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圧巻のラストでした。
トオルとクミコは再会することができるのか、夢の中で繰り広げられる物語が刻々と暗闇をより深い闇に誘われる。
最後は少し難しい展開かなと実感しました。
新キャラクターの赤坂ナツメグ、シナモン親子も
キャラが際立って、とても印象に残りました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
飼い猫が戻ってきた。『きっと明るい方向にいくんだ”そんな気持ちになった。しかしこの物語、一筋縄にはいかない。緊迫感に満ちた展開で、一気に読んでしまった。
ニューフェイスの登場。
赤坂ナツメグ、その子シナモン。「僕」の家に突然入り込んできた牛河という男。
それらの人物との関わりの中で、「僕」はクミコを取り戻すために奮闘。「僕」は、ナヨナヨ系男子から突如として男気を発揮してくる。第3部にも、残酷な戦争シーンの描写あり。
夫婦の問題だけに留まらない複雑かつ、重厚なストーリーに圧倒された。様々な形の暴力(見えるもの、見えざるもの)の恐ろしさを思い知らされた。辛い。ハッピーエンドとはいえないが、夫婦の気持ちが互いに通じ合えただけでも良かった。クミコのことを「僕」は待ち続けてほしい。そして今度こそ、2人の子供を2人で育ててほしい。
クミコ以外に女性が数名登場するが、「僕」の精神を支え良い方向に導く役割を担っていた。その中でも、笠原メイちゃんの純粋さは、「僕」にとってかけがえのないものであったと思う。メイちゃん自身も「僕」との関わりの中で成長していた。17歳のメイちゃんは「僕」よりも精神年齢UPしたと思う。(第3部鳥刺し男編2026.3.11読了)
【村上春樹作品について感じたこと】
昨年初めて、『海辺のカフカ』『1Q84』を読みました。そして今回『ねじまき鳥クロニクル』。3作品いずれも、平易な文章で読みやすく、お疲れ気味のとき読んでもスッとストーリーに没入できました。私にとって村上さんの文章を読むことは、脳内エステを受けているようです。
3作品とも共通して、登場人物のネーミングのおもしろさがありました。『海辺のカフカ』ではカフカくん、ナカタさん。『1Q84』では天吾、青豆。『ねじまき鳥クロニクル』では加納クレタ、マルタ、赤坂ナツメグ、シナモン。印象強く残ります。カタカナ使用も記憶に残りやすいです。
脇の一風変わった登場人物として、牛河という名前が『1Q84』『ねじまき鳥クロニクル』どちらにも使われていたこと、おもしろいと思いました。
『1Q84』『ねじまき鳥クロニクル』どちらにも、表面化していない暴力の傷あとの深さが描かれ、それに屈するのではなく立ち向かう人間の強さが感じられるところ、素晴らしいと思います。
『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』では、主人公以外の脇の人物の成長が感じられ、好きでした。『海辺のカフカ』では、ナカタさんとの関わりで成長した星野青年。『ねじまき鳥クロニクル』では加納クレタ、笠原メイ。
3作品とも大好きですし、名作だと思います。村上さんの作品は、ほとんど読んでいないの、次にどれを読むか考えるのが楽しみです。そして最終的に20代のときに読んで、しっくりこなかった『ノルウェイの森』を読み直してみたいです。
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笠原メイの手紙。少年の夢と現実。週刊誌。ナツメグ。そして岡田くん。
視点が増えて多面的になり、飽きずにどんどん読める。
ナツメグもシナモンもいいキャラ。
509ページもあり、かつ改行少なくて文字びっしりだけど、退屈に感じることは全くなかった。
さらに、まさかの牛河。嬉しすぎる。牛河の独り言のような長話が好きすぎる。
牛河だけじゃなく、随所で1Q84を彷彿とさせられた。
井戸。影。月。暗闇。カティサーク。
春樹さんこのあたり好きですね。 -
緊張感あり圧倒的な読書体験でした。
折に触れて戦争の場面が出てくると、歴史の上に立っていることに気づく。複雑で難解さは、何かを理解したというより、考えはじめたというような読後感。 -
久しぶりに村上春樹の長編を読了。
時系列的にはこっちのほうが古いんだけど、『騎士団長殺し』的なイメージが強かった。特に登場人物が涸れ井戸の底にいる感じなんてね。ほぼ同じような描写が『騎士団長殺し』にもありましたね。
村上春樹は狭くて、暗くて、じめじめしたところにキャラクターを置くのが好みなのかもしれないな(笑)。
村上ファンタジーのお約束で、ストーリーに出てくる謎の解き明かしや伏線の回収等はまったくありません。このあたりは
まあ、村上春樹だから・・・
ということですべて許されるのでしょう。
という訳で、このモヤモヤ感を感じる為に村上春樹を読んでいるとっても過言ではないでしょう。
結論として、極上の村上ワールドを堪能させていただきました。
ありがとうございました。 -
3部完読!まずは読み切った自分に拍手を送りたい。
3部作品は、『サラバ』と『カラマーゾフの兄弟』に続き、3作品目となりました。
大作長編を読みきる自信が少しつきました。
本作、すごく不思議な話でした。
村上春樹の奇抜な想像力が存分に発揮されている作品だと思いました。
序盤から気になっていた本間さんの「水には注意しなさい」
…そういうことだったか!
クミコさん…そういう結末か…
うーん…上手く感想がまとめられない。
暴力的なシーンがたくさんあり、思わず表情が険しくなりながら読み進めていたと思います。
そんななかで、笠原メイちゃんの手紙は、なんだか癒しというか、早くメイちゃんの手紙がこないかなと待ちどおしくなっている自分がいました。
長編でありながら、世界観に一気に惹きこまれる。
良い読書体験ができました。
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第1部の最初の一行で、主人公は台所でスパゲティをゆでていました。「泥棒かささぎ」の序曲を口笛で吹きながら。
第3部を読み終えるまでは、これほど壮大なスケールの物語だとは予想していませんでした。主人公の岡田トオルはこれといった特徴もなく、国境を超えないし、戦地に赴くこともないし、物理的な移動距離はさほどないのですが、夢と現実、生と死の世界をさまよいます。クロニクル(年代記)とタイトルにあるように、過去の時代についても描かれ、戦争の残酷さ、理不尽さは読むのが辛くなりました。
戦時下、中国大陸にいた獣医は、思います。「世界というのは、回転扉みたいにただそこをくるくるとまわるだけのものではないのだろうか」と。
大きな喪失を体感した時は、すべての世界が閉じ、回転扉の別の仕切りの中に移動させられたような、まったく別の世界に放り出されたような気持ちになるのかもしれません。
でも、連続性がないはずの世界は、後の世代の岡田トオルに結び付き、輪のようにつながっているのです。
岡田トオルは、枯れ井戸の底の暗闇の中で、精神の深層世界を探ります。生死の境界へとさまよう旅は、痛く、苦しく、恐ろしくもありましたが、読書でなければ知ることのできない(現実にはしたくない)体験でした。 -
69冊目『ねじまき鳥クロニクル 第3部 鳥刺し男編』(村上春樹 著、1997年10月、新潮社)
村上春樹の90年代における代表作である3部作、その最終巻。
グネグネと形を変えながら進むこの物語は、まるで週刊連載の漫画のよう。第1部からは想像もつかないような地平へと読者を運んで行く。
お話に整合性はなくその形はかなり歪。しかし読み終わるのを勿体なく感じさせる、圧倒的な満足感は流石。村上春樹の非凡なイマジネーションを改めて体感させられた。
〈もし何かがあったら、また私のことを遠慮なく大声で呼んでくださいね〉 -
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余韻から抜け出せない一冊。
ただぐいぐいこの世界に取り込まれて囚われて、身動きできないこの感覚。
めちゃくちゃ良かった。
全巻通じて主人公トオルを取り囲んでいく数々の不思議な人と出来事。
加納マルタ、クレタ姉妹の存在、間宮中尉の語りによる満州での壮絶な戦争の歴史が幻想と現実を絶えず引き寄せてくる時間がたまらなかった。
井戸の孤独、あざ、個々に散らばっていたものが時に重なりを見せるさまは、まさに長く遠い導きだったのかな。
読後は物語という井戸、余韻からまだ抜け出せない。
読んだ人の数だけ解釈は無限大の村上ワールドを堪能。-
この世界、不思議な魅力がありますよね。
レビューを読んで、夢中になって読んだ時のことを思い出しました。
それはないでしょ、の世界が普通に...この世界、不思議な魅力がありますよね。
レビューを読んで、夢中になって読んだ時のことを思い出しました。
それはないでしょ、の世界が普通に広がっていて、読んでいるうちに虜になっちゃう。
井戸は、ほかの村上ワールドにも何度か出現したような…。
はっきり覚えていないのだけど。
くるたんさんのレビューは、短いフレーズで的確に作品の世界観を表現しているところが素敵だな、といつも思います。2025/06/19 -
yyさん♪
こんにちは♪ありがとうございます♪
yyさんも夢中に!ほんと、解釈なんかそっちのけでとにかく物語に浸れるのが幸せでした。
井戸...yyさん♪
こんにちは♪ありがとうございます♪
yyさんも夢中に!ほんと、解釈なんかそっちのけでとにかく物語に浸れるのが幸せでした。
井戸は他作品にも?私はまだ数冊しか読めていません。楽しみになってきました✩⡱
これはかなり上位にくる村上作品になりました。読みとくテキストも手に入れたので、また味わいたいです✩⡱
2025/06/19
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『ねじまき鳥クロニクル』第3部を読み終えました。今は、NHKのテキスト『100分de名著』が届くのを楽しみに待っているところです。
この本は発行当初にも図書館で借りて読んだのですが、そのときは物語を十分に掴むことができず、断片的な理解にとどまっていました。それでも今回の再読を通して、村上春樹が描いた風景の数々が、30年近くたった今も脳裏にしっかりと焼きついていたことに気づきました。これこそが、描写の力のすごさだと実感します。
複数のストーリーが並行して進み、夢の描写も挿し込まれる――そんな巧妙な構成は、少し読み飛ばしただけで道を見失ってしまいそうになるほど。まるで、読む者を試すかのような作品世界です。
主人公の岡田トオルは、出口のない路地を通って空井戸へ向かい、終戦間際の満州や、ノモンハン事件を背景に悪(ワタヤノボル)と対峙します。彼を取り巻く登場人物の中でも、第3部にだけ登場するナツメグとシナモンは、便宜的に与えられた名前であるにもかかわらず、不思議と魅力を増していました。
あまりにも奥深く、何層もの意味を持つこの作品。これから読む『100分de名著』で、さらに理解が深まるのが楽しみです。 -
当時初期から村上作品を読んでいた人達は、このねじまき鳥クロニクルでの変化に驚いたのではないかと思う。第一部から第三部にいたるまで戦争や残虐な描写が出てきた。目を覆いたくなるような場面もあった。ボリスと綿矢ノボル、間宮中尉と岡田トオル。ボリスをやれなかった間宮中尉、綿矢ノボルを追い詰め葬った岡田トオル、そして妻のクミコ。色んなものが複雑に絡み合っている小説だったなと思う。
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難しい内容の小説でした。
虚構と現実、夢と現実、、の世界を巡る、というストーリー展開で、なかなか掴みづらい感じでした。
でも村上春樹らしい哲学的な文章で引き込まれました。
村上春樹さんはやっぱり、好きな作家さんです。 -
第1部と第3部とでは、まるで別の話のような展開でした。
後半の方が村上ワールドっぽかったかな。
この話は2度目に読むと多分、違った感想が出そう。
いくつかのアナザーストーリーが順に進行して行くけど、繋がりがよく分からずに読み進めていると「?」ってなる。
ストーリーについては、結局明確にはクミコさんのことがハッキリしないまま。
笠原メイさんも少しかわいそうだったかな。
もうちょっと優しくしてあげてもよかったと思った。
そういう世界線のストーリーの展開も見てみたかったなあ。
結局、タイトルにもなってる「ねじまき鳥」とは何のために存在したのだろう。
そもそもの設定も含め、ハッキリしない(ハッキリさせない)展開でした。
読み手の感じ方でストーリーの解釈もその数だけありそうな、そんな物語でした。 -
読み終えた。ついに初めての村上春樹作品を読み終えた。
この作品は研究しがいがあるだろうなと思ったけど、でもやっぱり全部が全部伏線として繋がってないといけない事はないんじゃないかなとも思った。つまり、読み終えた今、クミコと綿谷ノボルの因果とか、加納姉妹、ノモンハンやシベリアでの出来事、他のいろんなことの繋がりを全部分かった訳ではないが、別に無理やり探さなくてもいいよねって。
おもしろかった。
不思議で暗くて面白い世界だった。
村上春樹読めると気づかせてくれてありがとう〜
牛河のキャラクター、結構好き笑 -
文庫本で買い直し、30年ぶりの再読。時空を駆けた冒険、自由で現代的な若者たち、多様な価値観、感情表現を抑えたハードボイルドな表現などが相当に格好良くて、皆で村上さんの虜になりました。今もですね。
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オカダ・トオル(主人公)と言う人間の妄想にひたすら付きあうような話。どれが現実どれが妄想なのかもよくわからない。
何度か読むのをやめようと思った。 -
コロナ騒動の直前に、舞台版「ねじまき鳥クロニクル」を鑑賞。その衝撃冷めやらぬ中、何度目かわからない再読。
以下、実況風ひと口メモです。
「ねじまき鳥クロニクル」再読(第3部)。
改めての感想。
本作では、登場人物の多くが、何らかのトラウマを抱えている。
それを押し殺すようにして暮らしているうちに一層深い闇に取り込まれていく。
妻が突然去っていった本当の理由を探し求める中で、主人公は日々家事をこなし、打ち捨てられた枯れ井戸深く降りていってひたすら自分と向き合う。
家事、とくに掃除と瞑想。ある意味で禅の修行そのもの。
そして、「歴史の因縁(←仏教用語。)」が、今そこにある問題と分かちがたく結びついていること。
(ここで、著者の父親が中国に出征経験のある僧侶であることは思い出されてよいと思う)
井戸の底(=意識下)で、次々と流れ来る様々な思念をひとつひとつ「棚上げ」していく中で、主人公はそのことに徐々に気がついて行く。
「ねじまき鳥」出版当時に「マインドフルネス」という言葉はまだなかったと思うが、いずれにせよ外国人が本作を熱狂的に受け入れるのはある種必然だった。と、改めて感じる。
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著者プロフィール
村上春樹の作品
