ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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本棚登録 : 12342
レビュー : 736
  • Amazon.co.jp ・本 (600ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001432

作品紹介・あらすじ

猫は戻り、涸れた井戸に水が溢れ、綿谷昇との対決が迫る。壮烈な終焉を迎える完結編。

感想・レビュー・書評

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  • 多崎つくるを読む前の軽い練習というか、村上春樹の文章を自分に馴染ませて再び物語を受け入れるための準備というか、そういうつもりで久しぶりに読み始めたら、思ったよりも強い強い力で引き寄せられて、本当にたいへんだった。ほんとうに久しぶりに読んだし、最後に読んだ頃というのはわたしが読書ということをまだ出来てはいなかった頃のことなので、ほぼ初読ということになるのかもしれない。この本は、村上春樹の数々の著作の中でも最も力強く、最も様々な試みに成功している、とてつもない本であるということを感じます。言うことはあまりないけれど、しいていえば壮大なメタファーであり、損なわれるということ、わたしは損なわれてはいないかもしれないけれど、ほんとうにつらくて、つらくて、息もできないくらいつらいけれど、水泳したいなっておもった。落ち着かないと感想は書けない。でもほんとうに凄い本で、村上春樹は何の不純もなく捉えたいことを一生懸命書いているということをすごく感じて、やっぱりそういう本がほんとうに一番信用できると。わたしは本を信用することで生きている節が少なからずあり、こういう本が存在しなくなったらどうなっちゃうんだろうと怖くなり、こういう優れた本が地球上にはとりあえずわたしの一生分くらいは残されているということへの感謝を最後にしました。

  • いやはや長い物語でした。  そこかしこに何かしら感じるものはあったものの、全体としてみると結局よくわかんない物語でした(苦笑)

    何となく・・・・・ではあるんですけど、話を広げすぎちゃっている印象を持ちました。  KiKi の知っていた「個人を突き詰め、その精神世界をどんどん深堀り(もしくは浮彫)にしていく」物語の顔を取りつつも、どんどん世界を横(半径、距離)にも縦(時間軸)にも広げすぎちゃっていて、どこか散漫な感じです。

    印象的だったのは第2部の Review で KiKi は

    「何になりたいかではなく何をするか?」 「何をするかではなく何をしなかったのか?」 結局、人間が行き着くところはそんな禅問答みたいなところなんじゃないかと、この物語を読んでいて強く感じました。

    と書いたわけだけど、まるでそれに反論するかのようにこの第3部で村上氏が

    何をしたかではなくて、何をしたはずかなのだ。

    と書いていることで、ここを読んだとき思わず、「あ、そっち??」と思ってしまいました(苦笑)

    彼がこの物語で何を描きたかったのか、生憎 KiKi にはチンプンカンプンだったけれど、村上氏の物語の中でここまで様々な「暴力」というか「個をねじ伏せる暴力的な力」が描かれていることにはちょっとびっくりしました。  まあ、戦争という究極の「個をねじ伏せる力」のある一断面を描けば否応なくそんな力に触れずにはいられないわけだけど、その「ねじ伏せる力」の背後には無数の無関心や思考停止という状況があることはヒシヒシと感じられる物語だったと思います。

    私たち現代人はこの世に生れ落ちてから、成長する過程でまずは「集団のルールを守ること」を徹底的に仕込まれます。  もちろん社会生活においてある一定のルールというのは必要なものだし、それを守る善意の人たちがこの社会を回していくのは事実だけど、子供のころから刷り込まれる「ある一定のルールを守る癖」というやつは時に「集団ヒステリー」に、時に「思考停止」にと好ましからず結果を生むことがあります。

    この第3部の最後の部分で主人公の岡田亨が語る

    「僕は基本的に、普通に生きていればいろんなことは適当にうまくいくはずだと思っていたような気がする。  でも結局のところそんなにうまくはいかなかったみたいだね。  残念ながら。」

    というセリフには、「思考停止だった状態」が色濃く反映されているような気がしたし、それが村上さん以降の世代の1つの思想的(哲学的と言うべきかもしれない)特徴かもしれないなぁと感じました。  「普通」という言葉には人は弱いものだけど、じゃあ「普通って何??」を突き詰めて考える人って案外少ないと思うんですよね~。





    そうですねぇ、あと印象に残ったことと言えば、クラシック音楽がBGMとして、ムード音楽として頻発するなぁということと、主人公は決して「かぼちゃの煮物」とか「さんまの塩焼き」とか「きんぴらごぼう」とか「ひじき」というような食べものを食さない人種なんだなぁ・・・・・ということぐらいでしょうか??  カティーサークの水割り(オン・ザ・ロック?)もいいけれど、もっと庶民的な飲み物も口にしようよと言いたくなる(笑)  少なくともおらが村の人たちはカティーサークのオン・ザ・ロックなんていう飲み物は日常的には飲んでいません。

    そういう意味からしても、この作品は(というより村上作品はと言うべきかもしれないけれど ^^;)KiKi にとってはやっぱりどこか現実味の乏しい、地に足がついていない人間の生き方の物語という印象です。    ・・・・・・な~んてことを2012年の KiKi は感じたわけだけど、この物語の舞台となっている時代は1984年でしたっけね。  よくよく考えてみると、KiKi 自身もあの時代はバブルの真っ只中で、「やっぱりウィスキーはシーバスよね」な~んていうことを小生意気に口にしていた時代だったっけ・・・・(苦笑)  

    そんな時代にかつら会社の工場に勤め、せっせと植毛作業に邁進している笠原メイと比較して何ともまあフワフワした岡田亨さん(& 当時のバブルに浮かれていた我が身)よ・・・・っていう感じがして苦笑せざるをせません。  物質的な、金銭的な優雅さに多くの人が憧れ、熱に浮かされたようになっていた時代。  そう言えばあのムーブメントも言ってみれば1つの「個をねじ伏せる力」に突き動かされていた社会現象とも見えなくもないなぁ。



    日経平均株価が初めて10,000円の大台を突破。
    三井三池鉱業所の有明鉱坑内火災
    サラエボオリンピック開催
    江崎グリコ・江崎勝久社長が何者かに誘拐される事件発生
    東京芝浦電気が東芝へ社名変更
    「プランタン銀座」開業
    第二電電設立
    ロサンゼルスオリンピック開催
    スペースシャトルディスカバリー、初の打ち上げに成功
    東京・永田町の自民党本部が放火炎上
    「有楽町マリオン」が全面完成
    インド首相、インディラ・ガンジーの暗殺
    「1万円札福澤諭吉」「5千円札新渡戸稲造」「千円札夏目漱石」の新札発行
    石油業界再編が始まる
    マハラジャ麻布十番店がオープン
    イギリスと中国が香港返還合意文書に調印
    投資ジャーナル事件が発覚



    1984年にどんなことがあったのか、ちょっとググって印象的なものを羅列してみたんだけど、世の中「金、金、金、遊び」だったなぁ・・・・・。  こんな時代背景だと赤坂ナツメグと赤坂シナモンみたいな親子がいてもおかしくなかったし、正体不明の「高級会員制クラブ」があったとしても「さもありなん」っていう感じだなぁ・・・・(苦笑)

  • 面白かったけど、少し長くて間延びしてしまった感がある。

    村上春樹の小説の世界観が好きだから読み切れたけど、そうでなかったら途中で断念してしまっていたかも。

    途中に幾度も挿入される戦時中のエピソードにはとても引き込まれた。

  • 「優しさにつつまれたなら目に映る全てのことはメッセージ」そういう歌があったが、世界はメタファーだ。確かに。私が閉所恐怖の傾向にあるのは、内省的に自分と向き合うのが苦手だということの現れなのかもしれない。主人公が奥さんを奪還するためにすべてをかけて、あちらの世界とこちらの世界を勇敢に往来する展開は、重厚なミステリーでもあり、哲学的な読み物だ。ノモンハンの話は衝撃的で本を読んで恐怖に襲われたのは久々だった。村上作品では珍しく登場人物を好きになれた。名作。遅ればせながら知った。90年代半ばの作品。

  • 以前、途中まで読んでやめてしまったものを読み直したら、今回は面白く読めました。
    会社を辞めた僕と、雑誌編集者として働く妻のクミコ。クミコが他の男と浮気をして、家を出て失踪してしまう・・・と書くとただの不倫の話だけど、全然違います。

    捉え方も解釈も人それぞれだとは思いますが、どのように読んだらよいのか・・・。

    飼い猫がいなくなり、クミコが出ていき、僕の世界が少しずつ歪みます。
    僕の本来の世界は平穏でどこにでもある日常でしたが、いったん、世界が歪んでしまえば、そこは理不尽で恐ろしい破滅的なものと背中合わせのような世界であり、僕はクミコを取り戻すため悪と対峙します。僕以外の様々なエピソードもかなりの文章量ですが、所々にねじまき鳥が登場したり、あざが転生していたり、エピソードに関係性を連想させます。自分を助けてくれる人の力を借りた僕と、人が根源的に持っている悪との対決が奇怪な世界で暗喩だらけで描かれています。
    人間の暴力性について多く描かれていますが、ノモンハンの戦争での何のためらいも持たない残虐的な行為と、新京の動物園での望まないのにしなければならない残虐的な行為を対比することで、何が正しい感覚なのかわからなくなります。不条理な状態に追い込まれれば、意志とは関係なく人は暴力的になれてしまい、現代とは程遠い話に感じながら、何かきっかけがあれば簡単にそちらの世界に行けてしまうのかもしれないと考えさせられます。

    結局のところ、感想を書いていて、書いているそばから違ってしまっているような、考えがまとまりながら崩れていくという妙な感じです。何か正解的なものはなく、整合性もなく、また読み直したら違う捉え方になると思うし、読み解けません。そこが面白かったです。

  • 特に印象に残ったのは、時が経つと自分の記憶が正しいかどうか証明できなくなるという主人公のこと。混乱する原因は、一つの問を提示して二つの異なる答を用意するからだと思う。ああだったかあるいはこうだったかというように。また、運命論とは言っていないが、こうなることは最初から決まっていたという諦めにも似た気持ちも頻繁に描かれていたと思う。吐き気を催すような戦時中の残虐なシーンの描写、ここではない別の世界、或いは夢の世界の話は結構引き込まれた。奇妙な話の連続だし、人の心は複雑だし、はまったら抜け出せなくなる作品だと思う。

  • ユーモラスな比喩を用いた表現力、時空を超えて繋がる因果、数々の謎めいた出来事、微かに見える羊的存在、読者の平凡な日常を忘れさせるだけの十分な要素が詰まっている。
    ナツメグやシナモンのスピリチャルな雰囲気、1Q84でも登場する牛河の強烈な個性、皮剥ぎボリスの暗躍などどれもこれもフィクションとは思えない。妻が不特定多数の男と交わりつつも夫を裏切った罪悪感を感じないところにもリアリティがある。確かにもし罪の意識があれば不特定多数とは関係を持てないはず。
    残りのページが少なくなるにつれて読み終えるのが惜しくなり同時に寂しさも混じった心境になる。墓まで持って行きたいほど愛する作品の一つ。

  • エヴァンゲリオンもかくやという位、いろんな伏線っぽいほのめかしをすっ飛ばしてくれるわけで、これが、ジャンル小説なり、あるいは中間小説であっても、普通は総スカンですよね。ところが、そこがいいとか味だとか言ってもらえるのが村上春樹クオリティ(笑)。冗談はともかく、作品全体が、意地悪くも不条理な夢なんですとでも言えば、それなりの納得感は得られるかというところなんだけど、それ自体は、世界の終わり……あたりで良いだけやってたんじゃなかったっけ?みたいな。ちなみに、カリーナクーペGTツインカムターボの代わりに、今や500SELだし911(年式は不明……時代的には964の頃だよね。どうでもいいですかそうですかすいません)だったりします。「僕」も、バブル期を経て、ある程度お金持ちになったのです。いや、主人公が車に乗ったわけじゃなかった。すまん。
    それにしても、おそらく読んでいて救いがあるとすれば、時代の「あたりまえ」に対して一番落伍感のある笠原メイが、なんだか幸せそうなことですね。それに、主人公からあんなにも切実に求められたじゃん。ある意味、失踪したクミコさんよりも切実に(何しろ命に関わるからな)。その割に、手紙なんて届いてないとはまた御挨拶だなぁ。まあ、しょうがないか。

  • 内容(「BOOK」データベースより)
    猫は戻り、涸れた井戸に水が溢れ、綿谷昇との対決が迫る。壮烈な終焉を迎える完結編。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    おおお。
    「壮烈な終焉」とな。

    でもここの主人公はかっこいい!です。
    今までの村上春樹作品にはない前向きさ!

    「僕の考えていることが本当に正しいかどうか、わからない。でもこの場所にいる僕はそれに勝たなくてはならない。これは僕にとっての戦争なのだ。「今度はどこにも逃げないよ」と僕はクミコに言った。「僕は君を連れて帰る」僕はグラスを下に置き、毛糸の帽子を頭にかぶり、脚にはさんでいたバットを手に取った。そしてゆっくりとドアに向かった。」

    どうですか!
    奥様を取り戻すために巨悪に立ち向かうその姿!

    いやぁ、かっこいいですよ...
    女子が一度はあこがれるシチュですよ...
    意に背いて引き裂かれる二人。
    取り戻しに来る恋人。
    自分のために戦おうとしてくれる...

    はう。素敵だわ。

    今までの村上作品でこんな男性がはたしていたでしょうか!?

    ...って言うか「国境の西」は一体どこに挿入されるはずだったんでしょう...
    奥様が失踪する前?
    自分にもこんなエピソードがあったんだよ~みたいな?

    うーん...
    いらないね、確かに(笑
    それあったら主人公のかっこよさだいぶ目減りするわ。

    最後のこの作品では、多分に政治的な内容が含まれている気がします。

    綿谷昇に象徴される、メディアとの関係。
    間宮中尉、「クロニクル」、ナツメグの過去に現れる
    戦争の記憶。

    重く苦しい時代の閉塞感、というものは共通しているのかも知れません。

    何かとてつもなく大きなものに流されている...
    そしてそれはもしかしたら強大な「悪」かもしれない...

    村上春樹はこの作品を通して、本当はもっと大きなものを伝えたかったのかも知れないですね。

    忘れてはいけない過去。
    誰にとってもつらく、苦しいことしかなかった時代...

    享楽の60-70年代を経て、この作品にたどり着いたのかな...と思うと、何か深い深いものを感じます。

    で、そんな重ーい話が続く中、主人公には届かない笠原メイの手紙が現実を思い出させ、ほっとさせてくれます。

    彼女はこの「巨悪」に関わらず、興味を持たず、
    淡々と、でも人間らしい生活を送る唯一の人物に見えます。

    もちろん彼女も重い過去を持った人物ではあるのですが...
    ここでは「救い」の役割を果たしているように見えますね。

    あ、でも、井戸に閉じ込めたりするツンデレですがw
    ほかの女性たちのように病んではいない感じ。

    綿谷昇と主人公は、精神世界で対決を果たします。
    そしてその勝負の行方は...
    奥様の決断は...?

    あ、小さな声で、良いニュースを。
    「猫が帰ってきましたよ...」

  • 自分が好きな3巻ものの小説に共通していると、私が個人的に感じること。
    1巻目はストーリーに引き込まれて背景や状況を理解するためにむさぼるように読み、2巻目で中ダレ、3巻目は終わりを知りたくて、止められなくなる…。

    この本も然り。どんな伏線としてちりばめられているのか、ヒントがなかなかつかめないまどんどんページをめくらずにはいられないスピード感がある。
    さすが、村上春樹って感じ。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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