ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 13168
レビュー : 780
  • Amazon.co.jp ・本 (600ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001432

作品紹介・あらすじ

猫は戻り、涸れた井戸に水が溢れ、綿谷昇との対決が迫る。壮烈な終焉を迎える完結編。

感想・レビュー・書評

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  • 久しぶりに村上春樹の長編を読了。

    時系列的にはこっちのほうが古いんだけど、『騎士団長殺し』的なイメージが強かった。特に登場人物が涸れ井戸の底にいる感じなんてね。ほぼ同じような描写が『騎士団長殺し』にもありましたね。

    村上春樹は狭くて、暗くて、じめじめしたところにキャラクターを置くのが好みなのかもしれないな(笑)。

    村上ファンタジーのお約束で、ストーリーに出てくる謎の解き明かしや伏線の回収等はまったくありません。このあたりは
      まあ、村上春樹だから・・・
    ということですべて許されるのでしょう。

    という訳で、このモヤモヤ感を感じる為に村上春樹を読んでいるとっても過言ではないでしょう。

    結論として、極上の村上ワールドを堪能させていただきました。
    ありがとうございました。

  • 第3部まで読んでみて、「ガダラの豚」を連想させるところがあったのかな、と思っています。スリル、恐怖、狂気が次から次へとやってきます。そう、共通するものは狂気、それとほかの人にはない能力(=gifted)だったのかな。
    それらが、夢だったのか、現実だったのか、別次元だったのか、混とんとしたまま終焉を迎えます。

    それで、これを舞台にしたのですか???
    どんなに大変なことだったことでしょう。


  • 村上春樹は初期の4作品が好きだったけれど、ねじまき鳥が傑作なんじゃないかと思った。トオルは妻のクミコが家を出てしまってから、妻を取り戻すために義兄に立ち向かう。途中に差し込まれる間宮中尉の日中戦争、そしてシベリア抑留中のエピソードがすごい。
    別の記事で、ねじまき鳥には魯迅「阿Q正伝」の影響があるという考察があった。たしかに、物事を深く考えない薄っぺらい人物に対する嫌悪感は、村上春樹と魯迅に共通すると思われる。そういう人間がシステムに組み込まれることで、人の命が粗末に扱われることになる。
    義兄の秘書の牛河がトオルを訪ねるのだが、この人は「1Q84」の牛河の同一人物と思われる。これも重要な発見だった。

    • トミーさん
      Ayumiさん
      こんにちは!初めてのコメントです。いいねをありがとうございます。
      ねじまき鳥〜

      このご意見大賛成です。
      傑作です。単純に面...
      Ayumiさん
      こんにちは!初めてのコメントです。いいねをありがとうございます。
      ねじまき鳥〜

      このご意見大賛成です。
      傑作です。単純に面白かったです。
      2020/08/26
    • Ayumiさん
      トミーさん、コメントをありがとうございます。ねじまき鳥、なぜもっと早く読まなかったのだろうと思うほど傑作でした。
      ほかのレビューも楽しみにし...
      トミーさん、コメントをありがとうございます。ねじまき鳥、なぜもっと早く読まなかったのだろうと思うほど傑作でした。
      ほかのレビューも楽しみにしております!
      2020/08/26
  • 第1〜3部まとめての感想。要素が多すぎてまとまらないので箇条書き。

    ・グッと胸を打つ場面があるわけではないが、終始ふわふわと心地良く、そして長編にもかかわらずテンポよく読み進められた。この作品に限らず、気持ち良い浮遊感を味わいながら読み終えられるのは、村上春樹の独特な世界観のおかげか。

    ・現実世界の物語のようで、ファンタジー要素もあり。最後まで未解決だった謎も多いが、モヤモヤする気持ち悪さは一切ない。

    ・食事、睡眠、そして男女が交わる場面が多かった。人間の三大欲求がテーマにあるのだろうか。

    ・戦争の描写はあまりにも現実味を帯びていて、のめり込んで読んでしまった。ただ皮剥ぎの場面は衝撃的すぎて、初めて気持ち悪さのあまり小説を読み進められなくなった。

  • コロナ騒動の直前に、舞台版「ねじまき鳥クロニクル」を鑑賞。その衝撃冷めやらぬ中、何度目かわからない再読。
    以下、実況風ひと口メモです。

    「ねじまき鳥クロニクル」再読(第3部)。

    改めての感想。

    本作では、登場人物の多くが、何らかのトラウマを抱えている。
    それを押し殺すようにして暮らしているうちに一層深い闇に取り込まれていく。

    妻が突然去っていった本当の理由を探し求める中で、主人公は日々家事をこなし、打ち捨てられた枯れ井戸深く降りていってひたすら自分と向き合う。

    家事、とくに掃除と瞑想。ある意味で禅の修行そのもの。

    そして、「歴史の因縁(←仏教用語。)」が、今そこにある問題と分かちがたく結びついていること。
    (ここで、著者の父親が中国に出征経験のある僧侶であることは思い出されてよいと思う)

    井戸の底(=意識下)で、次々と流れ来る様々な思念をひとつひとつ「棚上げ」していく中で、主人公はそのことに徐々に気がついて行く。

    「ねじまき鳥」出版当時に「マインドフルネス」という言葉はまだなかったと思うが、いずれにせよ外国人が本作を熱狂的に受け入れるのはある種必然だった。と、改めて感じる。

  • この話もついに最終巻。
    3巻もあって、しかも1冊300ページ以上あると、読み切った…!感があります。

    この巻は加納姉妹に代わって、ナツメグ・シナモン親子が登場。
    シナモンの描写めちゃいいわww
    シナモンの幼少期の体験が興味深かった。
    ナツメグの戦争体験は残酷な部分が多く、正直読み進めるのが辛かったですが…。
    間宮さんの話も残酷な戦争体験でしたが、こちらは何を言いたいか何となく分かって、読むの苦痛じゃなかったんだよなぁ。

    この話全体で主人公が見た夢が膨大だな…いったいいくつの夢を見たんだろうか。

  • 2020.2.24

    善と悪
    肉体と精神
    生と死
    切り離すことのできない対をなすもの

    たぶんそれが人間を生かすのだろう

  • 第3部を読み進めている。現実と異界が合せ鏡のように相関する世界。物語は収斂していくのか。ノモンハン、満州、シベリア…。 歴史と時間を超えた幾つもの出来事をひとつに縫い合わせるものとは? どう収束させるのか? ( あるいは、このまま終幕するような気もする。)

    * * * * *
    そして、全巻読了。
    近年流行りの言葉で言う“伏線回収”な読後感には至らず。
    皮剥ぎボリスの悪魔性は、綿谷ノボルの邪悪さに連なるものなのか。
    そうであるなら、満州新京の動物園の頬に青痣があった青年獣医は、岡田トオルと何かを共有するらしい。
    現実と幻想、此の世と異界が、境界なく描かれた物語。
    あるいは逆に、現実世界の何物かに対して誠実に向き合い、戦うことを、異界の文脈で裏書きしたようにも思える。

    中途(ノモンハンの凄絶体験のあと)、本編のテーマは地獄や奈落なのか、と感じていた。
    だが、全3部を読了した今。半ノラ猫の帰還“改名サワラ”や、笠原メイの新生活の印象もあり、死と再生の手ざわりを感じてもいる。
    または、それら全てがねらい・テーマなのかもしれない。そして、整理しきらず、論理的でなく、モヤモヤした混沌のままで読者にゆだね、いつの日か読者のなかで熟成すればそれでよし、…という作品なのかも、と受け止めている。

    ここまで潔くそれを貫いたなら、その大胆さをよしとすべきか。
    久々に読んだ“村上文学”、(最新作ではないけれど)ここまで突き抜けていたとはつゆ知らず、驚愕…である。

  • 多崎つくるを読む前の軽い練習というか、村上春樹の文章を自分に馴染ませて再び物語を受け入れるための準備というか、そういうつもりで久しぶりに読み始めたら、思ったよりも強い強い力で引き寄せられて、本当にたいへんだった。ほんとうに久しぶりに読んだし、最後に読んだ頃というのはわたしが読書ということをまだ出来てはいなかった頃のことなので、ほぼ初読ということになるのかもしれない。この本は、村上春樹の数々の著作の中でも最も力強く、最も様々な試みに成功している、とてつもない本であるということを感じます。言うことはあまりないけれど、しいていえば壮大なメタファーであり、損なわれるということ、わたしは損なわれてはいないかもしれないけれど、ほんとうにつらくて、つらくて、息もできないくらいつらいけれど、水泳したいなっておもった。落ち着かないと感想は書けない。でもほんとうに凄い本で、村上春樹は何の不純もなく捉えたいことを一生懸命書いているということをすごく感じて、やっぱりそういう本がほんとうに一番信用できると。わたしは本を信用することで生きている節が少なからずあり、こういう本が存在しなくなったらどうなっちゃうんだろうと怖くなり、こういう優れた本が地球上にはとりあえずわたしの一生分くらいは残されているということへの感謝を最後にしました。

  • いやはや長い物語でした。  そこかしこに何かしら感じるものはあったものの、全体としてみると結局よくわかんない物語でした(苦笑)

    何となく・・・・・ではあるんですけど、話を広げすぎちゃっている印象を持ちました。  KiKi の知っていた「個人を突き詰め、その精神世界をどんどん深堀り(もしくは浮彫)にしていく」物語の顔を取りつつも、どんどん世界を横(半径、距離)にも縦(時間軸)にも広げすぎちゃっていて、どこか散漫な感じです。

    印象的だったのは第2部の Review で KiKi は

    「何になりたいかではなく何をするか?」 「何をするかではなく何をしなかったのか?」 結局、人間が行き着くところはそんな禅問答みたいなところなんじゃないかと、この物語を読んでいて強く感じました。

    と書いたわけだけど、まるでそれに反論するかのようにこの第3部で村上氏が

    何をしたかではなくて、何をしたはずかなのだ。

    と書いていることで、ここを読んだとき思わず、「あ、そっち??」と思ってしまいました(苦笑)

    彼がこの物語で何を描きたかったのか、生憎 KiKi にはチンプンカンプンだったけれど、村上氏の物語の中でここまで様々な「暴力」というか「個をねじ伏せる暴力的な力」が描かれていることにはちょっとびっくりしました。  まあ、戦争という究極の「個をねじ伏せる力」のある一断面を描けば否応なくそんな力に触れずにはいられないわけだけど、その「ねじ伏せる力」の背後には無数の無関心や思考停止という状況があることはヒシヒシと感じられる物語だったと思います。

    私たち現代人はこの世に生れ落ちてから、成長する過程でまずは「集団のルールを守ること」を徹底的に仕込まれます。  もちろん社会生活においてある一定のルールというのは必要なものだし、それを守る善意の人たちがこの社会を回していくのは事実だけど、子供のころから刷り込まれる「ある一定のルールを守る癖」というやつは時に「集団ヒステリー」に、時に「思考停止」にと好ましからず結果を生むことがあります。

    この第3部の最後の部分で主人公の岡田亨が語る

    「僕は基本的に、普通に生きていればいろんなことは適当にうまくいくはずだと思っていたような気がする。  でも結局のところそんなにうまくはいかなかったみたいだね。  残念ながら。」

    というセリフには、「思考停止だった状態」が色濃く反映されているような気がしたし、それが村上さん以降の世代の1つの思想的(哲学的と言うべきかもしれない)特徴かもしれないなぁと感じました。  「普通」という言葉には人は弱いものだけど、じゃあ「普通って何??」を突き詰めて考える人って案外少ないと思うんですよね~。





    そうですねぇ、あと印象に残ったことと言えば、クラシック音楽がBGMとして、ムード音楽として頻発するなぁということと、主人公は決して「かぼちゃの煮物」とか「さんまの塩焼き」とか「きんぴらごぼう」とか「ひじき」というような食べものを食さない人種なんだなぁ・・・・・ということぐらいでしょうか??  カティーサークの水割り(オン・ザ・ロック?)もいいけれど、もっと庶民的な飲み物も口にしようよと言いたくなる(笑)  少なくともおらが村の人たちはカティーサークのオン・ザ・ロックなんていう飲み物は日常的には飲んでいません。

    そういう意味からしても、この作品は(というより村上作品はと言うべきかもしれないけれど ^^;)KiKi にとってはやっぱりどこか現実味の乏しい、地に足がついていない人間の生き方の物語という印象です。    ・・・・・・な~んてことを2012年の KiKi は感じたわけだけど、この物語の舞台となっている時代は1984年でしたっけね。  よくよく考えてみると、KiKi 自身もあの時代はバブルの真っ只中で、「やっぱりウィスキーはシーバスよね」な~んていうことを小生意気に口にしていた時代だったっけ・・・・(苦笑)  

    そんな時代にかつら会社の工場に勤め、せっせと植毛作業に邁進している笠原メイと比較して何ともまあフワフワした岡田亨さん(& 当時のバブルに浮かれていた我が身)よ・・・・っていう感じがして苦笑せざるをせません。  物質的な、金銭的な優雅さに多くの人が憧れ、熱に浮かされたようになっていた時代。  そう言えばあのムーブメントも言ってみれば1つの「個をねじ伏せる力」に突き動かされていた社会現象とも見えなくもないなぁ。



    日経平均株価が初めて10,000円の大台を突破。
    三井三池鉱業所の有明鉱坑内火災
    サラエボオリンピック開催
    江崎グリコ・江崎勝久社長が何者かに誘拐される事件発生
    東京芝浦電気が東芝へ社名変更
    「プランタン銀座」開業
    第二電電設立
    ロサンゼルスオリンピック開催
    スペースシャトルディスカバリー、初の打ち上げに成功
    東京・永田町の自民党本部が放火炎上
    「有楽町マリオン」が全面完成
    インド首相、インディラ・ガンジーの暗殺
    「1万円札福澤諭吉」「5千円札新渡戸稲造」「千円札夏目漱石」の新札発行
    石油業界再編が始まる
    マハラジャ麻布十番店がオープン
    イギリスと中国が香港返還合意文書に調印
    投資ジャーナル事件が発覚



    1984年にどんなことがあったのか、ちょっとググって印象的なものを羅列してみたんだけど、世の中「金、金、金、遊び」だったなぁ・・・・・。  こんな時代背景だと赤坂ナツメグと赤坂シナモンみたいな親子がいてもおかしくなかったし、正体不明の「高級会員制クラブ」があったとしても「さもありなん」っていう感じだなぁ・・・・(苦笑)

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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