海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.65
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本棚登録 : 26350
レビュー : 2025
  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001548

作品紹介・あらすじ

「君はこれから世界でいちばんタフな15歳の少年になる」-15歳の誕生日がやってきたとき、僕は家を出て遠くの知らない街に行き、小さな図書館の片隅で暮らすようになった。家を出るときに父の書斎から持ちだしたのは、現金だけじゃない。古いライター、折り畳み式のナイフ、ポケット・ライト、濃いスカイブルーのレヴォのサングラス。小さいころの姉と僕が二人並んでうつった写真…。

感想・レビュー・書評

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  • 近頃ハルキストと呼ばれる人たちの気持ちがわかってきました。
    内容は結構エゲツないのに、不思議と癒されてしまう。
    シュールさ、文体、台詞回し、食事とお酒、音楽、文学が入り混じる生活と芸術の融合、先の読めない展開と、出来事の交錯。

    今回はカフカ少年と、老人ナカタの物語が交互に展開されています。
    村上春樹といえば、これとノルウェイの森が有名だと思いますが、ノルウェイの森の気取ったイメージを感じなくなったのは、私自身の精神の成長なのでしょうか。
    まだ話の筋が少し見えてきたところなので、後半を楽しんで読みたいです。

  • はじめて読んだのは、8年前。初版。19歳だったわたし。
    あの時、よく読んだなあ、と改めて思った。

    田村カフカ少年、こんな複雑だったっけ?
    大島さん、こんなにかっこよかったっけ?

    読みながらつけた付箋は12ヶ所。
    前と全く違うところにしるしがついた。
    だから再読っておもしろい。

  • 3度目の読了。初めて読んだのはいつだったか、強烈な感動が忘れられず、息子が主人公と同じ15歳になったのを機に手に取った。
    と、今までと違い、精神的にこんなに早熟な子はありえないと、つい現実の15歳と比べて余計なことが気になってしまい…。息子に勧めようと思っていたが、この良さが理解できるのはもう少し先だろうな。

  • 誰が何と言おうと、ぼくは春樹さんの小説が好きです。
    小説好きな人は、あれこれ言ったりする人も多いけど、

    いいじゃないですか。

    ぼくはすきなんだから。

    大体全部春樹さんの本は読んだけど、長編なら『カフカ』がすき。

    • piyopiyo..さん
      あ、間違えて2回押していました。消し方がわからないのでこのままにしておきます。
      あ、間違えて2回押していました。消し方がわからないのでこのままにしておきます。
      2014/07/13
  • 今まで読んだ本の中で最も感慨深いものがあった
    村上ワールドにどっぷりと漬かれる作品
    抽象的描写、哲学的会話、すべてにおいて
    想像力を掻き立てざるにはいられない
    村上春樹という人間の思想を示唆している
    読後の謎、余韻も含めて醍醐味を感じられる

    "あちらの世界"に影の半分と
    記憶、性欲を含むあらゆる欲望を置いてきてしまった
    ナカタさんの生きざまはあまりに潔く、頼もしくもあって
    私は彼のおかげで大きな人間的成長を果たしたように
    感じられる

  • 規則正しい生活シリーズ→p88, 112-114, 122-123, 274-275, 279, 283-284, 285, 286, 287, 320
    ・僕が村上春樹を好きなのは、まさにこの規則正しい生活が詳細に描かれた文章があってこそだと思う。
    彼自身毎日ランニングをしているし。そこ秩序立ったものは文章からも伺える。
    毎日が理想のサイクルで規則正しく回ってる時に感じる、すとんと腑に落ちる感じ、流れるような心地よさは至上のものだ。そして、それ故に1つ1つの動作を詳細に捉えられるし、それが文章になった時、読み手にその場面を正確にイメージさせることができるのだろう。

    でも人間は何かに自分を付着させて生きていくものだよ。
    そうしないわけにはいかないんだ。君だって知らず知らずのうちにそうしているはずだ。ゲーテが言っているように、世界の万物はメタファーだ。p222
    ・大切な考え。ゲーテは知らないけれど。

    ある種の不完全さを持った作品は、不完全であるが故に“ある種の”人間の心を強く引きつける。
    君はその作品を見つける。別の言いかたをすれば、その作品は君を見つける。
    僕が運転をしながらよくシューベルトを聴くのはそのためだ。何らかの意味で不完全な演奏だからだ。質の良い稠密な不完全さは人の意識を刺激し、注意力を喚起してくれる。これしかないというような完璧な音楽と完璧な演奏を聴きながら運転をしたら、目を閉じてそのまま死んでしまいたくなるかも知れない。でも僕はニ長調のソナタに耳を傾け、そこに人の営みの限界を聞きとることになる。ある種の完全さは、不完全さの限りない集積によってしか具現できないのだと知ることになる。それは僕を励ましてくれる。
    シューベルトは訓練によって理解できる音楽なんだ。僕だって最初に聴いたときは退屈だった。でも今にきっとわかるようになる。この世界において、退屈でないものには人はすぐに飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。そういうものなんだ。僕の人生には退屈する余裕はあっても、飽きているような余裕はない。“たいていの人”はそのふたつを区別する事ができない。p232-235
    ・こういう教養と考察がうまく噛み合って自分ごとに落とし込んで話せるのはカッコいいなぁ。魅力的だ。

    しばらく進んだところに、丸いかたちにひらけた場所がある。背の高い樹木にかこまれて、それはまるで大きな井戸の底のようだ。開かれた枝のあいだから太陽の光がまっすぐ降って、スポットライトとなって足もとを明るく照らしだしている。それは僕には何かとくべつな場所のように感じられる。僕はその光の中に腰をおろし、太陽のささやかな温かみを受けとる。ポケットからチョコバーを出してかじり、口の中にひろがる甘みを楽しむ。太陽の光が人間にとってどれくらい大切なものなのかをあらためて僕は知る。その貴重な1秒1秒を全身で味わう。p288
    ・チョコバーの口に広がる甘みを楽しむ。なんて日々の動作を詳細に切り取って味わうってことの素晴らしさをよく表している。

    昼過ぎに暗雲が突然頭上を覆う。空気が神秘的な色に染められていく。間を置かず激しい雨が降りだし、小屋の屋根や窓ガラスが痛々しい悲鳴をあげる。僕はすぐに服を脱いで裸になり、その雨降りの中に出ていく。石鹸で髪を洗い、身体を洗う。素晴らしい気分だ。僕は大声で意味のないことを叫んでみる。大きな硬い雨粒が小石のように全身を打つ。そのきびきびした痛みは宗教的な儀式のようだ。それは僕の頬を打ち、瞼を打ち、胸を打ち、腹を打ち、ペニスを打ち、睾丸を打ち、背中を打ち、足を打ち、尻を打つ。目を開けていることもできない。その痛みにはまちがいなく親密なものが含まれている。この世界にあって、自分がかぎりなく公平に扱われているように感じる。僕はそのことを嬉しく思う。自分が突然解放されたように感じる。僕は空に向かって両手を広げ、口を大きく開け、流れ込んでくる水を飲む。p289
    ・日々の小さな喜びを、ここまで鮮明にイメージさせてくれる。福岡堰思い出す。

    ヘッドフォンをはずすと沈黙が聞こえる。沈黙は耳に聞こえるものなんだ。僕はそのことを知る。p291
    ・いい言葉。

    これから僕らは都会に戻る。
    自然の中でひとりぼっちで暮らすのは確かに素晴らしいことだけれど、そこでずっと生活しつづけるのは簡単じゃない。
    理論的にはできなくはないし、実際にそうする人もいる。しかし自然というのは、ある意味では不自然なものだ。安らぎというのは、ある意味では威嚇的なものだ。その背反性を上手に受け入れるにはそれなりの準備と経験が必要なんだ。だから僕らはとりあえず街に戻る。社会と人々の営みの中に戻っていく。p324
    ・背反性を受け入れるにはそれなりの準備と経験が必要なんだな。

    経験的なことを言うなら、人が何かを強く求めるとき、それはまずやってこない。人が何かを懸命に避けようとするとき、それは向こうから自然にやってくる。もちろんこれは一般論に過ぎないわけだけれどもね。p325
    ・うん。こういう考えをしっかり言語化して心に留めておきたい。

    …それが物語というもの成り立ちだ。大きな転換、意外な展開。幸福は1種類しかないが、不幸はそれぞれに千差万別だ。トルストイが指摘している通りにね。幸福とは寓話であり、不幸とは物語である。p334
    ・成功はまぐれもあるけれど、失敗はあるある。みたいなものだね。不幸ほど共感を呼ぶものはない。

    田村カフカくん、僕らの人生にはもう後戻りができないと言うポイントがある。それからケースとしてはずっと少ないけれど、もうこれから先には進めないと言うポイントがある。そう言うポイントが来たら、良いことであれ悪いことであれ、僕らはただ黙ってそれを受け入れるしかない。僕らはそんな風に生きているんだ。p343
    ・神話的考え方だな。オイディプス王の話をしてたのもあるだろうけど。

  • 昔に一度読んだきりだったので内容をほとんど忘れてしまっていたのでほぼ初見の感覚で読めた。そして今読み終わってから少し時間が経ったのでまた再び内容を忘れ始めているのだが、印象としては騎士団長殺しと同じかそれ以上に面白かった。途中残酷なシーンがあったところ以外はスッスッスーと一気に読み進めることが出来、著者独特のいつもの文章が心地よい。それは例えばこんな一文。→家を出る前に石鹸を使って洗面所で手を洗い、顔を洗う。爪を切り、耳の掃除をし、歯を磨く。時間をかけて、できるだけ身体を清潔にする。ある場合には清潔であるというのは何よりも大切なことなのだ。とか。何気ない一文ではあるがこれを読んだあとそれを実践してしまう自分がいる。また別の文章→「シューベルトは訓練によって理解できる音楽なんだ。僕だって最初に聴いたたきは退屈だった。君の歳ならそれは当然のことだ。でも今にきっとわかるようになる。この世界において、退屈でないものには人はすぐに飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。そういうものなんだ。僕の人生には退屈する余裕はあっても、飽きているような余裕はない。たいていの人はそのふたつを区別することができない」ほんとに共感する。→我々は帰り仕度をする。てきぱきと要領よく、小屋の中を片づける。食器を洗って戸棚にしまい、ストーブのよごれを掃除する。水桶の中の水を捨て、プロパン・ガスのボンベのバルブを閉める。日もちのする食品を食品棚にしまい、日もちのしない食品は処分する。ほうきで床を掃き、テーブルや椅子の上を雑巾で拭く。表に穴を掘ってごみをそこに埋める。ビニールなんかは小さくまとめて持ち帰る。これ読むと掃除したなるから不思議。共通しているのはとても丁寧に行っているということか。下巻はどういう展開になるのか?楽しみにしとこ。

  • そう繋がっていくのか〜と思った。
    少年が主人公の村上先生の作品ははじめて。

  • 主人公は15歳で家出少年の田村カフカと、文字が読めない代わりに猫と会話ができるナカタさん。2人の話が同時に進んでいく構成。
    上巻は主人公と関わる人たちや巻き込まれる事件についてが主だったので、起承転結の起承といえる。

    村上春樹の小説を初めて読んだが、情景や心理描写を並べる部分が多いため、読み手に想像力があれば容易だがなければ難しいという印象を抱いた。慣れるまでに時間がかかったとも言える。

  • ナカタさんとホシノさんの関係が好き。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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