海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001548

感想・レビュー・書評

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  • 村上春樹の作品の中で、1番好きです。星野くんがとてもいい。

  • キノコ狩りで倒れる子供たち。見てはいけないもの。
    生理を恥ずかしく思い、生徒を殴った先生、それを手紙で告白。
    猫と会話するナカタさん。猫を殴る猫。口調。
    車内の、シューベルトの音楽。
    猫を殺し、食べるジョニーウォーカー。
    山小屋の生活。自然の音。裸。雨を浴びる。
    海辺のカフカ。意味もなく殺された男。
    猫探しをするナカタさん。感謝する家族。お惣菜。
    空から降るイワシとアジ。こうもり傘.
    図書館を開ける手順。
    女性差別を嫌う2人組。言い返す大島さん。
    ヒッチハイクをするナカタさん。助ける人々。
    父を殺し、母と姉と交わる。
    頬杖をついて、絵を見つめる、青いワンピースを着た少女。幽霊。

  • 結構カオスだと聞いてましたが、『風の歌を聴け』読んでたときの???感は全くないですね。ストーリーライン自体はとてもわかりやすく組み立てられていて面白く読んでいます。
    原点となる古典をあまり読んだことも知識もないので、諸所引用される作品の意味するところは深く理解できないのですが、作品中でのオイディプス王のお話などを読むかぎり、これは現代の古典、神話の原点のような作品なのではないかとも思えます。構造自体はとてもシンプルなものだと思います。少年の葛藤もとてもわかりやすく描写されていて、メタファーはややもすればわかりにくく思えますが、ぼんやりと意図するところはこうだろうと自分のなかで解釈はできています。
    カフカについては、ある程度知っておこうと『変身』も読んでおります。こちらもまだ読み始めですが非常に良い作品ですね。
    村上春樹は「魂の深い部分の暗い領域を理解するためには明るい領域の論理では不足だ」と説明しているとWikipediaにありましたが、これは村上春樹に限らずこういった古典作品でも表れているのではないかと思うのです。
    結局、じゃあカフカの『変身』が主人公が虫になっていなかったらどうか?ただただ精神がおかしくなったり、ただただ家中の厄介者と思われていたりとさまざま主人公の思いはあるかと思いますが、それを直接明るい世界の論理で描いても、それは物語とはならないのでしょう。
    自らが虫へと変身することで周りの扱いが「変身」するのが面白いところであります。
    カフカが小説のカバーに「絶対に虫の絵や写真を載せないでくれ」というのも大変趣深いところです。これはたしかにこだわるでしょう。
    以下、作品からの印象的な部分のセリフの引用です。
    P334「幸福は一種類しかないが、不幸は人それぞれに千差万別だ。トルストイが指摘しているとおりにね。幸福とは寓話であり、不幸とは物語である。」
    村上春樹の小説のいいところってこういうところだと思います。物語としてストーリーが難しくてもキャラクターの台詞がめちゃくちゃ本質を突いている。
    幸福とはたしかに皆のあこがれるシンデレラストーリーであって、不幸とは人それぞれの物語なんですよね。

  • 質の良い稠密な不完全さは人の意識を刺激し、注意力を喚起してくれる。
    ある種の完全さは、不完全さの限りない集結によってしか具現できないのだと知ることになる。

    恋をするというのは自分自身の欠けた一部を探すことで、愛というのは世界を再構築すること。

  • 主人公と同じくらいの年齢で読んだときには、難しくてページが進まなかったが、今読み返すと、入り組んだストーリーを俯瞰して読むことができて、ドンドン読み進めることができた。作者の中では比較的明るい印象で、ところどころに散りばめられたレトリックや引用が、心地よく感じられた。

  • 少し風変わりな登場人物達に魅力を感じる。
    出てくる言葉や会話には興味深さや教訓になるようなものがある。何度も読み込み心に刻みたい。


    全体に漂うミステリアスさが、途轍もない面白さを引き出している。

  • 不気味なテイストに、世界観とも呼べぬ謎の空間、
    安定の村上ワールド

  • あらすじ
    「僕」田村カフカは東京都中野区野方に住む15歳の中学3年生である。父親にかけられた呪いから逃れるために家出を決心し、東京発の深夜バスを四国の高松で降りる。カフカは高松の私立図書館に通うようになるが、ある日目覚めると、自分が森の中で血だらけで倒れていた。カフカはその晩、深夜バスで出会った姉のように思うさくらの家に一泊させてもらい、翌日から図書館で寝泊まりするようになる。そこでカフカは、なんとなく自分の母親なのではないかと思っていた館長の佐伯と関係を持つようになる。ナカタもまた野方に住む、知的障害のある老人であった。通称「猫殺し」の男を殺害し、東京を離れた。ナカタはトラック運転手の星野の力を借りて「入り口の石」を探しはじめた。その頃ちょうどカフカは、図書館の司書の大島から父親が自宅で殺されたニュースを知らされる。やがて警察の手がのび、カフカは大島が提供してくれた森の隠れ家に移る。一方、「入り口の石」を探すナカタは図書館にたどり着き、そこで佐伯に会う。そしてナカタが帰った後、佐伯は机に突っ伏すように死んでいた。
    森の奥でカフカは、旧帝国陸軍の軍服を着た2人の兵隊と出会い、彼らに導かれて森を抜け川のある小さな町にたどり着く。そこで佐伯に会ったカフカは、彼女から元の世界に戻るように言われる。
    マンションに隠れ住んでいたナカタは「入り口の石」を開いた後、客死し、ナカタを失った星野は黒猫の助言を受けナカタがやり残した「入り口の石」を閉じる仕事にとりかかった。
    最終的にカフカは現実へ戻ることを決意し、岡山から新幹線に乗って東京への帰途につく。

    感想 春樹さん作の中でも一二に好きな作品
    やはり、お母さんだよね。

  • 村上春樹が苦手でちゃんと読むのを回避してきたが、この話は比較的抽象表現の具合が鬱陶しくなく、最後まで読めそう。でもやっぱり作風が好きになれないなあ…性描写が多いし、上手い表現言ってるやろ感が苦手。

  • 春樹流の文章にどんどん引き込まれたが、途中、暴力的でとてもグロい場面があり読むのをやめたくなった。

  • 「それも決まりなんだ。目を閉じちゃいけない。目を閉じても、ものごとはちっとも良くならない。目を閉じて何かが消えるわけじゃないんだ。それどころか、次に目を開けたときにはものごとはもっと悪くなっている。私たちはそういう世界に住んでいるんだよ、ナカタさん。しっかりと目を開けるんだ。目を閉じるのは弱虫のやることだ。現実から目をそらすのは卑怯もののやることだ。君が目を閉じ、耳をふさいでいるあいだにも時は刻まれているんだ。コツコツと」

    「僕らの人生にはもう後戻りができないというポイントがある。それからケースとしてはずっと少ないけれど、もうこれから先には進めないというポイントがある。そういうポイントが来たら、良いことであれ悪いことであれ、僕らはただ黙ってそれを受け入れるしかない。僕らはそんなふうに生きているんだ。」

  • 村上春樹で初めて読んだ作品です
    しょっぱなから表現が独特で読み切れるか不安でしたが、どんどん引き込まれていきました
    登場人物はどこか複雑でなにかしら心に抱えてるものがある、そんな人たちが多いのに、作品全体としてはさわやかな雰囲気がしました。
    ナカタさんや猫のターンも現実にあったらとても面白そうだなって思いました

  • 世間に知らないことがたくさんある15歳のもどかしさ、もし自分が20歳だったら、18歳だったら、もっと理解できているだろうに、というカフカくんのもどかしい気持ちが、少し前の自分をみているよう。
    自分をコントロールできていない。
    少しずつ間違えて、少しずつ学んで行って、乗り越えて、でも失敗して、自分の存在がわからなくなる。
    でも世界に対して冷めている感じが、やっぱり村上春樹の小説の醍醐味。

    登場人物がそれぞれみんな違う種類の暖かさを持っている人。

    どんどん世界観の中に引きずり込まれていった。

    数年前に先輩方に言われたことと同じようなことをカフカくんが言われてる。
    思い出すことも多かった。

    大島さん、さくら、ナカタさん、ホシノさん、佐伯さんたちの優しさがしみるシーンが多々。

    20代のうちに村上春樹の本はなるべくたくさん読んでおきたい。

  • 旅がしたくなるね

  • 自宅本・読了13冊目。大島さんはヤバイな…。
    この作品を読むまで村上春樹さんは、「才能に恵まれた売れっ子作家さん」くらいにしか思っていなかった。だけど上から重い荷物を背負わされて、苦しんでもがいている姿が浮かんできた。昭和20年代(団塊の世代)の子どもたちが持つ傷の深さがわかる作品。戦争によって間接的に傷つけられることの怖さ、私の父と母が育った時代がぼんやりと見えてくるような気がした。

  • 沈黙は耳に聞こえるものなんだ。

    どこか遠くで、大きな機械の歯車の一つが前に進んだような音だった。

    この場所はあまりにも穏やかで、あまりにも自然で、あまりにも完結しすぎている。それは今の僕にはまだ与えられるはずのないものだ。まだ早すぎるーーたぶん。

    幸福な心が辿る美しい道筋をそのままなぞることができた。蛍が暗闇に描く光のあとを、眼の奥に留めることができるのと同じように。

  • 流石村上先生、これぞ、村上先生。初めはよくわからないことが多いのが、だんだんと色々なつながりが見えるようになって、すぐ読み終えてしまう。村上先生の世界観が本当に好きです。

  • どうだったかな?

  • タイトルに惹かれて深夜に読了。下巻も楽しみ。

  • 規則正しい生活シリーズ
    p88, 112-114, 122-123, 274-275, 279, 283-284, 285, 286, 287, 320
    ・僕が村上春樹を好きなのは、まさにこの規則正しい生活が詳細に描かれた文章があってこそだと思う。
    彼自身毎日ランニングをしているし。そこ秩序立ったものは文章からも伺える。
    毎日が理想のサイクルで規則正しく回ってる時に感じる、すとんと腑に落ちる感じ、流れるような心地よさは至上のものだ。そして、それ故に1つ1つの動作を詳細に捉えられるし、それが文章になった時、読み手にその場面を正確にイメージさせることができるのだろう。
     こまかい部分をべつにすればほとんど変化のない生活が、それから7日のあいだつづけられる。6時半にラジオ・クロックで目覚め、ホテルの食堂でなにかのしるしみたいな朝食をとる。フロントに栗色の髪をした早番の女性がいれば、手をあげてあいさつをする。彼女も少し首を傾げて微笑み、あいさつを返してくれる。彼女は僕に親しみをもつようになっているみたいだ。僕も彼女に親しみをもつようになっている。彼女はひょっとしたら僕のお姉さんなのかもしれないと思う。
     部屋で簡単なストレッチをし、時間がくると体育館に行ってサーキット・トレーニングをこなす。同じ負荷を、同じ回数こなす。それ以上少なくもないし、多くもしない。シャワーを浴び、身体をこまかいところまで清潔にするようにこころがける。体重をはかり、変化のないことをたしかめる。昼前に電車で甲村図書館に行く。リュックをあずけるときと受けとるときに、大島さんと短く話をする。縁側で昼食を食べ、本を読み(バートン版『千夜一夜物語』を読み終え、夏目漱石の全集にとりかかる。読み残していた作品がいつくかあったからだ)、5時に図書館を出る。昼間のほとんどの時間を体育館と図書館で過ごしているわけだが、そこにいるかぎり、誰も僕のことを気にかけたりはしない。学校をさぼる子どもはまずそんなところにはいかないからだ。駅前の食堂で夕食をとる。できるだけ野菜をたくさん食べるようにする。ときどき八百屋で果物を買い、父親の書斎からもってきたナイフで皮をむいて食べる。キュウリやセロリを買ってホテルの洗面所で洗い、マヨネーズをつけてそのままかじる。近所のコンビニエンス・ストアで牛乳のパックを買い、シリアルと一緒に食べる。
     ホテルに戻ると、机にむかって日誌をつけ、ウォークマンでレイディオヘッドを聴き、本をまた少し読み、11時前に眠る。寝る前にときどきマスターベーションをする。僕はフロントの女性のことを想像し、そのときには彼女が本当に僕の姉かもしれないという可能性をとりあえずどこかに追いやる。ほとんどテレビも見ないし新聞も読まない。p122-123

     朝の6時過ぎに目を覚ます。鳥たちの声があたりにシャワーのように勢いよく降り注いでいる。鳥たちは枝から枝へとまめまめしく飛び移り、よくとおる声で互いを呼びあっている。彼らのメッセージには夜の鳥たちの、あの含みのある重い響きはない。
     僕は寝袋から出て窓のカーテンを開け、小屋のまわりに昨夜の暗闇がひとかけらものこむていないことを確かめる。全てが新しく生み出されたばかりの黄金色に輝いている。マッチを擦ってガスの火をつけ、ミネラル・ウォーターを沸かし、ティーバッグのカモミール茶を飲む。食料品を入れた紙袋の中からクラッカーを出して、チーズと一緒に何枚か食べる。そのあとで流し台に向かって歯を磨き、顔を洗う。p274
     (中略)フライパンを使ってハムエッグをつくり、網でトーストを焼いて食べる。手鍋で牛乳をわかして飲む。そのあと入り口のポーチに椅子を持ちだして座り、手すりに両脚を載せ、朝のあいだゆっくり本を読むことにする。p275
     (中略)本を置いて椅子から立ちあがり、ポーチに立って背筋をまっすぐ伸ばす。ずいぶん長い間本を読んでいた。身体を動かす必要がある。僕は2個のポリタンクを持って流れの水を汲みに行く。それを小山で運んで水桶に移す。その作業を5度繰り返すと、水桶の中はだいたいいっぱいになる。裏手にある納屋から薪をひとかかえ持ってきて、ストーブのわきに積みあげる。
     ポーチの隅には色のあせたナイロンの選択ロープが張ってある。僕はリュックから生乾きの洗濯物を出し、広げてシワをのばしてそこに干す。リュックの中から荷物を全部とりだしてベッドの上に並べ、新しい光りにあてる。それから机にむかって数日分の日誌をつける。細字のサインペンを使って、僕の身に起こったことを、小さな字でひとつひとつノートに書き写す。記憶がはっきりしているうちに、少しでも詳しく書き留めておかなくちゃいけない。記憶がいつまで正しいかたちでそこに留まっているものか、それは誰にもわかりはしないんだから。p279
     (中略)夕食の前に僕は運動をする。腕立て伏せ、シットアップ、スクワット、逆立ち、何種類かのストレッチ ー 機械や設備のない狭い場所で、身体機能を維持するために作られたワークアウト・メニューだ。シンプルなものだし、退屈ではあるけれど、運動量に不足はないし、きちんとやればたしかな効果がある。僕はジムのインストラクターからそれを教わった。「これは世界でいちばん孤独な運動なんだ」と彼は説明してくれた。「これをもっとも熱心にやるのは、独房に入れられた囚人だ」。僕は意識を集中してそれを何セットかこなす。汗でシャツがぐっしょりと濡れるまで。p284
     (中略)僕は小屋の中に入り、ストーブに薪を入れ、注意深く積みあげる。引き出しの中にあった古い新聞紙を丸めてマッチで火をつけ、炎が薪に移るのをたしかめる。小学生の時に夏休みのキャンプに入れられて、そこでたき火の起こしかたを教わった。キャンプはずいぶんひどいものだったけど、少なくとも何かの役にはたったわけだ。煙突のダンパーを全開にし、外気を中に入れる。はじめのうちはうまくいかないが、ようやく1本の薪が炎をキャッチする。ひとつの薪から別の薪へと炎が移っていく。僕はストーブの蓋を閉め、椅子をその前に置き、ランプを手近に持ってきて、その明かりで本の続きを読む。炎がひとつに集まって大きくなると、その上に水を入れたやかんを置き、沸騰させる。やかんの蓋がときおり心地よい音をたてる。p287
     (中略)時計が10時を指すと、僕は本を読むのをやめ、歯を磨き、顔を洗う。煙突のダンパーを閉め、寝ているあいだに火が自然に消えるようにする。薪のおき火が部屋をオレンジ色に照らし出す。部屋の中は暖かく、その心地よさが緊張感と恐怖をやわらげてくれる。僕はTシャツとボクサーショーツだけで寝袋の中に潜りこみ、昨夜よりもずっと自然に目を閉じることができる。僕はさくらのことを少しだけ考える。
     「私が君のほんとうのお姉さんだとよかったのにね」の彼女は言った。
     でもそれ以上はさくらのことを考えないようにする。僕は眠らなくてはならない。ストーブの中で薪が崩れる。ふくろうが鳴く。そして僕は見分けのつかない夢の中に引きずりこまれていく。p286-287
     

    でも人間は何かに自分を付着させて生きていくものだよ。
    そうしないわけにはいかないんだ。君だって知らず知らずのうちにそうしているはずだ。ゲーテが言っているように、世界の万物はメタファーだ。p222
    ・大切な考え。ゲーテは知らないけれど。

    ある種の不完全さを持った作品は、不完全であるが故に“ある種の”人間の心を強く引きつける。
    君はその作品を見つける。別の言いかたをすれば、その作品は君を見つける。
    僕が運転をしながらよくシューベルトを聴くのはそのためだ。何らかの意味で不完全な演奏だからだ。質の良い稠密な不完全さは人の意識を刺激し、注意力を喚起してくれる。これしかないというような完璧な音楽と完璧な演奏を聴きながら運転をしたら、目を閉じてそのまま死んでしまいたくなるかも知れない。でも僕はニ長調のソナタに耳を傾け、そこに人の営みの限界を聞きとることになる。ある種の完全さは、不完全さの限りない集積によってしか具現できないのだと知ることになる。それは僕を励ましてくれる。
    シューベルトは訓練によって理解できる音楽なんだ。僕だって最初に聴いたときは退屈だった。でも今にきっとわかるようになる。この世界において、退屈でないものには人はすぐに飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。そういうものなんだ。僕の人生には退屈する余裕はあっても、飽きているような余裕はない。“たいていの人”はそのふたつを区別する事ができない。p232-235
    ・こういう教養と考察がうまく噛み合って自分ごとに落とし込んで話せるのはカッコいいなぁ。魅力的だ。

    しばらく進んだところに、丸いかたちにひらけた場所がある。背の高い樹木にかこまれて、それはまるで大きな井戸の底のようだ。開かれた枝のあいだから太陽の光がまっすぐ降って、スポットライトとなって足もとを明るく照らしだしている。それは僕には何かとくべつな場所のように感じられる。僕はその光の中に腰をおろし、太陽のささやかな温かみを受けとる。ポケットからチョコバーを出してかじり、口の中にひろがる甘みを楽しむ。太陽の光が人間にとってどれくらい大切なものなのかをあらためて僕は知る。その貴重な1秒1秒を全身で味わう。p288
    ・チョコバーの口に広がる甘みを楽しむ。なんて日々の動作を詳細に切り取って味わうってことの素晴らしさをよく表している。

    昼過ぎに暗雲が突然頭上を覆う。空気が神秘的な色に染められていく。間を置かず激しい雨が降りだし、小屋の屋根や窓ガラスが痛々しい悲鳴をあげる。僕はすぐに服を脱いで裸になり、その雨降りの中に出ていく。石鹸で髪を洗い、身体を洗う。素晴らしい気分だ。僕は大声で意味のないことを叫んでみる。大きな硬い雨粒が小石のように全身を打つ。そのきびきびした痛みは宗教的な儀式のようだ。それは僕の頬を打ち、瞼を打ち、胸を打ち、腹を打ち、ペニスを打ち、睾丸を打ち、背中を打ち、足を打ち、尻を打つ。目を開けていることもできない。その痛みにはまちがいなく親密なものが含まれている。この世界にあって、自分がかぎりなく公平に扱われているように感じる。僕はそのことを嬉しく思う。自分が突然解放されたように感じる。僕は空に向かって両手を広げ、口を大きく開け、流れ込んでくる水を飲む。p289
    ・日々の小さな喜びを、ここまで鮮明にイメージさせてくれる。福岡堰思い出す。

    ヘッドフォンをはずすと沈黙が聞こえる。沈黙は耳に聞こえるものなんだ。僕はそのことを知る。p291
    ・いい言葉。

    これから僕らは都会に戻る。
    自然の中でひとりぼっちで暮らすのは確かに素晴らしいことだけれど、そこでずっと生活しつづけるのは簡単じゃない。
    理論的にはできなくはないし、実際にそうする人もいる。しかし自然というのは、ある意味では不自然なものだ。安らぎというのは、ある意味では威嚇的なものだ。その背反性を上手に受け入れるにはそれなりの準備と経験が必要なんだ。だから僕らはとりあえず街に戻る。社会と人々の営みの中に戻っていく。p324
    ・背反性を受け入れるにはそれなりの準備と経験が必要なんだな。

    経験的なことを言うなら、人が何かを強く求めるとき、それはまずやってこない。人が何かを懸命に避けようとするとき、それは向こうから自然にやってくる。もちろんこれは一般論に過ぎないわけだけれどもね。p325
    ・うん。こういう考えをしっかり言語化して心に留めておきたい。

    …それが物語というもの成り立ちだ。大きな転換、意外な展開。幸福は1種類しかないが、不幸はそれぞれに千差万別だ。トルストイが指摘している通りにね。幸福とは寓話であり、不幸とは物語である。p334
    ・成功はまぐれもあるけれど、失敗はあるある。みたいなものだね。不幸ほど共感を呼ぶものはない。

    田村カフカくん、僕らの人生にはもう後戻りができないと言うポイントがある。それからケースとしてはずっと少ないけれど、もうこれから先には進めないと言うポイントがある。そう言うポイントが来たら、良いことであれ悪いことであれ、僕らはただ黙ってそれを受け入れるしかない。僕らはそんな風に生きているんだ。p343
    ・神話的考え方だな。オイディプス王の話をしてたのもあるだろうけど。

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著者プロフィール

1949年京都府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。79年『風の歌を聴け』で「群像新人文学賞」を受賞し、デビュー。82年『羊をめぐる冒険』で、「野間文芸新人賞」受賞する。87年に刊行した『ノルウェイの森』が、累計1000万部超えのベストセラーとなる。海外でも高く評価され、06年「フランツ・カフカ賞」、09年「エルサレム賞」、11年「カタルーニャ国際賞」等を受賞する。その他長編作に、『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』『街とその不確かな壁』、短編小説集に、『神の子どもたちはみな踊る』『東京奇譚集』『一人称単数』、訳書に、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『フラニーとズーイ』『ティファニーで朝食を』『バット・ビューティフル』等がある。

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