1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉後編 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.78
  • (458)
  • (814)
  • (574)
  • (120)
  • (26)
本棚登録 : 6563
レビュー : 617
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001647

作品紹介・あらすじ

その誰かは、そこにあるものが本当にあることを確認するために、彼の幅広い手をいっそう強く握りしめた。長く滑らかな指、そして強い芯を持っている。青豆、と天吾は思った。しかし声には出さなかった。彼はその手を記憶していた。──青豆と天吾、二人は「物語」の深い森を抜けてめぐり逢い、その手を結び合わせることができるのか。ひとつきりの月が浮かぶ夜空に向かって……。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • ボートを川の上流に向かって漕ぐように
    少しずつ進んでいるように見せて、
    少し手を休めて考えていると、気づくとボートは
    また元の場所に戻ってしまう。遅々として進まない場所
    まとまらない思考、見えない足元。

    感覚はとても近くにあるのに、実際の距離は遠く
    他人の夢を見ているような、プルーストの世界と1Q84の世界。

    他動的な何かに運ばれ1Q84に来たわけではなく
    いるべくして自分はここにいるのだと確信を持つ青豆。

    「空気さなぎ」の本によって明文化されることで
    非活性化されたリトル・ピープル。

    本人の意図するところとしてではなく作られた
    列車としての天吾の物語と思考や常識は
    もはや超えてしまったところでの青豆の確信。
    2人にとっての1Q84と猫の町。

    両手を何にも塞がれず、何事に揺らぐこともなく
    ただお互いの存在だけを信じて辿りついた場所が
    ただただ心穏やかで温かくてうれしかった。

    すべては解き明かす必要もなく、穴は塞がれた。
    ただ事実としての現実を知ることより、
    想いがそれを持ち去っていくことも素敵だと思う。
    深く慎重に探してきた道に光が見えて、ドウタとして
    この世に生まれてきたキモチになるラストでした。

    初めての村上作品で、難しいのかなぁ…と
    不安に思いつつの読み始めだったけど
    すごく読みやすく、心情と情景の溶け合った風景が
    すごく想像しやすく、心の中の思いを
    一番伝わりやすい形でコトバという記号を使いながら
    いつの間にか頭の中に言葉を言葉としてでなく
    より深い意味で溶け込ませてくれる力に驚きました。

    言葉の枠を超えていくための言葉。
    村上春樹さんという作家の素晴らしさに出逢えて感激しました。

    • まっきーさん
      はじめまして、こんにちは。

      きれいなレビューですね。
      川の流れとボートの表現の仕方が、なんだかとっても「1Q84」に合っていると思いました...
      はじめまして、こんにちは。

      きれいなレビューですね。
      川の流れとボートの表現の仕方が、なんだかとっても「1Q84」に合っていると思いました。

      本棚も素敵なのでフォローさせてください。
      2013/03/26
    • 山本 あやさん
      [♥óܫò]∠♡まっき~♪さん

      まっき~さん、こんにちは♡

      初めての村上さん作品だったんですが
      世界観も物語もほんとにぐいぐい惹きこまれ...
      [♥óܫò]∠♡まっき~♪さん

      まっき~さん、こんにちは♡

      初めての村上さん作品だったんですが
      世界観も物語もほんとにぐいぐい惹きこまれる
      ステキなお話でしたよねーっ[*Ü*]

      新しい新刊はまた全然違う感じのお話みたいだし
      どんな世界なのかドキドキしますよねーっ♡

      ステキなご縁、とってもとってもうれしいです[*Ü*]
      これからよろしくオネガイしますっ[*>ー<*]屮》
      2013/03/27
  • すべてが多義的で考察しだせばキリがなくなる。最後まで説明のされない物事もたくさんあったが、「説明されないとわからないのであれば、説明されてもわからない」のだ。天吾のように、村上春樹は文章の足し引きをよく心得ていて、この小説はこれ以上長くてもいけないし、これ以上少なくてもいけないのではないだろうか。だからこそこの物語には存在するべき空白が存在し、それを私は考察によって埋め、自分なりの『1Q84』を見出さなくてはならないのではないか。

  • 最後までスッキリしない。
    あんなに重要だと思っていた、ふかえりのその後も描かれていないし、なぜ「さきがけ」がカルト教団のように変貌したのか、すべてリトルピープルの仕業というのか。それにしても、リトルピープルの詳細も不明…
    村上春樹を初めて読んだ私としては、村上作品はこういうものだと納得するべきなのか⁈
    謎が多すぎるけど、何となくハッピーエンドで終わった。

    2015.6.27

  • 物語としては面白い。心に残る言葉もある。でも、どの登場人物にも感情移入できなかった。村上作品の主要な登場人物は、過去に心の傷を負い、そしてその傷に過剰に自覚的というケースが多い。でも一方で、市井の普通の人物が重要な役割を担っていたり、魅力的だったりもする。私は後者に感情移入しながら、村上ワールドに入り込んでいく。「海辺のカフカ」では星野君がその役割だった。
    今回も星野君を探しながら読み進めていく。長い話だからいつかは現れるだろう、とゆったりと構えながら。でも、結局、最後まで現れなかった。過去のトラウマに囚われて、深く誰かを求めている人物ばかり。高い壁をめぐらせる村上ワールドに入るための水先案内人がいない。外側から覗き見る。出口は塞がれてしまっているようだ。

  • 読了:2016.8.24

    ついに完結。村上春樹にしてはとても明瞭な終わり方な気がする。(もちろん含みや放置されてる案件は多分にある)

    やっぱり村上作品を映像化するのは難しい。
    改めて、文字のチカラや魅力を感じる。
    ------
    ◆内容(BOOK データベースより)
    その誰かは、そこにあるものが本当にあることを確認するために、彼の幅広い手をいっそう強く握りしめた。長く滑らかな指、そして強い芯を持っている。青豆、と天吾は思った。しかし声には出さなかった。彼はその手を記憶していた。―青豆と天吾、二人は「物語」の深い森を抜けてめぐり逢い、その手を結び合わせることができるのか。ひとつきりの月が浮かぶ夜空に向かって…。

  • 青豆が数時間掛けて執拗にストレッチする姿があるが作者自身を投影した描写であろう。丁寧に言葉を選別し厳密に定義を吟味し表現の曖昧さを排除していく。特に会話のシーンでその傾向が顕著だ。推察と戻換そして反芻は読み手の想像力を限定的にさせるようで不思議な拡がりと浮遊感を生み出している。

    『1Q84』は結局青豆と天吾の純愛物語であったわけだが、そこにあるのはトラウマとの対峙であり不可逆の並行世界であり処女受胎を模した再生であり、それら諸々が二人の純度を増しているように思う。特にNHK集金人の亡霊(?)は現実世界で二人を結び付ける幻想の重要要素であった。こういう一見無関係な要素の使い方が村上春樹氏は抜群に巧い。村上春樹氏が描く喪失の物語はフカエリと牛河が担ったが、それを踏み台にした誕生の物語も描かれる。

  • 「村上春樹 変奏曲」による、「1Q84」 最終読解 

    「彼らは私を必要としているんじゃない。
    必要としているのは、私のお腹の中にいるものだと思う。
    彼らはどこかの時点でそれを知ったのよ」

    「ほうほう」とはやし役のリトルピープルがどこかで声を上げる。

    「彼らは声を聴くものを必要としている。
    つまり、あんたのお腹の中にいる子供が、その<声を聴くもの>ということになるのか?」

    「ほうほう」と残りの六人のリトルピープルがどこかで声を合わせる。


    ここまで長い時間をかけて「村上春樹 変奏曲」にお付き合いいただいたみなさんに対する礼儀として、結論から、言おう。1Q84のQは、「処女懐胎」に収斂する。
     しかし、それが青豆のお腹の中に宿った「小さなもの」だけをあらわしていないから、1Q84の謎はなかなか解けない「Q」になるのだ。実は、この物語は2重に仕組まれた「処女懐胎」の物語なのだ。
     だから、この2重リングの謎を解くには、まずは目の前にある青豆の「処女懐胎」から解明しなければならない。そのために我々は、変奏曲の解釈に従って、小説「1Q84」の四人の主要人物を再配置するところから始める必要がある。

     小説「1Q84」の四人の主要人物とは、天吾、青豆、ふかえり、教団のリーダーである。読解のポイントは、「村上春樹 変奏曲」第1楽章の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」と、第2楽章の「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」の読解を応用して、最終的にこの四人の組み合わせが「1Q84なる世界の、どの部分に、どんな影響を及ぼしたのか」という構造を解明する。
     その上で、第3楽章の「羊をめぐる冒険」と第4楽章の「ねじまき鳥クロニクル」の読解を使って、「この物語の真の主人公とその行動の意味」を解明する。それらすべてを使って、小説「1Q84」に仕掛けられた村上春樹の企みを読解するのだ。

     では、中心人物の組み合わせの検証からはじめよう。「1Q84なる世界」において、天吾と青豆は「世界の終わり」の主役カップルであり、ふかえりとリーダーは「ハードボイルド・ワンダーランド」の主要なカップルである。しかし、四人はこの正規のカップリングとは別の共同作業グループを形成する。それぞれの組み合わせの意味を読解のピンセットでひとつずつめくりながら分析していこう。この組み合わせのなかで、主にストーリーを展開するのは、ふかえりと天吾、青豆とリーダーという、ふたつの組み合わせだ。

     ふかえりと天吾は共同作業として、小説「空気さなぎ」を世に送り出す。「空気さなぎ」はふかえりが企んだ反リトルピープル的モーメントであり、天吾がリライトするなかで細部が立ち上がった世界である。このふかえりと天吾の協働作業によって、リトルピープルが開いた通路とは別の通路が開かれた。この新たな通路が、「ふたつの月の世界」を創出し、そこに青豆を召還することで「ハードボイルド・ワンダーランドの世界」がスリリングに展開されていく。

     それにくらべて、リーダーと青豆の協働作業は、一瞬だった。雷雨の一夜「青豆が苦痛のない死を与えることの見返りに、リーダーが天吾の命を護る」という取引が合意する。
     殺害の瞬間に約束は果たされる。この「ハードボイルド・ワンダーランド」の行動は、実は「世界の終わりの世界」に通じていた。リーダーは、この瞬間に「世界の終わりの世界」において、「滑り台の世界」を現出させたのだ。
     これで「教室の世界」を入口にして「幻想の世界」に彷徨い込んだ青豆と天吾に、出口が与えられた。青豆が命を捧げることで、入口と出口がやっと開通したのだ。

     ストーリー上は見えにくい組み合わせだが、ふかえりと青豆も同じく「一瞬の共同作業」を行なう。ふかえりが天吾に施すオハライのクライマックスの刹那のことだ。その一瞬、ふかえりが介在することで青豆は天吾と多義的に交わる。
     このクライマックスで、ふかえりが「テンゴくん」と繰り返すのは、この交わりが、ふかえりと天吾のものではなく、青豆と天吾のものであったことを示す証拠だ。クライマックスの瞬間において、ふかえりはただの通路にすぎなかった。青豆と天吾は20年の時を経て、ついに結ばれ、同時にリーダー殺害をする。これが「多義的な交わり」の正体なのだ。そして、ふかえりを媒介にして、天吾と青豆は「処女懐胎」を成し遂げる。
     
     第3章の宿題で、ふかえりがマザなのかドウタなのかが不明のままだった。読解を重ねたいまならそれは明快だ。ふかえりは心の影を失ったマザだ。
     リトルピープルは予言していた。「ドウタはマザの代理をつとめる。ドウタはあくまでマザの心の影に過ぎない。マザの世話なしにドウタは完全ではなく、長生きできない。ドウタを失えばマザは心の影をなくすことになる」
     空気さなぎによってマザとドウタに分割された深田絵里子は、マザふかえりになって教団から脱走する。当然、マザの世話を受けていないドウタふかえりは長生きしない。そして、ドウタを失ったマザふかえりは、心の影をなくしてしまった。マザふかえりは「損なわれた存在」なのだ。
     天吾も小松との会話でその事実に気付く。「ドウタなしでは、マザはおそらく一個の完結した存在とは言えないでしょう。僕らが目にしているふかえりがそうであるように、具体的な指摘はできないけど、そこには何らかの要素が欠落しています。それは影を失った人に似ているかもしれない」
     心の影を失ったからこそふかえりは、霊的な存在になったといえる。小説「1Q84」のふかえりのラストシーンは印象的だ。牛河が天吾の監視をするためにアパートの廊下から望遠レンズ越しにふかえりを盗撮しようとする。そのとき、ふかえりは牛河を凝視することだけで、刺し貫く。そして、その行為で牛河を裁くのだ。まるで「最後の審判」のように。牛河はその後、タマルに殺害されるが、タマルは裁きを実行しただけで、実際に牛河を裁いたのはふかえりだ。牛河が主体になっていた隠者と追跡者のゲームは、距離を縮め致死的な渦になっていた。この致死的なゲームの生贄にふかえりは牛河を選んだのだ。それも犠牲になった牛河に恋心を抱かせるというもの、美しい巫女である霊的なふかえりらしい。まさに神々しさが漂う。

     本来、深田保と深田絵里子という親子であるはずのリーダーとふかえりの組み合わせは、実はこの「1Q84なる世界」では、一度も交差しない。物語の前史として、パシヴァとレシヴァの関係を結んだと書かれているだけだ。しかし、正面にみえないからこそ、リーダーとふかえりの組み合わせの意味は大きい。
     教団の内部では、パシヴァとレシヴァの関係において、リーダーとドウタやマザたちが何度も、多義的に交わり、「処女懐胎」の奇蹟を起こそうとしていた。それはなぜか
     この読解に来て、我々はついにリトルピープルの最終目的を知るのだ。リトルピープルは、自分たちの声を届ける預言者を選び、その人物を通して世界を支配する。しかし、リトルピープルは深田保を預言者にした直後から、処女懐胎をさせる多義的な交わりを強要する。それはなぜか。
     リーダーだけでは、不足だからだ。預言者は二人必要だったのだ。リトルピープルの<声を聴くシステム>を完成させるためには、ふたりの預言者が必要なのだ。ひとつはパシヴァになる存在であり、もうひとりは処女懐胎の末に産まれてくる存在である。パシヴァは先に生まれ、究極の救済者が出現することを予言し、処女懐胎の奇跡を認定するのが役割だ。
     それは、キリスト教における洗礼者ヨハネとイエス・キリストの関係である。洗礼者ヨハネは、前駆者とされる。前駆の意味は旧約と新約の峻別による。ヨハネは旧約の最後を告げるものであり旧世界に属する。ヨハネによって洗礼されたイエスが新約の新世界を創造する。つまり、ヨハネ役のリーダーは露払いに過ぎず、処女懐胎の末に生まれてくる「小さなもの」こそ、リトルピープルが求める本命の創造主だったのだ。
     そう考えれば、リーダーがつくった教団の名前が「さきがけ」というのは意味が深い。リトルピープルの本命はパシヴァであるリーダーではなく、処女懐胎の奇蹟の果てに来る「小さなもの」なのだ。その人物こそ、リトルピープルの本当の使者になる存在であり、教団はそのための「さきがけ」だったのだ。

     しかし、教団内部での処女懐胎は実現しなかった。その方法に間違いがあったからだ。処女懐胎に必要なのは、パシヴァとレシヴァだけでなく、心の影を失ったマザと「決意」を胸に秘めた男女の3人だったのだ。この3人の組み合わせがあって、処女懐胎が成し遂げられる。
     周囲はその秘密を知らない。社会の無理解に囲まれた「秘儀」、その秘密を巡る追撃、もしくは無理解ゆえの「排斥」、これが「処女懐胎」をめぐる構造だ。
     それ故に、この秘蹟を行なった3人は狙われる。天吾は「猫の町」で、青豆は「1Q84年の世界」で、ふかえりは「ハードボイルド・ワンダーランド」で、いろいろな追撃者に狙われる。

     この「1Q84なる世界」は、この追撃をめぐる多層的な舞台だ。さながら夢の中の夢を描いた映画「インセプション」のように、世界観の上に世界観が積み重なっている。
     ふかえりが立ち上げた「空気さなぎ」の世界の上に、天吾がリライトして「ふたつの月がある世界」が重なる。そこに天吾が青豆を転移させたことで「ハードボイルド・ワンダーランド」が始まり、ふたりは同時に「世界の終わり」で「教室の世界」を再構築する。そこで、多義的な交わりをして、約束を思い出したふたりは、処女懐胎を成し遂げて、小さなものをかかえながら、敵から隠れ、出口を捜してさまよう。天吾は「猫の町」に隠れ、青豆は「1Q84年」に隠れる。リーダーが最後の奇蹟として「世界の終わり」に「滑り台の世界」を創る。
     こうした屋上に屋上を重ねる世界観の多層性こそが「1Q84」の最大の特長である。では、なぜこのような複雑な多層構造が必要だったのか? その読解が「1Q84なる世界」の最大の謎なのだ。そこには、作家・村上春樹が挑戦した大いなる冒険が仕込まれている。
     そのことに現実味がわかない読者には、つぎのように言うしかない。この多層性の企みの果てが、新潮社から出版された「小説 1Q84」であり、多層構造の影響は、いままさにあなたの手元にまで、及んでいる。すこしは我が事としてギョッとしてくれただろうか。
     これは「ネバーエンディングストリー」の「終わらない本」と同じように現実世界にまで影響を及ぼす物語の企てなのだ。「1Q84」は、村上春樹が作家人生をかけた遠大な冒険だった。村上春樹は多層化する世界を構築することで、「あるもの」を復活させようと企てたのだ。

    以降は、別の機会に記載します

  • やっと読み終えることができました。
    母が既に全巻持っていたから最後まで読めたものの、自分で買ってまで揃えるようなことはしなかったでしょう。

    2巻あたりまでは私が想像していたよりは比較的読みやすかったし、面白かったとも思います。
    それ以降はちょっと胸焼け。
    天吾にも青豆にも共感出来ず、二人の純愛だかなんだかしりませんがそういうものにも興味持てず。
    タマルとふかえりには好感持てましたが、なんといってもメインのおふたりに全く関心が無いのでどうしようもないですよね。
    勝手にやってれば、って感じでした。

    説明不足とか消化不良とかいった意見もありましたが、私は文庫で3冊ぐらいにまとめて欲しかった。
    あの比喩表現は確率で言えば20個あるうちの1個くらいは良かったのでそこだけ残してあとは省けばいいんじゃないかとさえ思いました。

    村上作品はこれ入れて3作品しか読んでませんが、やはり自分には合わないと確信したので、そういう意味では読んで良かったと思います。

    2013.05.13

  • 風邪ひき寝込みの週末に一気に読み切り。

    アクションもの、推理小説、新興宗教を題材にした現代社会モノ、いろんな要素が詰まってはいるが、結局は長い別離の末に成就した単純な恋愛小説に思える。物語の大半を占める暗殺やら文学の受賞やらは、主人公二人が巡り合うためのおぜん立てともいえる。まあ、筋に関しては読み手次第なのでなんとも言えないのだけれど。

    登場人物がすべて姓名で指示され、メタファーも昔に比べると極端ではない。具体的なので読みやすい。古い話だが、三部作なんて主要人物は「僕」とか「鼠」だったし、結局何が言いたかった分からないのに比べると、相当読みやすい。もはや瑞々しい感性とはかけ離れてしまった、社会まみれの年寄りには助かる。

    ただ、村上モノにはつきもののドぎつい官能描写が多く、電車で読んでたりすると、ちょっと恥ずかしい。ベストセラーだったはずだが、皆さんその辺どのように処理していたのでしょう・・・(会社でも女の子が「読みましたよ」なんて言うんだけど)

  • 時々、現実世界と並行世界の境界がわからなくなってしまいそうだった。時間の経過とともに登場人物の感情や状況が交わっていって面白かったが、さらに続きがあっても良いような気がする。それとも、それはあとには置いていけない秘密なのか。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「さらに続きがあっても良いような」
      ですよね!
      でも、それについては賛否両論です。
      「さらに続きがあっても良いような」
      ですよね!
      でも、それについては賛否両論です。
      2013/04/30
  • とても読みやすい文章でさらさらと通り抜けて行く感じでした。
    他の方も書いてあるように物足りなさであったり主要人物のその後がどうなったかも書かれてはないが、私達が今生きている世界もはっきりとした結末がないまま、そのまま流されて行く事もある。
    青豆と天吾、小さなものが試練を乗り越えて生きていければよいと思いました。

  • 壮大なLoveStoryでした。
    第三巻位から物語のスピードが段々と早くなってきて、村上春樹の描くパラレルワールドに深く入り込んでしまいます。
    まるで彼の描く蜘蛛の糸に絡め取られる様に…。
    天吾編と青豆編、片方が佳境に入ると、続きが早く読みたくていても立ってもいられなくなる。
    そして、交互にやって来る幾つかの事件のヤマと緊張感。その巧みな展開は禁じられた薬物の様な中毒性を帯びていますw(゚o゚)w
    第四巻で一つの大きなクライマックスを迎えたあと、物語は微妙に性格を変え、追う者と追われるものとが逆転し、もう一人の追跡者の章が加わりそこに新たな緊張感が生まれる。非常に良質なエンターテイメントですね。
    この作品はセクシャルな表現も多く、また世の中の善と悪やモラルについて読者に観念的に問いかけている様に思い、映像化が難しい作品だと思いますが、やはりそこは読み手がそれぞれの頭の中で1Q84年=猫の町を思い描いて村上ワールドの余韻に浸りたいものです。

  • やっと6冊の文庫本を読み終えました。

    う〜ん、なんともいえない読後感。
    勿論、結末には希望がある、夢がある。
    でも、ここまでの長い道のりを歩んで来た身としては、もう少し欲しくなるところ。
    細かな疑問は随所に残っている。
    ただ、この小説の中で、幾度となく繰り返されたように、『知る必要のないこと』『言葉で説明されてもわからないこと』なんだと理解するしかない。
    マザとドウタについて、リトルピープルについて、様々な見解があると他の方々のレビューやブログをみていて感じます。

    それらを熟考することに意味があるような気がする。
    これはただのファンタジーではなく、
    現実世界に通ずる世界の一つだと仮定するとだけれど。
    その作業が殊更苦手な私としては、
    このような作品はあまり得意ではないのだけれど。
    それでも、読み進めずにはいられなかった、そんな作品でした。

    ただ、これは複数の読者が思っていると思うけど、
    セックスシーンの多さには驚いた。
    現在の象徴といってしまえばそれまでだけど、
    それが現実世界を感じさせる効果はあったけど、理解できないシーンも中にはあったので。

    暫くは読後感を味わおうと思います。

  • 村上春樹さんの本を初めて読みました。
    うーん、不思議。
    謎は解決されるんじゃなく、謎のまま受け入れなきゃいけないんだ・・・。
    ファンタジーなんですね。
    でもちゃんと2人が出会えて、想い合っていたことを確認できたことにホッとしました。よかった。
    あと高速道路の緊急はしごを昇っていくところはドキドキでした。
    ハッピーエンドかどうかは捉え方次第かと思うけど、ひとまず良かったな、と思いました。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「ファンタジーなんですね」
      そう言われてみれば、そうですね。
      面白いからドンドン読み進めてしまうけど、色々考えなきゃ判らない。だから時間をお...
      「ファンタジーなんですね」
      そう言われてみれば、そうですね。
      面白いからドンドン読み進めてしまうけど、色々考えなきゃ判らない。だから時間をおいて読んじゃう。。。
      インタビュー集「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」翻訳「さよなら、愛しい人」を読んだら「1Q84」を再読しようかな?(でも読めるのはGWだろうなぁ)。
      その前にエッセイ「村上春樹雑文集」と短編集「めくらやなぎと眠る女」「象の消滅」が文庫にならないかと思っています。。。
      2013/01/04
  • 全体を通して一気に読んでしまいたいと思う反面、じっくり一冊ずつ読んでいこうという気持ちが錯綜する作品でした。青豆と天吾の想いがステキすぎ。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「青豆と天吾の想いがステキすぎ。 」
      とっても羨ましい関係でだぜ!
      「青豆と天吾の想いがステキすぎ。 」
      とっても羨ましい関係でだぜ!
      2013/04/26
  • ふぅ、読み終わった…
    読み終わったという事実そのものが感想になっている。

  • 【長く滑らかな指、そして強い芯を持っている。青豆、と天吾は思った。青豆と天吾、二人は「物語」の深い森を抜けてめぐり逢い、その手を結び合わせることができるのか。ひとつきりの月が浮かぶ夜空に向かって…】

    謎が残って気になる~。
    でもハッピーエンドでよかった。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「謎が残って気になる~」
      続きを期待しましょう~
      「謎が残って気になる~」
      続きを期待しましょう~
      2012/12/08
  • 久しぶりに、ただ一つの(ような)がちがちの現実から開放される感覚。
    こういう男女がいてもいいし、こういう世界があってもおかしくないし、真実がどうであるにせよ、想像していたほうが素敵だな。これぞ物語。
    しかしどんどん観念的になっていくんだなあ、村上春樹。
    それとも、もうこういうの書いてもいいよねって感じなのかな?

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「どんどん観念的になって」
      今の世界を描こうとすると、単純に割り切れないから、こんな風になるのでしょうね。
      面白いからドンドン読み進めてしま...
      「どんどん観念的になって」
      今の世界を描こうとすると、単純に割り切れないから、こんな風になるのでしょうね。
      面白いからドンドン読み進めてしまうけど、「アレ?」とか「う~ん」と思ってしまうコトも多々ありました。。。
      2013/01/04
  • 当たり前と思っている日常に潜んでいる小さなズレ、あるいは違和感。それが当たり前だと思っていると、それは過ぎていくのだけれど。それらによって自分たちが強いられていること、それは実は見過ごせない何かであり。
    そのような違和感を感じることができるか、それに向けて声や行動を発することができるか。そして、そういった自らの動きを支えるものは、祈り、すなわち自らを貫く信念である。青豆と天吾は、紆余曲折しながらも、それを貫いた。

    「これはこういうふうだから仕方がないものだ」と思考を停止させてしまったら、そこですべては止まってしまう。”リトルピープルに暗示されるもの”は、人々をそのように巧妙なやり方で仕向ける。
    この現実世界において、リトルピープル的なものごとは、本当にたくさんあるのではないか?

  • 文庫で6巻もあるのに、一気に読めてしまった。
    不思議な世界観にすっかり引き込まれました。
    もう一回、じっくりとその世界観を味わいながら、読み直したいとさえ思っています。

  • ついに完結……!
    あっという間だったけど、6冊も読んできたなんて。
    不思議と引き込まれる物語でした。
    今では青豆にぞっこん。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「不思議と引き込まれる物語でした」
      私にとって村上春樹の作品て、どれもそうなんです。途中で止められずになるので、読むのはいつも長期休暇。
      何...
      「不思議と引き込まれる物語でした」
      私にとって村上春樹の作品て、どれもそうなんです。途中で止められずになるので、読むのはいつも長期休暇。
      何だかよく判らない部分があるけど、気になって仕方無い。。。やっぱり上手いのでしょうね。。。
      2012/12/07
  • 全巻読んだけど、たいしたことなかった。村上さんにしたら・・・って感じかな。ある意味、村上春樹への評価の裏返しかな~

  • 寝る前にちょっとずつ読み進めてようやく読了!
    村上春樹さんの今までの好きなエッセンスがぎゅっと詰まってて、その上でミステリとかホラー色もあっておもしろかったです。
    ノックの音はなかなかにホラー。
    好きなのであんまり映像化はして欲しくないなぁ。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「映像化はして欲しくないなぁ。」
      特に「1Q84」は、映像化は難しいでしょうね、、、「ノルウェイの森」「神の子どもたちはみな踊る」ともに監督...
      「映像化はして欲しくないなぁ。」
      特に「1Q84」は、映像化は難しいでしょうね、、、「ノルウェイの森」「神の子どもたちはみな踊る」ともに監督が日本人じゃないのが面白い。。。次名乗りを上げるのは誰だろう?
      2013/03/02
  • とても疾走感のあるお話でした。3部構成もそれぞれのテーマがあり、最後はラブロマンスでしたね。(笑)
    良くも悪くも村上春樹。この世界観を読者の主観では説明はできない。論理的な解釈も求めちゃいけないのだろうと。

    3部からは牛ちゃんの目線が挟まれましたが、それとは別の第3者の説明や描写が目立ちます。「もし青豆がもう少し早く滑り台に目を向けていれば…」というナレーション側のような描写はあまり村上春樹の小説にはなかったように思える。ちょっと違和感がありました。

    ただ、停滞した時間を先に先に進めようとする力はさすがでした。

    1984の世界で、二人が話す経験、未来を想像するだけで、この小説の余韻が力強かったと思えます。

    ともあれ、久々の長編小説に、今は感無量!

  • 1Q84の世界を味わって感じた率直な感想。

    まとめてしまえば、「論理の通らないことを論理的に説明するのはとてもむずかしい」ということ、“ご都合主義”が炸裂していたということ、そして疾走感のある話であったということです。
    正直、村上春樹も論理ではなく感性で話を理解してほしいらしいので、なんとも言えません。
    しかし、ご都合主義があまりにも散見されました。巧みなナレーションが良くも悪くもそれを誤魔化していたという印象があります。「○○の勘は△△と告げていた」などと言って、無理やり話しの路線を調節していました。

    これに対する僕の持論としては、そのような描写をなされている人物は基本的に“能力者”なのではないかということです。ネタバレ気味ですが、作中の「牛河」はいちいち勘があたります。地の文では、「特別な嗅覚」を持っていると説明されていますので、おそらく「天吾」と「青豆」と同様に何らかの“能力者”だと思います。

    また、ご都合主義的なのは他に、小説内のすべての人物の動作に必然性がない点です。ふらふら、と滑り台に行き、ちらちら、と自分が見られる、のような。

    繰り返しますが、巧みなナレーションと比喩表現、そして魅力を感じられる登場人物には目を見張るものがあります。
    読んで後悔はしませんでした。
    BOOK2にあった疾走感はBOOK3から叙情的な質に変わり、読者はふるいにかけられます。 言うなれば、BOOK3は読む必要性はありません。だって、結末は大体見えているでしょう。

  • 最終巻読了。

    正直、あんまり納得できないラストだった。村上春樹はいくつも伏線を作り、その多くを回収せずに終わった。あの人結局どうなったの?あれは何だったの?って疑問がいっぱい!そういう意図なんだろうけど、こっちにしてみりゃモヤモヤが残るんだよ~!

    ちょっと冗長だし(文庫4冊くらいにまとめられそう)


    一巻では絶賛してたのに、最終巻はぜんぜん違う感想になってしまった。

    それでも、文章の素晴らしさと圧巻の想像力に☆4つ!

  • 感想はBook1前編へ

  • 途中でつまらなくなって脱落した方・・・最後まで読むことをお勧めいたします♪まあ、嫌いじゃないですよという程度ですが、脱落してしまうのは残念かも、なのでw

  • 村上作品、久々に読了。
    ある意味旬となった宗教もからめた今回の設定、BOOK1,2とかなり勢いよく読み進みました。
    しかし私の苦手なファンタジー色が強くなってくると、早く読み終わってしまいたくなってBOOK3は1日で読んでしまった。寝不足です。

    ノルウェイはじめ殆どの村上作品に流れる、歪んだ倫理観に、やはり今回も受け入れがたく、不快感を覚える。
    その周りを傷つけて平気な倫理観が、おしゃれでさわやかに表現されているところがまたダメです。そしていちいちこのエロい表現というかシーンは必要なのかなあと思わずにはいられないわけで、そこが村上作品たる所以なのでしょうが、やっぱ苦手。

    とはいえ、設定の斬新さというか独特の世界観だけで読む気にさせられるし、何じゃそりゃ、っていう比喩になってない謎の比喩は相変わらず健在で面白い。
    丁寧に紡がれる言葉は、自分の倫理観に合わないところを除けば、川の流れのようにすらすらと頭の中を通り過ぎてゆく。
    ファンタジーらしく登場人物も現実味のない妙な人ばかりで、好きな人物は一人も出てこないけど、お話の中ではなんとも魅力的に動いてゆく。
    そして筆致は相変わらずなのに、ストーリーの運びがヒッチコックなみにスピーディーな気がして、目が離せなかった。
    そういうところは、さすが。

    矛盾していようがよくわからないラストだろうが、村上作品なのでしょうがないやとおもってます。
    久々に村上作品にどっぷり漬かり、途中ところどころは楽しめたのですが、作品として最後まで面白いと思ったのは「世界の終わり」だけだなあ。

    でもまた好奇心から読んじゃうんだろうなー。
    好きじゃないひとにまで読ませてしまう、そこがベストセラー作家としてのすごさだなあと思います。

  • 2012 6/28

全617件中 1 - 30件を表示

著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

村上春樹の作品

1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉後編 (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする