燃ゆる頬,聖家族 (新潮文庫 ほ 1-1)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (181ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101004013

感想・レビュー・書評

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  • 聖家族
    最後の一文で唸ってしまった。良い。堀辰雄らしい一種の青臭さというかロマンチストっぽさはありつつも、自分の中にあった死の影を認めて生を肯定できるという逆説や、親への反発の先にある尊敬といった、一見真逆の心情が表裏一体で存在しているということが矛盾なく描かれてる。娘が最後に幼子の表情に似つつあった、とはそこで初めて生まれ直した、自分の生を生き始めた、ということか。

  • 2018/09/24 読了。

  • 大きく心を揺さぶる同性愛の物語(燃ゆる頬)。

  • 1920年頃の作家、堀辰雄

    「聖家族」。三人称で語られる登場人物たちの心理描写が素晴らしかった。逆説的で複雑な心境や、自分ですら理解できない漠然とした感情から起きる真の心理にそぐわない行為なども、とても共感できるもので圧巻だった。

    ただ情緒的な表現は素敵だったが、短編集だったこともあり短編特有の国語のテスト感があってそんなに好きになれなかった。

    彼の処女作である「ルウペンスの偽画」はあまりにも文章が下手くそで、読むに耐えなかった。

  • 少年の心揺れる様をのぞき見した気分になった。

  • 少年期、青年期と成長過程の心情のうつらうつらが
    魅力的な一冊

    現代小説に慣れてる人にはあまりオススメ出来ないかな…?

  • 荒っぽく扱うとすぐに折れてしまいそうな、美しく繊細な文章。思春期特有の疑似恋愛in男子校。

  • 古本屋で拾って積ん読していたものを読みました。堀辰雄は私の好きな太宰治と関係もある人物なので(太宰は芥川龍之介を尊敬していて、芥川に指南を受けたことのある堀に嫉妬していた)本書は堀辰雄の初期作品集です。

    宮崎駿の映画『風立ちぬ』がきっかけとなってほったらかしていたものをよんだのですが、映画を見てから読んだせいもあってか、どうもイメージがジブリの絵にひっぱられてしまった部分もあります

    しかし、『麦藁帽子』に出てくる少女の描写の繊細さなどは映画のイメージとつながる部分もあるかと思います。

    堀辰雄の自伝『風立ちぬ』を読んでいないのでなんとも言い難いですが、筆致においては件の作品とのマッチングを感じ得ます。

    堀辰雄はだいぶ昔に詩集を読んだことがあり、その印象で映画を観た時にも「堀越二郎を堀辰雄的に描きたかったのだろうか?」というのが感想だったのですが(その分これまでの作品よりジブリらしくないとも感じた)本書は小説短編集でしたので、その感想が後押しされたように感じました。

    まぁ作った本人の宮崎駿がどういう想いで映画を作ったとかはインタビューだとかを読んでないので事実は知りませんが、堀辰雄の作品を読んだ私にはそう感じられたといったところです。

    ジブリ映画の件はさておき、本書の作品群については「静謐」というのが感想です。私小説を読み慣れているせいもあるのですが、感情の起伏があまりない綺麗な作風なように思われました。場面場面が客観視で切り取られている印象でした。
    ただ、その分、少しの嫌悪や登場人物の好意が際立っていて、感情表現の多い恋愛絡みの作品(『ルウべンスの偽画』『麦藁帽子』)は抒情詩的な印象を受けました。

    感情移入するというよりも、場面場面が絵になって記憶に残るような作品が多いように思います。

  • 『燃ゆる頬』読了。誰もが一度は通る道ではないかもしれんが、思春期の疑似恋愛と言う曖昧模糊としたものがしたためてある。粗野な上級生と、虚弱で透き通った肌を持つ同級生に寄せる感情が具体的になんなのかも把握できない未熟さ。
    現在の小説と大いに違う所は、状況説明に合理性を持たせず、書きたいと思う風景・情景のみが書かれてある(同級生と旅行する事になったいきさつや、行くことに対しての主人公の気持ちの昂りなどは割愛されている)。
    後々気付きながらもそれに決着を着けず感傷で終わるのみで、現在の自分を生きている人の何と多いことよ…と思わずにいられない。「ちょっといじらせない?」って…なんで触りたいと思うのか、動機さえ自覚のないままそうしている、と言うのが正に思春期の疑似恋愛…性的な欲望を具体的に自覚してないままに萌えている、と言う…

  • 初期の作品に触れられる一冊。例によって、ジブリ映画の影響で昔買った本を引っ張り出しているわけですが、映画「風立ちぬ」で、関東大震災が2人の出会いに大きく関連しているのは、麦藁帽子の影響があるのかも知れない。一方で、堀辰雄の小説の多くにおいて、結核なんかが描写されているだけで無く、生と死の境みたいなものが強く意識されるのは、震災の経験が影を落としていると見るのが自然かなと思う。
    恢復期で「そんなに僕が生きていればいいと思いますの?」という疑問というものは、ある意味非常に傲慢で失礼である(が故か、これは、そう言えば良かったか、という形で示され、実際に言葉として発したわけではないと描写されている)が、この問いをぶつけられるほどの相手が居れば、実に、生きていることは当人の問題ではなくなるということである。つまり、自分は生きなくてはならないという制約が、世に存在するという認識を得る。
    生きなくては、というのは、ちょっと無理か。こんなに簡単に死んでしまうような病気が蔓延している世界なのだから、生きようと努めなくては、であろう。ということで、話はif faut tenter de vivre.に戻ってくる。

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著者プロフィール

東京生まれ。第一高等学校時代、生涯親交の深かった神西清(ロシア文学者・小説家)と出会う。このころ、ツルゲーネフやハウプトマンの小説や戯曲、ショーペンハウアー、ニーチェなどの哲学書に接する。1923年、19歳のころに荻原朔太郎『青猫』を耽読し、大きな影響を受ける。同時期に室生犀星を知り、犀星の紹介で師・芥川龍之介と出会う。以後、軽井沢にいた芥川を訪ね、芥川の死後も度々軽井沢へ赴く。
1925年、東京帝国大学へ入学。田端にいた萩原朔太郎を訪問。翌年に中野重治、窪川鶴次郎らと雑誌『驢馬』を創刊。同誌に堀はアポリネールやコクトーの詩を訳して掲載し、自作の小品を発表。1927年に芥川が自殺し、翌年には自身も肋膜炎を患い、生死の境をさまよう。1930年、最初の作品集『不器用な天使』を改造社より刊行。同年「聖家族」を「改造」に発表。その後は病を患い入院と静養をくり返しながらも、「美しい村」「風立ちぬ」「菜穂子」と数々の名作をうみだす。その間、詩人・立原道造との出会い、また加藤多恵との結婚があった。1940年、前年に死去した立原が戯れに編んだ『堀辰雄詩集』を山本書店よりそのまま刊行し、墓前に捧げる。1953年、春先より喀血が続き、5月28日逝去。

「2022年 『木の十字架』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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