刺青・秘密 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101005034

感想・レビュー・書評

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  • 大正7年(※)、新進作家の谷崎潤一郎は麻生市兵衛町に新築されたばかりの永井荷風亭を訪ねた。小さな庭に設えた巴里のカフェに模した丸卓で相向き乍ら、祝いに持参した葡萄酒を注ぎ合った。昨年「中央公論」に発表した『異端者の悲しみ』に現れた妹と父母との遣り取りはどこまで真実なんだい、などと荷風は問い、全部真実です、などと潤一郎は答えた。

    「勿論、世之介のように、遊び人の心情に即して描いた小説がなかったわけじゃない。でも君は今にも死にそうな肺病病みの妹を心で罵り、友人の借金を踏み倒し、家にも帰らない穀潰しの貧乏長屋の学生を嬉々として描いた。また新しい文学を描いたね」
    「そう先生に褒めて頂けると、耻を忍んで書いた甲斐がありました。思えば8年前に先生の三田文学の批評を頂いたからこそ、今の自分があるようなものです。全く感謝しております」
    「いや、『刺青』にしても、『少年』にしても、『秘密』にしても、みんなこの世界的な大都会でこそ生まれるべき、デカダンスな小説を、生ませるべくして産んだ君の成果だよ」
    「いえ。そう評価してくださる方は未だ少数で‥‥」
    「その上君は、昨今益々消滅しかけている江戸の町の風景のみならず、風俗や、穢(きたな)い所含めての人情を、小説として書き留めてくれている。僕も僕なりにやろうとしているけれども、1人じゃ限界がある。却って感謝しているよ」
    「そんな‥‥」
    「まぁでも、君のMasochist趣味には付いていけないんだけどね」
    アハハハと潤一郎は笑った。其の声には荷風先生とは違う、自分なりの世界を築きつつあるという自負も含んだものだと荷風には聞こえた。
    「でも、先生、本当に感謝しているんです。万が一、この偏奇館が地震などで潰れた時には、必ず私が何をものにもかえてお世話させて頂きます」
    うふふと、荷風は曖昧に応えた。
    このあと27年後に、地震ではなく空襲によってこの館が灰塵に帰し、荷風は遥か岡山真庭の地で、潤一郎の歓待を受けることなど、想像もしていない2人ではあった。

    ※今気が付きましたが、永井荷風偏奇館入居は大正9年でした。まぁ、もともといい加減なレビューなので、許してください。(23.10.05記入)

  • 谷崎潤一郎文学忌 1886.7.24.〜1995.7.30
    谷崎忌 潤一郎忌

    「刺青」しせい
    1910.10 デビュー作のようです。
    人々が「愚か」という貴い徳をもっていて 世の中が今のように激しくきしみ合わない時分でした。
    この一文から始まる刺青は、小説の時代背景を希薄にして、美しい事が全てという世界観を容認させてしまいます。そして、美しい事、強さがある事は、これから野作品に継承されていきます。

    元浮世絵職人の彫師。自分の望む美女に魂を込めて、掘りたい画題がある。彼は、偶然見知った、足の美しい女に「肥料」と題したその絵を掘り上げる。多くの男達の死骸を見つめる桜の木の下に佇む女の絵。女は、彫物によって、より美しく自信を持った。自分の彫った絵と女の美しさに、彼自信も肥料となる。

    「少年」
    1911.6
    裕福な家の同級生の少年。彼は、学校と家でその表情を変える。普段大人しい少年は、家では姉や使用人の子らに遊びの延長として、支配し時には暴力的になる。子供心にその支配に心地よさを感じる。ある日、姉は巧みにその支配を逆転させる。子供達の遊びの中のギリギリの暴力と支配。恐怖と快楽の危うい境界。というような、快楽の目覚め的な情景を詩的に書いてくる。

    「幇間」 太鼓持ちのこと
    1911.9
    生まれ持って、幇間の気質の男。本職は、借金で駄目になり、とうとう柳橋の太鼓持ちに弟子入りする。芸はできるし、お座敷は盛り上がる。芸者に騙されたふりをしたり、妻を寝取られたり、何をされようと怒りの感情を持ち合わせない。人に笑われることに喜びを感じる。結局、そんな男を周囲も可愛がる。
    ラストの一行「プロフェッショナルな笑い方をしました。」とあり、本物の幇間としての賛美なのか、プロに徹した生き方への賞賛なのか、わからない。

    「秘密」
    1911.11
    都会の喧騒から逃れ、現実から離れた生活を求めて寺に住み始めた男。酒、読書、女装、に浸る。
    自分の女装の美しさに外出をするようになる。
    ある夜、昔付き合いのあった女と再会。その女を手に入れる為、男に戻る。女にも秘密が有り、それを隠して男を誘い込んでいた。男は、その秘密を知った時から、女に興味を失う。

    「異端者の悲しみ」
    1917
    東京下町貧民街で暮らす大学生。家、家族全てに不満を持つ。自分には、才能があるのに金がない。金にだらしなく、親戚、友人から借り返すことをしない。何をするでもなく僻み、面倒事から逃げる。とにかくこの男に嫌悪感を持つ。
    が、これは谷崎の自伝的小説らしい。デビュー前、自分の環境に苦悶して、精神状態も危ういようですね。
    妹が死んで2ヶ月の後、小説を書いた。として終わります。

    「母を恋うる日記」
    1919
    谷崎の美しかった母親を幻想的な夢の中で追い続けるファンタジー。

    「二人の稚児」
    1918.4
    比叡山の上人の元、二人の稚児が修行していた。二人とも、もの心つく前に入山している。二人は女を知らない。15歳となった一人が、俗世間の真実を自分の目で見ようと下山する。そして、山に帰らず、俗世間の素晴らしさを手紙に書いて、残した稚児に届けさせる。しかし、誘惑に負けず信仰を深める決心をする。
    煩悩と信仰の間で揺れる。残された稚児も15歳になった時、再び煩悩に苦しむ。再びの苦悶からみすごりという修行に入り、満願の日、前世から繋がりのある女性の事を知る。そして、来世での再会を祈る。
    この小説は、すごく面白いと思う。
    「女ごのように可愛い」と先人達にほめられるが、女人は悪魔と教えられている稚児達は、混乱する。「菩薩のように美しい」と言い換えられても、女人禁制なのになぜ女人の菩薩なのか考える。
    煩悩に苦しむのは、心も身体も大人になりつつある15歳。下山した稚児も、山に残った稚児もそれぞれに自分の気持ちに忠実だったりする。そして、それぞれの道に生きていく。唯識論などを知っていれば、もっとわかるんだろうなあと思いました。

    • 土瓶さん
      ちょっ、……傍らに珈琲を。さん。バラしちゃダメじゃないですか~。
      こういうのは真綿で首を絞めるように、こう、じわじわと。
      いかにもおびの...
      ちょっ、……傍らに珈琲を。さん。バラしちゃダメじゃないですか~。
      こういうのは真綿で首を絞めるように、こう、じわじわと。
      いかにもおびのりさんが自分で川端康成の「水晶幻想」を選んだようにもっていかせようと……(笑)
      2023/07/31
    • 土瓶さん
      純文学はね、やっぱり難しいですよ、おびのりさん。

      じゃあなぜ谷崎潤一郎なんか読んだのかっていうと、やっぱり憧れですよね。
      多くの頭賢...
      純文学はね、やっぱり難しいですよ、おびのりさん。

      じゃあなぜ谷崎潤一郎なんか読んだのかっていうと、やっぱり憧れですよね。
      多くの頭賢そうな人たちが絶賛する本を、いつかは自分も理解してみたいという。
      ひまわりめろんさんとかにも言われるとおりで、今の俺が読んでも無理なのはわかってるんですが、なんていうか、うどんなんですよ。うどん。
      俺ってけっこう好き嫌い多くて、子供のころなんてうどんが大嫌いで、給食のうどんを無理矢理食わされて吐いたこともあるくらいで、もう目の仇にしてたんですがね。麺類の中で最も頭の悪い工夫のない食べ物、とか言って。
      でも、人間の体なんて毎日細胞が新陳代謝して入れ替わって、毎日が違う自分で、そしたら試してみようかなって。
      あの嫌いなうどんでも食べられるのかも、美味いとは思えなくても吐くまではいかないんじゃないかと思って試してみたらいけたんですよ。これが。不思議に。
      まあそんな理屈で、いつかはちんぷんな純文学も時が経てば意味が分かるようになるかもって思ってる次第であります。
      まあ今回の谷崎くんは不発でしたが、そのうちにね。
      ( ´∀`)bグッ!
      2023/07/31
    • 傍らに珈琲を。さん
      土瓶さん、ごめんなさ~い
      …でも、土瓶さんこそ真綿で首を絞められちゃうかもですよー 笑

      私、おびのりさんと土瓶さんそれぞれ得意分野が違って...
      土瓶さん、ごめんなさ~い
      …でも、土瓶さんこそ真綿で首を絞められちゃうかもですよー 笑

      私、おびのりさんと土瓶さんそれぞれ得意分野が違っているのも、お二人のレビューも、刺激になってとても好きなのです♪

      大人になったら意外にも食べられるってこと、ありますよね
      私はトマトとセロリがそうでした。
      今ではどちらも大好きです。
      でも土瓶さん、アナフィラキシーとかありますから気を付けて下さいね。
      2023/07/31
  • 初期の短編集。浅学なのでほとんど初読み。唯一再読の『刺青』とともにこの前の谷崎マンガで印象的だった『少年』ミステリ風で読みたかった『秘密』の3遍が妖しげで好み。自伝小説という『異端者の悲しみ』は豪華絢爛な後期の長編との差に驚いた。

  • 一度は読んでみたかった谷崎潤一郎作品。初読み。

    そうだろうなぁ、とは危惧していたが、やっぱり合わない。
    格調が高すぎるのだろうね。
    物語の筋よりも文章そのものを楽しむものなのかな?

    「刺青(しせい)」
    「少年」
    「幇間」
    「秘密」
    「異端者の悲しみ」
    「二人の稚児」
    「母を恋うる記」

    「刺青」は実質的に処女小説だという。
    もう、その一行目から三度読み返した。

    【それはまだ人々が「愚か」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。】

    言い回しが、もう……。
    昔、今よりも穏やかだったころ。くらいでいいじゃん(笑)

    で、この「刺青」。刺青師(ほりものし)のお話しなんですが、普通に犯罪です(笑)
    加虐癖のあるっぽい腕のいい刺青師の男が、これと思う美女の肌に刺青を施したいと願い、偶然見初めた芸妓の子に麻睡剤を使って無理に施すお話し。
    当のされた方の女は、なぜか刺青を施されたことで芸妓としての腹が決まる。
    いや、結果オーライかい!
    最後は女の背中に朝日が差して燦爛として終わる。

    あー、そうですかー。
    極端な例えですが、レイプしても相手が悦べばOKみたいな???
    薬なんか使う前に説得するなり懇願するなり話しろよ、としか思わんかったな。

    「異端者の悲しみ」は自伝的小説だそうです。
    主人公はまあクズ。酒と女に溺れる学生。おとなしそうな友人に遊び目的の金を借り、返すこともできずうやむやにしようとして逃げ回り、その友人が重病にかかってもうつるのが嫌で見舞いすら行かず、とうとう友人が亡くなるとほっとする。金のない両親をバカにして将来あんなふうにはなりたくないと願いながら学業は進まず酒浸り。重病の妹が亡くなっても特に悲しむ様子はない。

    しかしこのクズ。なぜか最後の三行で、その後に芸術的な短編を発表する、と。

    イヤイヤイヤイヤ。ないわ~(-_-;)

    不思議でしょうがないんですが、どうして一昔前の文豪様たちは生活破綻者を気取るんでしょう。無頼気取りですか。
    文豪=芸術家=生活破綻???
    自分は文豪であり芸術家だから普通の生活なんかしてはいけない、とでも思っているのでしょうか。
    それとも自分の作品に箔をつけるためにやるのでしょうか。
    連城三紀彦さんの「戻り川心中」でも同じような話が出たけど納得できない。
    作者なら作者のキャラクターで箔をつけるのでなく、作品の良し悪しだけで勝負して欲しい。

    思ったより読みづらくはなかったけれど、おもしろくもない。
    もう谷崎潤一郎さんはいいかなぁ~。
    これならまだ芥川の龍ちゃんの方がマシ。
    文学は難しいね。
    谷崎潤一郎さんが好きな人にはごめんなさい<m(__)m>

    • おびのりさん
      珈琲さん、私も太宰治推しです。
      土瓶さん、太宰治は体調の良い時がお勧めです。
      珈琲さん、私も太宰治推しです。
      土瓶さん、太宰治は体調の良い時がお勧めです。
      2023/07/10
    • 土瓶さん
      太宰推しの人ってわりと多いよね。
      た、体調にまでくるの?
      へたなホラーより怖そう((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
      太宰推しの人ってわりと多いよね。
      た、体調にまでくるの?
      へたなホラーより怖そう((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
      2023/07/10
    • 傍らに珈琲を。さん
      土瓶さん、こんばんは!

      皆さん、通知音が大丈夫なら良かったです♪

      作家さん、私もダメ男OKです。
      でも私は土瓶さんと逆で、あんな人柄の方...
      土瓶さん、こんばんは!

      皆さん、通知音が大丈夫なら良かったです♪

      作家さん、私もダメ男OKです。
      でも私は土瓶さんと逆で、あんな人柄の方がこの作品を!と思ってしまうかもしれません。
      純文学は特に。
      だから太宰推しであり、「津軽」推しなのかもしれません。
      あくまでも「かもしれません」で、自分でもハッキリ分かりませんが。
      「陰翳礼讃」も「津軽」も「斜陽」も、もし気が向きましたら♪

      康成くんについては、今日も帰り際にカフェで格闘しておりました 笑
      相も変わらず難解なのですが、挫折しそうというよりは、未熟者は未熟者なりに僅かなりとも理解したい!と、奮闘を続けております。

      おびのりさん。
      おびのりさんも太宰推しでしたか!
      どの作品がお好きなのでしょう。
      体調の良い時がお勧めって、笑ってしまいました。
      2023/07/10
  • "当時の芝居でも草双紙でも、すべて美しい者は強者であり、醜い者は弱者であった。誰も彼も挙って美しからんと努めた揚句は、天稟の体へ絵の具を注ぎ込む迄になった。芳烈な、或いは絢爛な、線と色とがその頃の人々の肌に躍った(『刺青』より、p.8)"

     少し前に谷崎の本のレビューを拝見し、僕も何か読みたいと思い積読本の中から引っ張り出してきた。谷崎の初期の短編7作を収録。

    『刺青』
     谷崎の処女作であり、代表作の一つ。娘を眠らせその背に刺青を彫ることで己の嗜虐性を満たす清吉だが、その裏には「美しい女の前に身を投げ出し、その足に踏みつけにされたい」という欲望が隠れているように思える。サディズムなのか、マゾヒズムなのか、それらが混然とした彼の複雑な悦びに本作の魅力がある。ただ、他の作品に比べるとそれほどピンとこなかった。そもそも体に絵を彫りつけるのが美しいという感覚がよく分からない。(キモいと言われるのかもしれないけど)素肌の方が良くないか?

    『少年』
    "纔かに膝頭に届いて居る短いお納戸の裳裾の下は、靴足袋も纏わぬ石膏のような素足に肉色の床靴を穿き、溢れるようにこぼれかかる黒髪を両肩へすべらせて、油絵の通りの腕環に頸飾りを着け、胸から腰のまわりへかけて肌を犇と緊めつけた衣の下にはしなやかな筋肉の微動するのが見えて居る。(p.64)"
     一番気に入った作品。解説によれば谷崎自身も自信作だと語っていたそうだが、確かにこれはめちゃくちゃ良い。
     冒頭、やけに既視感があったのだが、多分『銀の匙』(中勘助)かなぁ、と。「私」は、学校であまり話したことのない信一から、彼の家の庭で行われる祭りに招待を受ける。そこで、「私」は学友たちの隠れた一面を知る。学校ではいじめられっ子だが家ではサディズムの衝動に取り憑かれている信一、学校では餓鬼大将で威張っているが家ではすっかり信一の言いなりになっている仙吉。蔵の中で、大人たちから隠れて密かに行われる子どもの遊戯に、まだ解き放たれていない無意識の官能を感じる。彼らは、その無垢さゆえに性の衝動に身を委ねることが許されるのだ。
     圧巻なのは終盤、仙吉と同様信一の言いなりだった彼の姉の光子が、マゾからサドへ立場を一気に逆転させ、"女王(p.70)"となるシーン。彼女の劇的な変身は意外ではあったが、こうやって転換して終わらせるものなのかと感心させられる。

    『幇間』
     これも、凄まじい作品。
     ある幇間(太鼓持ち)の、人から軽んじられ憐れまれることに快感を抱くその倒錯を描く。彼が、惚れた芸者から真剣に扱われていないことを悟ったとき、即座に彼女が仕掛けた悪戯に乗っかって自らを道化に仕立てる様には、むしろ薄ら寒いものを覚えた。

    『秘密』
     「秘密」の甘美さによって辛うじて保たれていた男女の関係。秘密が失われると、忽ちにして色褪せてゆく。

    『異端者の悲しみ』
     この本の中では他とかなり毛色の違う作品。谷崎の自叙伝的な面が強いという。自分に非があると分かっていながらも、つまらない意地を張って一層強情になるなんていうのはきっと誰しも覚えがある感情ではないだろうか。それに付き合うのは正直勘弁被りたいが、自分の卑しさを最もよく分かっていて、深く絶望しているのは、他でもない自分なのだと言いたい。

    『二人の稚児』
     王朝文学的な設定。女人禁制の比叡山で育てられた二人の美少年の、「女性」への憧れ。上人や仏典は女性を恐ろしい魔性のものだと言うが、成長するにつれどうしようもなく惹かれていく。ラストシーンの、絵画のような儚い美しさが印象に残る。

    『母を恋うる記』
     読み始めてしばらく、主人公がどのような状況にあるのかよく分からなかった。どこか不条理な情景を描いた作品である。見かけたお婆さんを自分の母だと思って「お母さん」と声をかけるシーンでは、『赤い繭』(安部公房)を思い出した。まぁ結局この不条理は昨今評判の悪い「夢オチ」なのだが(笑)、ここで夢と現実が重なってきてとても切ない(「あぁ、お母さんはもう死んでいたのだった・・・」)。

     それにしても、やはり谷崎は文が美しい。谷崎は『文章読本』で、日本語の調子には大まかに言って"源氏物語派(=和文的)"と"非源氏物語派(=漢文的)"の二つがあると述べているが、前者の特徴は"一語一語の印象が際立つことを嫌い(『陰翳礼賛・文章読本』(新潮文庫)p.232)"、単語から単語へ、センテンスからセンテンスへ、境界をぼかしてなだらかに繋げるところにあるという。谷崎の作品で言えばそれが極められているのが『春琴抄』だが、本短編集でも谷崎の文章へのこだわり・工夫を見ることができる。例えば『幇間』では、
    "草行きの電車も蒸汽船も一杯の人を乗せ、群衆が蟻のようにぞろぞろ渡って行く吾妻橋の向うは、八百松から言問の艇庫の辺へ暖かそうな霞がかかり、対岸の小松宮御別邸を始め、橋場、今戸、花川戸の街々まで、もやもやとした藍色の光りの中に眠って、その後には公園の十二階が、水蒸気の多い、咽せ返るような紺青の空に、朦朧と立って居ます。(p.72)"
    といった具合で、これでまさかの一文である。この息の長い調子が、『幇間』の長閑な雰囲気を生んでいると感じた。

    • まことさん
      BRICOLAGEさん。こんにちは♪

      いつも、とても、難しい専門書の、レビューや将棋の本のレビューを実はあまり、よくわからず、いいね!押し...
      BRICOLAGEさん。こんにちは♪

      いつも、とても、難しい専門書の、レビューや将棋の本のレビューを実はあまり、よくわからず、いいね!押していましたが、文学書のレビューも、素晴らしいですね。
      私は、谷崎は、随分前に「痴人の愛」を読んだのと、二年前、ブクログで、「細雪」を読んだことしかないのですが、この、作品も読んだ気にさせていただきました。
      「文章読本」も積んでいますが、いつか、読んでみたいと、思わされました。ありがとうございます。
      2022/09/28
    • BRICOLAGEさん
      まことさん、こんにちは。
      コメント、どうもありがとうございます!

      レビューを褒めていただき、光栄です!
      私も、普段読まない分野の本...
      まことさん、こんにちは。
      コメント、どうもありがとうございます!

      レビューを褒めていただき、光栄です!
      私も、普段読まない分野の本はもちろん全然分かってません(すみません・・・)
      ついつい読みたくなるようなレビューを皆さん書かれるので、きっと面白いのだろうなとは常々思っているのですが。
      そしてまことさんにはいつもいいね!を押していただいて、それだけで、とても嬉しく、本当に有難く思っています。
      頑張ってレビューを書いて良かったという気持ちになります。

      まことさんの『細雪』のレビューですが、以前拝読した記憶があります(今回また再読させていただきました)。
      その中でまことさんも仰っておられますが、谷崎の書く文章は本当に雅で美しいなぁと思います。
      『細雪』、ずっと読みたいと思っているのですが、文庫本3冊の大作ということもあり二の足を踏んでいる状態です。
      いずれ読むと思いますので、もしよろしければ気長にレビューを待っていただけると大変嬉しいです(笑)
      2022/09/28
    • まことさん
      BRICOLAGEさん♪

      「細雪」のレビュー、楽しみにしています♪
      BRICOLAGEさん♪

      「細雪」のレビュー、楽しみにしています♪
      2022/09/28
  • 谷崎の小説を前にして何を語っても陳腐になるなぁ。ひとこと、初めて谷崎を読む人に、この短篇集からどうぞ、といいたい。永井荷風に「谷崎をしてボードレールやポーの境域を磨するに至らしめるであろう」と大絶賛されるとおり。

    「異端者の悲しみ」、これは谷崎自身のことだろうとわかる。決して人間嫌いではないが、周囲と誠実で懇意な付き合いが出来ない男の煩悶。
    「母を恋うる記」は、いわば音のない浪曲のような調べ。夢の中で亡き母に逢う話だが、胎内から産道を通り出て母に抱かれるような書きようだなと。今回の発見✨

  • 何とも言えない妖艶な物語、風情ある文章が素敵。

    物語が進むにつれ、心情の変化が言葉巧みに書かれているので、自分の思いを上手く文章にできない私としては、さすが上手いな、見事だと敬服。

    作家はこうでなきゃ!

    全部良かったが、敢えていうなら『秘密』『刺青』だな。

  • 先日鑑賞した作品に『刺青』が引用されており、「そう言えば谷崎潤一郎は読んだことがなかったな」と手にとってみた。
    知識としてどういう作風かは知っていたつもりだったけれども、想像以上に耽美な世界観だった。サディズムとマゾヒズムがふんだんに織り込まれている。情景としてはおぞましいはずの場面も、滑らかな筆致でするすると飲み込まされてしまう。なんというか、ずるい文体だ。個人的には『秘密』が好き。
    『異端者の悲しみ』だけはすっきりしない読み心地でもやもやしたが、解説によると自伝的な作品であったとか。そういう見方をすると、確かに受け取る印象は変わってくる。
    谷崎潤一郎、女性と母親像とに物凄い思い入れがあることは全編通して強く認識した。他も読んでみるかなあ。

  • 最近の文学だけではなく、幅広く文学を…と思い手に取った本作。
    大江健三郎さんに引き続き、次は谷崎潤一郎さんの作品。

    いやーーー、本作面白かったーーー( ̄▽ ̄)

    谷崎潤一郎作品、「耽美派」、「性的」、「フェティシズム」なんて様々にご立派な言葉で表現されてきていますが…

    いや、なんというか格式高いロリコンドMエロ小説(こんなこと言うと怒られるのかもしれませんが…)ですね、まどろっこしい言い方してんじゃないよと(笑)
    端的に言うと「美女にめちゃくちゃにされたい願望」っていう…

    いやー、でもコレがとっても面白い(´∀`)

    文章がとても綺麗なので、ただのエロってだけでは無く、完成度の高い文学として成立しているのかなと。

    あと「エロ」って時を超えて不変なものなんだなと(笑)
    古い作品って、時代背景が違ったりするとイマイチ感覚的に理解できないことも多いんですけど、動物の本能的な部分に近い感情は変わらないものなんだなと、そんなことを考えたりもしました。

    個人的には「秘密」が好きでした。

    女装して、麻酔薬持って犯罪の匂いを楽しんで、目隠しして車に乗せられて女に会いに行って、さるぐつわ外して巻きタバコ…(´∀`)

    フェチの要素もありながら、物語としても純粋に面白い。
    「秘密」が楽しさの原点というのも、とても分かる気がしました。

    本作でまた今までに知らなかった小説のジャンルを知れて、さらに世界が広がった感じ。
    コレがあるから小説は辞められない…( ̄▽ ̄)

    次は長編の「痴人の愛」あたりも読んでみようかなと。


    <印象に残った言葉>
    ・如何なる意味をも鮮やかに表し得る黒い大きい瞳は、場内の二つの宝石のように、遠い階下の隅からも認められる。顔面の凡べての道具が単に物を見たり、嗅いだり、聞いたり、語ったりする機関としては、あまりに余情に富み過ぎて、人間の顔と云うよりも、男の心を誘惑する甘味ある餌食であった。(秘密)


    <内容(「BOOK」データベースより)>
    究極の美女に土下座し、踏みにじられたい。
谷崎が描くエロティシズムの極み。

肌をさされてもだえる人の姿にいいしれぬ愉悦を感じる刺青師清吉が、年来の宿願であった光輝ある美女の背に蜘蛛を彫りおえた時、今度は……。
性的倒錯の世界を描き、美しいものに征服される喜び、美即ち強きものである作者独自の美の世界が顕わされた処女作「刺青」。作者唯一の告白書にして懺悔録である自伝小説「異端者の悲しみ」ほかに「少年」「秘密」など、初期の短編全七編を収める。
用語、時代背景などについての詳細な注解を付す。

目次
刺青
少年
幇間
秘密
異端者の悲しみ
二人の稚児
母を恋うる記
注解細江光
解説河盛好蔵

  • わたしにとって谷崎潤一郎の作品は読むまでに時間がかかるのだけれど、一旦読み始めると途中で止めることが出来なくなる中毒性のあるもの。それは狂愛の世界。今回もドキドキさせてもらった。谷崎の文章は美しいなとしみじみ思う。残虐性も恐怖も破綻も憂鬱も谷崎の前では綺麗に透き通ってしまう。顔を踏み躪られようとurineを飲まされようとmasochistである人物たちの恍惚とした精神を高尚的なものとして昇華させてくれる。
    刺青や少年などはまさにそれである。わたしをゾクゾクとした甘美な世界へ連れ去ってしまった。また二人の稚児も美しく儚いラストの情景が強く印象に残っていて好きだ。

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著者プロフィール

1886年(明治19年)〜1965年(昭和40年)。東京・日本橋生まれ。明治末期から昭和中期まで、戦中・戦後の一時期を除き執筆活動を続け、国内外でその作品の芸術性が高い評価を得た。主な作品に「刺青」「痴人の愛」「春琴抄」「細雪」など、傑作を多く残している。

「2024年 『谷崎潤一郎② 春琴抄』 で使われていた紹介文から引用しています。」

谷崎潤一郎の作品

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